第5話 神剣の威力

♯4.


 刀身だけでも二メートル以上。柄も含めれば二.七メートルにも達する巨大な剣。

ずんぐりとした四メートルほどの巨人が持つその剣は、本来なら長すぎ、大きすぎる。だが、布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを握ったミカヅチの姿は、不思議とサマになっていた。むしろ両者がひとつになったことで、ミカヅチも布都御魂剣も、その威容を増しているようにさえ見える。

 そして、搭乗席に乗る衣乃理いのりだけは、もうひとつ奇妙な感覚を覚えていた。

(なんだろう……いま、ミカヅチが勝手に動いて剣を手にしたような……)

 ミカヅチがひとりでに動いたように感じるのはこれが初めてではない。というより、衣乃理には、自分がきちんと操縦したという自覚や自信すらない。

 操縦方法など習っていないのに転ぶことなく歩かせられたり、敵の攻撃を咄嗟に腕でガードできたり……考えてみれば出来過ぎである。

 衣乃理はその現象を、操縦者を補佐するための安全機能のようなものが働いたのだとばかり思っていた。だが、布都御魂剣を手にした時のミカヅチの動きは、それまでとはまったく違う。

 うまく言えないが、衣乃理の操縦を待つことなく、ミカヅチが自分の意思で剣を構えたように感じられたのだ。

 ミカヅチの不思議な挙動に戸惑いながら、しばらく動きを止める衣乃理。

敵と肉薄した状態での行動としては軽率だが、幸い、黄印はミカヅチの沈黙を、不気味な緊張として受け取ってくれたようである。

「ぬ、ぬぬぬ……よくわからんが、なにやら隙のない構え。なるほど、貴様の得物は剣というわけか、ミカヅチ」

「……え、獲物? 別に剣を捕まえたりしないけど……」

「馬鹿、得物だ。得意な武器って意味だ。いいから黙って相手を威圧しとけ」

 我に返った衣乃理のつぶやきに突っ込む鹿平ろくへい

「おい、私を無視するなと何度言わせるつもりだ!」

 そんな祖父と孫の会話に気が緩んだのか、黄印おういんがヒステリックな声を放つ。

「馬鹿野郎、別に無視してるわけじゃねえ。てめえがミカヅチにびびって止まってただけだろうが!」

「な、なんだと、この年寄りめ! 私がいつ、こんな木彫りのオモチャを恐れたというのだ!」

「何ぃ!? 俺の傑作をオモチャだと!? ったく、無知な野郎はこれだから困るぜ。こいつぁ、俺が心血を注いで作った神の依代だっ!」

 気の強い鹿平は黒い重機に怯むことなく果敢い言い返している。

「む、むむむ、無知だと!? お、おのれ、よりによって、この大天才に対して、最もそぐわない罵倒(ばとう)を……!」

「そうよ! あなた、誰に物を言っていると思ってるの!? 無知な人にこんな重機が作れると思っているの!? ほら、すぐに謝りなさい!」

「うるせえ馬鹿! 馬鹿二人組! 無知とか物知りとか関係あるか馬鹿! 勉強ができる馬鹿ってのもいるんだ馬鹿! そんなこともわからねえから馬鹿なんだ馬鹿!」

 紫色の重機が加勢しても、鹿平の口の悪さに歯止めはかからない。

「うっ、うぐっ、一息で七回も馬鹿と言いおって……うくっ……」

 そこまで言ってから、しばし絶句する黄印。搭乗席の中でどんな表情をしているのかは見えないが、もしかすると泣いているのかもしれない。

「お、お爺ちゃん、可哀想だよ。あんまり馬鹿馬鹿言っちゃ……馬鹿って言う方が馬鹿だ、ってよく言うでしょ?」

「くっ……やめろ、ミカヅチ! 慰められると余計に……」

「そうよ、やめなさい! 『あっ。泣きそう!』って指摘されると、なおさら泣きたくなるものでしょ!? 少しは空気を読みなさい!」

「いや、杏奈あんなくん。それもやめて……とにかく、少し静かに……」

「わかったわ。あなたもさっき、わたしに一分の時間をくれたもんね。お返しよ。一分待ってあげる」

 なんだか、だんだん小学校の「帰りの会」みたいな雰囲気になってきた。

「……すまん。情けは人のためならず、とはよく言ったものだな。ぐすっ……すぅー、はぁー」

 突如、静寂が訪れた参道に、呼吸を整えるような黄印の声だけが響く。

(できれば、気分が落ち着いたら帰ってくれないかなあ……)

