第10話 ストーンハーミットクラブ

「最後の魔物早く出てこないかな~。最後になるなんて焦らし上手だなぁ~」


 リアーロは、なんだか機嫌が良さそうだ。金竜の卵の事は、忘れて最後の魔物を浮かれながら探している。


 ポラはその様子を見てとても怪しんでいた。男が好きな魔物を思い浮かべ気分を害している。


 サキュバス、ラミア、セイレーン、どれも人間の女性の上半身を持っているのに胸を丸出しにしている破廉恥な魔物だ。


 繁殖もしないくせに揃いも揃って、たわわだ。ポラは自分のをチラッと見て、まだ発展途上よ……。いざとなれば錬金術で薬を……、と思考が迷子になっている。


「いた! いたぞ!」


 ポラはリアーロの魔物発見の声に反応して、血走った目をその魔物に向けた。


「あれぇ? ヤドカリ……ですか?」


 そこにいたのは、膝の高さぐらいの大きさで、グレー色をしたトゲ付きの殻を持つヤドカリだった。


 背負った殻は、岩のような見た目で、鋭いトゲがたくさん生えている。貝の中身は、黒い三角の目と短いヒゲが飛び出ていて、その下には口がある。手はボツボツがある硬そうな爪で、4本見える足の先は鋭くとがっている。


「こいつが俺の好物の其一! ストーンハーミットクラブだ!」 


 ポラはなんだか肩透かしを食らったような気分になり、ジトッとした視線を無実のリアーロに送る。


 すると彼は、変に騒いだ事を咎められたのかと勘違いして、すぐに講義へと頭を切り替えた。


「素材は、爪と貝の中の内蔵と殻に生えてるトゲだ」


 ポラは、「はい」と軽く返事をすると魔法を行使した。


 ポラの前に氷の矢が現れ、爪をかかげて威嚇しているヤドカリの頭を貫いた。脳を貫かれたことで、ハーミットクラブは、すぐに絶命した。


「おっしゃ! 今回の講義はストーンハーミットクラブの爪肉と肝酒とスパイクだ」


 リアーロは、鼻歌を歌いながら処理袋から道具を出していく。


 厚手のナイフ、平タガネ、金槌、ホワイトリカーを取り出した。


 ホワイトリカーは、酒を蒸留して高濃度にした後に、きれいな水で薄めたものだ。全く癖がない純粋なアルコールのような酒で、何かを漬けて風味を楽しむために使われるお酒で、口が大きめの瓶に入っている。


