第33話 中年男の挑戦

「悪いが今回は講座じゃなく挑戦なんだよな~」


 リアーロは、主のいなくなった甲羅の頂上まあ登ると亀の背中の中心にある大盾ほどの大きさの一枚の甲羅の横に処理袋を下ろすとそうつぶやいた。


「挑戦ってどういうことですか?」


 ポラはすべての素材のとり方を把握しているものだとばかり思っていた。なので挑戦という言葉を疑問に思いその訳を聞いてみることにした。


「実はな、こいつの素材は、まだ誰も持ち帰っていないんだ」


 リアーロは、そう言いながら亀の甲羅をドアをノックするような動作で叩きコンコンと音を出す。


「どうしてですか?」


 ポラは、素材はたしかにすごそうだけど、この魔物自体は弱い部類に入るので何度も素材が取れるはずなのでおかしいなと思った。


「単純な話だよ。固くて解体できないしデカすぎて出入り口の扉が通れないんだ」

 

 リアーロがそう言いながら大きな甲羅と扉に視線を送ると、ポラは「そういうことか」と納得した。 


「そういうわけで、今回は講座じゃなくて挑戦なんだ」


 ポラ、クー、ムンナ、それと命令され動けない2匹の竜を加えた一人と4匹も甲羅の上に登り見守る。


「とは言っても、もう何度目かな? 覚えてないほど挑戦してるからな。そして最後の道具が最近手に入ったから今日で挑戦を終わらせる! 準備はバッチリなんだ! 大船に乗ったつもりで見ててくれ!」


 そして、まだ誰も得たことない素材を得るための挑戦が始まった。リアーロは処理袋に手を突っ込み使用する道具や素材の名前を言いながら次々に並べていった。


「ロングポールアジッターの強酸」


 二重構造のビンに入った液体。


「スーサイドビートルの発火銀粉はっかぎんぷん


 密閉できる瓶に油と共に入った鈍く光る銀色の粉末。


「湧水杯」


 おなじみのくすんだ銀色をしたカップ。


「ペトリファイド・コラルの硬化薬」


 瓶に入った茶色い液体。


「そして、最近手に入れた最後の道具オリハルコンバールだ!」


 以前ギルドで自慢していた緑色をしたバール。


 必要なものすべてを取り出すとついに採取が始まった。


「よし始めるぞ!」


 リアーロは、今までの挑戦で”失敗”という名のうまく行かない方法を発見してきた。その経験と最後の決め手であるバールが揃った今”成功”という名の勝利を得られると確信していた。


「甲羅と甲羅の隙間には、わずかながら隙間があり、その隙間を埋めるように特殊な皮膚がある。狙うのはそこだ」


 この皮膚は、強力な魔法であれば除去できるのだが、それは真横にある魔法を無効にする甲羅が許さない……。かと言って切断には柔軟で、衝撃には瞬時に硬化する性質があり物理的に破壊することもできない。


 そこでリアーロは、魔法を伴わない強力な手段として魔力のない素材を使う。魔法や筋力で何でも片付けてしまう人々とは違ったアプローチをする彼だからこそたどり着いた方法だった。


「まずは、ロングポールアジッターの強酸だ。こいつは知っての通りかなり強い酸で耐酸性素材すら溶かす凶悪なものだ」


二重構造になっている瓶を開けて手や体にかからないように最新の注意を払いながら甲羅の隙間の皮膚にふりかけていく。


 するとジュワジュワと音を立てて煙があがる。その煙から逃れるようにリアーロは素早く後ろへ下がる。


「煙を吸うなよ。肺が溶けるぞ」


 ここは窪地で風もないので、上へと登っていく煙を皆で見上げた。煙がでなくなったのを確認するとリアーロは再び近へ寄る。


「多少の傷はついたが、この通りまだ取れるような状態じゃない」


 隙間の皮膚を緑色のバールで突く。ゆっくりと触れると柔らかく、勢いよく叩くと固くなる性質は衰えてはいなかった。


「しかし、酸は確実に内部まで到達している。そこで重要なのがこの酸の第二の特性”温めると膨張する”ことだ」


 ニヤリとしながら次の素材が入った瓶を拾い上げる。


「とは言ってもかなりの高温が必要だ。魔法でならすぐに出せるがそれが使えない。そこでスーサイドビートルの発火銀粉はっかぎんぷんの出番だ」


 リアーロは瓶の封を切ると瓶を傾けて中の油だけをうまく捨てる。そして残った鈍く光る銀色の粉末を酸で処理した皮膚に隙間がないように丁寧にふりかけていく。発火銀粉はっかぎんぷんは、ふりかけている最中も空気中の水分とふれあいジュクジュクと妙な音を発している。


「この粉は、水と混ぜると高温を発するんだ。俺が採集に成功したときは魔法でいいじゃんと一蹴されたがな……ここなら活躍できる。あとは湧水杯で水をかければ良い」


 手に馴染んだ銀色のコップから水が溢れ、これまた銀色の粉へと降り注ぐ。


 するとすぐに反応がはじまった。


 シューッと激しい空気が吹き出るような音を出し、しばらくすると発火した。オレンジ色の炎が胸のあたり高さまで立ち上り、まるで魔法のファイアウォールのような状態になった。


「おっと危ない!」


 リアーロは慌てて体をそらした。変化が気になり近づきすぎていたようで、前髪が少し焦げたようだ。数歩離れて炎が収まるまでしばらく待った。

 

