第6話 総理の苦悩

♯第二章

広がる波紋


 鹿島神宮にミカヅチなる謎のロボットが現れてから三日の時が過ぎた。

 北関東のとある町に、一台のロボットが現れた……簡潔に言えばそれだけなのだが、やはりというか当然というか、この件は一部の人を大いに悩ませていた。

 そして、その「一部の人」には、我が国の内閣総理大臣も含まれていたのだから、事態は小さいものとは言えなかった。というか、大きかった。

「……っはぁぁぁぁぁ~……」

 首相官邸の総理執務室において、現総理大臣の三木公義は、深く、長い、ため息をついた。

 今日の臨時国会において三木総理は、あのミカヅチなるロボットについて徹底的に質問され、罵倒され、責任を押し付けられまくったのであった。

『総理! あのロボットの存在を、政府は認識していたんですか!?』

『あのロボットの出動は総理の指示によるものですか!?』

『あれは日本の防衛費によって製造されたものですか!? 答えてください!!』

 正直言って、ミカヅチの突然の起動は三木総理にとっても寝耳に水であった。だから当初、彼は素直にそう答えてみた。

『えー、あれは私や政府にとっても寝耳に水でありまして』

『なんですって!? そんないい加減なことでいいんですか! あなたには総理としての責任感がないんですか!』

『あ、いえ、鹿島神宮にああいうロボットがあるらしい、という情報だけは政府も掴んでおりまして……』

『えぇっ!? では、あのような危険な、軍事利用さえできるロボットを総理は放置していたわけですか!? 答えてください総理! 総理ソーリソーリ!!』

 知らないと言えば無能だと叱られ、知っていたと答えればお前のせいだと怒鳴られる。若い頃に夢見ていた総理の座が、こんなに窮屈なものだったとは。

 思えば自分は、学生時代は柔道や剣道で鳴らした肉体派だったのだ。政界になど興味を持たず、あのまま武道に励んで指導者にでもなればよかった。そうすれば、六十代にもなって毎日毎日罵倒されるような生活は送らずに済んだであろう。

「はぁぁぁぁ~……」

 三木は、ため息をつくたびに自分の体がしぼんでいくような感覚を覚えた。いっそのこと、本当に消え去ってしまえればどんなに楽だろうか。

「いや、いかんいかん」

 こんな風に現実逃避していては、それこそ総理失格である。とにかく今はミカヅチを、そして、厳しく三木を責めてくる野党をどうにかしなければ。

 中でも厄介なのは、最大野党の若手女性議員、遠藤景子である。彼女はミカヅチを危険な兵器であるかのように騒ぎ立て、三木に対してもとばっちりのように辛辣な言葉を浴びせかけるのだった。

 遠藤女史は一年生議員でありながら、歯に衣着せぬ物言いで連日、三木や与党を責めたててくる。大学時代にはミスキャンパスに選ばれたという遠藤議員に苛められる三木を見て「うらやましい」などと言う者もいたが、三木本人にしてみればたまったものではない。

「とは言ってもな……あれをどうこうするわけにはいかないんだよなあ……」

 誰もいない安心感から、国会に立っている時とは違う口調でつぶやく三木。

 あれ……つまりミカヅチは、少なくとも数百年前から存在する神の依代である。いくら国会議員といえど、三木や遠藤が騒いでどうこうしていいものではない。

「……つっても、外の奴らは納得しねえよなあ~」

 三木を質問攻めにしているのは国内の野党だけではない。

 ミカヅチの登場以来、米国や中国から「なあ三木、あれは何だオイ」と突っつかれるのはもちろんのこと、普段はあまり連絡を取り合うことのないような国からも「あの木造ロボは何? 製造コストは安いの? うちにも作れる?」などと聞かれる毎日である。

 正直言って、もううんざりである。なんでミカヅチは今現在、この自分が総理を務めている時に動き出したのか。ほんの数年、時期をずらしてくれれば、他の奴に責任を被せられたのに。

「と、いかんいかん」

 ふたたび無為な考えに没頭しそうになる自分を叱咤しながら、少しでも楽に……じゃなく、円満に解決できる方法を検討する。

「……とりあえず、国内だけでも適当に……じゃなかった、強引にでもまとめるしかねえか」

 あえて決意を口に出してから、三木は受話器を手にする。

 総理大臣などと言っても、所詮、一人で全てを決めることなどできない。自分の思い付いた案が通るかどうか、関係各位に打診する必要があった。

「ったくもう……ほんと、知らねえっての、俺は……」

 およそ総理大臣とは思えないぞんざいな口調で独り言を吐き出す三木。

 そして、彼が思いついた案もまた、その口調にふさわしく、実にぞんざいなものなのであった……。



噂のあの子


「ふぁ~あ」

 ようやく一日の授業を終えた武見衣乃理は、安堵と疲労の混じったため息を漏らした。いや、ため息というより、六割方はあくびに変わっていたかもしれない。

 衣乃理がミカヅチに乗って初の戦闘を経験してから三日。衣乃理の家にはあれから連日、様々な人たちが押しかけてきていた。

 衣乃理や鹿平から話を聞きたがる近所の皆さん。わけもわからず駆けつけたといった体の市長や市議会議員の面々。ミカヅチに広告を張り付けられないかと相談しに来た商工会町。そして、各種メディアからの取材の申し込み……。

