列島 第三島 砂島

第24話 サンスパイダー

「ムンナ! ムンナ!」


 ムンナが、楽しそうにリズムを刻み大きな荷物を運んでいる。右手には二十五本の槌の柄を脇に抱えている。そして、左手には槌の打面が五十個入った防水布の包を持っている。


 数分前リアーロとポラが二十五本分の槌の素材を前に呆然と立ち尽くしていた。梱包したのは良いが動かすことができなくなっていたのだ。その様子を見たムンナがクーを地面に置き、かわりにその素材郡を軽々と持ち上げたのだ。


 残りの二十五個の魔石が入った袋はリアーロが持ち、六百本のビスは持ち帰ることが出来ず諦めることにした。


 魔物に遭遇しないように、海岸線を通り安全に帰路へと着いた。


 大量の物資を抱えたムンナはすごく目立ち、ダンジョンからギルドまで行く間に見物人があとを付いてくる妙な行列になった。


 ポラを先頭に、魔石でパンパンのカバンを背負うリアーロ、ゴロゴロ転がる金の卵のクー、荷物満載のムンナと並び、その後を子供たちが面白がって、付いてくる。


 ギルドまで行くとその大量の荷持に驚いた職員に裏手にあるギルドの素材倉庫へと連れて行かれた。


「なんか、おかしなことになったな」


「そうですね」


 このあと二人は、買取担当職員のサブリナに「素材が大量にある場合は、転移神殿まで呼び出してください」と軽く叱られたが、貴重な素材を大量に売ったおかげで、査定が終わる頃には上機嫌になっていた。


 お金を受け取り明日の予定を立てると解散し、それぞれの家へと帰っていった。



 翌日リアーロは転送神殿での前でポラが来るのを待っていた。


 ポラとリアーロは、待ち合わせをした時に早くも遅くもなく、時間ドンピシャで行くタイプだったので、どちらかが待つということは今までなかった。しかし、今日はポラが遅れているようだ。


 リアーロは特にやることもなく、横を通り過ぎる女性だけのハンターパーティをなんとなく目で追っていた。そんな事をしているとポラの声が聞こえてきた。


「遅れてすいませ~ん」

「かまわんよ」


 リアーロが振り返るとそこには、ポラが小走りで近づいてくる姿があった。その後ろをムンナがのっしのっしと歩いていた。左手にはクーを抱え、背中には昨日までなかった背負い籠しょいかごが見えた。


 背負い籠しょいかごは、植物の蔓を編んだ物で、立った大人が四人入れるほど大きく、昨日ムンナが持ち帰った素材ぐらいなら全部入りそうだ。


「フッフッフッ! 気が付きましたねムンナちゃんの背負い籠しょいかごに!」


 ポラは、ギルドで解散した後にテンテンデッカー用の大籠おおかごを購入したようだ。


「ムンナ!」


 ムンナもリアーロに籠を見せつけるように体をひねる。


「おお~、ハンギングバインの背負い籠しょいかごか! 良いご主人さまに会えて良かったなムンナ」


 リアーロは、すぐにその材質に気がついた。ハンギングバインというのは、蔓植物の魔物で生き物を吊し上げて殺した後に、その死体に根を張る魔物だ。その蔓は、普通の刃物では切れないほど硬くしなやかで、素材として一級品なのである。


「さすが先生! すぐに見抜いちゃいましたね。これから荷物はムンナちゃんにお任せですよ」


「これは頼もしいな。よろしくな、ムンナ」


「ムンナ~!」


 気合い充分なムンナとともに一行はダンジョンへと入っていく。


 魔物を回避するため海岸線を歩き橋を二つ越えると三番目の島へとたどり着いた。


「ここが列島階層の第三島、砂島だ」


 橋を渡り終えた一行の前に姿を表したのは、見渡す限りの砂、砂、砂だった。


 足元はもちろん砂、遠くを見れば砂山、空を見上げれば砂塵……。


 砂島、はその名のとおり砂しか無く完全に砂漠であった。海岸の砂浜から内陸まで見渡す限り砂だった。


「砂しか無い……」


「面白いだろ? まるで砂漠なのに全然、暑くないんだ」


 ポラは言われて初めて気がついたが、たしかに林の中を歩いているときと温度が変わらず、不思議な気分になった。


「本当ですね」


 改めて考えて見ると、この光は、太陽光と言うより部屋の明かりのように暑さを伴わないものだと今更気がついた。


「ここは内陸にいけばすぐに魔物が現れる。砂山の向こう側には魔物がいると思ったほうが良いぞ、それに三種類の魔物がいるんだが場所は決まっていないから洞窟階層みたいにあてもなく歩くぞ」


