第35話 教本の発売とその影響

 

 ダンジョン素材採取教本第二巻の発売日には多くの人が詰めかけた。


「第二巻本日発売でーす!」


 ギルドの扉が開くと同時に人がなだれ込んできた。端に設けられた特設売り場に殺到しあっという間にポラが人混みに飲み込まれた。


「落ち着いてください! きちんと並んで!」


 不壊の甲羅が高値のうちに採取し一儲けしようとするハンターや、オークションで落札した貴族に自慢されて頭にきた別の貴族のお抱え騎士団、さらには王国軍の装備担当者までありとあらゆる人がギルドに詰めかけた。


 ギルド内は権力の不可侵領域であったため優先すべき順番がなく、その場は荒れに荒れた。


「もー! こうなったら!」


 ポラが人混みに向かって手を掲げる。するとその場がすぐに静まり返った。あまりの酷さにポラが全員に金縛りの魔法をかけたのだ。


 その中には、ポラに自由を勧めた騎士団長や魔術師団長が祝に来ていたようで、気まずい空気が流れたりしたが無事に第二巻の初版は完売した。


「カンパーイ!」


 初版の手売りを終えたポラは酒場で仲間に囲まれていた。飲み仲間の女性だけのハンター集団や騎士団長や魔術師団長などに囲まれて大いに飲み明かしたのだった。


 もちろん最後まで意識を保っていたのはポラであった。


「みんなだらしないなぁ……」


 愚痴を言いながらも倒れる仲間たちを眺めるポラはとても満足そうだった。 



 ※注釈 増刷ぞうさつ重版じゅうはんの意味が同じだったり、意味が逆だったりとサイトによって情報が違ったので、[同じ原版での追加印刷]を[増刷]、[修正した新しい原版での印刷]を[重版]としています。


 教本発売の影響は様々なところで起こっていた。直接的な影響を受けているのはまずこの場所で間違いない。


「増刷だ! 増刷! 急げ急げ! 金を出して買った情報という意識があるうちに売り抜くぞ!」


 現場監督の怒号が飛び交うのはポラが原本の複製依頼をした出版社だ。


 金を出して買った本の内容というのはしばらくは、他人に教えたりしないものだ。しかし時間が経ったり原価償却したと思ったらその内容を自分の知識として他人に教えてしまうものだ。なので情報系の本の場合はスピードが命だ。


 この出版社の製本作業は三工程に分かれている。


 まずは[原版士]が魔法で原本を読み取り複製に使う魔導版を作る。次に魔導版を使い[転写士]が紙へと転写する。そして、そのページを集め製本し保護魔法をかけるのが[製本士]だ。


 現場には原版がずらりと並んでいる。教本は手のひらサイズなので、原版は四ページで一枚だ。その原版一つ一つに転写士が付きっきりになり同じページを量産している。


 複製されたページは通常業務では複製士本人が製本士に届けるのだが今日は、臨時職員がせっせと運んでいる。


 製本士がページの束を受け取ると、すぐに製本していく。


 ページがふわりと浮き上がると、空中で寸分の狂いもなく裁断される。そして裁断されたページは順番通りに糊が付いた表紙に収まっていく。パタリと閉じて保護魔法をかければ製本の完了だ。


 大忙しの出版社に一人の老人がやってきた。


「おーおー。本当に忙しいようじゃな」


「お待ちしていました。騎士団まで出てきたようで事態は一刻を争うようです。一巻の原版をお願いします。修正箇所はこちらに……」


 この老人こそ、この出版社の要でもある原版士であった。以前の出版物の原版をまた作るということは、すなわち”重版”が決定したのである。


「ふむ、酸の使用例にアダマスタートルの追記と、巻末に素材道の広告の追加じゃな。それと誤植が二箇所と……」


 そう言うと老人は修正分を受け取りすぐに魔法で原版を作り上げていく。


「よーし! 三割は一巻の重版に移れ!」


 現場監督の怒号が響く。出版社の忙しさはこれからが本番のようだ……。




 次に大きな影響を受けたのはなんと言ってもここである。リアーロが使う道具の殆どを扱う店である素材道であろう。


「ははは、笑いが止まらんのう」


 古めかしい佇まいの商店で店主の老人が手提げ金庫を片手にニヤニヤと笑っている。彼は、どんどん重くなる手提げ金庫の重みに嬉しさのあまり独り言が漏れていた。


「よぉジジイ! 景気が良さそうだな」


 そこにやってきたのは店主の弟子であり一番の常連客でもあるリアーロだ。 


「ふん、なんのようじゃ」


「いやぁー。儲かってるらしいじゃないか俺のおかげ・・・・・で」


 そう言うと、店頭に貼ってあったチラシをトントンと指先で叩いた。そこには第二巻について書かれていた。それはリアーロが不壊の甲羅採取法を確立した事実を知っているということになる。


