第17話 神、荒ぶる

 紫色の重機に殴られ、ミナカタは大きく後退した。その勢いで、砂浜に膝をついたままの黒い重機に衝突する。

「くっ……!」

 刀を失ったミナカタは、背負っている棒のような武器を引き抜こうとする。が、それより早く、紫色の重機の右腕が伸びてミナカタの顔面を打つ。

「希ちゃん!」

 衣乃理がミカヅチ歩ませて加勢にかかるが、こちらは紫色の重機によって容易く腹を打たれ、地面に膝をつく。

「うぐっ!」

「このくらいで……!」

 一方、激しい衝撃に見舞われながらも、かまわず新たな武器を抜くミナカタ。自らの身長よりも長い棒を構えると、大きく一歩を踏み出しながら敵の頭部を狙う。

 ガン!

 その衝撃に、紫色の重機がうなだれるように下を向く。

(よし……! このまま、衝撃を与え続ける!)

 たとえ重機を破壊できないまでも、衝撃を与え続ければ搭乗者がダウンするはずだ。そう考えて、ふたたび棒を振り上げる。

 ……がつん。

 棒を振り下ろし、次の攻撃を加えた希。しかし、その一撃に腰は入っておらず、大した衝撃も与えられない。

「……しまった!」

「つぅかまぁえたぁ」

 希が敵の狙いに気付くのと、杏奈が喜悦を隠し切れない声を漏らすのは同時だった。

 ぐん!

 長く、それでいて剛力を秘めた重機の腕が、ミナカタの両足首を引っ張る。杏奈は、紫色の重機は、攻撃を食らうのもかまわずにミナカタの足を掴んでいたのだ。そのため、先ほどの一撃にも踏み込みが足りなかった。

 ぐん!

 紫色の重機は、まるで太い腕をパンプアップさせながらミナカタの足を引く。

「ま、まさか……!?」

 そう叫んだ時には、希の危惧は現実のものとなっていた。紫色の重機……いや、紫色の怪物は、その腕力をもって強引にミナカタの両足を持ち上げ、ひっくり返すように放り上げていた。



「希ちゃん!」

 ミカヅチが顔を上げた時には、ミナカタは、宙に放り投げられていた。背中を、後頭部を下にして、スローモーションのように黒い重機の残骸へと飛ぶ。

 ……ドガン!

 その衝撃音で、衣乃理の世界のスピードは元に戻る

 黒い重機に衝突したミナカタは、2台でもつれるように転がり……そして、金属の破片を散らしながら、まだ戦いの行方を見守っていた人々、その最前列に覆いかぶさっていった。

「やっべ!」

「しまっ……!」

 人々から、そんな声が聞こえたような気がしたが、それも、2台のロボットが地面に激突する音でかき消された。

「うわあああぁぁぁ!」

「だ、大丈夫か!?」

「畜生、足が……!」

 代わりに聞こえてきたのは、悲鳴と怒号。

「嘘……!?」

 人々の方へミカヅチを向ける衣乃理。背後には紫色の重機がいるはずだが、今はどうでもよかった。

「みんな、大丈夫、だよね?」

以前、衣乃理が初めてミカヅチに乗った時、鹿平は怪我を装うことで衣乃理を怒らせ、ミカヅチを動かした。その時の再現だ、みんなも大事ないはずだと自分に言い聞かせながら、砂埃の先を見る。だが……。

「救急車だ、救急車!」

「くそ、こいつ、重い……! おい、誰か呼んできてくれ!」

「いや、下手に動かすな! 救急車が来るまで待て!」

 衣乃理の前に現れたのは、傷つき、血を流した人々……全員、よく見知った近所の人たちであった。

 ある女性は頭を打ったのか、額から血を流しながら倒れている。

 ある男性は重機の一部に足を挟まれ、その場から動けない。

 ある老人は、泣きそうな顔をしながら携帯電話に呼び掛けている。

 鹿平や健児、大和は軽い擦り傷を負いながらも、大きな怪我をした人たちを手助けしていた。

 搭乗席に映し出されるそれらの映像は、衣乃理にどうしようもなく現実を突きつけてきた。

「あ……あ……」

 衣乃理の頭が高速で、だが無意味に空転を始める。

 どうして、ほんとに? 怪我、軽い? 重い? 治る? 救急車、遅い。お爺ちゃんたちは無事、でもご近所さんが。希ちゃんは? 黄印って人は? あの紫色のロボットはなに? みんな、助けなくちゃ。

 そこまで考えてから、自分がミカヅチに乗っていることを認識する。

(そうだ。ミカヅチの力なら……)

 ミカヅチを使えば、みんなを救助できるかもしれない。ようやくそこに思い至り、鹿平たちに近づこうとする。操縦桿を持つ手もペダルを踏む足もふわふわとして頼りないが、何かをしなければならない。

