第25話 ラミア
リアーロは、目の色を変えて走っている。砂山の影で微笑む下半身がヘビの美女へと吸い込まれるように走り寄っていく。
その美女はつややかな髪を風に揺らし、衣服は身につけておらず扇情的な体つきをしている。
ポラは、必死にリアーロの後を追いかけるが、魔法の射線にリアーロがちらつくため、魔法を放てないでいた。
ポラは、今まで一人で戦ってきた。なので、味方が攻撃魔法のじゃまになるという経験をしてこなかったため、慌てていた。しばらく追いかけて落ち着きを取り戻し、上空に飛び上がれば射線が通ると気がついたときには、もうリアーロはラミアの射程範囲だった。
走り寄ってきたリアーロをラミアは、恋人と再開した女のように大きく手を広げ、その豊満な胸を突き出し迎え入れた。
そして、断末魔が響き渡った……。
「ギシャアアアア!」
ポラの予想に反して断末魔をあげたのはラミアの方だった。
「悪即斬……」
リアーロは、ナイフを二本取り出すと、初手の二連撃でラミアの両肩の腱を傷つけ両腕を使い物にならなくした。
ポラは、唖然として遠巻きに見下ろしている。
その無駄のない動きと真剣な表情は、まるで歴戦のアサシンのようだ。その姿に……ポラの心は得体のしれない高揚感を覚えた。
アサシンモードのリアーロは噛みつこうと突進してきたラミアの攻撃を最小限の動きで回避すると、アゴの両側の腱を斬りつける。
「魅了の術は我には効かかぬ……大人しく素材となるが良い……」
いま一度魅了を掛けたラミアを蔑むような目で見下ろす。
ラミアが攻撃をする度にその部位の腱を破壊して行った。尻尾を動かせば、その腱を……頭突しようとすれば回転しながら腹と背を……。そしてラミアがピクリとも動かなくなるとリアーロは、ナイフを構えたままラミアを冷たい目で見下ろした。
残心……。死んだふりを考慮に入れた油断をしない心構えだ。
そして、ラミアの息の根が完全に止まるとリアーロはナイフをぽろりと落とし、頭を抱え大声で叫び始めた。
「ああああ! また殺っちまった! 何が悪即斬だクソぉおお! 俺のおっぱいちゃんがああああ!」
急変したリアーロの態度にポラの、ポワポワしていた謎の気持が、怒りへと転化した。
その勢いのまま「ガッカリですよ!」と言いながら魔力て作った拳でリアーロの頭をぶん殴ってしまった。
強い衝撃を受けたリアーロは頭が砂地にめり込みそのまま気を失った。
◆
気絶したリーロは、昔の夢を見ていた、それは楽しくも悲惨な夢だった。
それは、リアーロもまだ若く、現在のダンジョンで活動を始める以前のことだ。
そのころリアーロは、現在の素材道の店主である師匠と、その奥さんと3人で活動していた。
森を探索していたリアーロ達は、ある魔物に遭遇してしまった。
それは、魅了魔法を得意とするサキュバスだった。遭遇してすぐにリアーロは洗脳されフラフラと歩み寄りサキュバスの胸に顔をうずめる。
リアーロは幸せそうな表情でゴリゴリ生命力を吸われている。その姿を見た師匠夫婦は、大きなため息を付きながらサキュバスを退治した。
そもそもサキュバスの魅了魔法は気合いを入れれば、踏みとどまる事ぐらいはできるるのだが、リアーロは出発前に「操られても良いかも……」なんてニヤけていた。
若さ故の過ちか……いや、彼の場合は一生変わらないであろう……。
その一部始終を見て行動を起こしたのは師匠の奥さんだった。師匠の奥さんは呪術や魅了など人の精神に関する魔法の第一人者だった。
あまりにも情けない弟子の姿に魅了反転効果の呪印を刻み込む罰を与えたのだ。
呪印は、刻まれた人の魔力を使い常に魔法を発動するもので、デメリットが多く普通は入れることはない。リアーロはこの事により不得意だった魔法は完全に使い物にならなくなったのであった。
