列島 第五島 亀島

第30話 列島階層ボス挑戦前日

 アダマスシェル・タートル……不壊の甲羅ふえのこうらを持つ大型の亀の魔物。


 この魔物は、列島階層の第五島を守るボスと呼ばれる魔物である。その魔物の甲羅は、その名の通り今まで傷を付けた者すらいない不屈の硬度を誇っている。その甲羅に挑むための準備をすすめる者がいる。町外れの住宅地のある一軒家で、中年男が作業机の上に魔物の素材と道具を並べていた。


 リアーロは、明日の素材採取のための準備をしている。素材を取るために倒した魔物を思い出しながら並べていく。


 以前アダマスシェルタートルの素材を採取することが叶わなかった、という苦い記憶と共に、最も効果的な反応を示したのが酸だった事を思い出し、一つの素材を取り出す。


「ロングポールアジッターの強酸。まずはこいつだな」


 二重構造のビンに入った液体を作業机に置く。


 その素材を見ているとロングポールアジッターの口を開く光景を思い出す。耐酸用の手袋を簡単に溶かすこの強酸は、きっとボスの素材を取るのに有効だろう。


「次はスーサイドビートルの発火銀粉はっかぎんぷんだな」


 次に机に置かれたのは、中に油と鈍く光る銀色の粉末が入った瓶だ。この油は銀色の粉末が空気と触れないようにするために入っているもので、ごく普通のランプ用の油だ。


 これは、全種の洞窟の森林階層で遭遇した昆虫から取り出した粉末だ。その昆虫はスーサイドビートルという魔物で、彼らはアリのような社会性を持つ甲虫だ。個と言う概念を持ち合わせず、敵を排除するための攻撃で命を投げ出す。その攻撃方法とは、外敵にしがみ付き体内の粉に水分を加え自らが発火するのだ。その発火に用いられるのがこの鈍く光る銀色の粉である。


「おっと仕上げに使う物を忘れてた。こいつがなきゃ始まらねぇ」


 うっかりミスが事前確認で防がれたことで、ホッとしながら瓶に入った茶色い液体を机の上に置く。


  これは硬化薬と言う名前の魔法薬でこれを塗るとしばらくの間その部分の硬度が上る防御用の軟膏だ。この薬の素材は、ペトリファイド・コラルの分泌液だ。ペトリファイド・コラルは、海に生息しているサンゴの魔物で、粘液で獲物を固めて食べるのである。その分泌液をゲロップのイボで無毒化したものが硬化薬だ。


「そして最後は力押しだな……」


 机に置かれたのは、緑色をしたバールだ。


 これはリアーロが、以前ギルドで自慢していたオリハルコン製のもので、対ボス素材用に特注した逸品だ。最終的に力頼りになるのが血生臭い素材採取らしいと言えばらしい。隙間に差し込みめばテコの原理で増幅した力を内部から加えるので効果的だ。


「明日だ! 俺はアダマスシェルを採取して師匠を越える!」


 リアーロはまるで自分に言い聞かせるように気合を入れてに宣言する。そして、素材を無事取れた後に見られるであろう師匠の顔が思い浮かぶ。


「ジジイの悔しがる顔が楽しみだな!」


 リアーロは、準備した道具を処理袋へと収めると、明日に向けて早めに就寝するのであった。



 街の中心に近い古い屋敷、その中でも明日の準備をすすめる者がいる。青い短髪の少女も、作業机に向かっていた。


 高級な魔道具である次元収納袋から、昨日譲ってもらった材料を並べていく。


「幽魔手、指令頭、湧魔心、魔骨……」


 この四つの素材は、列島階層の第四島で取れる魔力と親和性が高い素材だ。この階層に出る魔物は、一見するとアンデッドのようだが実際は全てゴーレムであった。そのことからポラは、この島の素材はすべて相性が良いのではないかと睨んでいた。その予想が正しければこの素材で強力な杖が作れるはずだと考えていた。


 まずは、スケルトンの大腿骨を杖のベースに据える。その先端に幽魔手をバードイターの蜘蛛絹で作ったヒモで括り付ける。その幽魔手で湧魔心を包み込み、その指先も蜘蛛絹糸で固定する。最後に指令頭である緑色の宝石を取り付ける。心臓に切り込みを入れそこに指令塔を置くと傷口を回復魔法でふさぎ一体化させた。


 杖が完成すると、湧魔心が脈動を始め杖全体に魔力を送り始める。心臓が脈打つ度にすべての素材に血管のような紫色の管が這い始め一体化していく。蜘蛛絹糸は、完全に血管に飲み込まれ、もともとそれで固定していたように変化した。


 血管の侵食が終わると手の甲と心臓に埋め込まれた赤青緑の宝石に光が宿った。


「できた……。名付けてユーマユーマの杖!」


 この杖が魔力を生み出し魔力がない人でもこの杖を使えばリッチと同程度の攻撃ができるはずだ。魔力を持った者が使えばその威力はさらに上がるだろう……。


 ポラは、杖の出来に納得し試射をするために小走りで庭へと出ていく。口元にうっすら笑みを浮かべながら屋敷の廊下を走り抜けた。


 ポラが庭に出るとムンナがクーを抱えて庭をランニングしていた。馬と同程度の距離を走れるテンテンデッカーにとっては、生命活動にとても重要な運動だ。


「ムンナちゃんちょっと実験するから端っこに避けててね~」


「ムンナ!」


 ムンナはランニングを中断して、ポラのもとへとやってきた。これから何をするのか興味があるようだ。


「ムンナちゃんも実験見るの?」


 ポラの質問に答えるように頷こうとして「ムンナ」とお辞儀をする。


「じゃあ、危ないから私の後ろにいてね~」


 ムンナは少し離れた所に移動する。十分に距離をとったことを確認すると足を投げ出して地面へと座り隣にクーを降ろした。


 ムンナが安全なところに移動したのを確認したポラは、ユーマユーマの杖を構えた。骨に絡みついた紫色の血管が頂点の心臓と連動して脈動する。その奇妙さにムンナは、「ムア……」と妙な声を上げる。


