ダンジョン素材採取教本 第二巻

第34話 凱旋、襲撃、執筆

 目的を達成した一行は戦利品を手にボス部屋の先の転移装置を使い神殿へ転移して地上へと戻ってきた。


 するとすぐに人だかりができ始める。人だかりには、二種類の人がいるようだ。


 リアーロが背負っている一枚の大きな甲羅に注目する人々。それと、ムンナの頭の上に乗る3匹金赤青の子竜たちに注目する人々だ。


 金色の竜が何者かというと卵だったクーである。いつものように残った肉片をクーに食べさせたところ、ついに卵から孵ったのだ。もちろんクーのキラキラでも甲羅付近は分解できなかった。


その両側を固めるのはポラが召喚した赤青竜兄弟だ。彼らは小さいクーに合わせて気を効かせて姿を金竜よ少し小さな姿に変えたのだった。


「金竜様、見てくだされ。人間たちもあなたの再誕に集まって来ておる」

「兄者の言うとおりだ。さすが金竜様だぜ」

「え~僕のためにみんな集まってくれたの~。ヤッター」


 小声でわきゃわきゃと小さい竜が話すさまは、遠目から見るととても愛らしい。


 リアーロ、ポラ、ムンナの順でギルドまでの道を行く。いつものようにムンナの後を子どもたちがついてくる。しかし今日は悪ガキ共だけではなく、今まで興味なさげだった女の子までその列に加わっている。子竜の可愛らしさにやられたようだ。


 そんな後方の様子のせいかリアーロに声をかける人はいない。


「はぁ……俺もチヤホヤされてぇ」


 それを感じ取ったリアーロはなんだかなぁと少し落ち込む。


「先生、偉大すぎる人には近寄りがたいらしいですよ!」


 しかしポラは偉業を達成した英雄に声をかけづらいのだと信じて疑わない。


 そんな行列を引き連れてリアーロはギルドに向かう。


 すると、この騒ぎを聞きつけたであろう職員たちがギルドの外に出てきていた。


 その職員の集団の後方で様子をうかがっていた者がいる。それは買取担当職員でリアーロ達に執筆依頼をしたサブリナだった。なんの騒ぎかと人混みの中でぴょんぴょんと跳ねていると、一瞬だけ確保できた視界の中にリアーロが背負っている甲羅が飛び込んできた! サブリナは人混みをかき分けながらあわてて前へ出て来る。


「リアーロさん! まさかそれって!」


「ああ、ついにやったぞ不壊の甲羅を一枚引っ剥がしてきたぜ!」

 

「ああああ! 不壊の甲羅キター!」


 サブリナは驚きと共に喜び跳ね回る。もちろんサブリナの女の対男用凶器おっぱいもそれに合わせてハネる。男たちは一人の女性にその”凶器”と”嬉しくなると飛び跳ねてしまうくせ”を同時にもたらした神に感謝した。


 不壊の甲羅の買取価格は未知数のためその場でオークションに掛けられることが決まった。


 不壊の甲羅の採取成功の報は、初めの一枚をオークションにかけるという情報と共にすぐに広がっていった。



「ついに来たか!」


 その報を聞いた鍛冶屋は大喜びで金の工面をするために鍛冶場を飛び出した。


「弱点を解析するために必ず手に入れろ!」


 魔術師協会は恐怖に駆られ予算の都合に奔走する。


「飾るもよし! 王に献上するもよし! 手段は問いません! 必ず手に入れなさい!」


 各地の貴族は様々な思いから多方面から人員を送り出した。


 不壊の甲羅採取の秘密を探ろうとリアーロのもとに工作員が送り込まれる事となった。



「はぁやっと落ちついて飲めるぜ……」


 ここ数日間、色々と質問攻めにあっていたリアーロはぐったりと疲れていた。一方ポラは、ギルドに人が集まって混乱する前に「執筆作業があるのでお先に失礼します」とさっさと自分の屋敷へと避難して籠もりきりのようだ。


 オークションの打ち合わせを終え、絡んでくる同業者を振り払いやっと酒場のカウンターで酒と静寂にありついたのだ。


「ポラのやつ名声を上げ慣れているな……。いち早く離脱したもんな」


 そう言いながらグラスを傾けている。


 そんなリアーロに近づく者が現れた。


「おとなり、よろしいかしら?」


 艷やかな長い金髪、サブリナに迫るほどの胸の大きさ、スタイルのいい体に扇情的な衣装……。そして、このダンジョン街に似合わないピンヒールが足の美しさを際立たせていた。外を歩けば男たちの視線を釘付けするような美人だ。