 平和で平凡な生活を送っていた衣乃理にとって、この三日間はめまぐるしいものであった。

 ただひとつだけ助かったのは、宮司や鹿平の判断により「ミカヅチの搭乗者は極秘」としてくれたことであった。

 先日の件は多くの人に目撃されているので、地元においては公然の秘密という程度のものである。だが、公然とはいえ秘密は秘密。今のところ、大手の新聞や雑誌などにおいて「武見衣乃理」の名前は出ていない。

 おかげで衣乃理はマスコミからの取材攻勢に困らされることもなく、こうして無事に学校に来られている。とはいえ当然ながら、学校内においては数々の好機の目に晒されることになってしまったが……。

「武見って、アレに乗ってたんだろう?」

「いいなあ、巨大ロボ。俺も乗りてー」

「バカね、武見さんの身になりなさいよ。危ない人たちと戦ってるのよ?」

「武見さん、これからは忙しくなるのかな。学校とかどうするんだろ?」

 教室にいても廊下を歩いていても、周囲からは様々な言葉が漏れ聞こえてくる。衣乃理に対して敵意のある噂は聞こえてこないが、それでも、周囲から常に監視されているような気がして居心地はあまりよろしくない。

 先日の戦闘や連日の来客による疲労も重なって、衣乃理の気分は決して良いものとは言えなかった。

「ふぁ~あ……」

 あくびとため息が混じった呼気……とりあえず「あめ息」と名付けてみる……をもうひとつ。

 そんな何気ない所作にすら、周囲は敏感に反応する。

「見て……武見さん、疲れてるみたい」

「きっと、いろいろ大変なんだよ。戦闘訓練とかさ」

 実にやりにくい。ガラス張りの中で飼われている珍獣のような気分だ。

 そういえば、小学校の頃に連れて行ってもらった大洗の水族館……あそこにいた魚たちもこんな気分だったのだろうか。

(……とにかく、早く帰って寝よ)

 教科書やノートをいささか乱暴にカバンに詰め込むと、衣乃理は極力、普通そうな様子を心がけながら立ち上がった。

「あっ、衣乃理~。今から帰り?」

 そこに、同じクラスの女子である小川珠子が廊下から顔を出す。

「ちょっと待っててよ、一緒に帰ろ」

 そう言いながら教室の角にゴミ箱を置く珠子。本日の掃除当番だった彼女は、焼却炉にゴミを捨ててきたらしい。

 小学生の頃からの友人である彼女は、ミカヅチが現れる前と変わらない態度で衣乃理に接してくれている。

 もちろん珠子だって詳しい話は聞きたいに違いないが「ま、詳しいことは衣乃理が落ち着いてからでいいよ」の一言で済ませてくれたのだ。何かと騒がしい環境に置かれている衣乃理にとっては、実に有難い存在である。

 持つべきものは友。その言葉を深く噛みしめながら、衣乃理は逃げるように教室を後にした。



「……で、今日も早く帰らなきゃいけないわけ? 寄り道禁止?」

 下校途中、珠子は衣乃理の顔を下から覗き込むようにして聞いてきた。その動きに合わせて、珠子が後ろに結んだ一本結びのお下げがさらりと垂れ下がる。

 ミカヅチの登場以来、衣乃理は学校が終わり次第、早々に帰宅するように鹿平から命じられていた。

 鹿平によれば「何があるかわからんから」ということらしかったが、衣乃理にしてみれば大いに不満である。あんなわけのわからないものに乗せられた上、学校帰りに寄り道をする自由すら奪われるとは。

 だいたい「何か」って何だろう。また先日のような連中が襲ってくるという意味だろうか。だとしたら、自分はまた危険な目に遭わなければいけないのだろうか。誰か代わってくれる人はいないのだろうか。

 つい数日前までは、平凡だが特に不満もない、ごく普通の生活を送っていたのだ。願い事があるとすれば、憧れの大和先輩とお近づきになることくらいで……あ、そういえば、あの時、健児に貸した五百円をまだ返してもらってなかった。

「……衣乃理~。どんどん暗い顔になっていってるけど、大丈夫?」

「……あ、ごめんごめん」

 ふと気が付くと、すぐ眼前に珠子の顔があった。

 衣乃理はいつの間にか立ち止まって考え事に没頭していたらしい。

「なんかさ、いきなり生活が変わっちゃったから。少し疲れてるのかな」

「やだな~、もう。あたしたち中二だよ? 若いんだよ? 疲れてるだなんて言っちゃ駄目!」

 衣乃理が口にした弱気な言葉を、あははと笑い飛ばしてくれる珠子。衣乃理を気遣ってくれているからこその、単純で快活な物言いだった。

「……ありがと。あのさ、珠ちゃん。もしよかったら、うちに寄って行ってくれない? 寄り道はダメって言われてるけど、家に友達を呼ぶのは問題ないし」

「うん、喜んで。そういえば最近、衣乃理のお爺ちゃんにも会ってないしね。元気してる?」

「元気すぎて困るくらいよ。ミカヅチが動いたのが嬉しいらしくて、家と鹿島神宮を行ったり来たりしてる」

 孫の気持ちも考えずにはしゃぎ回る鹿平を思い出し、衣乃理はまたひとつ、小さなため息をついた。

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