列島 第二島 草原島

第21話 テンテンデッカー

 一行が草を刈りながら向かうのは、島と島をつなぐ大きな橋だ。しばらく進むと波の音が聞こえてくる。


「波の音だ。そろそろ近い」


「ここって、洞窟階層とつながってる階段の側ですよね?」


 地理をきちんと把握していたポラは、リアーロに質問する。


「ああ。階段を降りてきたときに橋が見えただろ?」


「そう言えばそうでしたね」


 ポラは、島の中央部に行かなくて良いのなら、よけいな魔物を回避できるし生息地も決まっているから稼ぎやすい階層だなと考えた。


「稼ぎやすそうな場所なのに、人がいませんね」


「昨日と今日は専属の奴らの定休日だからな」


 リアーロが言った専属とは、ハンター登録をしていなく製造会社に直接雇われている戦闘職のことだ。


 この島には、各沼を専門に攻略する部隊がいる。


 カエル沼には、ゴム製品で有名なレポブリック社と解毒薬の老舗スモルホ製薬の混合部隊が。


 カニ沼には、高級料理店の銀竜亭の部隊。


 ドンガメムシ沼には、昆虫装備のトップブランドのアイーエム社の部隊がいるのだ。


「あ~! あの揃いの色のマントの集団ですね」


「会社員だからあいつらは、定時と定休日がある」


 安定の雇われ、自由のハンターギルドと住み分けが出来ているようた。会社側の立場としても大量生産なら自社部隊、小規模生産ならハンターギルドと棲み分けが出来ている。


 そんな話をしていたところ、ジャングルを抜け海岸にたどり着いた。


 目の前には砂浜から伸びる橋というダンジョン外ではあまり見かけない光景が広がっていた。


 その橋は、石造りの強固な橋で、苔がびっしりと生えていることから、かなりの年月が立っているのが分かる。


「さて、橋を渡って、第二島の草原島に渡るぞ」


 ポラは、「はーい」と返事をして何事もなく橋を渡りきる。


 魔物以外の生物がいないのは、島の中だけでなく海も同じなので、シーサーペントやクラーケンなどの海洋魔物はもちろん小魚すらいない。なので、何のトラブルもなく通り抜けてい行く。


 橋を渡りきった先は、とても広い草原だった。例のごとく一部以外は、かなり背丈が高い草が視界を遮っている。小規模な林や、背の低い草しかない場所がいくつか見える。


「この草原島も魔物の生息地が決まっているタイプだ。これから行く魔物はなんというか、厳密には採取ではなく捕獲になるのかな?」


 ポラは、本に収録していよいものかと思い色々と質問をする。


「捕獲ですか……。それは素材採取と呼べるのでしょうか?」


 リアーロは顎に手を当てて、少し悩んだ後に答えを出す。


「一般の動物の飼いならしと決定的に違うからな、厳密に言うと、飼いならしにも素材採取にも当てはまらない。なにせ、これからする事は頭に張り付いている寄生生物を切除だからな。俺としてはぜひ載せてもらいたいんだがな……」


 ポラはそれを聞いて、動物の飼い慣らしより、解体に近いような気がしたので、本への収録しても良いと思ったのだが、一度見てから判断することにした。


「どちらかというと解体に近いので掲載してもいいと思いますけど、実際に見てからですね……」


 本への掲載が決まったわけでは無いが、掲載するかどうか判断するためにリアーロ達は、目的の魔物がいる地域へと歩き出した。


 密集した草をかき分けながら、橋から見えた草の背丈が低い場所に向かって移動を始めた。やはり洞窟のダンジョンと違い道中に危険はないようだ。

 

 しばらくすると難なく視界がひらけた場所へとたどり着いた。


「ここが狂乱の草原だ。ここにいる魔物は、テンテンデッカーという本来はおとなしい魔物だが……」


 リアーロが解説するのそ先では、悲惨なことが起こっていた。


「ムンナアアアアア!」

「ムルアアアアアア!」


 テンテンデッカーと呼ばれる魔物が血で血を洗う殴り合いをしている場面だった。


 テンテンデッカーは、二足歩行で筋力自慢なのだが、草食なので普段はおとなしい魔物なのだ。


 顔は、アザラシやマナティーのような可愛らしい顔をしている。少し突き出た口に、つぶらな瞳だが、今は鮮血のように赤い。灰色の肌はブヨブヨでシワシワだ。見た感じの質感は像やサイのようだ。


 体形は人間の様に二足歩行で手足があり、身長は成人男性よりも一回り大きい。しかし、その形は大きく違う。首や腰のくびれがなく、頭が体にめり込んでいるような体形で、肩と頭頂部が同じ高さにあり、腕は地面につくほど長くて、たくましい。


 手の先は親指と大きなその他の指が一体化したような形で、鍋つかみにそっくりだ。脚はその短さに比べてとても太い。足先は像のように末広がりで丸い爪がついている。


 そして背中はテンテンデッカーの名前の由来である黒いドット模様がついている。そして、血で血を洗う原因となっている後頭部に着いた寄生生物は、人面がついた木の根っこのような姿をしていた。


 バチン! と大きな音があたりに響く。


 2匹のテンテンデッカーは、強烈なフックを打ち合っている。巨体の長い腕から繰り出される、遠心力をめいいっぱい使った威力の高い攻撃だ。

 

