洞窟 第四階層

第11話 ハニーアント

 ダンジョンに入り第四階層までの道を急ぐ、幸い階段がすぐ見つかり、ほとんど時間がかかっていないが、ポラだけは杖を頼りに、つらそうに歩いている。


「ううう……。頭がいたいです」


 昨晩ポラが日が昇るまで飲んでいた事を人づてに聞いたリアーロは、苦笑いしながら処理袋からビンを一本取り出した。


「ほら、特製のレッドポーションだ二日酔いに効くぞ」


 リアーロが、渡したのはポーションなんて大それた代物ではなく、解毒薬と塩トマトスープの混合液だ。


 解毒薬で二日酔いの原因分質を中和し、疲れた臓器に塩トマトスープが染み渡る。


「ありがとうございます」


 ポラはそれをぐいっと飲み干すと水分不足が解消され段々と顔色が良くなり始める。


「先生すごいです! なんだか調子良くなってきました」


 ポラはきっと水しか飲んでいなかったのだろう。二日酔いに重要なのは、意外と食事なのだ肝臓に栄養を送って早めに酒を分解させるのが良いとされている。


「良かったな。あまり飲みすぎるんじゃないぞ」


「はい……」


 そんなやり取りをしているとちょうど第四階層への階段を見つけた。


「四階層は様子をうかがってから攻撃してくるようなやつはいない。すぐに突っ込んで来るやつが多いから気注意しろよ」


「はい……」


 ポラなら何が来ても平気そうだが、一応、注意しておくようだ。


 第四階層に入ってしばらく歩くと、解毒成分が効いてきたようで、ポラがいつもどおりに戻った。


「なんだかスッキリしました! 何が来ても負ける気がしません!」


「これは頼もしいな。よろしく頼むぞ」


 なんだか気合が入ったポラは、列の先頭に出てそのまま進んでいく。その後ろをリアーロが歩き、となりにゴロゴロと金の卵が転がっている。


 卵で動けるって一体どうなっているんだ? と、疑問に思っていたその時だった。


 突然リアーロの後ろに巨大なアリが現れた!


 そのアリは、気が付かれないように天井に張り付いて、通り過ぎたところを後ろから襲う習性があった。


 そのアリは、大型犬ほどの大きさがあり、アゴをギチギチと鳴らしている。体は黒くテカっていて、見るからに硬そうな体をしている。普通のアリと違い特徴的なのは腹の部分が黄色と黒の縞模様で、黄色い部分は透明で中が透けて見えている。


「来たか! たまには俺がやるか!」


 ポラの前で初めて腰にぶら下がっていた剣を……抜かなかった。処理袋に手を入れるとあるものを取り出した。


バールである。


 バールは、平タガネの柄が長くなって先端が少し曲がっている物で、何かの隙間に滑り込ませて、テコの原理を用いてこじ開けたり剥がしたりする道具だ。L字に曲がった逆側は釘抜きが付いている。


「あっ!」


 前方を進んでいたポラが気がついたときには、もう巨大アリがリアーロに突進しているところだった。


 リアーロは、突っ込んできた巨大アリのアゴをバールの釘抜き側でかちあげると、金属同士をぶつけたような音が響く。


「ほい、弱点がら空き」


 上半身が浮いてしまった巨大アリに対して、リアーロは、バールを逆に持ち直し体勢を低くして、一番前の足の付け根にバールの平タガネの側を突き刺す。


 節と節の間を見事に捉えたバールは深々と突き刺さる。


 そして、バールの釘抜きの部分を地面に蹴り込み固定する。バールは、つっかえ棒になりアリの前足が地面に届かなくなるり、後ろ足だけの力ではバールが抜けずにもがいている。


 動けなくなったアリに対して、リアーロが次に取り出したのは、大鋏おおばさみだ。そのハサミをアリの首にあてがうと、ギギギという不気味な鳴き声を上げて抵抗するが、あっけなく蟻の首は切り落とされた。


