第22話 バンエリン

 ポラが優しく撫で初めてから一時間後、テンテンデッカーは、目を覚ました。


「ムンナ?」


 テンテンデッカーは、体を起こし短い足を投げ出した状態で座ったまま、周囲を見回し、寄生樹の残骸を見つけると、自分の後頭部をさする。そして寄生樹が無くなっていることに気がつくと、「ムンナ! ムンナ!」とはしゃぐように鳴いた。


 そして、リアーロを見つめると、ゆっくりと鍋つかみのような手を差し出した。


「おう、もう大丈夫みたいだな」


 そう言ってリアーロはテンテンデッカーと握手をする。


「むぅ……私が看病してたのに」


 ポラがそういって拗ねているとテンテンデッカーは、もう片方の手でポラの頭を優しく撫でた。


「へへへ、ムンナちゃん。ありがと」


 テンテンデッカーは、二人から手を離すとゆっくりと立ち上がり、今はもう動かなくなってしまったもう一匹のところへと移動していった。


「テンテンデッカーは、優しくてとても頭が良い魔物なんだ」


「そうなんですか?」


「これから、あいつがすることを見れば納得するだろう」


 ポラは、疑問に思いながらもテンテンデッカーが死んでしまった仲間のところへ行き何をするのか見守った。


 テンテンデッカーは、地面に穴を掘ると仲間の遺体をそこに埋葬し、獣が掘り起こさないようにするために、近くにあった大きな岩で蓋をした。


「ムンナアアアアアアアアア!」


 まるでとむらうように大きな鳴き声を上げ、その後、黙祷しているかのように目をつぶりじっとしている。


 しばらくすると埋葬と葬儀が終わったようで、リアーロ達の元へと戻ってきた。死を理解し、それに対する儀式をしていることからかなり知能が高いことが分かる。


「ムンナ!」


 テンテンデッカーは、長くて大きな手を二人の前に突き出す。


「ほら、握手だよ」


 ポラは、リアーロに言われてハッとして鍋つかみのような大きな手を両手で握る。リアーロも後に続き手を握った。


「ムナ」


 握られた手を軽く降ると手を離した。


「さて、これからお前はどうする?」


 リアーロはテンテンデッカーにまるで言葉が通じるかのように話しかけた。


「ムンナ! ムナムン!」


 テンテンデッカーは、リアーロの荷物を指差した後に自分の背中をとんとんと叩いた。


「やっぱりお前らは、みんな荷物運びをしたがるんだな……。悪いが俺はお前らを養えるほどの場所と金がないんだ。だから、これから保護施設に連れて行く。そこで主人を見つけてくれ」


 リアーロが申し訳無さそうに話しかけるとテンテンデッカーは、腕をだらんとして「ムンナァ……」と残念そうに鳴いた。そしてリアーロもテンテンデッカーの肩に手を置いて「すまんな」とこぼし小さくため息を付いた。


「はい! 私の家なら厩舎が空いてますし、食費だってどんと来いですよ!」


 ポラはそう言って自分の胸を叩く。


 リアーロは、教本のチェックで呼ばれたポラの家を思い出す。


 古くはあるが立派な屋敷で庭も広ければ厩舎もあった。それにその屋敷を一括払いで購入したポラにはお金の心配もないので共に暮らすことは十分にできるだろう。


 先程の握手からポラが撫でていた事も気がついているようなので、問題ないだろうと考えた。


「ポラはこういっているんだがどうだ?」


 テンテンデッカーに確認を取ると、「ムンナ!」と手を差し出しポラと固く握手を交わした。


「宜しくね! ムンナちゃん!」


 無事に契約が済んだようでテンテンデッカーは、ポラの後をついてまわるようになった。


 名前は、ポラが何度もムンナと呼んでいたのでそのまま名前になってしまったようだ。猫にニャーちゃん、犬にワンちゃんのような名前だが、本人たちが気にしていないのでそっとしておくべきだろう。


 そして、次の場所へ向かおうとすると、ムンナが金色卵のクーを抱えて歩き出す。どうやら荷物と判定されたらしく「ピュイ! ピュイ!」と抗議の声を上げるクーを無視して抱えたまま歩き始めた。


