洞窟 第一階層

第2話 ゴブリン

 先生と呼ぶな! 呼びます! との応酬を30分ほど繰り返した後、彼らは一時停戦してダンジョンへと潜ったのであった。


 このダンジョンは、細めの通路と小部屋で構成されている。まるで蟻の巣のような形状で、横に広がっている。上下階の移動は何処かの小部屋にある階段だけだ。


「ギギャギギャギョワッチョ」


 入ってすぐに遭遇したのは、緑色の皮膚をした胸丈ほどの小人だった。


 この魔物の名前はゴブリン、雑魚の称号にふさわしい魔物だ。爪と牙の強度も人間とそう変わりなく多少、尖っている程度で攻撃性に乏しい。


 唯一の武器は、拳二つ分しかないとても短い棍棒だ。もちろん防具は付けていない。


 しかも、目の前にいるこいつは、本来付けている腰のボロ布すら無く丸出しであった。


「朝一で全裸のゴブリンが相手とか二日酔いだったら吐いてるぞ……」


 リアーロは、顔をしかめて、緑裸みどりはだかのチビを見ている。普段のゴブリンも知性の欠片すら感じないが、こいつは、特にひどい……。


 丸出しで棍棒をブルンブルン振り回している。そして下の棍棒もブルンブルンと揺れている。


 ポラは、汚物を見るような目でゴブリンを見ている。いや、実際に汚物だった。


「よし、じゃあ今日の講座は、財布用のゴブリン胃袋の採取と処理方法だ」


 そういった途端に、死んだ目をしていたポラは、「はい先生!」と目を輝かせはじめた。


「先生は……まあ良いか……」


 リアーロは、そう言うと素材となる部位と位置を話し始めた。


「ゴブリンの素材は、胃袋だ。場所は人間と同じだから分かりやすい」


 基本的にゴブリンの素材は、なにを食べても平気なほど頑丈な胃袋だ。歯や爪、耳など特徴的な部分はあるが、役に立たない部位だ。


 しかし、討伐した証で耳などが換金できる地方もある。だがダンジョンがあるこの街は無縁の話だ。


「それで、攻撃は任せて良いのかな?」


 リアーロがポラに向かってそう言った瞬間に、ゴブリンの首がぽとりと地面に落ち、続いて胴体も仰向けに倒れた。


「はい! 先生は素材に集中してください。どんな敵でも私が倒してみせます」


 そう言いながら、土魔法か何かで土を操りゴブリンのコンニチワしている下の棍棒を覆い隠した。


 ポラは、完全に無詠唱で、杖すら使っていない……。


 通常魔法は、杖に力をため呪文を詠唱して魔法陣を構築。そして魔法を放つという手順を踏まなくてはいけない。


 高位の魔道士なら詠唱を省略できるし杖も使わないこともあるが、大体は両手を前に突き出し魔法を使う。


 しかしポラはそれすら行っていなかった……。何もかもが自然に起きた出来事のようにすべてが一瞬で終わっていた。


「素材の部位を聞いて、そこを避けて討伐するのでよろしくお願いしますね」


 ニッコリ笑いかけてくるポラを見て、リアーロは考えるのをやめた。


「……そりゃ単独金竜討伐勲章だもんな、詠唱すら要らないか」


 リアーロは、小声でつぶやくと出発前から満杯になってるカバンに手を突っ込む。このカバンは、彼が処理袋しょりぶくろと呼んでいるものだ。


 この中には、素材の下処理に必要なありとあらゆる道具や薬品や素材が詰め込まれている。


 その中から取り出したのは、ごく普通のナイフだった。


 ゴブリンは、魔獣型の一番雑魚よりも皮膚が柔らかいため、解体に特別な物はなにも要らないからである。


 リアーロがナイフを取り出している間にポラは、水晶玉を取り出していた。そして、それに魔力を通しながら、リアーロの解体の様子をじっくりと見ている。


 リアーロは、それがなにかわからなかったが、特に気にせず作業を開始した。


「まず、ゴブリンの胸を開く、切り込みすぎて胃袋を傷つけないように注意だ」


 そう言うとリアーロは、肩から鎖骨を通りみぞおちまで切込みを入れる。逆側も同じように切込みを入れ、最後にみぞおちから下に一直線に切込みを入れる。すると切込みはY字のようになった。


