第4話 バットと神剣

 ……そして、ミカヅチが去った直後の地下室。


「……おい、もう行ったな?」


「うん、階段上ってったし。すげーなー、衣乃理いのり。本当になんにも習わなくても動かせてたよ」


「ま、ミカヅチに選ばれた者ってなあそういうものよ……よっ、と」


 そう言いながら、なんと鹿平ろくへいは軽々と棚をどかし、ぽんぽんと膝についた汚れを払いながら立ち上がった。


「だが、なかなかやる気になってくれねえのは難点だな。まったく、世話が焼けるぜ」


「でも、衣乃理、本気で怒ってたよ? 後で嘘だったって知られたら面倒だぞ~?」


「へっ、孫娘なんか怖かねえや。それに、あいつの力が必要なのは事実だしな。嘘も方便ってやつだ。さて、俺たちも上に行くか。ミカヅチと衣乃理の初陣を見届けねえとな!」


「はいはい」


 鹿平は、先ほどまでの演技が嘘のような――実際に嘘なのだが――足取りで、軽やかに階段を上っていった。






 ぎぎぃぃぃぃぃ……。


 階段を上った先の天井を押し開け、のし、のし、とミカヅチが地上へと姿を現す。


 天を裂く雷のごとく鋭く尖った兜。


 戦神の威光を示すかのごとく重厚に張った肩当て。


 ずしりとした体躯を大地に根差させるたくましい両脚。


 その勇壮な姿が、今、長い時を経て人々の前に現れたのである。


「なんだありゃ!? 神社の下から重機が出て来たぞ!?」


「ちょっと、また増えちゃったの!?」


「いや、鹿島神宮の地下から出て来たんだから、こっちのは味方だ! ……と思う」


 いきなり姿を現したミカヅチに対し、敵か味方か!? と戸惑いの声をあげる人々。


 だがその一方で、地元の老人たちは妙に和んだ空気を漂わせていた。


「おぉ、久しぶりにあれが動くのかい……ありがたや、ありがたや」


 ミカヅチに対して柏手を打つ絵描きの紳士。


「鹿平さん、がんばったんだねえ」


 訳知り顔でうなずく、土産物屋のお婆ちゃん。


「おい、婆さん! カメラ! カメラ持ってきて!」


 興奮しながら、家の中の古女房に声をかけるお爺さん。


 彼らは、歳に似合わぬ上気した表情を見せつつも、どこか和んだ空気を漂わせている。


 そんな人々の期待と不安を背負いながら、ミカヅチは一歩、また一歩と参道の石畳を踏みしめていた。






 そして、そのミカヅチを操っている衣乃理はというと、先ほどの興奮が急激に冷めるのを感じていた。


「ちょ、ちょっと、これ、すごく揺れるんだけど……! っていうか、これ、どうして動いてるの? どうやって止めればいいの!?」


 鹿平が負傷させられた怒りに任せてミカヅチを動かしたはいいものの、いざ地上に出ると、そんな勢いはさんさんと降り注ぐ陽光によって霧散させられてしまった。


 いつも歩いている参道、いつも顔を合わせている人たち。そして、いつも通りの制服を着ている自分。


 全てがいつも通りの朝だったはずなのに、どうして自分は今、珍妙なロボットに乗せられているのだろう。


 しかも、ただ乗っているだけではない。これから自分は、前方にいる二体の二足歩行重機と戦わなければならないのだ。


「ど、どうしてこんなことに……」


 衣乃理の嘆きをよそに、ミカヅチは一歩、また一歩と、神域を侵す不埒者ふらちものたちへと歩みを進めていた。






 一方、その不埒者たちもまた、予想しなかった展開に戸惑いの声をあげていた。


「な……なんだ、あの珍妙な重機は!? 妙にくすんだ色をしているが……つや消し塗装か?」


「それより、あの機体はどこの所属でしょう!? こちらに向かって来ますが……」


「落ち着きたまえ。とりあえず、外部スピーカーは駄目だ。無線を使おう」


 そう指示しながら通信回線を開く黒い重機の搭乗者、黄印おういん。すると、外の様子を映し出している画面の左上に、ややキツめの顔をした女性の顔が表示される。黄印の助手にして紫色の重機の搭乗者、屋久やく杏奈あんなである。


