洞窟 第二階層

第5話 バードイーター

 第二階層に降りた二人は、以前と同じように適当にダンジョン内を歩き始める。


「これ、本当に第二階層にいますよね?」


 ポラは今まで一度も使用していない杖で洞窟の壁を突きながらリアーロに声をかけた。


 ポラが、疑うのも無理はなかった。狭い通路と小さな部屋がつながっている構造は、第一階層とまるで同じで、景色に変化はない。


「ああ、なにか魔物がでてくりゃ解る」


 リアーロは、このダンジョンに潜るのが初めての人からよく出る疑問に、反射するかのようにお決まりの返答する。


「それにしても魔物は、意外と少ないんですね」


 この階層に来て2つ目の部屋だが、今だに何の魔物とも遭遇していない。しかしそれは、仕方のないことだった。


「いよっしゃ! これで今日も飯にある付けるぜ!」


 部屋の中に教本作りをする二人のものでない男の声が響いた。


「この階層には、金になる奴が居るからな……いつでも他のハンターが居る」


 リアーロが指を差した方向には、人よりも大きな蜘蛛を倒して喜んでいるハンターがいた。


「あれは、バードイーターですか?」


 ポラは、横たわっている大きな蜘蛛に目線を落とす。


 大きさは、胴体だけでも人と同じぐらいの大きさがあり、そこから太くて毛の生えた強靭な脚が八本生えている。そして、頭部は真紅の玉のような目が四個並んでいる。その下にある口からは、白い牙が生えていて、先端は毒々しい紫色になっている。


 バードイター……一体どんな大きさの鳥を食べていたのかと思うほど、大きな蜘蛛だった。


「そうだ、あいつの素材が強さと比例しない高額で、一日中この階層にいるハンターが、いるほどだ」


 リアーロは、そう言いながら獲物を仕留めたハンターに声をかける。


「なぁ、ちょっといいか? 俺たちは、いま素材採取の講習をやっててな、そいつの解体を任せてほしいんだが……」


 喜び飛び上がっていたハンターは、リアーロの顔を見ると、すぐに「ことわ」とここまで口にした。


 しかし、すぐその後に、ポラが「私からもお願いします」と援護すると、そのハンターは、乱れた髪型を整えながら「どうぞ!」とすぐに解体を許可した。


「協力ありがとう」


 おっさんであるリアーロの声は、彼には届いていないようで、ポラを見ながら、もじもじとしている。


「……」


 まるでここに居ないかのように扱われたリアーロは、一瞬だけ思考が停止してしまった。しかし「先生お願いします!」とポラの声を聞くと行動を再開した。


「さて、今回の講座は、バードイーターの蜘蛛絹と毒牙の採取と保存方法だ。」


 さっそく処理袋を開け道具を取り出す。取り出したのは分厚いナイフ、空きビン、木製の糸巻きだ。


 ナイフは普通のものとは違い刃の部分がかなり分厚い物だ。切れ味よりも頑丈さを重視したものだ。


 空きビンは、コルクの蓋がついているのは、普通だが、銀脂肪を入れたものより細長い。


 そして木製の糸巻きは、一本の柄の上部に四角い枠のような部分がありそれが回転するようになっている。その枠の上部と下部には出っ張りがあり、巻き取った糸が外れにくいように細工が施されている。

 

「まずは、毒牙からだな。この牙には絶対触れるな! 間違って刺さったりすれば一日は寝込むことになるぞ」


 その言葉にポラとハンターは、ツバを飲み込み空気がピリッとした。


 リアーロは、厚手のナイフを白くて先端が紫色をしている毒牙の根元に当てる。


「牙の根本が、ここだ。よく見ておけ」


 講座の生徒の二人がしっかりと見たのを確認すると、ナイフに体重をかけて一気にナイフを根本まで突き刺す。


「後ひと押しで取れるが、安全を重視して先に瓶の中に毒牙を収める」


 蓋を外した瓶を牙に触れないように慎重にかぶせる。牙がビンの中に収まったら、ナイフを持ち上げテコの原理で牙を引き抜いた。


カラン! といい音がして牙の採取が終わったことを告げる。


「もう一本の牙もこうして取る」


 ザク! スッ! カラン! 先ほどとは違いリアーロはあっという間に毒牙を採取した。


「はや!」


 驚くハンターに、ドヤ顔をしたのは、何故かポラだった。どうよ! 私の先生は

! 言わんばかりの表情だった。


「次は、蜘蛛絹糸だな」


 リアーロは、そんな二人を気にもせず、ビンにコルクの栓をしながら、次の作業へと移った。


「まずは糸の端を出す」


 リアーロは蜘蛛の尻の後方に回り込むと、ちゅうちょ無く尻の穴に指を突っ込んだ。


「こうすると手にくっついて、糸の端が取れる」


 ネバーッとした糸をそのまま引っ張ると糸巻の木枠の部分にペタっとくっつけた。


「糸が乾く前に糸巻きにくっつける。すぐに固まるから手際よくな」


 糸がくっついたのを確認すると、糸巻きを持ったまま尻から1mほど離れる。


「この距離感が、急いで巻いても糸が乾き、糸どうしが、くっつかなくなる距離だ」


 そう言うと糸巻きの柄を左手で持ち回転する木枠を右手で、ぐるぐると回し始めた。一回りする度に糸が蜘蛛の尻から伸び、どんどん最適な太さで巻き取られていく。


「うわ、キレイだな。俺が棒に巻き取ったやつはデコボコしててこんなキラキラしてないぞ」


 蜘蛛を仕留めた若者ハンターは、カワイイ女の子よりおっさんの素晴らしい技術に夢中になっている。


 もちろん横にいるポラも目を輝かせている。


「糸がデコボコになるのは、スピードが一定じゃないからだ。焦る気持ちを抑えてゆっくり同じスピードが維持できる速度で回転させるのがコツだ。」


 ハンターとポラは前のめりになり、リアーロの言葉を頭に刻みこむ。


 ぐるぐると巻き取り続けると、ついに糸が出なくなった。最後の糸を巻き取りながら進み尻の穴まで来るとナイフで糸を切った。


「これで今日の講義は終わりだ。魔物の提供ありがとう。ビンと糸巻きはお礼にこのまま差し上げる。次からは、街の道具屋[素材道]で買ってくれよな」


 さり気なく贔屓の道具屋を宣伝しつつ、ハンターに取れた素材を手渡した。


 素晴らしい輝きの素材を手にしたハンターは何度もお礼を言いながら地上へと帰っていった。


 このハンターが、ギルドの買取におっさんが取った素材を提出して、買取担当のサブリナが「一級品キター!」と叫ぶのは、また別の話しだ。


「ふう、きれいな糸でしたねぇ」


 ポラがうっとりしながら、そう言った。やはりポラも手触りが最高な高級蜘蛛絹織物こうきゅうくもきぬおりものの服に興味があるようだ。


「そうだな」


 そんな、あれ欲しいな~という、ポラのアピールに全く気が付かないダメなおっさんであった。



ダンジョン素材採取教本 第1巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第4項 バードイータの毒牙と蜘蛛絹糸 ……16

 初級 毒牙の採取*危険有り*     ……17

 上級 蜘蛛絹糸の巻取り        ……18


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