 一行はリアーロを先頭にポラと続きその後ろを金色の卵を持った、大きなテンテンデッカーが付いてくるという隊列になった。


「卵が地面を転がるよりだいぶマシになったな……」


 リアーロは、ちらっと振りかえり、誰にも聞こえないほど小さくつぶやいた。


 テンテンデッカーを仲間に加えた一行は、次の魔物の生息地へと移動する。次に目指すのは、橋からも見えた小規模な林だ。


「次いにくのはイガ降り林だ。栗の木がいっぱい生えていて時々棘がびっしり生えた実が落ちてくるから注意しろよ」


 ポラが頷くとムンナもそれを真似て頷くのだけど、首がないのでお辞儀にしか見えなかった。そんな仕草にほっこりしながら、進むとすぐに林へとたどり着いた。


 林の地形は平で下草も生えていなく、落ち葉が降り積もっているような場所だった。雑木林と言うより果樹園のような雰囲気だ。


 そこには、ちらほら人がいて、地面に落ちたイガから栗を採取している。


 ポラは、初めて洞窟内で魔物以外のものを採取している人達を見かけて驚いた。それと同時に疑問が思い浮かんだようだ。


「栗ですか? もしかしてこれ毎日取れるんですか?」


「ああ、毎日どころか、草むらに戻って視線を切って休憩してれば、また実ってる」


 ポラはその光景を見て、戦えない人も恩恵に預かれそうでいいな、と考えていたそのときだった。


「バンエリンがでたぞ!」


 林の奥から血相を変えて一人の男が走ってくる。


 シャワシャワシャワ!


 何かがこすれるような妙な音を発しながらその男を追いかけている魔物がいた。


「早速お出ましか、あいつは栗拾いの邪魔者バンエリンだ」


 魔物は、逃げずに、とどまっていたリアーロ達を警戒して距離を取り停止した。


 その魔物は、地面にたくさん落ちているイガのような姿だった。


「あいつは、ハリネズミの魔物で、栗を拾ってる人を襲う凶暴なやつだ」


「可愛いのに凶暴ですね。ムンナちゃんを見習ってほしいです」


 そのハリネズミの魔物は成人男性が両手を広げるよりも大きく、四足歩行の状態でも胸よりも背が高い。なので立ち上がれば人に覆いかぶされるぐらい大きかった。


 そして背中に生えている無数の棘だが、巨大化したことによりもはや棘とは呼べず槍の穂先より太くて鋭くなっている。一本でも刺されば致命傷を負いかねないものが無数についている大変危険な背中だった。


「素材は、背中の棘と頬袋ほおぶくろだからよろしく」


 バンエリンは、槍のような毛を逆立てた後に丸くなると転がるようにして突進し始めた。棘が地面をしっかり捉え予想以上のスピードで、一見弱そうなポラへと向かって体当たりを仕掛ける。


