第35話 一番に思ってくれているなら。



 今日は学校は休日。

 休日に俺は千歳と会おうとはほとんどしていなかった。千歳と一緒に時間を過ごしたい気持ちがあったのになぜ誘ったりしなかったのか……今になって少しわかる。

 だけど今日は千歳と一緒にいたくて珍しく海になんか誘ってみた。

 千歳は俺の誘いに素直に「うん」と返してくれた。



 

 俺は千歳と駅前で待ち合わせをし、電車で一時間ほど揺られて海へ向かった。時期外れもあり人がほとんど居ない海。ふたりだけの空間のよう。彼女は俺の横に座りふたりで海をただ眺める。静かな時間をふたりで過ごす。若者らしくないかもしれないけれどその時間は貴重だと俺はいつもそう思う。ふたりでいる。その時間。




「少し話をしていいかな? 」


 俺は、千歳に問いかける。


「うん」


 千歳は、そう答えてくれた。


「千歳に出会って一緒に居てくれるようになってどんどん好きになっていく自分がいるんだ。ただふたりだけで過ごす、それだけでも幸せだなってそう思えるくらいに」


「うん」


「この間流れ的なものもあったけどさ。千歳からキスしてくれたよね。嬉しかった。好きが溢れた。でもね」


「それと同時に玲にごめんって気持ちも溢れたんだ。あれだけ好きだった人、いや違うな。今でも好きな気持ちは残ってるんだと思う。恋愛という意味でね。すべて消え去ることはなかったんだって。それがわかって……こんな俺が千歳を好きになって良いんだろうかって……こんな俺が一緒に居ちゃ駄目じゃないんだろうかって。でもそれでも会いたいんだって。一緒に居たいんだって」


 「うん」


「大体、千歳にこんな話をするべきじゃないんだろうって思う。他の人のことがまだ心に残ってますとか。相手のこと何も考えてないだろうって。それでもさ、千歳には俺の気持ちを全部知っててほしかった。勝手だよな、俺って」


 そう俺が言い終えしばらくの沈黙の後に千歳は


「私はトモに気持ちを伝えて良いのかなって考えてた。一緒に過ごすようになって私はトモに惹かれた。トモは私を見た目だけで判断しなくて。ただ一緒にいるだけで暖かくて。会話が苦手な私にもとても優しくて。私も好きがいっぱい溢れたよ。でもトモが水崎さんに告白して叶わなかったこと知ってたし、水崎さんは振ってもトモのこと好きだってわかってたし。告白を断ったってなんで? と思えたから。ふたりがまた元の関係に戻って一緒にいるところを見るとなんで無理だったんだろうって不思議に思った。それでもやっと私が側に居ても良い、側にいたいってそんな人を見つけられた。だから諦めようとは思えなかった」


「……」


「キスをしたときにトモ、すこし不安そうな目をしてた。だからすごく怖かった。嫌われたんじゃないかって。だからキスしたその後に何も言えなかった」


「でもね。今はトモにちゃんと好きだと言ってもらえて喜んでるよ、嬉しいよ私。水崎さんのことは仕方ないと思う。幼馴染としての関係もあるしそう簡単にすべて忘れることなんて無理だって私は思う。だからそれは気にしなくて良いんだよ。残ってても良いんだよ。私のこと側に置いてくれるのなら。一番に思ってくれているのなら」


 「……」


「だから気持ちの整理がついたらもう一度ちゃんと言ってほしい。待ってるから」


 千歳は優しくいつものほほ笑みを浮かべそう言ってくれた。


 俺を優しく優しく包み込むように。


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