「まずは、めちゃくちゃ美味い爪の外し方からだな」


 上機嫌でハサミを左手で持ち、関節に鋭角に厚手のナイフで爪の付け根に刃を当てる。


「中央に筋が通ってるからそれを切り離すんだが、ナイフの先が爪に入らないように逆側にナイフを差し込む」


 腕の方にナイフを差し込み、筋を切ると、ぐっと力を入れて、テコの原理で爪を外す。


「次は肝酒だな。こいつと焼き爪で……。くぅ~!」


 ヤドカリを殻から引き出すと蜘蛛と似たような形をしている。その、腹の部分をナイフで切込みを入れる。


「腹の中に袋状の緑色の肝があるのが見えるか?」


 ポラが、切り口から覗き込むと、たしかに成人男性の拳より少し小さいぐらいの緑色をした袋が見えた。


「これを取り出して……。ホワイトリカーに漬ける!」


 リアーロは、袋が破けないように丁寧に取り出し、そっとホワイトリカーが入ったビンに漬け込んだ。


「すぐに始まるぞ……。」


 そう言うと、二人の視線が透明な液体に沈む緑の袋を見つめる。するとそれは、三十秒もしないうちに変色した。


「うわ、一瞬で茶色くなりましたね」


 なにか劇的な反応が起こったようで、ビンの中の液体は瞬時に茶色く変色し緑の袋が消えて無くなった。


 リアーロは、ポラに、「あの次は……」と言われるまでニコニコしてその酒を見つめていた。


「さ、最後は、殻にあるスパイクの外し方だな。こいつは、石で出来てるから平タガネと金槌で強引に叩き割る」


 スパイクの根本に平タガネをあてがい、金槌で叩き一発で削り取る。


「これは、結構コツが居るから実践あるのみだな。六匹ぐらいのスパイクを全部外せば、すんなり取れるようになるだろう」


 ポラには、簡単に取っているように見えたので、試しに道具を借りてやってみたところ、予想以上に難しく、十回以上叩いてやっと、切り口がボロボロのスパイクが一本だけ取れた。


 その難しさを体験したポラは、「さすが先生」とほめながら、これは上級だなと頭の中にメモを残した。


「さて今日の講義はこれで終わりだ。帰って酒盛りだ~!」


 リアーロは、有無を言わさず帰り支度をして、さっさとダンジョンから出ようとしていた。


「クーちゃん早く食べて!」


 ポラとクーは置いて行かれまいと急いでクーの食事を済ませ、あとを追いかけた。


 一行はダンジョンを出ると、すぐにある場所へと移動した。


 それは、ダンジョンの隣に立てられた貸しグリル屋だった。ここは、ダンジョンで取れた食材を調理するために機材を貸してくれる場所だ。


「一台貸してくれ!」


 リアーロは慣れた様子でグリルや食器を借りてくると、ポラが手伝いをするまもなく手早く準備を終えた。


「え? あの……。ヤドカリを食べるんですか?」


 ポラの言葉に、リアーロは、キョトンとした表情をした。


「ポラは、山の出身か? 俺たち海辺の出身には、ごちそうなんだぞ」


 リアーロの読みどおり、ポラは、山岳地帯の出身であった。そのため海産物には疎く、ヤドカリの存在を知っていたが、それを食べる文化は知らなかったのだ。


 それどころか、ちょっと虫っぽくて気持ち悪いとさえ思っていた。


 しかし! リアーロが焼いている爪肉からいい香りが上り始めると、その考えは、吹き飛んでいった。


「ほら!」


 ポラは、差し出された皿を受け取りいい香りを放つ焼き爪肉にフォークを入れた。


 ほろっと崩れるように取れた爪肉を口の中に迎え入れる。舌についたその瞬間に口の中いっぱいに強い旨味が広がる。


「そこに、このハーミットクラブの肝酒を流し込むんだ!」


 ポラは、茶色い酒を受け取ると爪肉の風味が消える前にぐいっと一気に煽った。


「美味しいです~!」


 目を見開いて大声で叫ぶと、食べる手と酒を傾ける手が止まらなくなり酒とつまみが、無くなるまでそう時間はかからなかった。


「は~天国です~。先生が好きな魔物とか言うから、おっぱい丸出しの魔物かと思っちゃいましたよ。キャハハハハ!」


 酔って上機嫌になったポラがリアーロの肩をバシバシと叩く。まるで同年代のおばさんのような行動に、げんなりとした。


「こいつに酒を飲ませたのは失敗だったか……」


 海辺出身のリアーロは、少し後悔しつつも、山間部出身者に海産物を食べさせて喜ばせる事ができて大満足であった。


 明日からは第四階層の探索に入るため、リアーロは、帰り支度を始めた。


 一方ポラは、他の女性だけのハンター集団と意気投合して、はしご酒に出発したのだった。


「四階層は、油と麻紐が必要だな……朝市で買い足しておくか」


 リアーロは、早めに就寝し、ポラは朝方まで飲み明かしたのだった。



ダンジョン素材採取教本 第1巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第9項 ストーンハーミットクラブの爪肉と肝酒とスパイク ……35

 初級 絶品! 爪肉の外し方               ……36

 中級 絶品! 肝酒の漬け方               ……37

 上級 スパイクの取り外し                ……38

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