「博士、あれは一体? この神社の連中は、我々の襲撃に備えていたのでしょうか?」


「ふむ。まあ、我らほどの有名人ともなれば、そろそろ対策を組まれてもおかしくはないが……にしても、あれは何だ? 杏奈くん、奴がどこのメーカーの重機かわかるかね?」


「いえ。一応、映像を元に簡易検索してみましたが、ヨツバ、トヨハシ、カワタキなどの主要メーカーのものではなさそうです」


 杏奈と呼ばれた助手が、てきぱきと返答を返す。


「そうか。神社なんぞを守っているからには、国内メーカーのものを採用していると思うのだが……」


「まさか、奴らも私たちと同じく、オリジナルの機体を製造したのでは?」


 黄印が抱きつつあった懸念を、先に杏奈が口にする。


「それは考えにくいな。一介の神社ごときが、一から二足歩行重機を開発するなど」


 眼鏡をくいっと持ち上げながら答える黄印。


「そ、そうですよね!」


 黄印の神経質な仕草を見て、杏奈が励ますような声をあげる。


 黄印らが乗っている二足歩行重機は、パーツのほとんどを彼ら自身が設計したオリジナルの機体である。だが、それは自分が天才だから為し得たことであって、余人が簡単にまねできるものではない……それが黄印のプライドであった。


