第12話 スマッシュエイプ
リアーロは、後ろから妙な視線を感じて身じろいだ。「美味しかったです」と言って蜜が入っていた小瓶を返されてから妙な視線を感じていた。
その視線の先は、ハニーアントの蜜袋をしまったカバンがある。どうやらポラは味わい足りなかったらしく、飢えた獣のように視線を送っている。
「……ダンジョンを出てから使うから食うなよ」
それを聞いたポラは、手で口元を探り涎が垂れていないことを確認すると、「そこまで飢えていませんよ」と態度とは逆の言葉を吐いた。
リアーロは、「ハハハ……」と苦笑いしながら、次の魔物を探す。
「そう言えば、先生の処理袋って魔道具ですよね? なんで素材を別のカバンに入れてるんですか?」
処理袋から出る魔力を感じ取っていたポラは、疑問に思った。異次元収納系のカバンなら、採取した素材も、そちらに入れたほうが軽くて楽なのにと疑問に思ったからである。
「ああ、こっちは処理に使う道具類で満杯なんだ。見てみるか?」
そう言って、リアーロは、処理袋の口を開いて見せた。
ポラは、次元収納なんだから、見たって黒いだけなんじゃ? と疑問を持ちながらも鞄の中を覗いた。
ポラの予想とは違い、袋の中はすごい光景が広がっていた。
「うわ、なんですかこれ!? 次元収納袋じゃなかったんですか!?」
「ああ? 次元収納袋なんて高くて買えないだろ!
ポラの言っていた次元収納袋は、魔法大国から輸入した超高級品で、手を突っ込むだけで欲しい物が取り出せ、中の広さは馬車二台分で、中に入れた物の重さも無くなる超すぐれものだ。
それに対して小人袋というのは、中に入れたものが、どんな大きさのものであろうが、同じ大きさに縮む魔道具で重量軽減も半分ほどだ。こちらは、この町でも作られているほど安価なものだ。安価と言っても、中堅ハンターが悩んだ末に買うほどの値段なのだが。
若くして金竜を屠るようなポラは、金銭感覚が完全にぶっ壊れていた。ポラは、高いと言われてもピンと来ていないが、改めて処理袋の中を覗いた。
宝石商が宝石を入れておくルースケースのような小さな棚が何枚もあり、そこには、今まで見た道具が縮小されて、綿に包まれるように収められている。
袋の中は、まるでミニチュアハウスの道具博覧会のような見た目になっていた。
棚にはラベルが貼られており、刃物類、木製品、消耗品……など、その種類は豊富で棚が何枚もある。
「なんだかキレイですね」
「大切な仕事道具だからな」
リアーロは、人生の集大成と言っても良い処理袋を褒められて機嫌が良くなった。今では、次元収納袋が手に入ってもそちらは使わないだろう。それほどこの処理袋を気に入っている。
ホワァホワァ! ホワァホワァ!