 砂山で視界が切れているので何時魔物があらわれてもおかしくないようだ。二つの島で魔物の場所が、固定されていたのに慣れてしまっていたポラは、かなりめんどくさそうに「またですか」と愚痴をこぼした。


 愚痴など、お構いなしにリアーロは「行くぞ」といって移動を始めた。


 目の前に砂山が現れれば、わざわざそれを乗り越える。山陰に魔物が湧くので仕方のないことなのだが、これがかなり辛かった。


 ポラは疲れ切っていた。熱くはないが、砂に足を取られ思うように歩けずにいた。だがリアーロは、全く砂地を苦にしていないようであった。


 海辺で生まれたリアーロは、子供の頃に、転んでも怪我をしないのを良いことに砂の上をバカみたいに走り回っていたおかげである。


 そんな事を知らないポラはリアーロが特別なだけなのかと思いムンナを見た。しかし、ムンナは平たくて大きな足の裏が砂地をしっかり捉え、ポラの数倍体が重いのに全く足をとられずに歩いていた。


 そこでポラは、自分だけワタワタしているのに嫌気が差し、魔力で体を浮かせ始めた。


 そんなポラを見てリアーロはよけいな一言を言いながら頭をワシワシとなでた。


「ははは、やっぱり山育ちは砂地は苦手か」


「むー」


 ポラはイラつき、雪山があったら同じことを言い返してやる! と心に誓ったのであった。


 ポラが飛び始めて二山目の頂上で最初の魔物と遭遇した。その魔物は山間の日陰でじっとしていた。


 その魔物は、ひと目で人間も捕食対象だと分かるほど大きい。その姿は、巨大な蜘蛛のように見えるが、蜘蛛とは少し違うようだ。足は十本で、蜘蛛よりも腹が長い。顔の前には太く丸いサソリと同じ鋏角きょうかくが付いている。その丸みの大きさからして、その力はかなり強そうだ。


「あいつはサンスパイダーだ。ヒヨケムシってやつの魔物で蜘蛛のように素早くサソリのように力強い」


 サソリと蜘蛛の間の子のようなサンスパイダーは、能力もその通りなようだ。二本の前足を触手のように動かし警戒している。その足がリアーロ達の方角に向くとピクピクと痙攣したような動きをした。