 ポラが地面をじっと見つめると、地面が盛り上がり訓練用の土人形が現れた。


「えっと詠唱の核は確か……」


 ポラはリッチとリアーロの詠唱を思い出す。


『彷徨う呪霊よ我が力を糧に、我の敵を討ち滅ぼせ……右炎左氷うえんさひょう……幽魔召喚』


『今見せてやるよ。彷徨う呪霊よ俺の魔力で、あの玉座をぶっ壊せ右炎左氷うえんさひょう! 幽魔召喚!』


ここから詠唱の核となる言霊を抜きだす。


 彷徨う呪霊、魔力の徴収先の指定、標的、右炎左氷うえんさひょう、幽魔召喚の六つだ。


 頭の中でさらに余計なものを省いたり短いものに置き換えて、詠唱を構築する。


幽霊杖氷炎魔召ゆうれいじゅひょうえんましょう


 リッチをも上回る言霊の選定能力により詠唱は驚くほど短くまとめられた。


 彷徨う呪霊を”幽霊”に、魔力の指定位置を”杖”に、右炎左氷から無用の手の情報を削ぎ落とし”氷炎”とする。目標を省略することで通常の魔法のように現在見ている場所に自動指定され、最後に幽魔の召喚を”魔召”とする。


 杖は、詠唱に反応して動き出す。


 近くの浮遊霊を指令頭に取り込み、湧魔心から魔力を抜き出す。それと並行して目標をポラが視認している土人形に選定する。そして、抜き出した魔力を幽魔手で氷と炎に変換し、指令頭に送る。力を受け取った浮遊霊は、氷と炎の魔として変換され目標に向けて放たれる。


 氷と炎の魔となった浮遊霊は好き勝手な軌道をとりながら目標の土人形へと向かっていく。


 今回の霊も気が利いていたようで、しっかり氷は足止め炎は思考妨害と効果的な場所へ着弾した。


 攻撃を受けた土人形の足は凍りつき、頭は爆炎で吹き飛んだ。


「やった! 成功だね!」


 無残な姿になった土人形を見てポラは嬉しそうに声を上げた。


「フフフ……。魔力徴収の指定先に、私も加えれば更に強力な攻撃になるね……。フフフフ……」


 脈打つ人体の寄せ集めのような杖を持ちながら怪しい笑みを浮かべるポラに、ムンナは完全に引いていた……。


 ポラがそのままの怪しい雰囲気でムンナの方を見ると、ムンナは慌てて首を捻り目をそらした。


 ドン引きしているムンナを見てポラは、ハッとする。自分が怪しい魔術師のような行動をしていると……。ポラは、誤魔化すようにハキハキした声でムンナに話しかける。


「さて! ムンナちゃんご飯にしようか!」


 ポラは、次元収納袋から一人用の机に乗り切らないのではないかと言うほどの大きな箱を取り出した。


 ムンナは未だに警戒していたが、ポラが次元収納袋から取り出した食べ物を見るとそんな事はすぐに忘れて大急ぎでポラの元へ向かった。


 ポラが取り出したものは、テンテンデッカーの大好物のアップルパイであった。テンテンデッカーの主食の小麦粉と好物のリンゴと蜂蜜を組み合わせた食べ物だ。自力では手に入れることのできない大好物に目の色を変えるムンナであった。


 ムンナは、ポラから巨大なアップルパイを受け取ると、その場に足を投げ出して座り込み大きなアップルパイを持ち上げガジリつく。「ムナ♪ ムナ♪」と嬉しそうにアップルパイを頬張る姿はとても可愛らしい。


 ポラがその姿に癒やされていると、金竜の卵であるクーが嫉妬して足元にまとわりついてきた。


「クーちゃんもご飯ね!」


 クー違うんだけどな……と意味を込めて「ピュイー……」と鳴くが真意は伝わらない。抗議しようかと思ったが、ポラが出した牛のブロック肉を見ると「ピュイー!」と歓喜の声を上げ興味を食事へと移したのだった。


「はいどうぞ!」


「ピュイー!」


 ポラが、牛のブロック肉をクーの上に置くと、クーはその肉を底面から分解吸収する。その光景は、まるで肉が卵に沈み込むようであった。


 ポラは、クーに近づきしゃがみ込むと、牛肉を食べて満足しているクーを優しくなで始める。


 そうしていると、ポラはクーに起きた異変に気がついた!


「あれ!? クーちゃん殻にヒビが入ってるよ! もうすぐ孵化しそうだね!」


「ピュイ!?」


 どうやら金竜が孵化するのが近いようだ。


 あともうひと押し……なにかきっかけになるような魔物でも吸収すれば……。


「うーん明日のボス戦に連れて行っても平気かな~?」


 ……どうやらのその時は思ったより近そうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る