洞窟 第三階層

第8話 オーク

「やっと人がいなくなりましたね」


 ポラはうんざりした様子でそう言うと、両手を高く上げぐぐっと背筋を伸ばした。


 第三階層に入った途端に混雑が解消され、二人はとても清々しい気分だ。


 しかし、ダンジョンの様子は、相変わらず土の地面で、見飽きた洞窟状のダンジョンは、変わることはなかった。


「そうだな、あれだけ人がいるとダンジョンという気分じゃなかったな」


 リアーロは第二階層の混雑具合を思い出し腕を組み、うなずく。


 それから、魔物を探して歩き回る。階段の部屋から通路を行き又別の部屋へ。そこに魔物がいなければ又、別の部屋へと当てもなく歩き回る。


 そんなことをしていると、他の部屋への通路がないどん詰まりの部屋が現れた。二人は、「行き止まりですね」、「もどるぞ」と簡単に言葉をかわし、先程通った通路を戻る。


「あれ?」


 通路を通り一つ前の部屋に戻ったときだった。ポラは首を傾げ、部屋の中を見回している。


「どうかしたか?」


 何かあったのかと思ったリアーロは、ポラに声をかける。


「部屋の形変わってません?」


 先程通ったときの部屋は、通路と通路が正面だったのに対し、今は通路が右手側に移動している。


「ああ、どうやらこの階層には俺たちしかいないらしい」


 このダンジョンは、人の目がなくなると、いろいろなことが起こる。死体の消失に始まり部屋の大きさ、通路の位置の変化、魔物の出現、もっと深い階層にいけば武器や魔道具が出現する。


「誰も見てないうちに形が変わるって、こういうことでしたか」


 ポラは、事前に話には聞いていたが、にわかには信じられなかった。しかし体験したからには、信じる他なくはっきりと何者かの意志が働いていると確信した。


「おっと、どうやら魔物のいる部屋とつながったらしい」


 リアーロがそう言って指差した通路から、なにかが、ぬっと現れた。


 現れたのは、緑色の肌をした人型の魔物だった。


 同じ緑色のゴブリンとは違い背は人間の平均より高く、筋骨隆々だ。


 髪は生えていなく、口からは鋭い牙が口内に収まりきらず見えている。耳は短いトンガリ耳で、目は白く濁っている。なんと言っても特徴的なのは豚のような鼻をしていることだ。


 右手には鉄製の斧を持ち、体には鉄の胸当てを付けている。腰には動物の毛皮を巻いている。


 こいつは、オークだ。


 オークは、ウルク族と呼ばれる種族が魔物化したものだと言われている。人間に対するスケルトンやゾンビのような位置にいる魔物だ。


 

 ウルク族は、オークと違い鼻も普通で髪も生えている。今の説とは逆にオークが理性を手に入れたのがウルク族という説が主流だったが、ウルク族と人間が友好関係を結んだときからこの説は否定されるようになった。


「オークですか……。素材取れるんですか?」


 ポラは、二人を見つけて鼻息を荒くし始めたオークから目をそらさずに質問した。


「ほら、立派な鉄を持ってるじゃないか。あれなら鉄鉱石を掘って精錬するよりずっと楽だろ?」


 リアーロの言葉にポラは納得したようで、次の瞬間オークは、バチバチ! と言う激しい音を放つと、肉の焦げる匂いがあたりを包んだ。


 一瞬何が起こったか理解できなかったが、リアーロは、じきに攻撃方法が解った。これは雷撃だ。頭頂部から体を通り足にかけて空に光る稲妻のような焦げ跡が残っていた。


 オークの武具には影響がなかったので、リアーロはいつもの調子に戻り講義を開始した。


「よし、今回の講座は、オークの鉄くずと、その収納方法だ」


 いつものように、処理袋から道具を取り出していく。


 まずは、いつものナイフ、それと金槌かなづちひらタガネだ。


 ひらタガネは金属の棒の先を平たくした道具で、石やレンガなどを割るのに使用したり、一部金属加工で使用するものもある。


「まずは、簡単な斧の斧頭ふとうの外し方からだな」


 斧は、武器としてではなく、素材の鉄くずとして持ち帰るため、木製の柄の部分は必要ないので、鉄製の斧頭だけ取り外すのだ。


 斧頭の穴に差し込まれている木材でできた柄の頂点には、くさびという斧頭が抜けないように止めている部品がある。


「オークの斧は、楔が木製だから平タガネで叩き割る」


 リアーロは、斧を立て柄の下を地面に付け、くさびが見えるように固定する。そして、楔に向かって平タガネを振り下ろす。


 ガッ! ガッ! ガッ! くさびが削れ、外れると、柄が内側に縮まり、緩くなり斧頭がグラグラとし始める。


「これぐらい緩くなったら、逆さまにして、金槌かなづちで斧頭を叩けば……。ほら簡単に外せる」


 斧頭が外し終わったら、次は、鉄の胸当てに取り掛かる。


「まずはオークから、装備をはずさないと話が始まらない」


 リアーロは鉄の胸当てについているベルトをナイフで斬りオークから外す。


「鉄の胸当ては、革のベルトで四箇所固定されている」


 リアーロは、四点を指差す。胸当ての上部の上端の二箇所と、下部の横端の二箇所だ。


「ここは、皮のベルトを巻き込むように金属が折り曲げられている。ベルトが交換できない馬鹿な作りだ。だから、折り曲げられた部分に平タガネを差し込んで、強引に開くしかない」


 革ベルトが挟まっているところに、平タガネを差し込むと、タガネの尻を金槌で何度も叩きこじ開ける。するとベルトは簡単に外れた。


 同じ作業を三度すると、胸当てからベルトが全て取り除かれて、少し丸みを帯びた鉄板になった。


「これで鉄だけになった。あとは、収納方法だな。適当に持ち帰ってもいいが、斧頭は意外と危ない」


 そう言うと斧頭と金槌を手に持った。そして、鉄の胸当ての中心に斧頭の刃の部分を当て、金槌で斧頭の刃とは逆側を思い切り叩く。すると胸当てはへこみ少し折り曲がったようになった。


「こうやって曲がりの取っ掛かりを付けたら、斧頭を包むようにして胸当てを二つ折りにする」


 胸当ての両端を持ち両側から圧力をかける。胸当てをある程度折りたたみ、腕では固くなってきたところで、地面に置き足で踏みつけて完全に折り曲げる。


「これで、斧頭が他の荷物を荒らすことはなくなったし、小さくなった。以上で講義は終わりだ」


「先生ありがとうございました」


 講義を終えていつもの挨拶を終えた。いつもならここで終了して次へ行くのだが、ポラは、オークの死体をじっと見つめている。


「先生。あれもう要らないんですよね」


 オークの死体をじっと見つめるポラに不安を覚えながらリアーロは「ああ」と返事をした。


「よし。じゃあ私がもらっちゃいますね!」


 そう言うと、ポラは初めて手に持っている杖を掲げた。すると杖は緑色に輝きだした。


「我、汝との盟約を果たさん……。 クーゲルブリッツ召喚!」


 ポラがそう唱えると、杖の緑の輝きが放たれ空中で形を変えると魔法陣になった。


 そして、その魔法陣が効果を発揮すると、黒い穴が現れ、そこから何かが召喚された。


「ピュイ!」


 ポラが召喚したと思われる物体は高い声で鳴いたそれは、金色をしている謎の生物だった。 




ダンジョン素材採取教本 第1巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第7項 オークの鉄くず    ……27

 初級 斧頭の外し方      ……28

 中級 胸当ての分解      ……29

 上級 鉄くずコンパクト収納術 ……30

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