第19話 ビヘッドモスクラブ

 カエル沼で講義を終えた一行は次の沼へと歩を勧めていく。


「なぁ、卵ちゃんが、毒イボごとゲロップを食ってたが平気なのか?」


「毒は効かないから平気です! ね~クーちゃん!」


「ピュイピュイ!」


 変わりなくゴロゴロ転がる金色の卵をみて、心配するだけ損だなと気持ちを切り替えて、再び次の沼を目指す。


 リアーロが草を鎌で切り払いながら進む。


 その様子を見てふと疑問に思ったポラが疑問を投げかける。


「先生、そう言えば、なんで沼までの道が塞がれてるんですか? この島は人が通らないんですか?」



 リアーロは、草を切る手を止めずに答える。


「人の視線が無くなると元に戻るんだ。たぶん壁の代わりに視線を塞いでいるんだろ」


「そう言う事でだったんですね。魔物の死体が消えるところや、魔物が現れるところを隠しているんですね」


 ダンジョンで感じた作為的な出来事に、ポラは、またダンジョン巨大生物派の証拠を手に入れたと密かに喜ぶ。


 暫くジャングルを進むと周囲が明るくなる。どうやら次の魔物の生息地に到着したようだ。


「やっと着いたな。ここは、カニ沼だ」


「あのー、沼の名前って、そのままですね」


 彼らは泥に隠れているつもりらしいが、沼の中に蟹が沢山いるのが丸見えだった。


 沼は水深はくるぶし丈ぐらいで、とても浅く代わりに泥の層が多めの沼のようだ。その泥の中に似た色をした大きな蟹が、目だけをぴょこんと飛び出させてじっとしている。


「ダンジョンの地名は発見者のセンスだからな。誰もどうにも出来ない」


「何だか複雑な気分ですね。私が何かを発見したら、みんなと相談して決めようと思います」


 リアーロは、「それがいい」と同意すると水際に行き水面をバチャバチャと手で叩く。


 その行為に反応して泥の中から、何匹も蟹が、もぞもぞと動き姿を表した。


 その蟹は、上面は泥に馴染むようなくすんだ緑色で、裏面は黄色っぽい。


 爪に藻のような毛が生えていて、その爪は、普通の蟹のように隙間があるのではなく、まるで刃物のように薄く、閉じると少し重なる。そう、まさに金属製のハサミのようだった。凶悪な爪に対してぴょこんと、とび出た黒くてくりっとした目は可愛く見える。


 体長は、4人がけのテーブルほどの巨体で、爪の大きさは人間の首ぐらいなら簡単に挟めるほど大きい。


 その蟹は、普通の蟹とは違い横に歩くことはせずに、真っ直ぐに歩く。爪を大きく振り上げ威嚇しながら、泥をかき分けてリアーロめがけて突撃する。


「ポラすまん。三体来ちまった」


 リアーロは、頭をポリポリと掻きながら締まりのない表情でそう言った。何が目的かわからないが、どうやらわざと多数を引き寄せたらしい。


「やつの名前は、ビヘッドモスクラブだ。素材部位は脚と目の下あたりの内蔵、それと爪だ。キレイに倒すには口に剣をぶっ刺すのが良いぞ!」


 ポラは、それを聞くと魔法を行使する。ポラの足元から岩の棘が五本せり出したかと思うと、そのまま地面から離れ蟹へと一直線に飛んでいく。そして、見事に口に命中し蟹達は絶命した。


