第四章【ほんとのきもち】

第22話 不穏な空気

 ダンダンッ――と、体育館にボールが弾む音が響く。

 ドリブルをしながら、追いかけてくる相手チームを交わしてゴールに進む。

「ひろと、こっちや!」

 左側からの声に、そっちを向くこともなくぼくはボールを投げる。

 ばしっという小気味のいい音と同時に、またダンダンっとドリブルの音が響いた。

 ぼくからのパスを受け取ったこーすけが、そのままゴールへとむかってディフェンスを抜く。

いち、ジャンプ!

 体をひねって――

 ばすっ!

「シュート!」

 走りながらのドリブルシュートは、ばっちりゴールネットへ吸い込まれていった。体育館の脇で見ていた女子の何人かから、歓声が上がる。

「こーすけ、ナイス!」

「ひろとのパスのタイミングが良かってん!」

 パンッとハイタッチを交わしながら、ぼくとこーすけは言いあった。ちらりとみると、久野も笑顔で手を振っている。

「ナイス、こーすけー」

「おー!」

 こーすけが得意そうにひらひらと手を振った。

 ……ちょっと、なんか、くやしい。確かにゴールを決めるのはどっちかというといつもこーすけのほうで、ぼくはサポートにまわることがほとんどなんだけど。

「……なんやねん?」

「なんでもない」

〝亜矢子が見ていたから――〟

「キィ」

〝了承した〟

 ……たく。どいつもこいつも……

 ぎぅ、と鍵を握ってやる。

 退屈な教室での先生の話が終わって、登校日用の提出物も出した後、ぼくとこーすけは、クラスの男子二人と隣のクラスの男子を二人さそって、体育館でスリー・オン・スリーをしていたんだ。

 相手チームの一人、アキオが汗だくになりながら言ってくる。

「つーか無理。つーか反則。おまえら二人が同じチームだったら、おれ達相当不利じゃん」

「しらねーよ」

 くくっとこーすけと顔を見合わせて笑いあう。そりゃそうだ。アキオの言うことももっともだ。だけどまぁ、勝負の世界じゃ関係ないということで。

「さ、続きいくぞー!」

「えー……」

 アキオが不満げな声をあげたそのときだった。


 ご……ごごっ……


「うわっ!?」

「きゃっ、な、なに……!」

 言い様のない奇妙な地鳴りと同時に、体育館中が思いっきり揺れた。立っていることも出来ないほどの激しい揺れに、ぼくたちは体育館の中でうずくまる。

 ゴールポストがピシッと音を立てた。オレンジ色のバスケットボールは床を跳ね回る。誰かの悲鳴が体育館を揺らして、窓の外がかげって暗くなる。

 そして――少ししてから、揺れは収まった。

 みんながみんな、恐る恐る顔を上げる。ぼくとこーすけも顔を見合わせて、お互いに支えあいながら立ち上がった。

「なんや……地震か……?」

 少し薄暗くなった体育館で、こーすけが不信そうに声をあげる。メガネを直しながら、久野がこっちに走ってきた。

「こーすけ、片瀬、大丈夫?」

「久野こそ。――今の、地震?」

「さあ……」

〝違う〟

 ぼくらの会話に、キィが唐突に割り込んできた。ぼくとこーすけと久野は、他の奴らにばれないように三人で陣を組んで、小声でささやきあう。

「違う? 違うってどういうこと? キィ」

〝地震ではない。あれは……〟

 キィが何かを言いかけたその時、空気を引き裂くような悲鳴が体育館の外から聞こえてきた。

 ぼくらはその声に思わず息を呑んで、立ちつくす。

 あわてて体育館を飛び出して、声が聞こえてきた方向――校庭へと一目散に走り出した。

 そして、ぼくらは見た。

 いつか見た、銀色のドラ焼きみたいな〈船〉。あの時は一抱えほどだったそれと全く同じ形で、だけどまるで一軒家ぐらいに大きくなったそれが、ぼくらの小学校――角野西小学校の校庭にででんっと居座っていた。

「――……」

 ぼくもこーすけも久野も、他の六年二組のみんなも、違う学年やクラスのやつらも、先生たちも。

 誰一人として何も言えず、ただ唐突に現れたその〈船〉をガン見するしか出来なかった。

 その中で――

 ぼくの胸にさがった鍵の姿のまま、キィがまるで震えるように細い声で呟いた。

〝〈マザー〉がわたしを修復に来た〟

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