「そうじゃのう……。まぁヤツの甲羅を持ち帰ったことはワシも成し得なかったことじゃ……」


 店主は珍しく大きな態度を取るリアーロの言葉に素直にうなずいた。彼自身も不壊の甲羅へのアプローチは散々やっていた。しかしアプローチが甲羅の内側から攻めるという手法のため上手くは行かず、最終的に諦めていたのだ。


 立派に事をなした弟子に目頭が熱くなる思いで今にも「よくやったな」という言葉が漏れる寸前であった。


 しかし……。


「ははは、完全に俺の勝ちだな!」


 リアーロが「師匠のおかげでここまでこれました」などと言っておけば丸く収まった場面であったのに、彼は追い打ちをかけるように勝ち誇ってしまった。


 素直じゃない期間が長すぎたのかもしれない……。


 店主もこれにはカチンと来た。また意地の張り合いが始まった。


「お前の勝ちじゃとー? 何言っとるんじゃ!」


 いつもの調子に戻り店主は身を乗り出してリアーロに食って掛かる。


「どう考えても不壊の甲羅を持ち帰って師匠超えを果たした俺の勝ちだろ!?」


 店主は大きくため息をつくと弟子との問答を初めた。


「お前は、ハンターとしてなんのために貴重な素材を狙う?」


「そりゃもちろん大金を得るためだ」


 その答えを聞いた師匠はニヤリと笑った。


「ほー。なら金稼ぎが目的ということじゃな? じゃったら、こんな話を知っておるか」


 師匠は昔話を初めた。ある地方で広範囲に渡って金が取れると大騒ぎになった事件だ。金鉱脈の開発や川で取れる砂金、表層で取れる大粒の砂金……。この騒動で多くの金が動き大金持ちが何人も誕生したのだ。


「その話がなんの関係がある?」


「おお有りじゃ。お前は素材採取は金を稼いだものの勝ちというたじゃろ? この騒動で一番金を稼いだのは誰じゃと思う?」


「そりゃ一番金を掘り出したやつだろ?」


 店主は不敵に笑うとこう答えた。


「それは二番目じゃ……。一番はのう、シャベルを始めとした道具を売った者じゃ」


 リアーロは、はっとした。金を儲けているハンターが一番だと誘導されたことに気がついた。


「すなわち! すべての道具を揃え今でも利益を出し続けているワシの勝ちじゃ!」

 

 そう言いながら店主は商品棚にある耐酸手袋や発火銀粉用の油が入った瓶を指差す。


「なっ! だが! オリハルコンバールはすぐには生産できないから俺からレンタルするしかないぞ!」


 すると店主は、チラシの下にある文字を指し示した。そこには、”高級なオリハルコン製の道具は貸し出し品のみとなっております。”と記載してあった。


「なに!? オリハルコンバールを作ってたのか!?」


「ふふふ、まだまだ甘いのう、バールではないよ……。オリハルコンチェーンフックじゃ!」


 そう言うと店の奥からオリハルコン製のチェーンフックを取り出した。


 鈍い緑色に輝く長い鎖だ。鎖は中腹で、三又に分かれておりその先端に同じ素材でできた先の鋭いフックが付いている。


「こいつは一度に三点を攻めることができるのじゃ! さらに鎖の先が長いので甲羅から離れることができ魔法で強化した筋力でも問題ないすぐれものじゃ!」


 リアーロは鎖を手に取り大いに驚く。


「こんな物を一体いつの間に!?」


「ふふふ、甲羅を内側から攻めていたワシは、甲羅についた肉が引く力に弱いと知っていたのじゃ。そして最後の決め手が引っ張ることになると見当がついておったのじゃ! だからこいつを作ったのはお前のバールより先じゃ!」


 リアーロは道具設計のセンスそれと資金力で完全に敗北していた。これではリアーロからバールをレンタルする人はいないだろう……。


「イヤ、イヤ、イヤ! 話がおかしな方向に行った! 実際に採集成功した俺のほうが技術は上だ!」


 リアーロは形勢不利と見るとすぐに話を儲けから技術へと戻し抗議した。


「ふん! 何を言っても結局儲かったワシの勝ちじゃ!」

「何を言ってやがる! 技術で超えた俺の勝ちだ!」 


 二人の言い合いは平行線をたどり、素直に互いを認め合うのはいつのことになるのやら……。


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