第3話 ミカヅチ、起動

「……ミカヅチ? これ、お爺ちゃんが作ったの?」


「おう。まあ、正確に言うと、古来から伝わっていたものを修復しただけだが……どうよ、十年をかけた俺の仕事は」


「ど、どう、って……」


「ん? 遠慮なく褒めていいぞ、ほれほれ」


「お、お爺ちゃん……ばっかじゃないのっ!?」


「へっ?」


 腕組みして勝ち誇っていた鹿平ろくへいが、拍子抜けしたように肩を落とす。


「お爺ちゃんたら仕事もしないで、こんな人形作ってたの!? こんな人形があったからって何になるのよっ!?」


「そうだぜ、鹿平爺ちゃん。悪いけど、外に来てる連中は本物のロボットに乗ってるんだ。形だけの……しかも、木でできた人形じゃ話にならないよ」


 先ほどまでは鹿平の話に乗っていた健児けんじも、たまらず衣乃理いのりの援護に回る。


「いいかい、鹿平爺ちゃん。外の重機にはエンジンとか燃料とかが使われててね……?」


 それどころか、「ああ、この人ボケちゃったんだな……」と言わんばかりの説明まで始めた。


「うう……情けない。こんな人形が動くと思ってるなんて……。お爺ちゃん、元気だけが取り柄だったのに……」


「大丈夫だよ、衣乃理。まだ体は元気みたいだから、介護はそんなに大変じゃ……」


「ばっ……馬鹿野郎! この馬鹿! 馬鹿ども! ボケてるはおめえらのほうだっ!」


「ひゃあっ!」


「うわぁっ!」


 完全にボケ老人扱いされた鹿平は、地下室が震えるほどの大声で二人を怒鳴りつけた。


「おめえらの勘違いに付き合ってるヒマはねえんだ! とにかく今は外の罰当たりどもを追い出さなきゃならん!」


「だ、だから、どうやって……」


「決まってんだろ? ミカヅチだよ、ミカヅチ。だからお前を連れてきたんだ、衣乃理」


「……わたし?」


「おうよ。外の連中を追っ払えるかどうかはおめえにかかってるんだ」


 と、そこまで話してから、鹿平はミカヅチの脛の辺りに手をつきながら目を伏せた。


「……で、だ。衣乃理……大切な話がある。俺が言うことを、良く聞いてくれ」


 その姿勢のまま横目でちらりと衣乃理を見ると、何かを言いあぐねるようにため息をつく。


「ふぅ……。あのな、衣乃理……」


「えっ……な、なによ、お爺ちゃん?」


 急に真剣な表情になった鹿平を見て、衣乃理はちょっと不安になる。


(な、なにかしら。もしかして、すごい告白? まさか、わたしはお爺ちゃんの本当の孫じゃないとか? それとも、お爺ちゃんには隠し子がいて、わたしには生き別れのかっこいいお兄ちゃんが……あれ? お爺ちゃんの隠し子だったら、かなりの年上? じゃ、かっこいい叔父さんかな?)


 衣乃理の頭の中で、少女漫画で読んだような劇的なストーリーが浮かんでは消えていく。


「衣乃理、お前は……」


「う、うん……」


「お前は……その、男と付き合った経験は、ねえよな?」


「……はい?」


 どうということのない鹿平の質問。


 衝撃の告白を予想していた衣乃理は、前に乗り出していた体をよろめかせてしまう。


「えーと、お爺ちゃん……なんて?」


「だからよ。お前、男と付き合ったことは……深い仲になった経験はあるかって聞いてんだ」


「な、なんで今、そんな話を……?」


「大事なことだ。答えろ。あ、言っておくが、見栄を張って嘘なんかつくんじゃねえぞ」


「う」


 思わず「わたしだって彼氏くらい……」と口走りそうになった衣乃理だったが、さすがに実の祖父と言うべきか、先読みで素早く釘を刺されてしまった。しかも、鹿平の言う「深い仲」とは、いったいどのくらいの深さなのだろう。一緒に下校するくらい? 休日にデートするくらい? 手をつなぐくらい? それとも、それとも……。