「……ふふっ」

 と、その時。

 衣乃理の耳に、または、別のモノの心に。聞こえないはずの声が……微かな笑い声が聞こえた。

 カリカリカリ……。

 いつもより硬い音を立てて、ミカヅチが後ろを向く。そのような操作をした覚えはないが、今の衣乃理には都合がよかった。衣乃理もまた、その方向を見たかったから。

「……ふふっ」

 また、聞こえた。聞こえるはずのない小さな声なのに。

 その視線の先には、紫色の重機。その装甲の隙間からは、正体不明の闇がドロドロと動いているのが見える。

「ゴロロロロロ……」

 ミカヅチが、静かに唸る。衣乃理は、その唸り声を翻訳するようにつぶやく。

「あいつ、今……笑った?」

「……」

 紫色の化け物は、衣乃理の問いに答えない。その代わり、含み笑いが少しだけ大きくなる。

「ふふっ……」

「ゴロォ……」

「……笑ってるの?」

 ふたたび、ミカヅチの唸り声に合わせるように問う衣乃理。

「ふふふ……ははは」

 怪物から漏れる声は、含み笑いではなく明確な笑い声となる。

「あにが……おかしいの?」

 砂浜に倒れ、血を流していたご近所さんの姿が脳裏をよぎる。

「ふふは……ふふふふふ……!」

 紫色の怪物が、両腕を大きく開く。身長の二倍ほども長い、いびつで太い腕。

(来い)

 言葉にしなくても、その挑発はミカヅチに、衣乃理に伝わった。

「ゴロォァァァ!」

 衣乃理の視界が狭まる。紫色の怪物以外、何も見えなくなった世界の中、ミカヅチは、そのたったひとつ見えるモノに向かって突進した。



「ゴロォァァァ!」

「わ ら う な ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 辺りを震わせるその叫び声に、怪我人の介抱にあたっていた鹿平や健児の手が止まる。その声が、自らの孫の、幼馴染の発した声だと気づくのに、何秒かの時間が必要だった。

「衣乃理!?」

「あいつ、なにやって……!」

 ミカヅチは自ら布都御魂剣を放り出しながら、両腕で正面から紫色の怪物と組み合っていた。

「いけない、剣を捨てては不利だ!」

 大和がそう叫ぶが、衣乃理からは返事がない。代わりに、ミカヅチが叫ぶだけだ。

 ゴロァ!

 雷のような声をあげながら、紫色の怪物の両腕の中にいるミカヅチ。ギシギシという不快な音が響く。怪物が、その長く強い腕でミカヅチを締め上げているのだ。

「やべえ……!」

 鹿平が歯噛みする。

「ああ、このままじゃ衣乃理が……!」

「……いや! この際、衣乃理の心配はいい! それより、救急車なりなんなりを急がせろ! 全員、この場を離れるぞ!」

「え? どういうことだよ、鹿平爺ちゃん? 衣乃理は……」

「……ああなっちまったら、いちばん危ねえのはミカヅチだ! 動ける奴は、早くミカヅチから離れろ!!」



「ふふふ……あぁぁぁぁぁ!」

 哄笑と悲鳴とが入り混じったような声をあげながら、ミカヅチを締め上げる紫色の怪物。一方の衣乃理もまた、怒りに目がくらむような、それでいて落ち着いているような不思議な感覚の中で敵の攻撃に耐えていた。

「ゴロロロ……」

(お前は、みんなを傷つけた)

「ゴロロロァ……」

(わたしの目の前で……鹿島の、常陸ひたちの民を……)

 衣乃理にはもはや、自分が何を考えているのかわからない。ただ、頭の中に流れてくる熱い思考を復唱しているような気分だった。

「ゴロロロロァ……」

(そのお前が……)

「ゴロゥァ!」

「その程度かぁ!」

 衣乃理が、誰かの意思のままに叫ぶ。叫びに合わせて、ミカヅチが両腕を開いていく。強い抵抗を感じたのは一瞬のことで、後は一定のペースで確実に。紫色の化け物の腕が、押し開かれていく。

「あぁっ!?」

 紫色の怪物、その搭乗者が、初めて戸惑ったような声をあげる。

 5秒ほどをかけてゆっくりと両腕を開いてから、ミカヅチは軽く頭を、上半身を後ろに引く。

「……邪魔」

 ガツン!