「いっちょ上がり!」


「うわー先生って意外と強かったんですね」


 見事にアリを倒した、リアーロにポラは感嘆の声を上げた。素直な感想だったが、ベテランに対して若干失礼であるが、細かいことは気にしない。


「おう、ありがとな」


 そして、ポラがチラチラと腰の剣を見ているのも気にしないことにした。


 首が取れた巨大アリからバールを抜き取り地面に転がすと、いつものように講座を始めた。


「今回の講座は、ハニーアントの蜜袋と頭甲ずこうだ」


「はい! 先生!」


 蜜と聞いて若干テンションが上がる。ポラは酒飲みだが甘いものにも目がない。


 リアーロは、処理袋からバールと入れ違いに、道具を取り出していく。


 今回使用する道具は厚手のナイフ、ワーム輪ゴム、植物油、厚手の布の四つだ。


 ワーム輪ゴムは、レポブリック社が発売している特殊な輪ゴムだ。トンネルワームのゴム皮をの企業秘密の溶液に漬け込んだ後に乾燥させると、よく伸び縮みするし劣化がほとんどないゴムができるのだ。それをそのまま輪切りにしたものが輪ゴムとして販売される。


 植物油は、普通の調理用の油で、厚手の布も一般的なものだ。


「まずは、蜜袋だな。と言っても黄色と黒の縞模様の腹の部分まるごとだけどな」


 そう言うと、ワーム輪ゴムを取り出して腹の一番くびれている腹部と腹柄節の間をワーム輪ゴムでぐるぐると縛り付ける。


「こうやって縛れば、切り離しても蜜が漏れることはない」


 ポラは、漏れないと聞いて甘味にありつけそうにないと悟り、がっかりしている。それを見たリアーロは、カバンから一本の小瓶を取り出した。


「そんながっかりした顔するな。そう来ると思って家にあったのを持ってきた」


 ビンの蓋をあけると、黄色く澄んだ液体が入っていた。そこに小さじを入れポラへと渡した。


 おっさんは、自然に気遣いは出来ないけど、やろうとさえ思えば気が利くのである。


 ポラはすぐに小さじを引き上げると蜜をなめた。


「う~ん! すごく甘くて美味しいです!」


 笑顔に戻ったポラを確認すると満足そうに解体作業へと戻った。


「次は、頭甲ずこうだな。こいつの頭は金属のように硬いが、とても軽い。だから防具の材料になる」


 転がっているアリの頭を拾い上げると逆さまにして左手のひらの上に載せた。


「ガッチリくっついているところが、三箇所ある」


 そう言いながら、首の付根の二箇所とアゴの上の部分を指し示す。


「ここにナイフを入れて、テコの原理を使い引き剥がす」


 手早く三箇所にナイフを入れると、そのままナイフを立てメギギギという不快な音を立てて頭の甲殻が外れた。


「これで解体は終わりだが、頭甲ずこうは劣化が早いから、油を塗り込んでおく」


 植物油を厚手の布に染み込ませるとそれで頭甲を隅々まで磨いていく。ムラがあるとそこからヒビが入るので、丹念に塗り込んでいく。


「よしこのぐらい塗り込めば、処理は終わりだ……って聞いてたか?」


 リアーロが振り返るとポラは、まだニコニコしながら蜜の小瓶を楽しんでした。


「ほえ……? はっはい! しっかり見ていたので大丈夫です!」


 そう言って、ポラは水晶をリアーロに突き出したが、ポラは水晶玉の説明をしていなかったので、リアーロは「ならいいんだが」と言ったあと首を傾げた。


 蜜袋と頭甲をカバンにしまい、クーが食事を終えると、次の魔物を探しに移動を始めた。



ダンジョン素材採取教本 第1巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第10項 ハニーアントの蜜袋と頭甲 ……39

 初級 蜜袋の採取方法       ……40

 中級 頭甲の外し方        ……41

 上級 頭甲の劣化防止処理     ……42

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