第20話 メルトレソセルス

 ゲロップとビヘッドモスクラブの講座を終えた翌日、リアーロとポラは、再び沼島に訪れていた。草を鎌で切り払いながらジャングルを進んでいく。


「モスクラブの脚は最高でしたね!」


 ダンジョンから帰り焼きガニを堪能した二人は、昨日から何度もこの話をしていた。


「焼きガニからでた出汁とちょっと苦味のある味噌が合わさって、最高だったよな」


 蟹の味を思い出し草を刈る手が止まる。しかしすぐに正気を取り戻し草刈りへと戻る。


「普通のパーティだと大乱闘して一匹から二本取れれば良いほうだから、ポラ様様だよ!」


「まぁ、それほどでも……ある・・ね! でも、蟹味噌がすごく美味いのは、先生の採取方法が、絶妙だからだって聞きましたよ!」


「まぁ、それほどでも……ある・・かな!」


「ピュイ~……」


 何度も話がループしているのは、これが原因であった。互いに褒め合い気持ち良くなるのを繰り返すためであった。金の卵のクーだけが呆れた様子で力なく鳴いていた。


 話が三回目に入ろうとしたところで沼島最後の沼地にたどり着いた。


「ここはドンガメムシ沼だ」


 ポラは、今まで直球で来た名前だったのに急に聞いたことのない名前が出てきて困惑している。


「急に変化球ですね。ドンガメムシってなんですか?」


勇者訛ゆうしゃなまりでタガメの事をドンガメムシって言うんだよ」


 勇者訛ゆうしゃなまとは、各てこの大陸を救ったという言われる勇者が使った独特の言葉のことを指す。他にも、[チート]や、[SSSランク]、[マジパネェ]など多くの印象的な言葉がある。


 これは、勇者が晩年作った村から広まったものの一つだ。他にも味噌や醤油などの[勇者食]。カードゲームやリバーシなどの[勇者遊戯]等様々なものが、まとめて[勇者文化]としてこの地に残っている。


「勇者文化ですか。微細精霊と微細悪魔の発見も勇者でしたっけ」


 この世界には、目に見えない極小の精霊と悪魔がいる。人類に良い効果をもたらすものを精霊と呼び悪影響を与えるものを悪魔と定義している。


 発酵をさせるのが微細精霊で、腐らせるのが微細悪魔と言った感じである。傷口を化膿させるのも微細悪魔の仕業だ。


「ああ、俺たち海辺の民が生魚を食うのも勇者文化だよ」


「そうなんですか。なんだか色々凄い人だったんですね」


 大昔にいた勇者について話していると、ドンガメムシ沼の水際へとたどり着いた。


 この沼は水深が人の背丈よりも深く、泥の層は薄めだ。透き通った水中に大きなタガメが潜んでいるのが見えた。


 焦げ茶色の水中昆虫は、前足がとても発達していて、その先には鎌のような爪がついている。その強靭な前足を広げて獲物を待ち構えている姿が見えた。


 上から見ると半円状の頭の下に逆三角形がありその三角形を囲むように可動式の背甲殻せこうかくがある。そして、やや丸みを帯びた尻からは、管が水面まで伸びていて、それで呼吸をしている。


 リアーロは成人男性の半分ほどの体長があるその虫を指差す。


「あれが、メルトレソセルスだ。簡単に言うとバカデカいタガメだな。強靭な前足で獲物を捕まえて、獲物に口を突き刺し消化液を注入して、溶かした後に肉を吸い上げるんだ」


 その行動は、魔物になっても変わらないようで本当に大きさだけが違うようだ。


「だけどな、ダンジョンは微細精霊や微細悪魔すらいない。外から来た大きな生物と魔物しかいない……」


「あの? 先生は何が言いたいんですか?」


「つまり……奴らは腹が減ってるってことだ。そして蟹や蛙と違って奴らは飛ぶ! ほら来たぞ!」


 じっとしていたメルトレソセルスたちが一斉に水から飛び上がり、背甲殻せこうかくを開くと背中に格納していた虹色の翅を広げて、ビゥーンという音を発しながら高速で動かし空に舞い上がった。


 一度空高く舞い上がったメルトレソセルス達は重力加速を利用して猛スピードで襲いかかってきた。


 リアーロは、ついにお披露目の時が来たぜと意気込み、緑色のオリハルコンバールを取り出した。


「とりあえず数を減らした後で、講座用に一匹だけキレイに倒そ……」


 リアーロがそこまで言うと、ポラが詠唱をした。


二結界無空にけっかいむくう


 ポラがそう唱えると、リアーロたちを強固な半球状の結界が包み、メルトレソセルスたちを受け止める。そして、その外にもう一つメルトレソセルス達をまるごと囲む半球状結界が現れた。