 そんなことを思いながら、しばし静かな時を過ごす衣乃理。

 しかし、そんな願いも空しく、きっちり一分後、黄印はふたたび元の勢いを取り戻した。

「……さあ! 気を取り直して勝負だ、ミカヅチ! それに爺い!」

「おう! ミカヅチを木彫り人形呼ばわりしたこと、しっかり後悔しやがれ!」

「それはこっちの台詞だ! 貴様はその木彫りのオモチャを傑作だと言ったな!? ならば、私の乗る重機も同様に手作りの傑作! どちらの傑作が上か白黒つけようではないか!」

 衣乃理の意思を無視して、どんどん盛り上がっていく鹿平と黄印。

 とはいえ、目の前の黒い重機が町や神宮を破壊しようとしているのも事実である。放っておくわけにはいかない。

 ぎらり。

 目の前で鈍く光る巨大なバットが、衣乃理の気持ちを否が応でも引き締める。

 そうだ。なんとなく雰囲気が緩んでしまったが、衣乃理のピンチと非日常はまだ終わっていないのだ。

 いくら悪漢の黄印といえど、衣乃理の命を危険に晒すつもりはない。と、そう願いたいが、仮にも戦闘である以上、どんな事故が発生するかわからない。

 かといって、生身の鹿平や健児たちに頼るわけにもいかないことはわかっている。

「と、とにかく、わたしがなんとかしないと……」

 衣乃理は操縦桿を強く握りながら、とりあえず威嚇してみた。

「こ、この剣を見なさい! どう見ても、あなたのバットより強そうでしょ!? これでスパッと斬られたくなかったら、さっさと帰りなさい!」

「ふははは、馬鹿め! 我が愛機と武器がそう簡単に斬れるものか! だいたい、生身の人間相手ならともかく、重機同士の戦闘なら鈍器の方が効率がいい!」

「えっ……そういうものなの? ……きゃっ!」

 衣乃理が返事をするよりも早く、巨大バットがうなりをあげて振り下ろされてきた。

「ほう。やはり、動きだけはなかなかのものだな。だが、いつまで逃げられるか……」

 ぶん、ぶん。

 無造作とも言える動きで振り回されるバット。戦闘経験など皆無の衣乃理は、後ろに下がって避けることしかできない。

 だが、当然ながら、戦いの場は無限の荒野ではない。後退し続ければ、いずれ限界が訪れる。

 とん。

 軽い衝撃とともに、背後でぱらぱらと細かい破片が落ちる音がする。

 そして、その音をかき消すほどの宮司ぐうじの大声。

「あああぁぁっ! 徳川頼房公から奉納された楼門があああああ!」

「え、えっ? 何!?」

 宮司の声に驚いて背後を確かめると、ミカヅチはすでに赤い楼門まで追い詰められ、背を接していた。

 幸い楼門に大きな傷はついていないが、宮司は真っ青な顔をしてオロオロとミカヅチと黒い重機を見比べている。

 普段は物静かな宮司のただならぬ慌てぶりが、楼門の重要性を切実に伝えてくる。

 そういえば、いつだったか鹿平から聞いたことがある。鹿島神宮の楼門は、かの水戸黄門の父親にあたる殿様から贈られたものだとか……。

「い、衣乃理ちゃん、お願いだ! 楼門は壊させないでくれ!」

「っていうか、楼門が崩れたら俺たちも危ないですよ! 離れましょう!」

 健児がそう言うが早いか、ついに黒いバットがミカヅチの脇腹に命中する。

「ぐぅ……っ!」

 どうにか倒れずに済んだものの、ミカヅチの振動が伝わって楼門がギシギシと揺れる。

「その古臭い門をかばっているつもりか、ミカヅチ!? よかろう。古臭い木製オモチャ同士、その門ともども崩れていくがいい!」

「ちょ、ちょっと、やめなさいよ! 危ないでしょ!」

「戦ってるんだから危ないに決まっているだろう!」

勝機と見たのか、黄印は調子に乗った様子でもう一撃、ミカヅチの脇腹わきばらを叩いた。

「わあ、楼門が!」

「宮司さん、いいから向こうへ!」

 楼門の下からは宮司と健児の悲鳴が聞こえる。このままでは背後の二人まで危ない。

「……もう! 言うことを聞かないなら、わたしだって戦っちゃうからね!?」

 ミカヅチの右手にだらりと下げさせたままだった布都御魂剣を持ち上げ、両手で構える。

「ふん、言っただろう。重機同士の戦いで刃物は効果が薄い、とな!」

 黒い重機もバットを両手持ちに変え、バッティングのように横に構える。いよいよ全力でミカヅチを叩きのめそうという態勢だ。

「さあ、このバッ……ミストルティン・モールの最大攻撃を食らわしてやる!」

 言うが早いか、参道を揺らしながら突っ込んでくる黒い重機。ミカヅチの目前まで近付くと、布都御魂剣を恐れることなくミカヅチの頭部めがけてバットを叩きつけてきた!