 だから、重機メーカーですらない神社ごときがオリジナルの機体を持つなどありえない。あってはならないのである。






 からここここ、がこん、がこん。


 どしん、どしん、どしん。


 黄印たちがぼそぼそと相談している間も、ミカヅチはゆっくりと歩を進めていた。


 今や、両者の距離は三十メートルほど。


人間同士であれば、まだまだ距離があると言えなくもない。だが、四~五メートルの人型ロボットに搭乗した者にとっては、かなり接近したように感じられる。


しかも、こうしている間もミカヅチは一歩ずつ敵に近付いているのである。


「お、おい、貴様は何者だ! 所属と目的を言え!」


 黒い重機が、鉤爪のような指でミカヅチをびしっと指差す。


 ぎゃしいぃん、ぎゅわおぉぉん。


 たったそれだけの動作なのに、重機から発せられる金属音には妙な迫力がある。

「う、うう。なんか強そうだよう……」


 衣乃理は、自分が木製の頼りないロボットに乗っていることを再認識させられていた。


「うぉーい、がんばれぇー」


「なんか言ってやれー!」


 衣乃理の不安をよそに、近所の人たち、特に、年齢層の高い人たちが、妙に期待のこもった声援を投げかけてくる。


「そ、そんなこと言ったって……」


 思わず返事をすると、衣乃理のその声が拡声器を通じて外に響いた。


「あら。その声……衣乃理ちゃん?」


 その声を聞いた土産物屋のお婆ちゃんが、耳ざとく尋ねてくる。


「え? あ、うん。いや、あの……」


 こういう場合、素直に答えていいものだろうか。


 衣乃理が戸惑いながら操縦桿を握り直すと、ミカヅチはそれに反応して歩を止め、土産物屋の婆さんを振り返った。


「やっぱり! 衣乃理ちゃんなんだね!?」


「え、衣乃理ちゃんって、鹿平さんとこの?」


「そりゃすごい! 頑張れ~!」


 ロボットの搭乗者が顔見知りだと知った老人たちは、それぞれに歓喜の声をあげる。


 中には、お賽銭のつもりなのか、ミカヅチの足元に小銭を投げる者までいる。


「おい、こら、貴様ら! 私を無視するんじゃない!」


 と、ちょっとしたお祭り騒ぎになりつつあったミカヅチと人々に対し、眼前の黒い重機がさらに一歩、ずいっと近付いてきた。


「細かいことはわからんが、とにかく貴様はこの神社を門番のようなものなのだろう? だったら話は簡単! 私の重機と貴様の重機、どちらが上か勝負だ!」


 ちゅいいぃぃぃん、ぎしゃん、ぎしゃん、ぎしゃん。


 黒い重機の各部からモーター音が響き、一直線にミカヅチへと向かって来る。


 人間が走る様子と比べれば鈍重だが、それでもミカヅチの動きとは比べ物にならないほど速い。


「わっ、わわっ!?」


 いきなりの戦闘開始に悲鳴をあげる衣乃理。


「わー、来たー! みんな逃げろー!」


 ミカヅチの周囲に集まっていた人々も、蜘蛛の子を散らしたように逃げ回る。


 当然である。二足歩行重機が転倒でもしようものなら、巻き込まれた者は命がない。重機という名は伊達ではないのだ。


「みんな、危ない! 離れてて!」


 言うまでもないことだと知りつつも、衣乃理も声に出さずにはいられない。


「馬鹿め、人の心配をしている場合か!」


 がごおぉぉぉん。


 速足で進んできた黒い重機が、そのまま肩口からミカヅチに激突する。


「……きゃぁぁぁっ!」


 激しい激突に揺さぶられ、一瞬、どっちが上でどっちが下なのかすらわからなくなる。


 黒い重機の速度はさほどではなかったとはいえ、金属の塊による体当たりは衣乃理にとって未体験の衝撃であった。


 実際、ミカヅチが転倒していないのが不思議なほどである。体当たりを受けたミカヅチは二、三歩後退して踏みとどまってくれたが、衣乃理自身はそんな操作をした覚えはない。


「ふはははは、見たか! 私の重機は戦闘を想定して一から設計したオリジナルだ! そんじょそこらにある量産型のザコとは違うのだよ、ザコとは!」


 よろけたミカヅチを見て、勝ち誇った声をあげる黒い重機。


 彼の言う通り、戦闘力の差は圧倒的であった。相手は重機の操縦に慣れている上、二体もいる。そして何より、ミカヅチは所詮、木製なのである。


「ちょ、ちょっと待って。私、あなたと戦うつもりは……ただ、こんなことはやめて、帰ってくれればそれでいいの!」


「そういう台詞は、己が優位に立っている時に言うべきだな」


「ぐっ……でも、でも……」


「それより、お前……その重機はなんだ? 激突した時の音がずいぶん低かったが。それに、妙にくすんだ色をしている……非金属の素材でできているのか?」


 戦闘が始まったと思ったら、いきなりミカヅチの材質について尋ねてくる黒い重機。どうも細かいことが気になる性格のようだ。


「えっ? ミカヅチの素材? そんなこと、今、関係あるの?」


「お黙りなさい! 博士はどんな時にも探究心を忘れないのよ! つべこべ言わず、あんたの珍妙な重機について教えなさい!」


 どう答えたものかと衣乃理が困っていると、紫色の重機からもヒステリックな声が飛んでくる。


「いやいや、待ちたまえ、杏奈くん。答えを待つまでもなく仮説がひらめいたぞ」


「えっ、本当ですか、黄印博士!?」


 黄印と呼ばれた黒い重機の言葉に対し、大仰に驚いて見せる紫色の重機。


 というか、彼らはいちおう犯罪者なわけだが、こんなに大声で名前を呼び合っていていいのだろうか。


 そんな衣乃理の疑問をよそに、黒い重機はふたたびミカヅチをびしっと指差した。


「貴様、まさか、その重機は……木製ではないのか?」


 そう指摘する黄印とかいう男の声は震えている。そして、ミカヅチを指差す黒い重機の指も器用にぷるぷると震えていた。


「え、な、なに? それって……何か問題? やっぱり、すごく危険とか?」


 相手のただならぬ様子を見て、びくびくと反応をうかがう衣乃理。


「ぁ当たり前だっ!! き、貴様……よりによって、木でできた重機だと!? 貴様、お遊びでここに立っているのか!? 悪ふざけか!? 日曜大工気分かっ!? そんなもので、この天才科学者・黄印に挑むとは……侮辱! 侮辱以外の何物でもない!!」


 黄印は一人でどんどん勝手にボルテージを上げていく。


「い、挑むって……そもそも、あなたたちがここを襲わなければこんなことには……」


「うるさい! つべこべ言うなっ! くぅぅ……この天才のオリジナル機に、手作りの木製重機で挑むとは……戦闘機に対して鳥人間コンテストの人力飛行機で挑むようなもの! なんたる屈辱! なんたる挑発だ!」


 ぎしゃん、ぎしゃん、ぎしゃん!