いい気分に浸っていたところに魔物が現れた。少しはなれたところで地面に拳を打ち付け、大地を打ち鳴らしこちらを威嚇している。
威嚇しているのは、二人が見上げるほど大きな猿だった。
この大型の猿はスマッシュエイプという名前だ。白い体毛に覆われていて、やけに腕だけ発達している。その豪腕から繰り出される強烈な攻撃が名前の由来でもある。
その特徴的な太い腕は女性の胴回りより太く指も人の足ぐらい太い。それに対して下半身は貧弱で、おまけのように小さい。そのためスマッシュエイプは、拳を地面に付きながら歩くナックルウォークとよばれる動作で移動をする。
威嚇の効果がないと解ると、二人に向かって突進を始めた。
「出番ですね! 素材は何処ですか?」
リアーロは、急いで処理袋の口を閉じて指示を出す。
「素材は、拳と腕だ!」
ポラはそれを聞いて魔法を放った。
白い玉が音もなく移動し、スマッシュエイプの心臓のあたりをすり抜けた。
いや、それはすり抜けたように見えただけだった。その証拠にスマッシュエイプの心臓部分は黒く炭化しボロボロと崩れ落ちた。
ポラが放った光の玉は、ありえないほどの高温だったようだ。
心臓を失ったスマッシュエイプは、前のめりに倒れ込むと血溜まりを広げていった。
「ふむ血抜きは、完璧だな。今回の講座は、スマッシュエイプの
リアーロは、処理袋の小さな棚のガラス蓋を開けて親指の先ほどに縮まった道具を丁寧に取り出していく。
鞄の口から外に出るとそれは、本来の大きさを取り戻していく。
今回取り出したのは、ナイフ、バール、防水布、麻糸だ。
麻糸は、ごく普通の麻糸でかなり丈夫な糸だ。
「まずは拳石だな。これは拳についている硬質化した皮膚だ。ナイフで切込みを入れた後にバールで引っ剥がす」
拳の先端についているグレー色部分の周囲にナイフでぐるりと切込みを入れると、その隙間にバールを差し込み引き剥がした。
「八個もあると流石に重労働だな。これは、大きさもその機能も膝当てに最適なんだ」
片方の拳に四つ両手合わせて八枚の拳石を手際よく剥がしていく。剥がした拳石の裏側を軽くナイフでこすり余計なものを取り除いておく。
タッ! タッ! タッ! タッ! タッ! タッ!
その作業をしていると、リアーロの横をものすごいスピードで何かが走り抜けていった。
「何!? 先生! 今なにか、すごいスピードで走り抜けていきましたよ!」
驚いているポラに対し、リアーロは何事もなかったように答えた。
「ああ、あれはランニングオニオンだ。この階層最後の魔物だな。害はないから好きに走らせておけ」
唖然としているポラに、構わずリアーロは解体を続ける。
「さてと、次は腕肉だな。これがまた噛めば噛むほど味が出る系の肉で、かなりうまいぞ」
そう言うと、ナイフで拳と腕の境目にナイフを入れて筋と軟骨を切り、ねじ切るようにして拳を腕から取り外す。次に肩にも同じ作業をして腕を切り離した。
「ふぅ、デカくて大変だな」
それもそのはず、腕は女性の腰ほど太く、切り取られた腕を並べると人間が二人横たわっているように感じるほど大きい腕だ。
「次は皮を剥ぐ、これがまたデカくて大変なうえに毛皮は使えないんだ」
防水布の上に乗せると腕の肉が薄い外側に切込みを入れ、毛皮を剥がしていく。皮と肉がかなりくっついているので無理に引き剥がせず細かくナイフを入れて剥がしていく。
取り除いた皮は、売れないので胴体と一緒に捨てておく。
「さて、このまま持って帰ってもいいんだが、肉が型くずれして値が下がらないように麻糸で締めておく」
麻糸を腕肉にグルグルと巻きつけていく。糸を巻くと、台形だった肉が骨を中心にキレイに丸くなり、まるで丸太の様になった。
「フーッ! コレで、スッマッシュエイプの処理は終わりだ。」
「あの……先生? コレどうやって持って帰るんですか?」
ポラは、人ほど大きな二本の腕をみながらリアーロに訊ねた。
「そりゃお前一人一本担いで帰るに決まってるだろ?」
「嘘でしょ!」と驚くポラと、「他にどうするんだよ」と困った表情で言ったリアーロの間をまた、ランニングオニオンがタッタッタと走り抜けていった。
「玉ねぎ!」
慌ててダイビングキャッチしようとしたポラの手をするりと避けて、ランニングオニオンは洞窟の通路へと消えていった。
ポラは何だか急に疲れてしまい、その場に倒れたまま仰向けになり「ぐえー」と奇妙な声を出した。
◆
ダンジョン素材採取教本 第1巻
著者ポラ、監修リアーロ
目次
第11項 スマッシュエイプの拳石と腕肉 ……43
初級 拳石の剥がし方 ……44
中級 腕肉の取り方 ……45
上級 腕肉の下処理 ……46
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