「え、えーと、えーと……」


 衣乃理は即答できず、赤面しながらもじもじと足先をこすり合わせた。


 なんとなく横に目を逸らすと、なぜか健児までもが緊張した面持ちで衣乃理を見つめている。


「は、早く答えてやれよ。実際のとこどうなんだよ、衣乃理?」


「な、なによ、健ちゃんまで……」


 鹿平と健児に答えを迫られ、衣乃理は思わず後ずさる。


 ずずぅ……ん。


 ……と、そこへ、衣乃理の後退に合わせるかのように地上から地響きが伝わってきた。


「ちっ、いけねえ。あいつら、神宮の敷地内で暴れてやがるぜ! おい衣乃理、早く答えろ!」


「衣乃理、爺ちゃんもこう言ってることだし、答えてやれって。な!」


「そ、そんなぁ~。上であの人たちが暴れてるのと、わたしのプライバシーがどう関係あるわけ?」


「関係大アリなんだよ! ……ええい、面倒くせえ。じゃあはっきり聞くぞ。衣乃理、お前はわしの孫だ。きちんと躾しつけてきたつもりだ。だから、お前は、その……」


「その?」


「……その……あの……お前は、生娘だよな?」


「……」


「……」


 鹿平の突然すぎる質問に、その場の時が止まった。


 ちらりと横の健児の様子をうかがうと、健児は眉間に皴を寄せながら鹿平を見ている。


 恐らくは今、衣乃理自身も同じような表情をしているのだろう。


「……あの、お爺ちゃん……なんて?」


「ええい、何度も聞かせるんじゃねえよ。お前は生娘……要するに、処女ってぇ奴だろうな?」


「………………ば、ばっかじゃないのっ!? いきなり何を言い出すのよっ!?」


「文句は後で受け付ける! 実際のとこどうなんだ、衣乃理!?」


「そ、そんなの……当たり前でしょ!? わたし、そういうことは真面目に考えてるんだから!」


「おお、そうかそうか! ま、当然そうだとは思ったんだが、念のための確認だ。うむうむ」


「だ、だよな! 当然だよな! 俺たち、まだ子供だし! な!」


 憤りながら答える衣乃理に対し、一方の鹿平は安心したように相好を崩している。そして、なぜか健児まで妙に嬉しそうだ。


「よし、そういうことなら安心だ。……乗れ!」


「ちょ、ちょっと、ちゃんと説明してよ! 今の質問は……」


 鹿平は衣乃理の抗議を無視し、ミカヅチの脇腹辺りにある取っ手を引き上げた。


 すると、ばくんという音を立ててミカヅチの腹部が上下に開く。


 その中には、自動車の運転席のようなシートがひとつ。そして、用途のわからないレバーがいくつか並んでいた。


「わ、お腹の中に椅子が?」


「おぉぉ……これ、コックピットってやつ?」


 これには男の子である健児の方が強い興味を示し、衣乃理の頭越しに中を覗き込んでいる。


「正確には神座しんざと呼ぶが、ま、コックピットだわな」


「鹿平爺ちゃん、つまりこれって二足歩行重機? 外で暴れてるのとおんなじ……」


「いんや、あんな鉄の固まりよりずっと上等なものよ。何せ、俺が仕上げたんだからな」


「でも、木でできてるよ?」


「何でできてるかなんてのは細けぇ問題よ。中身が違わぁ、中身が。それより、ほら。これを使え」


 鹿平は傍らの木箱を取り出すと、やや慎重な手つきでそれを衣乃理へと差し出す。


「何よ、これ」


「開けろ」


 鹿平に促されるままに木箱の蓋を取ると、中には紫色の布に包まれた丸い金属板が入っていた。


「これって、鏡? でも、あんまり映りがよくないなあ」


「滅多なことを言うな! こいつは神宝じんぽうだぞ! 国宝に指定されたっておかしくねえ代物だ!」