 黒い重機の激しい地団太が辺りを奮わせる。


「わぁぁ、なんだか、ものすごく怒ってる……」


「おのれ木偶人形め、私が手ずから木片に変えてくれるわっ!」


 勝手に興奮した黒い重機が、背後から短い棒を取り出す。


 すると、短い棒は三段警棒のようにしゃこん、しゃこんと伸び、一.五メートルほどの鈍器に姿を変えた。


「見よ! 我が愛用の打撃兵器、ミストルティン・モール!」


 先端に延びるにしたがって太くなる棍棒を手に、高らかに武器の名前を宣言する黄印。


 だが、その武器の形は、衣乃理にある物を連想させた。


「えーと……金属バット?」


 衣乃理のつぶやきを聞き、町の人々黒い重機が持つ武器に注目する。


「バットだ……」


「ただのバットよね?」


「かっこ悪い……」


「昔の不良みたい」


 黒い重機を指差しながら、おのおの自由に意見を述べ合う人々。


「えぇーいっ! うるさい! うるさい! これはミストルティン・モール! 神をも殺す白兵戦武器だ!」


 人々の感想が気に障ったのか、バット……自称、ミストルティン・モールをぶんぶんと振り回す黒い重機。そんな様子がますます昔の不良っぽい。


 だが、振り回されたバットが電柱の根元にあたると、ごいーん、という音とともに、電柱にたやすくヒビが入った。


「きゃあぁっ!」


「うわあっ!」


 傾いた電柱に引っ張られて電線がきしみ、ばちばちっという音を立てる。


 呑気に感想を口にしていた町の人々も、さすがに悲鳴をあげてふたたび後ずさる。


 見た目はともかく、バットの威力は相当のものらしい。


「ちょ、ちょっと! そんな大きなバットを振り回したら危ないじゃないですか!」


「だから、バットじゃないと言ってるだろうが! ミストルティン・モールだっ!」


「なんでもいいですけど、それをしまってください!」


「そうはいくか! 電柱の次は貴様だ! この……ええと、木偶人形、お前の名前は何だ?」


「えっ、名前? 今それを聞くの?」


「そうだ! 破壊する前に、敵機の名前くらいは聞いておいてやろう! 機械に罪はないからな!」


「さすがは博士、お優しい! 機械を愛されていますわ!」


「え、ええと、この子の名前は……ミカヅチ、ってお爺ちゃんが言ってたけど」


「ほう。ミカヅチか。ではミカヅチよ、覚悟しろ! 貴様をバット……じゃない、ミストルティン・モールで破壊してくれる!」


「あっ、いま、自分でバットって言った!」


 思わず指摘してから、しまった、と思っても後の祭り。


「うっ……うるすあぁぁぁいっ!」


 黄印はさらに激昂し、バットを振り上げて突進してきた。


 ぎゃしゃーん、ぎゃしゃーん!