「……きゃぁっ!」

 今までにない黒い重機の迫力に、衣乃理も思わず垂直に剣を立てて防御する。

「……あっ、その受け方はまずい!」

 背後から健児の悲鳴が響く。

 ぎゃりぃっ、ざぎん。

 耳をつんざく不快な音と共に、青と赤の火花が散る。そして、一瞬の静寂。

「……ど、どうなったの?」

 半ば閉じていた目を開き、周囲を確認する。

 すると、ごとりという音を立てて、ミカヅチの右前方に何か重い物が落ちた。

 黒く、太く、重量のある小さな塊……たった今、ミカヅチの頭部を襲っていたはずのバットの先端であった。

「な、なんだと!?」

 衣乃理が状況を認識する前に声をあげたのは黄印だ。

「ば、馬鹿な! 刃物で、あんな真っ向からの下手糞な受け方で……どうして鈍器の方が破壊されるのだ!?」

 四分の三ほどの長さになってしまったバットを見つめながら、しばし呆然とする黒い重機。

「へっ、見たか! ミカヅチと布都御魂剣を常識で計るんじゃねえっての!」

 足元で鹿平が勝ち誇っているが、そんな声すら黄印には聞こえていないようだ。

「馬鹿な……その妙な頑丈さとパワー……木製重機のどこにそんな耐久性が……」

「……あ、あのー、深刻そうなところ申し訳ないけど、武器も壊れたみたいだし、諦めて帰ってもらえない?」

「…………。そうはいくかっ! 貴様! その剣はなんだ? どんな材質でできている!? そいつを寄越せっ!」

 鋭い声で叫び、突進してくる黒い重機。その様子は、先ほどまでのどこかのんびりした様子とは異なり、鬼気迫るものがあった。

 思いもしなかった苦境に立たされたためにキレたのか、それとも、布都御魂剣に対する好奇心を抑えられなくなったのか。

 とにかく、黒い重機は防御も顧みずに布都御魂剣に掴みかかってくる。

「ちょ、ちょっと、やめてっ!」

 後退しようと思ったが、楼門に背後を阻まれて下がれない。それどころか、黒い重機の突進を受け止め損なえば、楼門ごと宮司や健児を潰してしまうかもしれなかった。

(逃げちゃダメ……こいつを押し返さないと!!)

