ダンジョン素材採取教本 第一巻

第16話 宴会とおっさんの休日

 ここは、ダンジョン素材を多く扱う料理店[山猿屋]。本日はいつも以上に混雑している。その理由である本日の主役が胸を張り椅子の上に仁王立ちしている。


 その少女の名前はポラ、ボス討伐最速記録と最年少記録を塗り替えたのである。


 そのかたわらで、拡声魔道具を手にしているのはべテランハンターのリアーロだ。


「偶然に居合わせた皆様! 本日は、ここにいるポラ大先生のダンジョンボス初討伐の宴会です! 俺が取ってきた最高品質の肉を!」


 そこまで言うと、拡声魔道具を隣りにいた山猿屋の店主であるカレーバーグに手渡す。


「最高の料理人であるオレが腕によりをかけて作った!」


 そこまで言うとカレーバーグは店の奥に合図を送る。


 すると、輪切りされた円盤のような腕肉が乗った大皿が次々と運び込まれる。外側はパリッとしていて、中はしっかり肉汁と旨味を閉じ込めていてジューシーだ。


 客たちは今か今かと主役の掛け声を待っている。


「せーの!」


「「「「「四階層焼き!」」」」」


「さぁ! 今日は私の奢り! 好きなだけ食べていってね!」


 ポラが、事前に練習したとおり声をかけると店内は割れんばかりの歓声に包まれた。


 中心に向かうほど味の変わる腕肉を外側から回すように食べる人。中心から外側に向かってナイフで斬り三角形に切って食べる人。グルグルと丸めてかぶりつく人。家族に食べさせてやると持ち帰る人。


 お客はそれぞれの楽しみ方で提供された四階層焼きを堪能している。


 カレーバーグは、うまそうに食べる客たちをみて笑顔になる。


「うむ、最高傑作だな」


 料理を楽しむ客まで含めて彼の作品なのだ。そんな最高傑作に協力してくれたリアーロに感謝を伝えるために奢りの酒を彼のテーブルに運ぶ。


「ありがとうな。これはオレからの奢りだ」


「ハハ、こちらこそこんなに美味いものを食わせてもらって、ありがとうな」


  リアーロは、肉を平らげたカラの皿を傾けてお礼を言った後に店主の奢りの酒を煽る。


「ところであのお嬢ちゃんは何者なんだ?」


「オレもよく知らんのだが単独金龍討伐勲章を持ってる凄い魔道士だよ」


 酒のボトルから直飲みしながら「食べてますかー!」と言って各テーブルを歩き回っているポラを見た。


「なんでそんな子の面倒を見てるんだ?」


 カレーバーグの問にリアーロは、意味がわからなかったが、はたから見れば自分が大型新人の世話をしているように見えたのだろう。


「ああ、別に新人の世話をしてるんじゃなくて、本を作ってるんだ」


「本だって? ダンジョン探索記でも書いてるのか?」


 カレーバーグは、同じような本がたくさんあるじゃないかと、首を傾げている。


「いや、ギルドからの依頼で、俺の解体技術をまとめた[ダンジョン素材採取教本]を作ってるんだよ」


「教本? ……おい! それって質の良いダンジョン食材の流通が増えるってことか!?」


 リアーロは、奢りの酒を飲み干すと、「そうなるのが、ギルドと俺とポラの願いだよ」と笑顔を見せた。


 リアーロは洞窟階層の解体をまとめた第一巻に思いを馳せ、そっと処理袋に手を当てる。


 カレーバーグは、ダンジョン食材の質が上がるかもしれないと聞き心を踊らせる。


 そして、これから執筆作業が控えているポラは、その事を忘れて本日三本目の酒瓶の封を切った。


 こうして、夜は更けていった……。



 翌日。


 ポラの執筆が終わるまで休日となったリアーロは、街の端にある小さな自宅で、あるものを加工していた。


 作業机のに向かい一心不乱に作業をしている。


 シュリ、シュリ、シュリ。


 銀色の液体を布にそっと垂らすと、その布でオーガの角を二本とも磨いていく。


 オーガの角は、以前に言っていたように討伐のトロフィーとして使われることが多い、今回もトロフィーとして使うようだ。上腕ほどの大きさがある角は、とても見栄えがする物だ。


 オーガの角に塗り込んでいるのは、メタルリザードの銀脂肪だ。銀脂肪には保湿効果の他にも艶出し効果もある。美術品からお肌の手入れまで用途がかなり広い脂肪だ。


 オーガの角は、持ち主の頭に生えていたときより美しく艶がある。どす黒い赤からきれいな朱色になっていた。


「こんなもんか」


 磨き上げに満足したリアーロは、次の作業へと移る。木材店で購入した台座に接着するのだ。


 湯を沸かした大きな鍋に、光を通す黄色い棒状のものが入ったビンを漬け湯煎する。


 黄色い棒状のものはニカワと呼ばれる動物の骨などを煮込んで作るゼラチンの接着剤だ。ニカワは、その透明度が高いほど質がよく、リアーロが用意したものはその色からも最上級のものだと解る。