「素材部位は顔の前の鋏角と腹だ!」


 サンスパイダーに感知された事を悟ったリアーロは、素材部位を大声で叫んだ。


 それと同時に、サンスパイダーは、素早く向きを変えるとその長い足をワサワサと動かし砂山を駆け上がり始めた。


 しかし何だか、様子がおかしい。砂を掻くたび関節に砂がまとわりつき、徐々に動きが遅くなり砂山の中腹に差し掛かった頃には全く動かなくなった。


「隙間という隅間に砂を詰めてやりました。もう動けないし直に窒息死しますよ」


 やはりポラの魔法であった。リアーロは念の為首の後の隙間に厚手のナイフを突き立て、とどめを刺すと平らな山間に向けて蹴り落とした。


 それを追いかけるようにポラも着地した。


 リアーロもサンスパイダーのところまで移動すると、道具を出しながら、お決まりの文句を言う。


「今回の講座は、サンスパイダーの鋏角きょうかく腹液ふくえき精包せいほうだ」


 取り出した道具は、厚手のナイフ、腹液ふくえき用コック、大きい空きビン、防水布だ。


 腹液ふくえき用のコックは、市販の樽用のコックにリアーロが、手を加えた道具だ。虫の腹に突き刺せるように、樽に入る部分を鋭利な金属コーンに変えてある。


「まずは、鋏角きょうかくだな。このずんぐりとしたハサミのような部分だ。ここだけはすごく固く熱にも強いから防具に使われるらしい」


 そう言いながら頭の前にある大きな鋏角きょうかくを引っ張り縮まった関節を伸ばすと厚手のナイフを関節に突き刺しぐちゃぐちゃとかき回した後に引きちぎった。


「こんな感じに取るのは簡単だ。カニの爪の解体とほぼ同じだな」


 採取した物をカバンに入れ次の作業へと移る。その手には、腹液ふくえき用のコックが握られていた。


 まるで巨大な芋虫のような腹部の横に移動する。


「次はこの中に入っている腹液ふくえきだ。」


 そう言ってサンスパイダーの腹部をたたく。それは意外に柔らかいようで、叩かれる度にフヨンフヨンと波打っている。


「芋虫みたいに縦に線が入ってるだろ? この三番目の線の丁度ど真ん中ぐらいにこいつを突き刺す!」


 逆手に持った腹液ふくえき用のコックを叩きつけるように腹部へと突き刺した。そして、すぐに大きな空きビンをコックの出口に添えてコックをひねる。


 すると、乳白色の液体が腹圧によってどんどん絞り出され空きビンに溜まっていく。


腹液ふくえきは、たいていビンに四本ぐらい取れる。多いと五本目に入るから準備しておいたほうが良い」


 ポラはどんどん溜まっていく液体を見て、何気なく質問する。


「この液体は、何に使われるんですか?」


 リアーロは、渋い表情になる。できればそれには触れたくなかったからである。しかし、聞かれてしまったら答えないわけには行かなかった。


「……ホワイトソース」


「え?」


「これは、サンシチューのホワイトソースだ……」


 サンシチューとは、街の外れにあるホワイトシチューの一品だけで勝負している飲食店だ。値段がすごく安く一般の人・・・・に評判のいい店だ。


 ポラは、ピンときてしまった。安くて評判のいい店なのに、低所得になりがちなハンターたちがほとんど居ない理由に……。


 ちなみに、ポラはそこで食事済みであった……。


「えっと……これは本に書けないやつですね……」


「ああ……。でも俺は最近こう考えるんだ。サンスパイダーが腹にホワイトソースを溜めているのではなく、人間が美味いものを求めた結果腹液ふくえきになったのだと……つまりオリジナルはこっちだと……」


 二人は、沈黙し、じょじょにビンに溜まっていく白い液体を見つめるしかなかった。


 腹液を出し切って縮んだ腹部からコックを抜くとビンに蓋をして次の作業へと移った。


「次は、精包せいほうだな。交尾の時にメスに渡す金……球体だ。これの中身には虫避けの効果がある」


 リアーロは金玉と言いかけて言葉を濁す。ポラは何を言いかけたのか解ってしまい苦笑いをした。


「とにかく腹を掻っ捌いて取り出すから、腹液を取ってからじゃないと大惨事になるぞ」


 そう言うと、コックを刺した場所をナイフで切り広げると、腕まくりをしてその穴に手を突っ込んだ。


「ここからは完全に手探りだ。拳ぐらいの大きさで少し硬くて弾力がある球体だ。触ればすぐに分かる」


 そう言いながら手をあちこちに動かしている。そして、「あった」と言うと手を引き抜くとその手には卵黄のように黄色い球が握られていた。


 リアーロはその玉を防水布にくるむと、腹液まみれの手に砂をかけて吸収させ洗い流した。


 リアーロが採取した物をカバンにまとめると、ムンナがそれを指差しかごに入れてと強請った。リアーロが籠にカバンを入れてやると、ムンナはとても嬉しそうだった。


「よーし。今回の講座はこれで終了だ!」


 無事に講座を終えた彼らに、男が絶対に目を合わせてはいけない魔物が忍び寄っていた。


 作業を終えて腰を伸ばし一息ついたリアーロは、山陰から表れたその魔物の目をしっかりと見てしまった……。


 その魔物はラミアだ。サキュバスと並び魅了の魔法に長けた魔物で、目を見た男を虜にし、その血をすする魔物である。


 ポラが気がついたときにはもう遅く、リアーロはすでに全力でラミアの元へと走り出していた……。




ダンジョン素材採取教本 第2巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第7項 サンスパイダーの鋏角と腹液と精包……28

 初級 鋏角の取り外し………………………………29

 中級 腹液の採取……………………………………30

 上級 精包の採取……………………………………31

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