列島 第一島 沼島

第18話 ゲロップ

教本の第一巻が発売されてから二週間がたったハンターギルドの待合室。


「見ろ! これが特注で作ってもらったオリハルコンバールだ!」


 深い緑色をしたL字の金属棒を高々と掲げる。


 リアーロは、教本完成の報酬をすべてつぎ込んだオリハルコン製のバールを自慢していた。


 オリハルコンは、人類が加工できる最高硬度とかなりの重さを持った金属だ。


 鎧は軽いほうが良いと思われがちだが、ドラゴンなどの超重量級の攻撃を受け止めるには人類の体重では足りないので、鉛よりも重いオリハルコンが重用されている。


 もちろん重さが重要な鈍器やハルバードなどにも適しているので重装戦士憧れの金属だ。


 そんな金属でリアーロは道具を作ってしまったのだ。


「バールって、おま……もったいねーだろ!」

「お前は先に剣をどうにかしろよ!」

「そうだぞ木刀リアーロ!」


 自慢気に披露したのだがギルドでたむろしている同僚からツッコミが入った。


 それは無理もないことだった。リアーロは、ずいぶん前に採取道具を揃えるために剣の刀身を売って・・・・・・しまった。なので現在腰に下げている剣は柄そこ立派だが中身はただの木刀・・であった。


「おまえ! 木刀のことはポラに言うんじゃねーぞ! 先生と慕ってくれる女の子の夢を壊すな!」


 リアーロがわめくと、「だったら先に剣を買え馬鹿」だの「お前の強さなんてこれっぽっちも気にして無いだろ」と野次が飛び待合室は笑いの渦に包まれた。


「今に見てろ! 第二巻がでた後でオリハルコンバールを貸してくださいって、泣きついたって貸してやらねーからな!」


 リアーロは捨て台詞を吐いてハンターギルドを後にした。



 一方ポラは、リアーロをダンジョン横の転送神殿で待っていた。


「先生遅いね……。第二巻の初日だって言うのに……」


 ポラは、足元で転がっているクーに話しかけている。


「ピュイ!」


 クーは全く何をしているだと言わんばかりに同意するように鳴いた。


「すまん、遅れたか?」


 そこにちょうどよくリアーロが現れた。クーは、怒りを表すように勢いよく転がると、リアーロのつま先を卵ボディで轢いた。


「いて! すまんな卵ちゃん。そんなに怒るなって」


「ピュイ! ピュイ!」


 クーは謝る相手が違うだろと怒り出すが、残念ながらリアーロには伝わらなかった。


「二人とも遊んでないで列島階層れっとうかいそう? ってとこに行きますよ!」


 列島階層とは、オーガがいる洞窟階層を超えた先にある階層だ。リアーロは「すまん、すまん」と軽く返事をして一行は、神殿の転送魔法陣を使いオーガを倒した先の部屋へと転移した。


 魔法陣で転移した先の階段を降りていく。ここまではいつもどおり洞窟の風景だったが、階段を降りきったところで劇的な変化が訪れた。


「先生!? 地下に外があります!」


 階段を降りきると目の前は太陽光が降り注ぐ美しい海岸だった。空は青く砂浜は白、海はエメラルドグリーンで、その広大な海には、ウリキドの街がすっぽり入るほどの大きさの島が四島浮かんでいる。


 そして後方の島の中心部方面は温暖地域の木や草が茂っているジャングルだ。


「ここが[全種の洞窟]の列島階層れっとうかいそうだ。大きな島、五つで構成されている。島と島は大きな橋でつながっていて、例によって一島三種の魔物がいて、最後の島にはボスが居るんだ」


 リアーロの説明を殆ど聞かずポラは、海岸へと走っていった。そしてポラは探知魔法を飛ばしいろいろ調べている。しかし、広すぎて端が掴めない様子だ。


「広すぎる……もしかして転移? それとも別次元? いや、世界座標はダンジョンと同じ……」


 リアーロは、山育ちの[海を初めて見ましたー!]やら[大きな池ですね]を期待していたのだが、そうはならなかった。


 しかし、不思議に思ってぶつぶつと独り言を言っているポラを見ていると、昔の自分のようだと微笑ましく思った。


「慣れって怖いな、俺なんかもう何の違和感もないよ」


 ポラは海に手を入れたり砂を触ったりして「幻惑魔法のたぐいではないね」とつぶやき、卵のクーは波打ち際を「ピュイピュイ」と楽しそうに転がっていた。


「おーい! そろそろ魔物を探しに行くぞ~!」


 リアーロが声をかけると本来の目的を思い出したポラは、急いでリアーロのそばに戻ってくると、一行は島のジャングルへと足を踏み入れた。


「ここは列島階層れっとうかいそう第一島だいいちじま沼島ぬまじまだ。」


 リアーロはいつの間にか取り出していた鎌で背の高い草を切り払い道を作りながらジャングルを進んでいく。


「この密林を抜けると沼地にたどり着く。洞窟階層と違い、魔物がいる場所が固定されてるから、そこのところも、記憶しておいてくれ」


「あてもなく、ウロウロしなくていいんですね」


 リアーロは、「そのとおり」と返し、ひときわ大きな草を鎌で切り払うと密林が開けた。開けたその先は大きな沼だった。


「ここが、最初の魔物が生息しているカエル沼だ」


 目の前に広がっているは、水が多めな沼地だ。水位は膝上ぐらいで底には泥が堆積しており、踏み込むととても危険そうだ。


 あたりを見回すと、何かが動いたのが目に入った。


 水面から目玉を二つ出してこちらの様子を伺っているのは、この沼の名前の通りの魔物だった。


「いたぞ、アレがカエルの魔物ゲロップだ。目をそらせると舌を伸ばして拘束し水中に引きずり込み、溺死を狙ってくるから注意しろ!」


「素材は何処ですか?」


 ポラは、目をそらさないようにじっとゲロップを睨みつける。ギョロッとした目玉はポラがよく知る普通のカエルと遜色はない。違いといえば、その大きさが子供が両手を広げた程の巨体なことだろう。