「よし狙い通りだ! 隙間の皮膚がかなり膨張している」


 皮膚内部に溜まった酸が膨張することで皮膚はかなり体積が増えて甲羅より高く盛り上がっている。


「さて見た目はいいとして皮膚の機能はどうだ?」


 そう言いうと膨張した部分を緑のバールで突いたり叩いたりし始めた。


「いい感じだ。衝撃を加えたときの硬化がなくなってただのブヨブヨになったぞ」


 そう言うと3つ目の素材を取り出した。


「最後の素材……ペトリファイド・コラルの硬化薬だ」


 今まで黙って見学していたいポラがせっかく硬化しなくなったのに硬化薬を使うのはなぜなのかと疑問に思い質問をした。


「固くならないようにしたのにまた固くするんですか?」


 その質問にリアーロは嬉しそうにしながらこう答えた。


「そうなんだよ。ここからさらに柔らかくすればいいと思うのが最初の発想だよな! しかし、それじゃだめなんだ! 再び硬化させることで柔軟性を完全に殺すのが正解なんだ!」


 そう言うと茶色い液体を盛り上がった皮膚に丁寧に塗り込んでいく。ぐるっと一周塗り終える頃には、はじめに塗った場所がギシギシと音を立て固くなり始めていた。


 リアーロは固くなった皮膚をさすったりバールで軽く叩いたりしながら硬化薬の効果が完全に現れるまで、空き瓶を片付けたりしながら待った。


「よし、柔軟性も鈍器を弾くほどの硬度もなくなった……」


 何度か手触りを確かめるうちについにその時が来た……。


「あとは甲羅を支えている内側の肉なんだが、こいつは引く力に弱い! だから内側から押し上げるようにすると外せる……はずだ」


 そう言うとリアーロは、最近手に入れた最後のピースとも言える道具を手に最後の仕上げに取り掛かった。


「最後はこいつだ! 最高硬度の金属オリハルコンで作った対不壊の甲羅ふえのこうら専用バール!」


 リアーロは緑色のバールを天に掲げる!


「オリハルコンでバール……」


 そんなリアーロを見たポラは、以前ギルドでオリハルコンバールをお披露目されたリアーロの同僚達と同じ視線を送った。


「フフフ……その視線何が言いたいのかよく分かる! だからまず普通のバールで見せてやろう!」


 リアーロは、そう言うとありの頭を叩き潰した時に使った普通のバールを取り出した。


「こいつをこうぶっ刺す!」


 これから剥がそうとしている甲羅の上に乗りバールを振り上げた。L字の短い方をまるでクワで畑を耕すような動作で振り下ろす。バールの先端は皮膚を突き破り甲羅の下に滑り込んだ。


「よく見てろ普通の金属製のバールだとこうなる! ぐおおおおお!」


 剥がす甲羅から移動して、長い方を力いっぱい引っ張り始めた。しかし甲羅はピクリとも動かない……そしてついに……。甲羅に引っかかっていたバールの先は、リアーロの力に耐えきれなくなり、ぐにゃりと曲がってすっぽ抜けてしまった。


「ふう……このとおりだ……」


 ポラは、金属を簡単に曲げてしまったリアーロの馬鹿力に驚いていた。前衛職と後衛職である魔道士でここまで筋力差があるのかとびっくりした。


「だから! 力負けしないオリハルコンバールが必要なんだ!」


 リアーロはそう言って、ちょっと曲がった金属棒となってしまったバールを処理袋に戻す。そしてオリハルコンバールを手に持ち、さきほどと同じように今度はオリハルコンバールを突き刺した。


「おっしゃー! 最後の仕上げだ! うぬぬぬぬぬぬ!」


 リアーロがオリハルコンバールを力いっぱい引く。


 足、腰、背筋、腕、すべての筋力を出し切り思い切り引き上げる。


 鳴り始めたミシミシと言う音は、リアーロの筋肉か、はたまた甲羅をつなぎとめる皮膚と肉か……。


 ガボンッ!


 奇妙な音とともにバールがすっぽ抜け、派手に後ろにコケた。リアーロはすぐにバールを確認する。


 するとそこには曲がるどころか傷一つついていないオリハルコンバールが日差しに照らされて鈍い緑色の光を反射していた。


 バールが無事ということは……。リーアロはすぐに甲羅の方に視線を移す!


 すると、皮膚が裂けて甲羅が持ち上がっている光景が目に飛び込んできた!


 リアーロは甲羅の縁を掴み力任せに押上げると甲羅の内側の肉がミシミシと音を立てて剥がれていった。


「やっっ! やったぞ! ついに不壊の甲羅ふえのこうらを剥がしたぞ!」


「先生すごいです! おめでとうございます!」


 体から完全に離れた一枚の甲羅を確認すると、ポラはすぐに称賛と拍手を送った。


「よっしゃ! ざまーみろジジイ! ついに超えてやったぜ!」


 ポラは、ジジイって誰だろと思いながらも拍手を送り続けた。



ダンジョン素材採取教本 第2巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第13項 アダマスシェル・タートルの甲羅……51

 手順1 酸で侵食処理……………………………52

 手順2 火で膨張…………………………………53

 手順3 柔軟性を無効化…………………………54

 手順3 オリハルコンバールと腕力……………55

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