第13話 ランニングオニオン
「おいおい、あまり無理するなよ。二日酔いで調子が悪いんだろ? いつもの調子に戻ったと思ってるけど、まだ抜けきれてないからな?」
普通は、二日酔いの状態でダンジョン探索はさせない。しかし、ポラの規格外の強さと、ポラ自身が休むのを拒否したので、この状態で探索をしていたのだった。
「もう一歩も動けないです」
ポラはそう言いながらゴロゴロ転がり腕肉の横まで行くと防水布に包まれた肉をペチペチと叩く。
「こんな重いお肉持って、あの早いやつは捕まえられませんよ」
グダグダモードの突入してしまったポラを見下ろしてリアーロはため息をつく。
「あのなぁ、そもそもランニングオニオンを走って捕まえるのは無理なんだよ。だから今回の講座に簡単な捕まえ方も含まれるんだよ」
するとポラは、「そう言う事は早く言ってください」と言って立ち上がった。ただ単に重いものを持って走るのが嫌なだけだったようだ。
それから、二人はクーがスマッシュエイプの残骸を食べるのを見届けると、講座を始めた。
「今回の講座はランニングオニオンだ。こいつは体がまるごと素材だ。脚がとてつもなく早いし、無理に捕まえると、催涙ガスを噴射する。こいつが目に入ると二日は目を開けられないぐらい痛いぞ。そしてガスを出しちまうと、シワシワにしおれて素材としてダメになる」
ポラは、あのとき捕まえられなくてよかったと心の底から思った。素材がダメになったうえに二日も悶絶する羽目になるところだったのだ。
「まずは本体を傷つけない倒し方だな」
そう言って処理袋から道具を取り出す。
湧水杯、クワ、ナイフ、
クワは、普通の農業用のクワで、
「まずは、地面を耕す」
クワで地面を耕しランニングオニオンが入れるスペースの畑を作る。耕し終わったら湧水杯で土にたっぷりと水分を与える。
「よし完成だ。あとは奴が根付くまで、俺たちは腕肉の影に隠れて待つ」
ダンジョンの一角にくろぐろとした土の畑が出来上がった。乾いた洞窟の地面とは違いそこだけとても潤っている。その潤いに惹かれてランニングオニオンは、根を張るのだ。
腕肉に隠れるように、這いつくばって畑の様子を伺う。
しばらくすると、ランニングオニオンが通路から勢いよくこの部屋に走り込んできた。畑が目に入ると、ピタッと足を止めた。
ようやく姿がじっくり見える。その姿に驚きポラささやく。
「うわ、顔と足がついてる……」
ランニングオニオンは、玉ねぎに足と顔がついた魔物で、低級のトレント族と言われている。頭の先には緑の細長い葉が付いていて、胴体と足は白い。足と顔以外は掘り出したばかりの玉ねぎそのものだ。
「よし、畑が気になってるな」
玉ねぎの顔は、表情豊かだ。畑を見つけて感動に打ち震えるようにポーっとした恍惚の表情をしている。
ランニングオニオンは、あたりを雑に見回すと、畑に入り腰を下ろすと更に表情を緩める。
「温泉に入ってるおじさんみたいですね」
ポラの的確な例えに、リアーロは吹き出すのをぐっと我慢した。
「プッグッ……。危ない笑っちまうところだったぞ」
リアーロが文句を言いながらポラを突くと、ポラは「ごめんなさい」と言って舌をペロッと出した。
そんな少女らしいポラを見たリアーロはニヤケ顔をごまかすように玉ねぎに目を移す。
すると、玉ねぎは目をつぶり眠っているようだ。
「そろそろ良いかな。あとは気絶させるだけだ」
ソロリソロリと玉ねぎに近づいていくリアーロ。
手の届くところまでいくと、頭の先の葉をつかみ一気に引き抜き、そのままグルグルと振り回す。
「うわあああ~~~~」
声を上げたのは玉ねぎだ!
「ぎゃぁー! シャベッタ!」
ポラは驚きのあまり思わず叫んでしまった。
「よし、目を回したぞ!」
ランニングオニオンは、漫画のように目をうずまきにして、足をだらんとして失神している。
リアーロは素早くナイフを取り出し、玉ねぎの短く強靭な足を切り落とした。
「おう、まい、あいでんてぃてー」
玉ねぎは最後の言葉を発し苦悶の表情を浮かべたままショック死した。
「よし、本体を傷つけない倒し方は終了だ。次は、催涙ガスを出さない解体方法だな」
驚いて口が開きっぱなしのポラを気にせず講義は続く。
取り出しておいた
「こうなればもう催涙ガスは出ない」
そう言いながら枯れた葉の部分と根っこをナイフで切り取る。玉ねぎは絶望の表情をしたまま顔が固定されてしまったようだ。
「コレでもう食べられる状態なんだが」
ポラは、喋って走ってたやつを食べるの!? と思ったがモッキングバードがおいしかった事を思い出しその考えを引っ込めた。
「見ろよこの顔……」
リアーロがポラに玉ねぎの顔を向ける。ポラは、その顔をじっくりみると顔をしかめた。まるでこの世の全ての絶望を味わったようなひどい顔をしている。これでは食欲も失せるというものだ。
「だから、下処理として顔を削っておく。これはかなり難しいし、失敗すると傷物になるから自信がないやつはそのまま売ったほうが良いぞ」
リアーロは、ナイフを浅く当て表面を少しずつ 少しずつ削っていく。
「この口の奥の一番へこんでいるところに、高さを合わせると傷物にならないんだ」
そう言いながら盛り上がった玉ねぎの顔を丁寧に削いでいく。
「よし! これぐらいでいいだろ」
削り終わった玉ねぎは、見事に顔が消え大きいだけの玉ねぎになった。
「さて、今回はこれで終了だ」
「先生ありがとうございました。それで……この腕肉は……」
リアーロが腕肉を見るとそれに近寄っていく。
「よっと! これぐらい持てなきゃハンターは務まらんぞ」
そう言うと人二人分ぐらいある腕肉を両肩に担ぎ、鼻歌交じりに楽々と歩き出した。
「先生すごい!」
前衛職はこれぐらい出来て当たり前だが、魔術師の中で育ったポラにとってその光景はとても力強さを感じるものだった。
「よし、このまま第五階層に行くぞ!」
ポラは自分お耳を疑った。いくら力があるとはいえ探索を続行するとは思わなかったからである。
「このまま次へ行くんですか?」
「いや、第五階層はボス階層だから部屋の前に転送魔法陣があるんだよ」
第五階層は、通称ボス階層と呼ばれ、上り階段がある部屋とボスが居る部屋上り階段がある部屋の三部屋しか無い。
第四階層からおりたところには、大きな扉と転送魔方陣がある。なので、四階から上がるより五階層へ降りたほうが早く帰れるのだ。
「へぇ~やっぱりダンジョンて何者かの意思をバリバリ感じますよね。自然派は本当に馬鹿ですね」
ポラは、ダンジョン巨大生物派なので、ダンジョンに何者かの意思が介在するのは大歓迎だ。そしてポラはそれ見たことかとダンジョンは自然物という自然派を馬鹿にする。
しかし、この場に自然派は居ないので、リアーロが興味なさそうに「そうだな」と言っただけで終わった。
そうして二人は、階段を降り転送魔法陣の前に立った。
◆
ダンジョン素材採取教本 第1巻
著者ポラ、監修リアーロ
目次
第12項 ランニングオニオン ……47
初級 本体を傷つけない倒し方 ……48
中級 催涙ガスを出さない解体方法 ……49
上級 傷をつけない顔削りの方法 ……50
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