第3話 ホーンラビット

 今日もリアーロとポラは、ダンジョンに入る。


 初日は、ゴブリンだけで引き上げたが、それには理由があった。とりあえず一つの素材で本がどの様になるのか確かめるためだ。


 ポラは、過去見水晶かこみすいしょうの記録を見ながら、使う道具や手順を文章に起こした。


 過去見水晶かこみすいしょうは、ポラが見たものを5年分ほど記憶できるの魔道具だ。これはポラのお手製であり、この世に一つしか存在しないのだ。


 文章で説明しにくいところは挿絵も入れてゴブリンの胃袋の項を仕上げた。魔法、文才、絵心、魔道具作成……ポラは強いだけではなく多彩であった。


 出来上がったゴブリンの項を受け取ったギルドは、確かな手応えを感じ、この方法で続行してほしいと、正式に依頼した。


「さて今日はどんな魔物がでてくるかな」


 のんきなことを言いながらリアーロは、ダンジョンの第1階層を目的もなく歩き回る。魔物の決まった生息地は無いので、適当にあるきまわる他無いのだ。


「先生、昨日ゴブリンの項をまとめたのですが、他の部位は、使いものにならないのですか?」


「先生はやめろ、ゴブリンは生物的弱者かつ知能的にも弱者だから肉体も装備している武器も全然ダメダメだからな」


 リアーロは一つ思い出した事をかき消しながらそういった。


 彼がかき消した記憶は、一時期ゴブリンの背中の皮が好きな貴族婦人がいて、それで身の回りのものを作っているという奇人がいたことだ。その時だけは、なかなかいい値段で買い取られていたが、なくなると同時に買取がストップした。