「よっしゃ! 今回の講座は、ビヘッドモスクラブの脚肉とカニ味噌と爪だ!」


 リアーロは、いつも以上にてきぱきと動きあっという間に三体の蟹を陸に上げた。そしてすぐに処理袋から道具を取り出していく。


 今回使用するのは、大鋏、防水布、厚手のナイフ、大王匙だいおうさじ、空きビン(大)だ。


 大王匙だいおうさじは、ただの大きなスプーンで、特に特別な機能はなく調理用の大匙と混同しないため名前を変えただけである。


 空きビン(大)は、成人男子が両手の親指と人差し指で輪を作ったぐらい太くて、縦の長さも手のひらより大きなビンだ。


「まずは脚肉だな! 脚の付け根の関節が柔らかいからソコを大鋏で切る!」


 蟹の脚の付け根は、可動域が多く取られているため、柔らかい部分が多いので簡単に切り離せる。


 付け根にハサミを添えると力を込め一気に切り離した。


「思い切りよく行かないと、白い腱が引っかかって肉を痛めるから注意だ」


 片側四本で計八本の脚をハサミで切り取り、広げた防水布に置いていく。一本、一本が丸太のように太く、どんどん脚が積み上がっていき山のようになる。


「うひょ~。脚肉が二十四本もあるぜ! 食い放題だ!」


「何だか浮かれてると思ったら、やっぱり食べるんですね」


 ポラは、リアーロにじとっとした目線を送るが、ヤドカリの味を思い出しどんどんと期待値が高まっていた。


 山のような脚肉を防水布で包むと次の作業へと移る。


「お次は、カニ味噌だ! こいつを塗った焼きガニは、かなり美味い!」


 リアーロは、脚の無くなった蟹をひっくり返すと、カニのふんどしと呼ばれるお腹の部分に厚手のナイフを使い切りこみを入れる。


「この腹筋みたいな殻に沿ってナイフを入れると簡単に外せるんだ。おっと、普通のナイフだと引っかかった時に折れるから、必ず厚手の物を使うんだぞ! 破片が味噌に混じったら台無しだからな!」


 切込みを入れた腹部の甲羅を引き剥がすと、中には橙色をした内臓と白い束のような内臓が見えた。


「この橙色の内臓がカニ味噌だ。味噌と言っての脳じゃなくて肝臓みたいなもんだけどな。こっちの白いのは肺みたいなもんで、味は水っぽくて食感も最悪だから捨てる」


 そう言いながら大王匙だいおうさじで橙色の部分を掬い空きビンに詰めていく。一匹目が終わるともう一匹に取り掛かる。そして残りの蟹は何をやってるのかよくわからないほどのスピードで処理をしていく。


「講習は本当に、ゆっくりやっているというのが、よくわかりますね……」


 しかしポラの言葉は、カニに夢中なリアーロに届いていなかった。


「おお! 大きい空きビンに四本も取れた!」


 ポラに嬉しそうに、抱えたビンを見せつける。その味を知らないポラは「は、はぁ」と気の抜けた返事をするだけだった。


「まぁ、食えば分かるさ」


 そう言って大事そうにカバンにしまい込む。


 バラバラになったカニを見てポラは疑問に思った。爪がそのまま残っているなと。


「爪は食べないんですか?」


「あー。爪は固くて食えないが、一応素材だ。でもこれを売るのは好きじゃないんだよな……」


 そう言って腕組をしたたま、毛の生えた蟹の爪を見下ろす。


 いつも、生き生きと解体しているリアーロは珍しく乗り気ではないようだ。腕組を解くとその理由を話し始めた。


「こいつの爪は、ビヘッドの名の通り斬首刑に使われるんだ……」


 リアーロが語ったのはその恐ろしい使用方法だった。


 ビヘッドとは断罪、特に斬首という意味を強く持つ。その名の通りこの金属のハサミのような爪は独特な処刑方法に用いられるのだ。


 下準備として爪の毛についた泥をきれいに落とす。するとその毛は真っ白でとてもきれいになる。まるでうさぎの毛皮のようにキレイになるのだ。


 次の準備は、爪の肉を掻き出し幅の広い腱を露出させその先にロープを通す穴をあける。この腱は、押し込むとハサミが開き、引っ張るとハサミが閉じる。


 下準備の話が終わると実際の使用法へと話が移った。


「高い台に蟹の爪を縦に設置し、そこに罪人の首をあてて寝かせるんだ」


 右手の指でチョキを作りそこに左手首を置いてどのような状況なのかを示す。


「それで腱に開けた穴と頭の横にある重りをロープでつなぐ」


 チョキの下を指でなぞる動作をしながら説明する。


「そして、執行人がその重りを蹴り落とすんだ……。すると下に引っ張られた腱がハサミを閉じさせ、首を飛ばす……。そして胴体から流れ出た血液で爪の白い毛が真っ赤に染まるんだ……」


 ポラは、気分が悪くなったが、この素材を売ることで起こる精神的リスクを頭に刻み込んだ。


「そう言うわけで、今回は取り方だけ実践して爪は捨てていく。俺が売った素材で死刑になるとか想像するだけでも気分が悪いからな」


 そう言うとリアーロは、カニの爪を両手で持つとグリっとひねり簡単に外した。


「肉がどうでもいいから、外すのはかなり雑で大丈夫だ」


 外した爪をそのまま地面に投げ捨てると、クーに食べる許可を出し処分させた。


「よし! キモイことは忘れて、街に戻って貸しグリル屋で焼きカニパーティだ!」


 空気を変えようとするリアーロに乗りポラも「早く帰って食べましょう!」と大声で湿った空気を蹴散らした。


 二人は、大量の脚肉と味噌が詰まった大きなビンを抱え急いで街へと戻るのだった。



ダンジョン素材採取教本 第2巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第2項 ビヘッドモスクラブの脚肉とカニ味噌と爪……8

  初級 肉を傷つけない脚の切り離し方…………………9

  中級 カニ味噌の採取……………………………………10

  上級 爪の切り離し方*精神的リスクあり……………11

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