 ミカヅチよりもはるかに硬く、重い音を立てながら、黒い重機は一気に距離を詰める。


 がっこおおぉぉん。


 金属が木を打つ音が再び響き、激しい縦揺れが衣乃理を襲った。黒い重機のバットが、ミカヅチの肩口に叩きつけられたのである。


「きゃ……!」


 へたをすると舌を噛んでしまいそうで、ろくに悲鳴すらあげられない。


「ほう……腕くらいは外れてしまうかと思ったが、なかなか頑丈ではないか」


 黄印が半ば感心したような声を発し、今度は横薙ぎにバットを振るう。


「くっ……!」


 無我夢中で操縦桿を動かすと、ミカヅチは両腕で腹部を守るような姿勢を取ってくれた。


 ぎゃりいぃぃぃん。


 ミカヅチの手甲にはいくらか金属が使われているらしく、バットを受けた腕からは金属同士の激突音が響いた。


 だが、いくら腕で受け止めようが、搭乗者への衝撃がゼロになるわけではない。


「ぐぅ……!」


「ええい、まだ壊れんか! しぶとい人形だ!」


 一方の黄印も焦れた声を出しているが、このまま叩き続けられれば、いずれは破壊されてしまうだろう。


「な、なんとかしなきゃ……」


 そう言ってはみるものの、衣乃理に策はない。


「こいつめ!」


 ふたたび振り下ろされるバットを後退して避けると、ミカヅチの足元の石畳から火花が散り、亀裂が走る。


「うわっ!」


「きゃー!」


「おい、母ちゃん。警察呼べ、警察!」


「んなこと言ったって、おまわりさんだってどうしようもないでしょ、あんなの!」


「だったら自衛隊だ、自衛隊!」


 衣乃理たちを遠巻きに見ながら、町の人たちも思案を巡らせてくれている。


 だが、この状況をどうにかできる者がいるとすれば、やはり自分しかいない。それだけは衣乃理にもわかっていた。


「ちょ、ちょっと、やめてよ! 町を壊さないで!」


「だったら避けるな! 私の目的は貴様だ!」


「うぅ……」


 殴られたくはないが、このままでは町の人たちが危ない。


「わたしが何とかしなきゃ……」


 いまだ操縦方法はよく理解できていないが、だいたいの歩かせ方は勘でわかってきた。


 足元のペダルの感触を確かめ、体当たりの決意を固める衣乃理。勝つことはできないまでも、相手を転ばせるか、人の少ない場所まで押し出せればと考えたのだ。


 時間さえ稼げば、誰かが助けに来てくれるだろう……たぶん。


 衣乃理は半ば捨て鉢な気分でペダルに足をかける。


 操縦者の意図が伝わったのか、ミカヅチが体当たりに備えて軽く身を沈める。


「うぉ~い、待て待て!」


 だが、衣乃理が体当たりを実行する直前、やや間延びした声で水を差す者があった。


 衣乃理にとっては聞き違えるはずのない声。祖父の鹿平である。


「待て待て、衣乃理! 無茶すんな! せっかくこしらえたミカヅチだ! 戦いで傷つけるのは仕方ねえが、もっと上手くやれ!」


 鹿平はミカヅチの右側、ほんの二メートルほど横で、手をメガホン代わりにしながら叫んでいる。


「お、お爺ちゃん!? そこにいたら危ないよ! ……っていうか、怪我は!? 体は大丈夫なの!?」


「え……? あ、ああ、怪我な! いてっ、痛ててて……あ、ああ、なんとか、な……!」


 鹿平は一瞬、ぽかんとした表情を見せたが、何かを思い出したかのように腹を押さえてうずくまる。


「お爺ちゃん、大丈夫!?」


「う、うぅ……大丈夫だ。だが、意識が遠くなってきやがった……頼む、俺がぶっ倒れる前に、ミカヅチの勇姿を……見せて、くれ……」


「で、でも、お爺ちゃん、いつの間にお腹に怪我を!? さっき挟まれたのは足だったよね!?」


「えっ!? ……う、うぐぅ! 足が……! 畜生、朦朧としてるせいで、どこが痛いのかすらもわからねえ……!」


 なんとなくわざとらしい仕草で苦しむ鹿平。


「た、大変じゃない! 早く病院に!」


「……おい、ミカヅチとやら! 私を無視して呑気に会話してるんじゃない!」


「うるさいっ!!! お爺ちゃんはあなたのせいで怪我してるのよ!? 少しくらい待ちなさい! 馬鹿っ!」


「うっ……す、すみません。……では、一分だけ待ってやろう」


「さすが博士、紳士ですわ」


 紫色の重機が、黒い重機の肩にぽんと手を置いた。


「よし、今だ、衣乃理! 野郎の言葉に甘えて、お前も武器を取れ!」


「ぶ……武器って? もしかして、ミカヅチにも何か武器があるの!?」


 くねくね。


 衣乃理は期待を込めてミカヅチの身をくねらせ、その腰や背中を探ってみる。だが、残念ながら、どこにも武器らしいものは見当たらない。


「いんや、武器は別のとこにある。今、健児を使いに出してるから、お前は楼門ろうもんまで行け!」


「え、う……うん!」


 事情はよくわからないが、今は鹿平に従うしかない。衣乃理はぎこちない操縦でミカヅチを反転させると、鹿島神宮の楼門を目指す。


「あ、こら、どこへ行く!? 私は話をする時間をやっただけで、逃がしてやると言ったつもりはないぞ!?」


 ミカヅチの後退を見とがめた黒い重機も、少し遅れて追いかけてくる。