 すると、メルトレソセルス達は、地面にポトポトと落ちて十五秒ほど手足を無茶苦茶に動かした。更に十五秒ほど立つとひっくり返って足を縮め、そのまま死を迎えた。


 これは、ポラが詠唱した魔法の効果だ。二枚の結界で閉じ込めた後に空気を抜き取り酸欠にする恐ろしい魔法だった。


 リアーロは、攻撃範囲にすらたどり着けなかったメルトレソセルスを憐れみながら、ポラに見られないように、素早くオリハルコンバールを処理袋に戻した。


 こうしてオリハルコンバールをお披露目する機会は失われたのだった。


「よし、今回の講座は、メルトレソセルスの前足爪と背甲殻せこうかく虹薄羽にじうすばねだ」


 なにかを誤魔化すように素早く準備に取り掛かった。


 今回使用する道具は、金槌、平タガネ、雷切刃らいせつじん白紙本はくしぼんだ。


 雷切刃らいせつじんは、雷を使って高温を生み出し溶かしながら切る雷属性のナイフのような形をした魔道具だ。


 白布本しろぬのぼんは、少し大きめの本の形状をしている。しかし中身は全て柔らかい白い布で、硬い表紙には上、中、下部の三本のベルトが着いていて、開かないようにガッチリと閉じられるようにしてある。


「まずは、前足爪だな。こいつは、細かい突起がついていて刺さりやすいけど抜けにく構造になってるんだ。だから銛とかによく使われる。外し方は簡単で金槌と平タガネで接続部を叩けばいい」


 鎌状の腕の先にある爪の根元に平タガネを当てると金槌で叩き、いとも簡単に外していく。


「ハーミットクラブのスパイクと違ってコツも要らないから簡単だ」


「ヤドカリより簡単なんですか。アレは、意外と難しかったですからね」


 リアーロは、「だな」とうなずくと、次の背甲殻せこうかくの作業に入った。


 雷切刃らいせつじんを取り出し、飛ぶ時に可動する関節の部分に先端をそっと当てるとポラに方へ振り返った。


「次は背甲殻せこうかくだ。こいつは金属と似た特性があって、高温で溶ける性質があるんだ。だからこの雷切刃らいせつじんを使う。これは切断する時に右後方に溶けた対象を吹き飛ばすから注意してくれ」


 リアーロは、ポラが安全な場所に移動したのを確認すると、雷切刃らいせつじんを可動させた。


 バチバチバチ! けたたましい音と共にナイフからは火花のように溶けた背甲殻せこうかくが飛び散り空中で燃え尽きる。


 ゆっくりとなぞるように、背甲殻せこうかくの付け根を溶断ようだんする。


「焦るとガタガタになるから注意しろよ」


 リアーロは、そう忠告をしたが、ふと間違えに気がついた。 


「おっと、これは素材取りのコツと言うか魔道具の使い方だな……これは省いてくれ」


「わかりました」


 ポラはそう言いながらも、余白を埋めるのに使えるなと頭のすみに記憶しておいた。



「よし! あとは、虹薄羽にじうすばねだな、こいつはこうする!」


 甲殻がなくなり露出している翅の根本の太い部分を掴むと、メルトレソセルス頭を踏み、乱暴に引き抜いた。


 引き抜いた羽は、ゆるい網目のような黒い節があるだけで、かなり透明度が高く、反射で虹色に見えるだけで実際の色は無い。伝承に伝わる妖精の羽のようでとても美しい。


 これも原材料を知らないほうが良いパターンの品だった。


「根本は硬いから、ここまでは簡単なんだがな……。透明なキレイな部分は、運ぶ時にすぐ壊れるんだ。虹羽細工っていうこの羽根を貼り付けて虹色に輝かせる細工に使うから、大きければ大きいほど使いやすいらしい。だから、大きければ大きいほど高額になる。そこで使うのがこの白布本しろぬのぼんだ」


 そう言うと、白布本しろぬのぼんを取り出し開く。綿のように柔らかいページを何枚かめくったところに羽を挟み込んでいく。一枚はさみ、数ページ開けてまた挟むと言った具合で丁寧に収納していった。


「壊れやすいから丁寧にな」


 美しい羽が城のページに置かれるとより美しく見える。そんな光景にポラは「うん」と生返事をするのだった。


 収納が終わり三本のベルトをきっちりと締める。採取した素材と共に白布本しろぬのぼんをカバンに詰めると、リアーロは、ググッと背筋を伸ばし、こう言った。


「さーてと! 次の島に行くか!」




ダンジョン素材採取教本 第2巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第3項 メルトレソセルスの前足爪と背甲殻と虹薄羽……12

  初級 前足爪の外し方………………………………………13

  中級 背甲殻の外し方………………………………………14

  上級 虹薄羽の取り方と運搬方法…………………………15

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