「ここに指を突っ込んで一気に開く」


 切り込みに指を突っ込むと四方に開いていく。


 リアーロは、ポラの様子をうかがうが、吐いたり気分を悪そうにしている様子はない。


 下の棍棒がブラブラしているときの方が顔をしかめていたなと思いつつ、解体のたびに騒がれなくてよかったと安心する。


「開いてしまえば、あとは簡単だ、肺の下にある胃袋の上と下の管をナイフで切り、取りだす」


 そう言いながら手際よく胃袋を取り出した。


 ゴブリンの胃袋は、茶色く袋状になっている。表面はツルツルで内側はしわしわだ。これを天日で乾燥させれば、頑丈かつ少し伸び縮みする革袋になる。


「このまま持ち帰っても良いんだが、ここでひと手間かけれ買取値段が上がるし、軽くコンパクトになる」


「私達の本のメインになるところですね」


 リアーロはポラの言葉に「うむ、そのとおり」と、うなずく。


 二人は、著者ポラ、監修リアーロという表紙が浮かび少しだけ気分が高揚した


 次に処理袋から取り出したのは、年季の入ったまな板と拳大のやや赤みがかった岩塩それに、くすんだ銀色のコップだ。


「まずは、胃袋を洗浄する。水は市販品の湧水杯ゆうすいはいで十分だ」


 リアーロは、くすんだ銀色をした湧水杯ゆうすいはいを傾けて水を出すと胃袋へと入れていく。


 胃袋の入口と出口を掴むと上下に激しく振り、胃の中を洗浄し始めた。


「多少空気も入れると洗浄しやすいぞ」


 ジャボジャボ、ジャボジャボ、ジャボジャボ。しばらく振り、洗浄が終わると、中身を捨てた。


「次は、塩もみだ。これは、余計な水分を出すことによって腐敗を防ぐと同時に軽くもなる」


 まな板に胃袋を置くと岩塩で叩き始めた。


「塩は基本何でもいいが、赤岩塩だと高度がちょうどよく生皮を殴る度に少し削れるからおすすめだ。普通の塩ならちょうどゴブリンが持ってるぐらいの棍棒があるといいぞ」


 グチュ、グチュ。叩く度に妙な音がする。その度に汁がまな板をつたい地面に流れ出す。


 そして、叩くにつれて、だんだんと音に変化が現れる。


 タン、タン、タン。水分が抜けてだいぶ軽い音になった。


「音が変わったのが解ったか? こうなったら外側の処理終了の合図だ」


「はい、結構変わるもんですね」


 音の変化に気がついたポラにリアーロは機嫌を良くして説明を続けていく。


「次に胃袋を裏返して、同じ処理をする。ゴブリンの胃袋は丈夫だから、かなり雑にやっても平気だ」


 そう言うと、狭い入り口から指を突っ込み胃袋の内側をつかみ強引に引っ張り出して裏返す。


そしてまた、まな板の上において岩塩で叩き始めた。何度か叩くと音が変わりゴブリンの胃袋は、だいぶ小さくなり初めに言っていたとおり財布ほどの大きさになった。


「これでゴブリンの素材のとり方と下処理の方法は終了だ」


 そういうと、汁気の無くなった胃袋をポラに渡した。


「先生! 流石ですね。一日干して紐をつければもう質の良い商品になりますよ」


 ポラの言葉にリアーロは、なんだか嬉しくなりある提案をする。


「じゃあ記念に俺が最後まで加工して財布をプレゼントしてあげようか?」


 その提案にポラは目を輝かせ「お願いします!」と胃袋をリアーロに渡した。それを受け取った彼は、ニコニコしながら「楽しみに待っておけ」と言って大事そうにかカバンにしまい込んだ。


 こうして、講座を終えた二人は、ダンジョンから地上へと戻っていった。



ダンジョン素材採取教本 第一巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第1項 ゴブリンの胃袋 ……4

 初級 胃袋の取り出し方 ……5

 中級 胃袋の洗浄方法  ……6

 上級 胃袋の下処理   ……7





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