第32話 ファーストキス。



 数日後に千歳に黒川から連絡が入ったと千歳は隠さず、それでも困った顔で俺に教えてくれた。だから、俺は、


「今日は俺も行くから」


 と千歳の頭を撫でてそう伝える。

 俺に何ができるかわからないけれど千歳を渡す気はまったくないのだから。




 放課後、俺は千歳と校門へと向かった。

 今回は千歳ひとりではなく俺も共に来たことで黒川は少し不機嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。


「今まで見なかったが今日は千歳と一緒に来たのか」


 黒川は俺をあざ笑うかのようにそう言った。


「ああ、今まであんたのことで俺を困らせたくないからって教えてもらえなくてね」


 俺は淡々とそう返す。


「まあいいや。なら、いつものところへ行きますかね」


 そう言った後俺と千歳は黒川に連れられていつも行くという喫茶店へと向かった。


 


 喫茶店に入ると4人席に俺は千歳と横に並んで座り、相対する席に黒川と向かい合う形で席に着く。店員さんがやって来たのでとりあえず3人ともコーヒーを注文し、注文が来るまでしばらく無言で待つ形となった。

 注文のコーヒーが到着し終わったところで黒川が口を開く。


「さて、わざわざあんたが来たわけだけどなにしにきた? あんたが来ても俺はあんたと話すことなんにもないんだけど。俺が話したいのは千歳だけなんだけどなあ」


 黒川は挑発するように俺に言う。


「しつこくまとわりついてるらしいね。悪いけど千歳は俺のもんだ。もう止めてもらえないかな? 」


 俺がそう言うと、千歳は、横で頬を染めていた。

 まあ、実際付き合ってもないのに俺のものだなんて言えるわけではないんだが。それでも千歳は困っているし俺も渡すつもりなんて無いのだから。これくらいは言わせてもらった。


「ほう、でも千歳にはおまえと付き合ってはいないと聞いたんだが? 」


 黒川は平然とそう返す。

 それに対して俺は一口コーヒーを飲んだ後


「そうだな。告白なりはしてないな。けれど側に居てほしいとはちゃんと伝えたよ。そして千歳も受け入れてくれたよ」


 と、千歳が受け入れてくれた事実を黒川に返した。

 黒川はぎりっと歯を食いしばるような態度を見せた後


「でも付き合ってはないんだろ。なら俺が千歳に告白しようといいだろ」


 黒川は歯がゆそうに俺の言葉にそう返す。


 そんな黒川に


「一体どうしたら諦めてくれるかな? 」


 と俺は駆け引きなしに聞いてみる。


 すると黒川は


「ここで、キスでもしたら諦めてやるよ」


 よくありそうなカップルかどうか確認する手段を行うよう伝えてきた。


「んー。お互いにしたいと思った時にするもんがキスだろ。あんたに見せるためのキスなんてしたくないんだが」

 

「はっ。そんなこと言って結局は出来ないんだろ。臆病もんが」

 

 黒川は俺を挑発するように言う。


 横で千歳が「もういいよ」と言いたそうな顔で俺を見る。


 キスができるかと言えばできる。今一番大事な人は俺にとって千歳だから。でもそばに居てくれるとは言ったが付き合ってもいない、そんな俺に千歳がキスをされて嫌じゃないのかと俺よりも千歳のことが気にかかる。


 そんな事を考えていると千歳が


 「トモ。私とキスできる? 」


 いきなりそんな事を言いだした。


 俺は


「そりゃできるさ。千歳になら」


 そう言うと千歳は俺の顔に綺麗な顔を寄せてきて、そして唇に優しくキスをしてくれた。


「これ私のファーストキスだから。大事にしてね」


 千歳はそんなことを言いながら俺から恥ずかしげに顔を背けた。


「それと黒川くん、これでいいかしら? 」

 

 千歳がそう伝えるとキスシーンを見た黒川が驚きの顔をしながら


「かぁ。まさかしやがるとか。それも千歳からかい。やってらんねぇ。わかったよ。今回は引きますよ。まさか千歳からとはね。コーヒー代は置いとくわ。約束どおり、もうしつこくまとわりつかないよ」


 そう言って席を立ち足早に喫茶店から去っていった。

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