「背中のイボと舌だ」


 ポラは背中にイボがあると聞いて気持ち悪く思い、つい目をそらしてしまった。その油断をゲロップは見逃さず、すぐに舌を伸ばす。


 粘着質な舌と美少女が一直線に並ぶ……が、残念ながら期待していた、春画のようなような事は、起こらなかった。


 舌は、伸び切る前に力なくパシャと水面に落ちた。力を緩めれば戻るはずの舌も戻らず、ゲロップは口を開けたまま、ゆらりと揺れて倒れると、腹を上にして水面に浮かんだ。


「麻痺させたのでさっさと回収しましょう」


 リアーロは、少し沼に入り舌を掴むと、それを引っ張り水に浮かんでいるゲロップの体を手繰り寄せた。


 陸に上げ、他のゲロップの行動範囲外まで運ぶと、ゲロップの眉間にナイフを突き刺しトドメをさした。


「よし、今回の講座は、ゲロップのイボと粘着舌だ」


 階層が変わっても変わること無く処理袋から道具を出す。ナイフ、空ビン、防水布だ。今回は特に変わったものはない。


「まずはイボだな。背中にイボがたくさんついているだろ?」


「はい、気持ち悪いです」


 リアーロは、苦笑いしながら色の違うイボを指差した。


「ドス黒いのと透明なのがあるのが見えるな? このイボには体内の毒を集める機能があるんだ。こっちのドス黒いのは毒が溜まってて、あっちの透明なのが毒がないやつだ」


 不思議そうに眺めるポラは、イボがなんの素材になるのか疑問に思った。


「イボは毒薬か何かになるんですか?」


 リアーロは、首を小さく横に振ると、イボについての説明を始めた。


「イボはな、毒消しの基本材料になるんだ。こっちのドス黒い方はすでに使用済みで、毒が集まっていてる。一方、透明な未使用の方には、毒を吸着させる成分が詰まっているんだ」


 透明な方のイボの根本にナイフを当てると丁寧に引き切り取る。


「成分が出ないように注意だ。それと毒の方には絶対さわるな。イボによって痒くなる程度の毒から、気化したのを吸っただけで死ぬ毒まで、ごちゃごちゃに混じってる。毎年、毒の専門家が研究中に死亡する事故が起こってるからな。下手にいじると素人は即死だろう」


 気持ち悪い上に危ない毒が入っていると効いたポラは「絶対に触りません」と言ってゲロップの側から離れた。


 リアーロは切り取った透明のイボを手に取り中に入っている液体を揺らす。


「このまま持って帰ってもいいんだが、無駄にかさばるから下処理をする」


 イボの先をほんの少しだけナイフで傷をつける。


「こんな感じに、先端の皮膚の薄いところをちょっとだけ傷つけると、血が混じらずに、中身だけ取り出せるんだ」


 そう言うと、傷口を下に向けポタポタと垂れる透明な液体を空きビンで受け止める。その作業を透明なイボの数だけ繰り返すと、ビンはすぐに満杯になった。


「この透明な液体に毒を吸着させる成分があってな、毒を無力化する成分の働きを大いに助ける作用があるんだ。だから毒消しのベースに使われるんだ」


 ポラがうぇ~っとした表情をしているところに衝撃の情報がもたらされる。


「お前も飲んだだろ? レッドポーションの毒消し成分はこいつがベースだよ」


「うそ……」


 呆然としてイボを見つめるポラを見て、リアーロは「言わないほうが良かったか……」と小さくつぶやいた。


 リアーロは気持ちを切り替えるように大きめの声で言った。


「よし! 次はこの舌だな」


 リアーロは、ゲロップの口から出しっぱなしになっているベトベトした舌を持ち上げると舌先の太い玉のような部分を残しナイフで切り離した。


 舌先の肉を手に取りプルンプルンと揺らしながら素材についての説明をする。


「こいつの粘着舌は面白いんだ。この粘着はいろいろな場所に使われている。それに魔力が抜けきるまで使える。そうだな……たぶん五年ぐらいは使える」


 ポラは恐る恐る粘着舌に手を触れる。感触はペタペタしているが、妙な液体などはなかった。指を離そうと遠ざけると一定の距離までに肉が伸びそれ以上伸ばすと、パッと剥がれパチっと音を立てて元の形に戻る。


「面白いだろ? 乾燥にも強いしゴミが付いても洗えば粘着力が復活するんだ」


 ポラは、似た物を何処かで見たことある気がして、考えを巡らせる。


「あっ! これ、[コロコロお掃除君]だ!」


「正解だ。ワーム輪ゴムで有名なレポブリック社の掃除用製品に使われている」


 身近な掃除用品に使われているとわかりスッキリとしたところで、粘着舌を防水布に包み講座は終了した。



ダンジョン素材採取教本 第2巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第1項 ゲロップのイボと粘着舌………4

  初級 イボの採取*毒の危険あり……5

  中級 粘着舌の採取……………………6

  上級 イボの有効成分抽出……………7

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