「そんなの知らないよ。だいたい、そんな大切なものをなんでお爺ちゃんが?」


「神宮から預かってんだよ。ミカヅチを動かすのに必要だからな」


と、そこまで話したところで、衣乃理たちがいる地下室に僅かな震動が走った。


「きゃ。地震?」


「いや、あいつらだ! あの二足歩行重機、やっぱり境内で暴れてる!」


「ちきしょうが! 戦神の住まいで好き勝手してくれんじゃねえか! ほれ、衣乃理、乗れ!」


「え。乗るって、わたしが? ちょ、ちょっと! お尻押さないでってば!」


 小柄な衣乃理は、抵抗する暇もなくミカヅチの神座……コックピットへと押し込まれる。


「お爺ちゃん! わたし、こんなもので遊ぶつもりは……」


「いいから、さっきの鏡を使え。ここだ」


 鹿平はコックピットの中に半身を突っ込みながら座席の前面を指差した。そこにはちょうど先ほどの鏡を差し込めそうな円形のスロットがある。


「ここに差せっていうの? なんで?」


「簡単にいやあ、そこがミカヅチを起動する仕掛けだ。車のキーとおんなじよ」


「へ~……って、なんでわたしがっ!? わたし、重機なんて動かせないよ?」


「馬鹿、おめえにしか動かせねえんだよ! 少なくともわしや健児には無理だ! ミカヅチに乗ることを許されるのは、穢れなき乙女のみなんだからよ!」


「え……穢れなき乙女……って?」


「だから、さっき確認しただろ? おめえは生娘か、って。要するに、このミカヅチは、処女にしか動かせねえんだ!」


「えっ」


「えっ」


 衣乃理と健児は異口同音に声を発し、そして、それぞれ別の疑問を口にした。


「ど、どうしてよっ!? なんでそんな面倒な仕掛けになってるわけ!?」


「ろ、鹿平爺ちゃん! こ、この重機って、そういうことがわかるわけ!? どういう仕組みになってんだ!? それってある意味、すごい機械じゃね!?」


「うるせえなあ、もう。今、問題はそこじゃねえだろうが。これだから思春期のガキってやつはいけねえ」


「だ、だったら、思春期の孫を変なものに乗せないでよっ!」


「馬鹿野郎、変なものとは何だ!」


 鹿平が唾を飛ばして衣乃理を怒鳴りつけた瞬間、再び地下室が大きく揺れた。


「ほれ、グダグダ言ってる暇はねえぞ! とっとと上の罰当たりどもをとっちめてこい!」


「と、とっちめるったって、わたし、こんなものの動かし方なんてわからないもん!」


「そうだよ、鹿平爺ちゃん。だいいち、二足歩行重機は最低でも二十一歳以上にならないと免許が取れなかったんじゃ……」


「こいつは重機じゃねえから免許なんてねえ! 動かし方も、自分で適当に覚えろ! 習うより慣れろだ!」


「ええっ、そんなぁ~。わたし、ゲームでも、ちゃんと説明書を読んでからプレイするタイプなのに~」


「マニュアルくらいないのか!? こういう時って、マニュアル読みながら動かすもんじゃないの? で、敵の動力パイプを引きちぎるんだろ!?」


「がぁ~! うるせえぞ、ガキども! 説明書なんかねえ! とにかく衣乃理、お前がなんとかしてくれなきゃ、俺らも神宮もおしめえだ! やれったらやれ!」


「あっ、ちょっと、お爺ちゃ……」


 反論するより先に、鹿平はコックピットの扉をばたりと閉める。外界からの光を遮断され、衣乃理は暗闇に包まれた。


「ちょ、ちょっと、暗いわよ!? これじゃなんにもできないじゃない!」


「さっき渡した神鏡を差し込め!」


「しんきょう……って、この鏡? え~と、このあたりに……」


 こうなっては鹿平の言うことを聞くしかない。 衣乃理は手探りで前面のスロットを探し、おそるおそる差し込んだ。




