第26話 ロングポールアジッター
砂島の最後の魔物を求めてまた、あてもなく歩く。サンスパイダーやラミアと何度か遭遇したが、その度に倒しきちんと素材も回収していく。
しかし、一つ問題が起きていた。
「あの……ポラさん? なんでサンスパイダーは瞬殺するのに、ラミアには手出ししないんです?」
リアーロは、ポラの機嫌が悪いのかと思い丁寧語で訳を聞いた。
ポラは、苦笑いしながら「女性姿のラミアがなんだか可愛そうで……」とごまかしていた。本当のところは、アサシンモードのリアーロを見ているのが面白かったからなのであった。
リアーロは、ポラが酔ってエロ魔物のことをボロカスに言っていたのを覚えていたので、違和感しか感じなかった。
「あ、そうですか……」
リアーロは真意が分らずモヤモヤしていると、ポラが話題を無理やり変える。
「砂島の残りの魔物ってどんなやつなんですか?」
「ん? ああ、ロングポールアジッターって、スゲー背の高い魔物だよ」
リアーロは、右手の薬指と小指を折り曲げ、三本の指を立てると指先を下にして指をワキャワキャと動かす。
「こんな感じの三本脚の魔物だよ。遠くからでも見えるから、いたらすぐ分かるよ」
ポラは、さっぱり姿が想像できなかったが、その後しばらく歩いた時にリアーロがした形態模写がほぼあっていたことに驚く事となった。
「お! いたぞあいつがロングポールアジッターだ。」
リアーロの指差す先には、三本脚で、二階建ての建物ほど背の高い魔物がいた。
細部はカニや昆虫に近いようで、長い足と節がある構造だ。からだは三角錐の甲殻で見たところ目などの感覚器官はないようだ。
その三角錐の底面から三本の脚が生えている。その脚の先は槍のように鋭くなっていて、それをゆっくりと一本ずつ持ち上げた後に緩やかに砂地に突き刺し移動している。
「あんな見た目で、遅い動きだけど、めちゃくちゃ危ないやつだから注意しろよ。ほら獲物を見つけたぞ」
そう言ってリアーロが指差した先には、サンスパイダーが山陰に潜んでいた。ロングポールアジッターは、それを見つけると、歩くのとは違い大きく足を振り上げた。今までのゆったりとした動きからは想像もできないほど素早い突き攻撃を繰り出した。
「え!? あの距離から届くんですか!?」
その大振りで素早い突き攻撃は、サンスパイダーの片側の足を全て薙ぎ払った。そして動けなくなったサンスパイダーにじわじわと近寄り胴体が真上に来たところで停止する。
「やばい攻撃が来るから見ておけ」
リアーロの言葉にポラは固唾を飲んでサンスパイダーの末路を見守る。
シュウィーン!
聞いたこともない妙な音がすると、胴体の脚の付け根にある部分が開く。そこから、サンスパイダーめがけて、緑色の液体がボタボタと垂れはじめた。
シュワワワーーーー!
緑色の液体がサンスパイダーに触れると、発泡酒を注いだときのような音と煙を出し、その体が溶け始めた。
「あの液体はめちゃくちゃ強い酸なんだ。触れたら最後、骨まで溶けちまう」
「うわー。酸攻撃ですか……凄い」
だろ? というような表情でリアーロはポラを見る。
サンスパイダーが溶けて死んだのを見届けると、ロングポールアジッターは、別の獲物を探して歩き始めた。
「あれ? 食べたりしないんですか?」
「それが、あいつの意味わからないところだ。食事は必要ないらしく、どうやら溶かすこと自体が目的みたいで、最初の一撃で仕留めることもない」
ポラは意味のわからない生態に首をひねる。
「ゴーレムか、なんかですか?」
「いや、体内に魔石はないんだ。それに、茶色いドロドロが流れる管が体中を巡ってるから、もしかしたら生物かもしれない」
確かに魔力の気配は一切ない……。詳細を聞けば聞くほど意味がわからなくなった。
「それで、素材部位は何処ですか?」
「ああ、やるか。あいつは、脚を一本でも失えば、転ぶ。そして、諦めたようにそのまま動かなくなる。さらに、二本目を切ると完全に死ぬようだ」
生に執着が全くなさそうな情報で、ますます分けがわからなくなり、一切の考察をやめたた。
ポラがロングポールアジッターに向けて手をかざすと、前触れもなく二本の脚が突然、切断されズシンと砂山にその大きな体を倒した。
遠目から完全に動かなくなったのを確認すると、皆はその傍に駆け寄った。
リアーロが何度かつつき、最終死亡確認をするといつもの調子で講座を始めた。
「今回は、ロングポールアジッターの
いつもの処理袋から道具を取り出していく。
今回使用する道具は、
耐酸性手袋は、強力な酸を一時的に防ぐものだ。完全には防げないため素早い作業が求められる。
耐酸性ビンは、大きなビンの中にもう一回り小さいビンが入っている二重構造の物だ。コルクの蓋だと溶けてしまうため、蓋を含め全てガラスで出来ている。外の大きなビンには金属製の留め金が着いていて、偶然外れると言ったことが起きない作りになっている。小さい中ビンの蓋は棒状で縦に長く、閉めやすい作りになっている。