 リアーロは、数秒ぼーっと見つめた後、少し挙動不審になりながらも隣に座る許可を出した。もちろん鼻の下はかつてないほど伸びていた。


 隣の椅子に腰を下ろした美女は、リアーロの手に自分の手をそっと重ねると耳もとに唇を近づけこう言った。


「あなたが不壊の甲羅を持ち帰ったのよね……。詳しく聞かせてほしいの……」


 そう言うと同時に女は魔法を発動した。


 それは、魅了の魔法だ。


 人間では珍しくこの女は魅了の魔法を持っていた。その特殊な魔法を駆使して彼女は工作員のトップ集団に名を連ねていた……。


 そんなものを使わなくても落ちかけていたリアーロは、その言葉を聞いて一言だけつぶやいた。


「採取方法はダンジョン素材採取教本の第二巻に記す……」


 最適な人員かと思われた魅了持ちの女は、リアーロにとっては一番通用しない人物であった。魅了の魔法をかけられたことにより、魅了反転の呪印が発動した。


 女の思惑通りにはいかずリアーロは寡黙な紳士と化してしまったのだ!


 不壊の甲羅についてどれだけ聞いても「教え子を裏切るわけにはいかない……」とグラスを傾け、いぶし銀の雰囲気を醸し出すだけで情報を引き出せなくなってしまった。


 教本が発売されるまでの短い間にどれだけ儲けられるかが肝であるため、女もここで引くわけには行かない。女はついに覚悟を決めた。


 酔いつぶれたふりをして、しだれかかり、アソコに手を触れ”体は正直ね”作戦を決行しようともしたが、驚いたことに一切の変化が見られなかった……。


 体を使う覚悟までしたのに、取り付く島もなかった。プライドを傷つけられた女は、怒りに震えながらも何故かあっさりと諦めて退散したのだった。


 女は酒場から外に出ると同時に、そこにいた全身黒ずくめの男に向かって話しかけた。


「私に絡め取られていれば極楽を味わえたのに……馬鹿な男ね。ほら、お望み通り拷問フェチのあんたの出番よ」


 しかし、話しかけても男は微動だにしなかった。無視されて不機嫌になった女は「ちょっと聞いてるの」と男の体を軽く押す。 


 すると、男は硬直したまま受け身も取らずまるで木の棒が倒れるようにパタリと地面に倒れた。


「なっ!?」


 次の瞬間女は長年養った直感だけですぐにその場を飛び退いた。すると先程まで女がいた地面はカチコチに凍りついていた。


「一人だということは、失敗したみたいですね」


 声の方を向くと巨大な竜を二匹従えた少女が脈打つ心臓がついた禍々しい杖を女に向けていた。


 赤い竜の口から漏れる炎の明かりで周囲が照らされる。今まで見えなかったが、酒場の周辺には黒い服を身にまとった人々があちこちに倒れていた……。女が見覚えのない人物たちだったので、どうやら別の組織の工作員のようだ。

 

「ヒィ! い、命だけは!」


 倒れている同業者は、見るからに武闘派だ。ごまかしきれないと悟った女は、命乞いをしながらも逃走経路を確認する。前方は竜の横を通り抜けるしかないようだ……。ならば酒場の中を通り裏口から逃げるしかない……。


 女が覚悟を決め扉に手をかけようとしたその瞬間に扉が開いた!