 湯煎して溶けたニカワを筆につけて角に均一に塗り接着する。接着したあとは、火吹杖ひふきつえの弱火で軽く炙り、ニカワを木材の目地に染み込ませる。


 炙らなくても接着できるのだが、炙ることでより強固に接着できるのだ。


 一度席を立ち一時間ほどニカワの乾燥を待ち、戻ってくると問題が発生した。


「台座との差が激しすぎるな……」


 一度作業から離れて、時間が立った後に客観的に見ると粗が見えてくるものだ。


 角をきれいに磨き上げすぎたせいで、削り出してヤスリがけしただけの台座が貧相に見える。


 すると彼は、処理袋をあさり、木材用の高級ワックスを取り出す。


 この高級ワックスは、エゴマという植物の小さな実から絞った貴重な油で出来ている。


 それを布に取り、ヤスリがけしただけの木の台座に丁寧に塗り込んでいく。


 しばらく作業すると、台座の色のトーンが落ち艶が出た。これならば一体感が出たなと納得し作業を終えた。


 するとリアーロは、たった今完成したオーガのトロフィーのとなりに、似たものを置いた。


 それは、リアーロが初めてオーガを討伐したときに卒業試験として作ったトロフィーだった。


「並べてみると、昔の自分がいかに未熟者だったかが解るな」


 艶はもちろん、ニスが均一に塗れていなかったようで表面が若干でこぼこしている。そもそも、銀脂肪ではなく普通に木材用のニスを使っているのできれいな朱色ではなく若干茶色みがかっている。


「師匠は何も教えてくれなかったな」


 この古いトロフィーは適切な道具や薬剤を自分で考えろと言われて作ったものだった。


 当時は必死だったが、改めて見るとひどいものだ。


 おっさんにとって、進歩の証というのはとても大切なものだ。師から離れ叱られなくなり、正しいか正しくないかの判断を自分でするようになるとどうしても甘えが出て技術が落ちていく。


 そうならないためにも努力をするのだが、その努力の成果が確認できないと不安になる。師がいるときなら「少しはマシになった」だの「やるようになった」などの言葉で確認できるが、もう師はいないのだ……。


 師のもとから離れてなお進歩し続けていると自信を持てたリアーロは、新しく作ったトロフィーの一つをポラへと届けに出かけていった。



「ぶぅえっくしゅん!」


 新聞を広げている老人が大きなくしゃみをした。ここは街の道具屋[素材道]だ。


「まーたバカ弟子がワシのことを死んだ扱いしとるのかな。恩知らずなやつじゃ、まったく」


 そんな独り言を聞いていた人物が、あきれた様子で声をかけた。


「バカ弟子ってのはこんな感じのいい男かな?」


 顎に手を当てて似合わないポーズをしているのは、リアーロだ。


「噂をすればと言うやつか、何の用じゃ?」


 リアーロのいい男発言とポーズについては完全に無視を決め込んだようだ。この老人こそ、リアーロに解体や素材のことを教え込んだ師匠である[素材道]の店主だ。


「何のようだとはひどいな解ってるだろ? 例のアレだよ……」


「フフフ、お主もずる賢くなったようじゃな」


 そう言うと店主は、ずっしりと重みのある革袋を差し出した。


「全く、糸巻きをギルドから買い戻して、もう一度売るなんて、あくどいことを考えたな。ほれ紹介料じゃ」


 金を受け取りながらリアーロはこう返す。


「あくどいのはあんただろ? 糸を移し替える用の巻板をここで売ってないだろ? だから二階層組が可動式の糸巻ごと売っちまうんだよ。俺は糸巻きが積み上がって困ってるギルドに相談されて、ここを紹介したってだけだ」


 ギルムは、フンと鼻を鳴らし「善意じゃったら紹介料を返せ!」と罵り「もらったもんは返せん!」と喧嘩になった。


 結局いつものように、「うるさいバカ弟子!」「もう弟子じゃねーよジジイ!」と、もはや別れの挨拶となっている罵倒をして店を出た。




二月後に街の掲示板に貼られたチラシより抜粋


 素材道


 すべてのダンジョン必需品がここで揃う!?


 ダンジョン素材採取教本に登場する道具を全て取り揃えております。


 教本の監修をしたリアーロの尊敬してやまない偉大なる師匠が店主をしております。教本でわからなかったところの質問も受け付けております。


 ※品物を購入したお客様向けのサービスとなっています。


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