 がしゃこん、がしゃこん、がしゃこん。


 ぎしゃん、ぎしゃん、ぎしゃん。


 参道の石畳を揺らしながら二体が走る。正確に言えば、早歩きくらいのペースで進む。


「わはははは、神社の中へ誘い込むつもりか!? ちょうどいい、貴様とともに神社の神体も盗み取ってくれるわ!」


 勝ち誇りながら追ってくる黒い重機。ゆっくりと追い詰めるつもりなのか、さほど距離を縮めては来ない。


 それでも鈍器を持った敵を背に回している状況は、追いかけられる方にとってはかなりのプレッシャーである。


「お爺ちゃん! 武器ってどこ!? それ、本当に役に立つのー!?」


 楼門前から呼びかけてみるものの、当の鹿平ははるか後方である。


「おおーい、衣乃理!」


 その代わり、前方から健児の声が聞こえてきた。


 見れば、健児は数人の男たちと共に大きな箱を運んでいた。まるで神輿のように彼らが担かついでいるその箱は、人の背丈の倍近い長さを持っている。


「衣乃理ちゃん! これは私たちからの贈り物だよ! ミカヅチ様に持たせて!」


 えっちらおっちらと箱を持ってきた男たちの中には、鹿島神宮の宮司までが混じっている。


「あっ、宮司さんまで? なんだかわからないけど、わざわざすみません!」


 戦闘中という状況も忘れて恐縮する衣乃理。


「いやいや、神様の化身が復活なされたとあれば、お役に立つのが私の役目。それに、ミカヅチ様の大きさでは楼門を通れないしね」


「って、宮司さんも衣乃理も、のんびり話してる場合じゃないって! あいつが来る! あいつが!」


「……わはははは! 追い詰めたぞ!」


 黒い重機はバットをぶんぶんと振り回しながらミカヅチの背後に迫りつつある。


「……宮司さんや健ちゃんたちは隠れてて! ここにいたら踏みつぶされちゃう!」


「わ、わかった。では、衣乃理ちゃん。武器はここに置いていくよ!」


危険を察した宮司や健児たちは、そそくさと楼門の中に入っていく。


ぽつんと残されたのは、上質そうな木で作られた細長い木箱ひとつ。


「……武器? あっ、ちょっと待って! この箱、どうやって開けるの!?」


 いくら人間と同じように手や指があるとはいえ、まだ操縦に不慣れ……というより、操縦法がわかっていない衣乃理には、うまく箱を開ける自信はない。


「どうりゃあ!」


「きゃあっ!」


 衣乃理が考える暇もなく、ぶんっと振り下ろされるバット。とりあえず木箱を拾ってはみたものの、ゆっくりと開けている暇はなさそうだ。


「おりゃあ!」


「わぁぁっ!」


 横薙ぎに振り回されたバットを、無意識のうちに木箱で受ける。


 ばきゃん!


 金属が木を破壊する乾いた音が響く。


「わはははは、所詮は木製! このバッ……ミストルティン・モールの敵ではないのだ!」


「あっ……もしかして、壊しちゃった?」


 衣乃理は慌ててミカヅチの手中にある木箱を確かめる。幸いミカヅチの体に大きな損傷はないものの、箱は半壊してしまっていた。


「わあ、どうしよう!? これ、大事なものだった!?」


「ああ、いや……桐製の良い物だったけど、ただの箱だから。気にしないで」


 宮司は楼門の陰から慰めてくれているが、その声からは落胆した響きが感じられた。


「わ~ん、ごめんなさい! わたし、っていうかミカヅチが無意識に顔をかばっちゃって……」


「馬鹿め! 箱など気にしている場合か! これから貴様のロボットを破壊してやろうというのに!」


「おう、そいつの言う通りだ! 箱なんざどうでもいい! 中身を出せ、中身を!」


 黄印の言葉に同意したのは、参道を元気に走って追いかけてきた鹿平である。


「かえって箱を開ける手間が省けたってもんだ! 衣乃理! 箱ん中の剣を使え!」


「え……剣?」


「なに、剣だと!?」


 鹿平の言葉に、衣乃理と黄印が反応する。


「面白い! 無抵抗の木偶人形を叩くのは本意ではない。ミカヅチよ! 貴様にも武器があるというなら見せてみろ!」


 余裕を見せてビシッとバットを突きつける黄印。


「なんだよ、あいつ! 調子に乗りやがって!」


 健児が不満げな声を漏らしているが、衣乃理にとっては大助かりである。


 今のうちにと慣れない手つきで操縦桿を動かし、木箱の割れ目に手を入れる。


 中にある棒状の部分……剣の柄つかを握ると、操縦桿越しにずしりと重みが伝わってきた。


「よい……しょ、っと……」


 ばきゃっ、ばきゃばきゃばきゃっ。


 木箱の蓋を破壊しながら、乱暴に中身が取り出される。


「わぁ……」


 それを取り出した衣乃理自身が、驚きと感嘆の入り混じった声をあげる。


「ぬっ……」


 余裕を見せていた黄印から、気圧されたようなうめき声が漏れる。


「へへっ……やっぱり、サマになってやがらぁ……」


 鹿平が満足げにうなずく。


「これって、さっき、お爺ちゃんが言ってた……?」


 ミカヅチが構えた剣。それは、鹿島神宮に古来より伝わる巨大な直刀、布都御魂剣ふつのみたまのつるぎであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る