「うわ……。あれムンナちゃんだ……。ひどい……」


 ポラは、テンテンデッカーを一度だけ目撃したことがあった。それは、一人旅の最中に街道沿いを歩いていた時だ。


 可愛らしい顔をした見たこと無い生き物が、大きなカゴを背負って、馬車の後を軽快に走りながら着いて行くところだった。


 その時に「ムンナ! ムンナ!」と掛け声をかけながら走っていたので、ポラは心の中でムンナちゃんと名前をつけて、ほっこりとしながら眺めていたのだった。


 その可愛らしい仕草と声は、目の前で起こっている惨劇で塗り替えられようとしている。


 ポラが目の前の光景と狂乱の草原という名前を一致させ、気分を悪くしているところに寄生生物の話を思い出すと、怒りが一気に寄生生物へと向けられる。


「あれ操られてるんですか? 許せないですね」


 リアーロがそういった瞬間、強力なフックが後頭部の寄生生物に当たり千切れ飛んだ。すると寄生生物が外れたテンテンデッカーは、ビクビクと痙攣するとそのまま動かなくなった。


「ムンナアアアア!」


 テンテンデッカーの赤かった目が黒くなると、悲痛な叫びが木霊する。血に染まった手と倒してしまった仲間を交互に見つめると、そのうち放心したようでボーッとし始めた……。


「だけどな、今みたいに無理やり剥がすと、テンテンデッカーの脳神経が傷ついて死んでしまうんだ。でも俺は、生かして開放する方法を見つけたんだ。だから、ぜひ広めたい!」


 そう言ってリアーロは、処理袋からいくつか道具を取り出す。


 取り出したのは、催眠薬、アップルパイ、除草毒、ナイフ、吸水粉きゅうすいこだ。


 催眠薬は、アネスセティックモスという魔物の鱗粉から作られる強力な睡眠薬で、かなり大型の魔物でも眠らせることができる強力な薬品だ。


 アップルパイは、街の食料品店で売っているごく普通のアップルパイだ。


 除草毒は、液体状の薬剤で植物系の魔物に使う毒で、弓使いが矢が効きにくい植物系魔物に対抗するために発明された毒だ。ガラス製のアンプルに入っており使用するときは先端を割って使う。


 吸水粉きゅうすいこは、海にいるシースライムのゲルを乾燥し、粉末状にした物で、体積の四百倍の水分を吸収して保持できる性質がある物で、小さな革袋に入っている。


 ポラは、道具準備するリアーロの背中を祈るような気持ちで見守る。

 

「まずは、テンテンデッカーを睡眠薬で眠らせる。こいつの好物は、果物なんだが、いろいろ試した結果リンゴよりアップルパイのほうが食いつきが良いんだ。だからこのアップルパイに睡眠薬を仕込んで近くに置く」


 アップルパイに豪快に粉末状の睡眠薬を振りかけると、ひっそりと行動を始める。


 リアーロは、テンテンデッカーの近くまで行くと、こっそりと後ろにアップルパイを置いて戻ってきた。


「今は放心しているが、そのうち操られて食べ物を探し始める」


 リアーロの言葉の通り、悲しみから放心していたテンテンデッカーは、アップルパイの匂いを嗅ぎつけた途端に、再び目を赤くしてアップルパイを貪り始めた。


 睡眠薬は、かなり強力なようで全てを食べ終わる前に、うつ伏せに倒れ込むと寝息を立て始めた。


「よし、第一段階成功だ。次はあのクソ寄生生物の寄生樹を除草毒で始末する」


 リアーロは、ポラと共に眠っているテンテンデッカーの側へと移動する。目をつぶり、すやすやと眠る大きな魔物……。それと栄養を共有していた木の根っこのような姿をした寄生樹も口を開けて眠っているようだ。


「睡眠薬で眠らせると寄生樹は必ず口を開けて眠るんだ。痺れ薬だと硬直して口を閉じちまうんだ」


 そう言いながらリアーロは、除草毒の先端を指で押して折ると容器を咥えさせるように寄生樹の口へと突っ込んだ。


 すると寄生樹は見る見るうちに黄色っぽく変色していき枯れたようになっていった。


「よし、寄生樹はこれで死んだ。でもまだ、脳神経に根が付いているから最後の処理に入る」


 死んだ寄生樹の背中をナイフで切り開きそこに、吸水粉きゅうすいこを振りかける。


「こいつは木のような見た目だが以外に体の殆どが水分なんだ。だからこうして吸水子で体内の水分を出してやると……」


 寄生樹の背にかけられた粉は、水分を吸い取りながらどんどん膨らみ始める。それと反比例するように寄生樹の体がどんどん小さくなってゆく。


「水分が抜けて、かなり縮むんだ」


 しばらくして吸水子がスライムのようにプルプルし始めると、ついに寄生樹はテンテンデッカーの頭からするりと抜け落ち地面に転がった。


 そして落ちた寄生樹をリアーロがすぐに踏み潰しバラバラにした。


「よし! 治癒力が高いから穴はすぐに塞がる。これで寄生樹の駆除は終了だ! あとはテンテンデッカーが起きるのを待つだけだな」


 リアーロが終わったことを告げると、ポラはすぐにテンテンデッカーに駆け寄り、その大きな体を優しく撫で始めた。




ダンジョン素材採取教本 第2巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第4項 テンテンデッカーの寄生樹駆除……16

 手順1 餌に睡眠薬を仕込んで眠らせる……17

 手順2 寄生樹への投薬………………………18

 手順3 寄生樹の剥がし方……………………19

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