そして魔法と引き換えに、魅了魔法への対抗手段を手に入れた。それは、魅了魔法をかけられた瞬間に、精神を抑圧し無我の境地へと達する……。愛の反対は無関心とはよく言ったものだ。
ひとたび魅了を掛けられれば、いつもヘラヘラしている表情は封印され、寡黙な戦士へと変貌しまうのだった。
目を覚ましたリアーロは呪印の効果を聞いてとても悔やんでいた。
「なんてことだ……もう二度とエロい魔物をじっくり観察できない……」
彼は魔法が使えない事より無料のエロスを失ったことが何よりも辛かったのだ。
◆
「イテテ……」
リアーロはズキズキと痛む頭を抑えながら体を起こした。
「やっと目を覚ましましたか。頭がおかしくなったのかと思って、つい殴ってしまいました。一体何が起こったんです?」
リアーロは、自分の服の襟を引っ張り背中にある呪印を見せながらポラに訳を話す。
「魅了反転の呪印だ。こいつのせいで、魅了を掛けられると感情が完全に死んで、魔物を倒しちまうんだ……」
ポラは、呪印をちらっと見ただけで、解除できると気がついた。しかし、アサシンモードの彼を思い浮かべると、解除するのはもったいないと思い、黙っていることにした。
「そうですか、大変ですね……」
リアーロは、何だかそっけないポラに疑問を持ちながもラミアに視線を移す。
ラミアは擬態魔法が解けて、全身緑色の鱗に覆われたヘビ人間に戻っていた。生きている姿と全く違うラミアを見てリアーロは、大きなため息をつく。
ラミアは、卵生なのでもちろん乳はない……。面影があるのは、ヘビ顔と不釣り合いな艶めく髪の毛だけだった。
「はい、今回の講座はラミアの
ノロノロと処理袋から道具を出していく。
今回使用する道具は、ペンチ、ナイフ、銀脂肪、防水布だ。
ペンチは、金属製の先端同士が噛み合う構造で何かを挟んで離さないようにする道具だ。
リアーロは、ラミアをうつ伏せにすると、ある場所を指差す。
「ラミアの腰辺りには、
ポラが覗き込むと、たしかに一枚だけすごくきれいな色をした鱗があるのが見えた。
「ペンチで直接掴んで抜くと傷がつくから、まずは周りのウロコを全部引き抜く」
きれいな物を残し周りのウロコを全てペンチで引き抜いた。
「根本が露出したらナイフで皮膚ごと切り取る。そして残った肉片を取り除く」
ナイフを入れ
「次は、
うつ伏せのままのラミアの髪をかきあげ、ある場所を示す。
「髪の部分だけウロコがないんだ。だからこれに沿ってナイフで切込みを入れて、皮膚ごと髪を回収する」
ウロコが無い部分に沿ってナイフを一回りさせると、髪がついた皮膚の端をつかみ引き剥がした。
「このまま防水布にくるんで持って帰っても良いんだが、ひと手間加えると保存状態が良くなる」
そう言うと、今まで何度か登場した、メタルリザードの銀脂肪を取り出した。
「皮膚の裏側にこいつを塗っておくと髪がパサパサになるのを防げる」
髪がついている皮膚の裏側のグロテスクな部分に、銀色の脂肪を垂らし丁寧に塗り込んでいく。
「注意点はケチらずたっぷりと塗ることだ」
カツラのようになった頭皮を丁寧に防水布で梱包するとカバンにしまい。ムンナの籠にカバンを戻した。
「よし、今回の講座はこれで終了だ」
何だか疲れたリアーロは、ため息を付きながらクーに早く食べてくれと頼むのだった。
◆
ダンジョン素材採取教本 第2巻
著者ポラ、監修リアーロ
目次
第8項 ラミアの桃色鱗と艶髪……32
初級 桃色鱗の採取…………………33
中級 艶髪の採取……………………34
上級 艶髪の品質保持処理…………35
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