第6話 ジャイアントモッキングバード

「はぁ、本当にこの階層は人が多いですね……」


 ポラが、六人目のハンターとすれ違っと時に、ボソリと愚痴をこぼした。


「ああ、だから腕がある奴や、向上心がある奴はこの階を避けるようにどんどん先に進む」


 リアーロは、その小さな愚痴を拾いあげて、聞いてもいない情報をペラペラと話す。教育欲が良くない方向に出てしまった。おっさんなので許してあげてほしい。


「……そうですか。早く次の魔物に会えるといいですね」


 リアーロは、ポラがちょっぴり不機嫌になっている理由がよくわからず、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに「ああ」と短く答えた。


「オマエ ハ オヨビ ジャナインダヨ! アッチ ヘ イキナ! ギャハハハハ!」


 通路から小部屋へと入った途端に、二人は、罵倒された。


 ポラは眉間にシワを寄せムッとした表情で声の主を探す。一方リアーロは、落ち着いた様子であたりを見回している。


「いたぞ、あいつが、ジャイアントモッキングバードだ」


 リアーロが指差した先には、まるまると太ったグレー色の羽をした鳥が二人を睨みつけていた。大きさは、胸ぐらいまである巨大な鳥だ。


「アー ウットウシイ! サッサ ト シニ ヤガレ!」


 驚いたことに先程の罵倒は、このジャイアントモッキングバードの鳴き声だった。


「鳥が喋ってます! 先生! 鳥が私をバカにしてます!」


 ポラは驚きと怒りが入り混じり少々混乱しているようで、見たままを隣りにいるリアーロに報告している。


「あいつがジャイアントモッキングバードつまり、あざ笑う鳥と呼ばれている魔物だ」


 この鳥は、人間のあざ笑う声や悪口を記憶し声真似をするという意味のわからない習性がある。


 元のモッキングバードは、メスの気を引くために、いろいろな声真似をするのだが、魔物と化したこの鳥はなぜか悪口だけを真似するのだ。


「素材は何処ですか! さっさと黙らせます!」


 なぜだかブチギレ寸前のポラに、リアーロは慌てて指示を出した。


「特別な素材はない。こいつは、食用の魔物だ。でかい鶏だと思え」


 リアーロがそういった瞬間、「ウルセー コノ クソドリ ガー!」とモッキングバードが、ポラのセリフを奪い取るかのような声を上げた。それと同時に首が根本でキレイに切断された。ドサッと倒れこむモッキングバード……。


 ポラは、セリフを取られたからなのか、地団駄をふんで怒りを発散している。リアーロは、彼女が落ち着くまで石のようにじっと待った。


 ポラは、実は危ない子なんじゃないかと考え始めた時に声をかけられた。


「ふぅ! ふぅ! 先生講座をおねがいします!」


「おっ、おう……。今回の講座はジャイアントモッキングバードの食用丸鶏だ」


 リアーロは手早く処理袋から道具を出していく。


 まずはナイフ、そして革手袋、湧水杯ゆうすいはい火吹杖ひふきつえ厚手の防水布だ。


 火吹杖ひふきつえは、その名の通り火を吹く杖の魔道具だ。焚き火などの着火用の弱火、ちょっとした物を加熱するための中火、なにかを焼き切るための強火と三段階の火力調節ができる魔道具だ。


 防水布は、船の帆などに使われる一般的な布だ。


「まずは、首を落として血抜きからなんだが、これは終わってるから省略する。次は羽をむしるんだが、難しいやり方と簡単なやり方がある」


 そう言いながら、リアーロは防水布にモッキングバードを乗せてから革手袋を両手にはめる。


「簡単な方は、大量のお湯を沸かしてぶっかけて、毛穴を開かせて簡単にむしる方法だ。だが、これをやると肉の味が落ちる」


 手袋をはめた手をワキワキと動かしながらモッキングバードに近づいていく。


「だから、俺としてはこのまま、むしることをおすすめしたいんだが……。これは難しいから、むしるのに慣れてからやったほうが良い。そうしないと、きれいに抜けず肉を痛めることになる」


 羽をガシッと掴むと少しグリグリと回した後に、思いきり羽を引きぬいた。羽が引き抜かれたあとは、穴があったとは思えないほどキレイに閉じて埋まり、鳥肌と呼ばれる状態になった。


 羽を引き抜く勢いは止まらず、肉屋などで見慣れた丸鶏の姿にどんどん近づいていく。


「うわー、もう私が知っているお肉の姿になってきた」


 食用の解体を見た人は二通りに分かれる。見慣れた食肉に近づきだんだん美味しそうに見えてくる人と、嫌悪感が消えない人だ。


 ポラは前者だったようで、怒りも嫌悪感も忘れて、ただ味が気になって来た様子だ。


「よし、羽を抜き終わったら火吹杖ひふきつえの中火で表面に残った産毛を焼いていく。お湯を使った場合は多少遅くても平気だが、お湯を使わない場合は、肉が痛むから手早く済ませるんだぞ」


 ささっと火吹杖ひふきつえの中火で表面を炙り産毛を処理していく、同じ場所を一度も通らない丁寧かつ早い熟練の仕事だ。


「あとは、尻に切込みを入れて内蔵を取り出し、湧水杯ゆうすいはいの水でよく洗い流す」


 ナイフを取り出し、鶏の腹をさばき、そこから内蔵を取り出していく。食用になる最後のグロいポイントだ。


「大体掻き出したら、次は水洗いだ。まずは、湧水杯ゆうすいはいを首に突っ込む!」


 手袋を外し、切断された首に湧水杯ゆうすいはいを逆さまにして突っ込むと、内蔵を取り出した穴からドバドバと汚れた水が出てくる。


 そこに、腕を突っ込みぐるぐるとかき回すように洗浄していく。


 ジャッポ! ジャッポ! ズボボ! ジャッポ! ジャッポ! ズボボ!


 ズボボと妙な音がしなくなったのを合図にリアーロは洗浄を終了した。


「よし、これで洗浄は終了だ。あとは余分な足を処理する。普通の鳥なら足も食えるが、こいつのは固くて食えないから、ここで切り離しておく」


 ナイフを関節に沿ってぐるりと一周させ皮と筋を切る。その後は足先を掴んで強引にひねりながら勢いよく引き抜く。


「これで講義は終了だ」


 見事に肉屋にある鶏肉そのものになったモッキングバードは、とても美味しそうに見える。


 ポラも近くによって、じっくりと観察している。というより、お肉に釘付けと言ったほうが近い様子だった。


 リアーロは、その様子を見て処理袋からあるものを取り出した。


 右手にフライパン、左手に焼肉用のタレ。


 そしてそのタレのビンをフリながら「食うか?」と言うと。ポラは「食べます!」と目を輝かせて、とてもいい返事をした。


 その後、二人はもも肉を腹いっぱい堪能した。そして、その他の肉が痛む前に早々にダンジョから地上へと戻るのだった。



ダンジョン素材採取教本 第1巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第5項 ジャイアントモッキングバードの食用丸鶏 ……19

 初級 お湯につけての羽むしり          ……20

 中級 食肉に加工する手順            ……21

 上級 お湯につけない羽むしり          ……22

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