「ゴブリンといえば財布が、仕上がったぜ」


 リアーロは、カバンから革製の拳ぐらいの小さな袋を取り出した。その袋は、淡いブルーに染められており、入口を閉める紐は、茶色の組紐が使われていた。


「先生! ありがとうございます!」


 ポラは、それをひざまずき両手で受け取りながら深々と頭を下げている。それはまるで王から剣を授かる騎士のようだった。


「大げさすぎるだろ、ってか先生は、やめろって」


 さり気なく髪と瞳の色に合わせてプレゼントをしたリアーロは、伊達に年をくっていなかった。


 財布と自分の色と合わせてくれたリアーロをますます尊敬した。その結果がさきほどのおおげさな礼であった。


 ニコニコしながら歩くポラを若干引きながらリアーロが見ていると、ついにゴブリン以外の魔物が現れた。


 白いふわふわの毛皮にピンと伸びた長い耳、前足より長くて強靭な後ろ足。そして、頭からは、長い角が二本生えていた。


 ウサギが、魔物化したホーンラビットだ。普通のウサギと違い後ろ足は更に発達し頭からは角が二本生えている。


「今回の講座は、ホーンラビットの角と毛皮の採取と処理方法だ。なるべく皮を傷つけないでくれ」


「素材対象は、毛皮と角ですね?」


 ポラが確認すると、リアーロはうなずいた。


 その瞬間ポラの前で突然水球が発生した。その水球は長細く伸びながらホーンラビットへと一直線で向かう。


 水圧で切る魔法か? とリアーロは、考えたがその水は傷を与えること無くホーンラビットの鼻へと入っていた。


 ホーンラビットの鼻から大きなゲップの様なブエーっと空気が漏れる音がなる……。


 すると突然むちゃくちゃに暴れだした。そして一分もしないうちにビクビクと痙攣するとそのまま絶命した。


「なにがどうなってる!?」


 驚くリアーロにポラは淡々と説明する。


「鼻から水を入れて肺を満たしただけですよ。無事に無傷で討伐できました」


 魔獣とはいえ、さらっと恐ろしいことをしたポラの事はなるべく気にしないようにするとリアーロは心に決めた。


「とにかく、解体を始めるよ」


 リアーロは、処理袋から道具を取り出していく。


 まずは刃物類だ。ナイフと少し反りのあり両端に持ち手がついている物を出した。その刃物はクーパーと呼ばれる皮剥用の物で肉を削ぎ落とすのに使う。


 次に皮といえばこのコンビ、まな板と岩塩だ。そして金槌も取り出した。


「まずは、縦に切込みを入れて内蔵を抜き出す。そして、後ろ足の内ももから足先に切込みを入れる」


 足を引っ張って伸ばし内ももから切れ込みを入れていく。足先まで切込みを入れたら足先をぐるりと一周切り足先と毛皮を切り離す。


「次は皮を剥いでいく。本当は吊るすとやりやすいんだが、ここからは、ダンジョン流でいく」


 足先を踏みつけながら毛皮を背中の方に引っ張りながら毛皮と肉の間にナイフを入れて引き剥がしていく。


 そうやって前足のところまで剥ぎ終わると、後ろ足と同じようにぐるりと切込みを入れて切り離す。


 熟練という割には遅いスピードにポラは、ちょっぴり残念そうな表情をしている。


「この作業を逆側もやる」


 そう言うと、リアーロは逆側の3倍ほど早く終わらせた。


 説明するためにゆっくりやってたんだと理解したポラは、目の輝きを取り戻していた。


「最後は頭だ。角を傷つけないように慎重に皮を剥ぐ」


 リアーロは丁寧に皮を剥ぎ、ホーンラビットの特徴である角を見事に残した。


「後は、毛皮の裏についた肉をクーパでこそぎ落とす。ポイントは肉の色がなくなり白くなるまできっちりやることだ」


 リアーロはまな板の上に毛皮をのせ、ジャッ! ジャッ! と音を立てながら肉を削ぎ落とした。


「肉がなくなったら皮に岩塩を擦り付けて腐敗防止をする」


 そう言いながら赤岩塩を毛皮にこすりつけていく、多少水分がにじみ出て段々と生臭さが押さえられていく。


「毛皮はこんなものだな。後はタンナーの仕事だ」


 タンナーというのは、生皮を革に加工する職人のことだ。ここから先はダンジョンでやるべきことではないので皮の加工はここまでだ。


「よし、後はこの角だな。知識がないやつは無理やり引っこ抜こうとして折れちゃったりするんだよな。でも簡単な外し方がある」


 リアーロは、そう言うとホーンラビットの口を大きく開き「ここだ。よく見ておけ」と言いながら金槌で一番奥の歯を叩き割った。


「この角はな、実は角じゃなくて、上に伸びちまった上顎の奥歯なんだよ。それが脳と頭蓋骨を突き破って頭の上に出てるんだ。魔物ってのは本当に不思議な生き物だよな」


 そう言うと砕いた奥歯を思い切り引っ張り口の中から角を取り出した。頭の角がスルスルと縮むように頭に吸い込まれていくのは、なんだか不思議な光景だった。


「よし、これで素材のとり方は完璧! でも皮はあまり高くないから剣の柄でも簡単にとれる角だけ取るのがおすすめかな。ああ、でもその時はまだ皮と角が、つながっているから、ぐるぐる回して皮とのつながりをねじ切ると取りやすいぞ」


 真剣な表情で作業を見ていたポラは、感心したようにこう言った。


「先生ありがとうございました。角が奥歯だったなんて初めて知りましたよ。取り方もちょっとしたコツで簡単に取れますし、これは初心者ハンターの間で流行りますね」


 ポラはそう言うと、リアーロは満足した表情で皮と角をカバンにしまい込み次の獲物を探してまた歩き始めた。


 残されたホーンラビットの肉は、二人がいなくなると、ゆっくりとダンジョンの床に吸収されていった……。



ダンジョン素材採取教本 第1巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第2項 ホーンラビットの角と毛皮  ……8

 初級 角の外し方          ……9

 中級 毛皮の剥ぎ方         ……10

 上級 肉の削ぎ落としと下処理    ……11



 

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