 咄嗟に黒い重機の腕を払いながら身をよじる。右側面から踏み込み、右肩を叩きつける。

 衣乃理自身にも、どうやって操縦したのかはわからない。だが、とにかくミカヅチは衣乃理の思うままに、理想的な動きを再現してくれた。

 がっしゃあああん。ぎりりり。ばちっ……どかぁぁぁん。

 人間のように速く、スムーズな動作による体当たり。

 それは、先ほど黒い重機に食らわされた体当たりよりも遥かに重い一撃を生み出していた。

 渾身のショルダータックルを受けた黒い重機はたたらを踏んで後退し、背後にいた紫色の重機に支えられてようやく立ち止まった。。

「や……やった!」

 戦いは気が進まなかった衣乃理も、搭乗席で思わずガッツポーズである。

ごとん。

 そしてミカヅチの足元には、バットの先端ともうひとつ、ぼつりと落ちた黒い重機の右腕。

「えっ……わあああああっ!? て、手が~っ!? お医者さん! 救急車~っ!」

「馬鹿、落ち着け! 重機の手首だ! 慌てることはねえ!」

「……あ、そうか」

手首が落ちる、というショッキングな光景に衣乃理はパニックを起こしかけたが、鹿平の指摘で我に返る。

「な、なんと……バットだけではなく、手首まで……あの一瞬で……?」

「あ、いえ……斬ったのはわざとじゃなくて、もつれ合っている時の偶然で……」

 衣乃理は恐縮しながら訂正するが、黄印の耳には届いていない。

「なんという剣、なんという重機だ……く、くくっ……フハハハハハ!」

「は……博士? お気を確かに!」

 いきなり笑い出した黄印に対し、紫色の重機から気遣わしげな声が漏れる。

「いや、面白い……面白いぞ。国内で我が重機と戦える存在があるとすれば、自衛隊が持つ二足歩行戦車くらいのものかと思っていたが……とんだ伏兵だな」

「えーと……よくわからないけど、降参してくれるの? おまわりさんが来るまでおとなしくしててくれる?」

「何を馬鹿な! 私の人生、これからが楽しくなるというのに! ……だが、まあ、今日のところは分が悪いな。杏奈くん、おいとまするとしよう」

「あっ、てめえ、逃げるのか!?」

「いやいや、一時撤退だよ。また近いうちに会おう! ……杏奈くん、頼む!」

「はい、博士! ……えいっ!」

 ぷしゅうううううう。

 次の瞬間、紫色の重機から、その機体と同色の煙がもうもうと噴出した。

「わっ……わぷっ!?」

「な、なんだこれ!?」

 足元から鹿平や健児の悲鳴が聞こえる。

「お爺ちゃん? 健ちゃん!?」

 二人を気遣ってみたものの、画面いっぱいが紫色の煙に覆われて何も見えない。しかも、ドアの隙間から搭乗席にも直に煙が入り込んでくる。残念ながらミカヅチの搭乗席は密閉されていないらしい。

「げほっ、げほっ……」

「わははははは、また会おう!」

 がしょーん、がしょーん、がしょーん。

 最後に衣乃理の目に映ったのは、魔法のように消え去る黄印たちの姿……ではなく、普通に、一生懸命に走って逃げる二台の重機の背中であった……。



「……やれやれ、毒ガスだったらどうしようかと思ったぜ」

「紫色だもんなー。俺もヒヤッとしたよ」

 黄印たち二人が逃走してから約十五分後。

 鹿平と健児はほのぼのと互いの無事を確かめ合っていた。

「あ~、本当に怖かった。でも、あの人たちが帰ってくれてよかったね」

 ミカヅチの腹部にあるハッチを開き、鹿平たちを見下ろしながら会話に加わる衣乃理。

 ちなみに、参道には警察や野次馬などが集まってちょっとした騒ぎになっているが、とりあえず彼らへの説明は宮司が受け持ってくれていた。

「ま、次に会った時こそボコボコにしてやらにゃならんな。……それと衣乃理。お前ももっとしゃんとしろよ? ぐだぐだ言ってねえで、悪い奴はとっととやっつけやがれ!」

「そんなこと言ったって、こんなものに乗ることになるなんて、思ってもみなかったから……」

「こんなもの、たあ何だ! 神様の依代だぞ! 俺の傑作だぞ! 時代が時代なら、乗り手に選ばれるためには多くの候補者と競い合って……」

「……それよりさ、お爺ちゃん。ずいぶん元気そうだよね」

「……あ?」

「たしか、お爺ちゃんは大ケガしてたような気がするんだけど」

「………………。ぐ、ぐうっ! 緊張が解けたら、急に傷が……!」

「もう遅いよっ! お爺ちゃん、やっぱりわたしを騙してたんだ~! 信じられない! わたし、本当に心配してたのに~!」

 慌てて怪我人を装おうとする鹿平。だが、最初は足、次は腹ときて、今はなぜか頭を押さえて痛がっている。

「鹿平爺ちゃん、もう無理だって」

「もう~! お爺ちゃんの嘘つき~!」

「いや、そうは言ってもよ。ああでもしねえと、いつまで経ってもミカヅチに乗らなかっただろ?」

「そうだよ。それにほら、あれだ。おかげでみんなも助かったんだしさ。許してやれよ、衣乃理」

「そりゃそうかもしれないけど……なんか納得いかないなぁ~」

「納得するもしねえも、もう逃げるわけにはいかねえぞ。お前はミカヅチに選ばれたんだからよ。これは本当に名誉なことなんだぜ?」

 かっかっか、と上機嫌に笑う鹿平。

「……選ばれた、ねえ……」

 搭乗席から身を乗り出し、真上にあるミカヅチの顔を見る。

だが、鋭角の多い、いかにも戦神の化身といった雰囲気のその顔は、無表情に人々を見下ろしているだけだ。

その人々は、まるで本当の神様を見たかのようにミカヅチと衣乃理を拝んでいる。

「ありがとう、衣乃理ちゃん!」

「これから頑張れよ! 応援するぞ!」

「私が生きているうちに動くミカヅチを見られるとは……ありがたや、ありがたや」

 皆からそんな声援を浴びせかけられると、無下に断るわけにもいかなくなる。

「……はぁ……よくわかんないけど、しばらくはあなたに付き合うしかなさそうね、ミカヅチ」

 からかかか、かん。

何かの偶然か、それとも、衣乃理が足で操縦桿でも触ってしまったのか。ミカヅチは、まるで衣乃理に返事をするかのように静かな歯車の音を響かせたのだった。


(第二章に続く)

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