「ムンナアアァァァ……?」


 主人に危害を加えようとした事にムンナが反応するが、怒りの咆哮をしている最中でバンエリンが宙に浮き空回りを始めた。


「よっと! そんなに回りたいなら、もっと早く回してあげる!」


 ポラがそういうとバンエリンはものすごい勢いで回転し始めた。どうやら風魔法か何かで浮かせた後に、追い風を起こして物凄い速さで回しているようだ。


「ムンナ、お前のご主人は理解できんほど強いから安心して荷物持ちに励め」


「ムンナッ」


 リアーロがそういうと、ムンナは頷こうとして、またお辞儀をした。


 しばらく経つと、バンエリンが丸まる形態をときダランとした状態になったので地面に下ろされた。どうやら回されすぎて気絶したようだ。


 するとリアーロは、見た目が可愛いことなど気にもとめず、頭部をナイフで一突きする。ナイフが脳まで達するとビクッと痙攣した後動かなくなった。


「わぁ……容赦ないですね」


「ああ、草むらまで逃げ切れなくて、穴だらけになったハンターの死体を何度も見てるからな」


 リアーロはやりきれない表情でそう語った。


 ポラは人的被害の惨状を聞くと、ここが危険な場所だというのを思い出した。テンテンデッカーだけが特別だったのだと、どこか緩んでいた気持ちに活を入れた。


「さて、今回の講座は、バンエリンの栗酒と矢棘だ」


 いつもの調子に戻ったリアーロは、処理袋から道具を取り出していく。


 今回使用するのは、大型シリンジ、空きビン、グリップグローブ、ロープ、ナイフ、金槌だ。


 大型シリンジは、針の代わりにゴムチューブが付いている注射器だ。ゴムチューブは、生まれたてのトンネルワームをまるごと使ったもので、本体のシリンジはガラス製だ。


 グリップグローブは、滑り止め用のゴムで表面がコーティングされたグローブだ。


 この二つはどちらもレポブリック社の製品だ。


「さて、まずはクリ酒だな、こいつは頬に餌を貯める機能があるんだが、そこにクリを溜め込んだまま忘れちまうんだよな。それでその栗が体温で発酵して酒に変わる。」


 リアーロは、バンエリンの口を開けると、ポラに口の内側にある穴をみせる。


「ここの穴の先に栗酒が溜まってるんだ。これは左右にあるから忘れないようにな。それで、たまにどろどろに腐っちまった栗が入ってる事もある。だから左右を連続で採取するんじゃないぞ」


 うなずくポラを見て作業を続ける。口内にある穴にゴムチューブを突っ込み、シリンジからピストンを引き出すと、頬袋に入っていた薄茶色の液体が吸い出された。


 ゴムチューブを外し取り出した液体を空きビンへと移す。この作業を両方の袋がからになるまで繰り返した。


「今回は、両方酒だったな。もう一度言うけど酒になってないゲロ・・が入ってる事があるから注意するんだぞ」


 リアーロは、講座ということで一度目に避けたゲロという表現を使ってしまったことに苦笑いしている。


「これは美味しんですか?」


「このままだと激烈に苦くて、特殊な処理がいるから俺は売る専門だな。処理後のどぎつい喉刺殺酒のどしさつしゅも好みじゃない」


「何だかすごい名前ですね。火酒よりよっぽどヤバそうな名前ですね」


 眉間にシワを寄せたポラに「確かにあれは体験しとくべきとは進められない代物だな」と言うと次の作業へと移った。


「次は矢棘だな。これは、エリンシューターというこの棘をそのまま飛ばす遠距離武器の矢になる。さて、まず簡単なとり方からやるぞ」


 リアーロは、グリップグローブを手にはめると背中の棘の一本を両手でつかみ「フン!」と言って回しながら引き抜いた。


「ねじるようにして引き抜けば簡単に取れるんだが、力がいるし手に豆ができるんだ。だから次は一気に全部皮ごと剥がす方法をやる」


 そう言うとバンエリンの足にロープを結びつけ作業し安いように、栗の木の枝から吊るす。


「ここからは一般の毛皮を剥がす作業と変わらない。ホーンラビットの第一巻の項目参照とか書いておけば販促にもなるかもな」


 そう言いながら手際よく皮を剥いでいく。吊るせる木と、皮に棘という持ち手があるぶんホーンラビットの皮剥より大分やりやすそうだ。


「これでよし! っと」


 剥いだ毛皮を針が地面側になるようにして広げると針が地面に少し刺さり安定する。その皮には棘の根本と思われる出っ張りが無数にあった。


「よし、皮の内側を上に向けると根本が分かるから、そこを金槌で叩いて外す」


 金槌を手に持つと皮を上に引っ張り針を地面から浮かせる。そして根本をコツンと叩くと棘がポロンと地面に転がる。


 再び皮を引き針を地面から浮かせて別の根本を殴る。先程の力で無理やり抜いていたのと違いこちらはかなり楽そうだ。


「急がば回れってやつだな。一手間かければ後が楽になる」


 棘をすべて抜き終わると地面に転がった棘をまとめてカバンにしまうと「これで講座は終了だ」と作業を締めくくった。




ダンジョン素材採取教本 第2巻


著者ポラ、監修リアーロ


 目次

 第5項 バンエリンの栗酒と矢棘……20

 初級 頬袋の栗酒………………………21

 中級 矢棘の採取(単体)……………22

 上級 矢棘の採取(毛皮ごと)………23

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