 そのまま上半身を素早く前に傾け、頭突きを見舞うミカヅチ、両腕でミカヅチを締め付けていた怪物は、まともにそれをくらって離れる。

「さあ……ここからだよ」

 熱に浮かされたような気分のまま、衣乃理は、ミカヅチは敵と同じように両手を大きく広げた。



「……なんだ、衣乃理、やるじゃん!」

 怪我人をなんとか搬送し、戦いの場から離れた健児たち。砂浜を見下ろす形になる坂道の途中で、ミカヅチの戦いぶりを見て歓声をあげる。

 重機に足を挟まれていた人は、迅速に到着した救急隊員が見てくれている。幸い、命にかかわる者はいないだろうとのことだった。おかげで、健児たちもようやくミカヅチの戦いを見る余裕が生まれはじめていた。

「うん。組み打ちからの頭突きとは、荒いというか実戦的というか……あんなこともできるんだね、武見くんは」

「……けっ」

 大和も感心したようにうなずくが、鹿平は表情を曇らせる。

「ありゃ、衣乃理のやってることじゃねえよ。うちの孫娘は、あんなに喧嘩慣れしてねえ」

「え……? 鹿平爺ちゃん。それって?」

「お爺さん、どういうことですか? まさか、搭乗者が入れ替わっているとでも? ……いつの間に?」

「……そういうことじゃねえよ」

 健児たちの疑問には答えず、苦虫を噛み潰したような表情で戦いを見守る鹿平。

「……この通り、死人はもちろん、後遺症が残るような奴もいねえ。だから、ほどほどで怒りを鎮めてくれよ……ミカヅチ」



ゴロォ!

 紫色の化け物を頭突きで後退させたミカヅチが吠える。その意味は衣乃理にもわかった。笑っているのだ。

「ゴロロァ……」

 まだだ。こんなものではない。自分を怒らせた罪、それを心の底から後悔させてやる。

「きいぃぃぃっ!」

 ヒステリックな掛け声とともに、怪物の長い腕がミカヅチを襲う。ミカヅチは、それを避けようともせずに前進する。

 ドゴン!

 衝撃にミカヅチが、衣乃理の全身が揺れるが、その歩みは止まらない。むしろ、前進することで怪物の拳の威力を半減させている。そして。

 ズン!

 五指を鋭く伸ばした手、ミカヅチの貫手が、鋭く怪物の左肩に突き刺さる。

「ウァギャァァァ!」

 搭乗者の声なのか、それとも怪物自体が鳴いているのか。まるで痛みを感じているかのように叫ぶ紫色の怪物。

「まだまだっ!」

 ミカヅチはそのまま貫手を天高く振り上げる。肩に突き刺さったままだったその手は、刃物のように怪物の上腕を切り裂く。

「アァギャァァァア!?」

 戸惑いの声をあげる怪物。だが、悲鳴をあげながらも、その傷口からは黒い靄が溢れ出し、互いに結合していく。恐るべき再生能力だ。

 ゴロァ!

 苛ついたように、今度は左手を怪物の顔面に突き刺すミカヅチ。指の根本までが重機の、怪物の顔に突き刺さる。怪物はまた悲鳴をあげるが、黒い靄が傷口を埋め、さらにはミカヅチの手にまで絡みつこうとする。

 ゴァ!

 掛け声とともに左手を抜くミカヅチ。

 その頭上から大きな拳を振り下ろす怪物。

 その手首を手刀で切り落とすミカヅチ。

 反対側の手で落ちた手首を拾い、すぐに接合させる怪物。

 ミカヅチの貫手が怪物を襲う。

 それを手の平で受け止め、貫かせて固定する怪物。そうしておいて、反対の右手でミカヅチの顔面を打つ。



「すごい……どちらも、ほとんど防御せずに打ち合っている」

「感心してる場合じゃないですよ、大和先輩! あっちは、多少壊れても直っちまうんだ! このままじゃ、中の衣乃理がまいっちまう!」

 それに、健児にはもうひとつ気になることがあった。怪物と打ち合う間、先ほどまでは聞こえていた衣乃理の声が聞こえない。

 ゴロロロロァ!

 今はただ、ミカヅチの獣のような声、または駆動音が響くのみである。

「衣乃理……今、どうしてるんだ? どうなっちまったんだ?」

「…………」

 頼みの鹿平が何も答えてくれない中、ミカヅチは、さらに激しく怪物と打ち合っていく。

 ゴロァ!

 と、ミカヅチが怒りの声をあげ、両手を腰だめに構える。その間、怪物の拳が肩に叩き込まれるが、意に介さない。

 そして、ミカヅチは自らの胸の前で、合掌するように両手を合わせる。それはまるで、両掌で剣を作るようなしぐさだった。

「あれは……?」

「大上段から手刀を入れる……または、あれで相手の胸を貫くつもりかな?」

 健児のつぶやきに大和が答える。

「……なんだと!? いかん! それはいかんぞ!!」

 そこに割って入ってきたのは、男にしては甲高い、神経質そうな声。

「え?」

 その声の出どころは、救急隊員が運ぶ担架……その上には、現場から救助された黄印博士の姿があった。

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