 タイミングよく店から出てきたのはリアーロだ。真剣な表情でゆっくりと歩み出てくる。


 女が追い詰められていると分かり「見逃してやれ」と言いにでも来たのであろうか? その表情はすべてを悟ったような表情をしている。


 しかし、リアーロは開いた扉の裏側にいる女には気が付かず視界に入ったポラを見てひざから崩れ落ちた。


「聞いてくれポラ! 俺はエロ美人なオネーサンの誘惑を断っちまったんだ! 頼む! この呪いを解いてくれー!」


 魅了反転の効果がなくなっておりすっかり残念な姿に戻っていた……。悟ったような表情はただ放心していただけであった。


「え? いやです」


「なんでだよぉぉぉ!」


 魂を震わせながら発した願いは、あっさりと断られた。リアーロは、そのまま地面に突っ伏し叫び始めた。


 謎の行動に混乱した工作員の女は動けなくなっていた。その女にポラが顎で見逃すと示すと、女はすぐに同僚を担いで闇へと消えていった。


「見捨てていくかと思ったけど……意外と仲間意識は強いんだね。それにしてもピンヒールで成人男性を背負って走れるってすごいな……。私も体を鍛えたほうがいいのかな……」


 ポラはそう言って自分の腕をぷにぷにと突いた。


 こうして記憶を失わずに戻れた女の報告により、工作員たちの間で不壊の甲羅の一件には手出しするなと情報共有がなされたのだった。



 あくる日……。


 リアーロが二日酔いで苦しんでいるころポラは、執筆活動を始めていた。記録した映像を見返しながら文章をおこし、説明しにくい箇所は挿絵を書いていく。


 二冊目なので要領は掴んでいる。以前のような緊張感も行き過ぎた情熱もなくちょうど良い精神状態で執筆を続けていた。


 作業に疲れて、伸びをしながらふと窓から外を見る。すると庭で金色の子竜のクー、テンテンデッカーのムンナ、クーより少し小さな竜の姿になった赤竜と青竜の四匹が何かを話し合っている姿が見えた。


「僕が一番初めに拾われたから僕が一番先輩なの!」


 クーが短い手を腰に当て群れでの優劣を宣言していた。


「次はムンナね! だからお前たちはムンナの後輩だよ! 頭に乗るときは失礼します先輩っていうの!」


 赤竜と青竜は顔を見合わせると「「わかりました」」と素直に応じた。


「ムンナ、ムナムン?」


 ムンナが何やらクーに話しかけるとクーは「う~ん」と唸り声を上げて何やら考え込む。


「ご主人さまが先生って呼んでる人間か……」


 クーはムンナの言っていることがわかるようだ。


 ポラとリアーロが会ったのはクーより遅くムンナより早い……。でも主人であるポラが先生と呼んでいるので一番の先輩なのかなと考え込んでいた。


「ムナムン、ムナ!」


「正気に戻してくれた恩があるから、あの人間もご主人みたいなものだって?」


 クーは群れでのリアーロの立ち位置が上なのか下なのかよくわからなくなってきていた……。


 それを聞いた赤竜が何かを思いついたようでクーに助言をする。


「金竜様……保護対象というのはいかがでしょうか?」


「上も下もないけど、仲間だな! さすが兄者だぜ!」


 その提案を聞いたクーは「それがいい!」といって喜んだ。ムンナも「ムナ」といってうなずいた。


「そうだ……その金竜様ってやめようよ~。ボクにはご主人様にもらった立派な名前があるんだよ~」


「「了解しましたクーゲルブリッツ様」」


 長々とフルネームで呼ばれたクーはご機嫌斜めのようで「クーちゃんって呼んでよ!」プンスカと怒っていた。



「「了解しましたクーちゃん様」」


「うう……。もういいよそれで……」


 クーはフーっとため息を付く。弟はともかくクソ真面目な兄には、これ以上は望めないと諦めたのだった。しかしそれを見ていたムンナは面白がってしまったようだ。


「ムーナムン、ムナ!」


「ちょっとムンナは今まで通り先輩でいいんだよ!」


 するとムンナは手を叩きながらムナムナと笑っていた。つられてクーも笑い出すと、赤竜と青竜も笑い始めた。


 そんな様子を見ていたポラは「フフフ、仲良くやってるみたいだね」と言ってもう一度大きく伸びをすると執筆活動へと戻っていった。 



第二巻発売直後に街の掲示板に貼られたチラシより抜粋


 素材道


 すべてのダンジョン必需品がここで揃う!?


 ダンジョン素材採取教本第一巻及び第二巻に登場する道具を全て取り揃えております。※注釈あり


 教本の監修をしたリアーロの尊敬してやまない偉大なる師匠が店主をしております。教本でわからなかったところの質問も受け付けております。※品物を購入したお客様向けのサービスとなっています。

 

 ※注釈 高級なオリハルコン製の道具は貸し出し品のみとなっております。

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