「まずは簡単な、
そう言うと倒れている足の方へと向かい、第一関節のところまで行くと、
バチバチと音を鳴らしながら硬い甲殻を溶かし、火花のように飛ばしながら切り進める。
成人男性の背丈のほどある大きな脚を切断した。すると、切断面から濃い茶色をしたドロドロの液体が溢れ、あたりに古い油のような匂いが漂う。
「この茶色いドロドロも、なにかに使えそうな気がするんだが、まだ使いみちはない」
リアーロはそう言いながらも、匂いが酷いので足で砂をかけて埋めてしまう。
「切った脚は、切り口を下にして砂に挿しておくと、中のドロドロが無くなるから軽くなって運びやすくなる」
砂に脚を突き立てると、他の二本にも取り掛かりすぐに切り取り終える。すると、三本の
「よし、脚は強酸液を取り終わるまでこのままドロドロ抜きをしておく」
そして、リアーロは、自分の頬を両手で挟むように叩き気合を入れる。
「次は強酸液なんだが、これは腐食した扉を開けたり色々使える。俺もこの後に使う予定がある」
ポラがうなずくのを確認すると、リアーロは少し声色を低く変える。
「……こいつの酸は、超強烈だからミスると大事故になる。その事を絶対書いてくれ。そして、」
ポラは真剣な表情でうなずくと「はい!」気合のこもった返事を返した。
「よし、まずこの耐酸性手袋なんだが、こいつの酸が強すぎて三十秒しか持たない……」
ポラはゴクリとつばを飲み込む。時間切れになってしまえば、指や腕が溶けてしまうことは容易に想像がつく。
「まずは耐酸性ビンの蓋を開けて準備をしておく。触り始めてから準備をしてなかったとあせって酸の着いた手袋で荷物を触り、溶かしちまったなんて事も起こってるから注意だ」
しっかり中瓶の蓋を取りロングポールアジッターの胴体の近くに置く。誤ってぶつかっても倒れないように少し砂にめり込ませる。そしてすぐ横に棒状の蓋も突き刺しておく。
「よし……ここからは、時間との勝負だ。こいつの口をこじ開けて酸性の液体をビンで汲む。自信がなければ、開く役と汲む屋を分けて二人でやっても良いぞ」
リアーロは、牙が折り重なったような口を慎重に開き始める。口に触れた瞬間に手袋からシュワシュワと言う音と共に煙が上がる。
「力任せにやって強酸液が飛び散る事故もあるからゆっくり丁寧にな」
ポラはそれを聞いて、これは難しい採取だと思った。手袋のタイムリミットが迫る中ゆっくりと慎重にするには、どれだけの胆力が必要なのかと……。
口を開ききると、すぐに次の行動に移る。
「よし、開いた。そうしたらすぐに、ビンを酸液につけるようにして一気に汲む!」
口から手を離すと開いた口がゆっくりと閉じていく。口が閉じる前に素早く酸溜まりにビンを突っ込んだ。
ドプンと、ビンに液体が入る音が聞こえるとリアーロは、すぐに酸溜まりから手を引き出して、ビンを砂に突き刺し固定した。そして、近くに転がしておいた蓋を閉めた。
強酸液が付着していたビンの外側からは、砂を溶かしているであろう煙が上っていた。
蓋がしまったのを確認すると、すぐに手を砂に突き刺す。かなり深く差し込むと、手袋の裾からきめ細かい砂が入り込み滑りやすくなる。滑りやすくなったのと砂の圧力を利用して手袋を砂の中に残したまま手を引き抜いた。
「よし! セーフ!」
手に異常がないことを確認すると、砂に埋まっている手袋の端をつまみ上げた。
持ち上げられた手袋は、ボロボロになりところどころ穴が空いていた。
「うわ、結構ギリギリだったんですね」
「ああ、この採取は、何度やっても怖い。できればやりたくないな」
そう言いながらもヘラヘラとしていて意外と余裕がありそうだ。きっと彼は、今回もよく見えるように時間の許す限り、ゆっくりやったのだろう。
強酸液を入れたビンや蓋に砂をかけて、煙が上がらないのを確認すると、砂をフッと息で吹き飛ばし外ビンに入れ厳重に蓋を締めた。
その後、丁度ドロドロが抜けきった槍脚を回収しムンナのカゴに入れる。強酸性液が入ったビンは、かごに入れず、処理袋へ採集用の道具として収納した。
リアーロは、
「よし、これで今回の講座は終了だ」
リアーロは、腰に手をあててぐぐっと伸ばしながら愚痴をこぼす。
「溶けない手袋か、溶けない
強酸液は第二巻の発売以降に、需要が高まるかもしれない。その素材が楽に取れるようにと、道具の進化を願うリアーロであった。
◆
ダンジョン素材採取教本 第2巻
著者ポラ、監修リアーロ
目次
第9項 ロングポールアジッターの槍脚と強酸液……36
初級 槍脚の切断方法……………………………………37
中級 槍脚の液抜き………………………………………38
上級 強酸液の採取(死亡の危険あり!)……………39
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