 ぶぅぅぅぅぅうん……。




 すると、あるべき位置に差し込まれた神鏡が小刻みに震えはじめ、同時にぼぅっとした灯りを放ち始めた。


「な、なんか光ってる~! これ、大丈夫!? 熱くなったりしない? 燃えたりしない!?」


「暗いって文句言ってたくせに、いちいちうるせえ野郎だな」


「野郎じゃないもん! それより、本当に大丈夫なの、これ!?」


「おう! 神鏡が光り出したんならしめたものよ。衣乃理、おめえ、ミカヅチに認められたぜ!」


 扉の向こうで鹿平がはしゃいだ声をあげる。その間も、衣乃理の周囲にある様々な計器がぽっぽっと光を放っていく。


 こうして光が灯ると、それなりにいっちょまえのコックピットという感じだ。だが、その材質のほとんどが木でできている点が、衣乃理の不安を増幅させる。


「お爺ちゃん……これ、本当に動くの? 動いたとして、役に立つの?」


 本日何度目かの弱気な質問を祖父に投げかける。当然だ。いきなりわけのわからないロボット……しかも木製のロボットに乗って戦えなどと言われても、そう簡単には納得できない。


 だが、そんな衣乃理に返された鹿平の返答は、いつもの憎まれ口ではなかった。


「ぐがぁっ……!」


「ろ、鹿平爺ちゃん!? しっかりしろ!」


 扉越しに聞こえてきたのは、鹿平の低い悲鳴と、それを案じる健児の声。


「ど、どうしたの、二人とも? 怪我したの!?」


 衣乃理が外の様子をうかがおうとすると、まるでそれに応えるかのように神座前面の壁が鹿平たちの様子を映し出す。どうやら、ここに外部の様子を見るためのモニターがあったようだ。


 そして、その画面が映す先には、倒れた工具棚の下敷きになった鹿平の姿があった。


「お、お爺ちゃん!? だ、大丈夫っ!?」


 そう叫ぶ衣乃理の声は、思った以上の大音量となって地下室に響いた。どういう仕組みかは不明だが、搭乗者の声を外へと伝える拡声器のようなものも設置されているらしい。


「お、おう。大したことはねえ……ちょこっと足を挟まれただけだ。上の奴らが暴れてるせいで、棚がぐらっと来やがってな」


「ど、どうしよう!? 今すぐ病院に……」


「馬鹿野郎! 俺だけ病院に運んでどうする! あの重機をおめえがなんとかしねえと、怪我人はもっと増えるぞ!」


 棚の下敷きになったままで鹿平が吠える。衣乃理は、その元気な怒鳴り声を聞いて少しだけ安堵を覚えた。


「お爺ちゃん……大丈夫なんだよね?」


「おう。すぐにこっから這い出てやるから、おめえは上に行け。おめえがあいつらをどうにかしてくれなきゃ、どっちみち俺ら全員おしまいよ」


「……健ちゃん……お爺ちゃんをお願いね!」


「ああ、任せろ」


「衣乃理、ミカヅチ用の階段は右だ……俺の命、おめえに預けたぞ」


「うん……行ってくる!」


 神宮を荒らしている連中が、どういう者たちなのかはわからない。何が目的なのかは知らない。でも、そいつらは祖父の命を危険に晒した。衣乃理にとっては、それで十分だった。


 無意識に操縦桿に手が伸びる。足元のペダルをゆっくりと踏み込む。ミカヅチが顔を上げる。片膝立ちの姿勢を解き、完全に立ち上がる。


 がらここここ、がこん。


 かかかかかか、かん、かん、かん。


 ミカヅチの歯車が、歌舞伎の拍子木のようなけたたましい音を立てる。


「誰だか知らないけど……絶対に許さないんだから!」


 ずしん……ずしん、ずしーん。


 頭に血が上っている衣乃理は、ほとんど本能のままにミカヅチを出口へと歩ませていた。


「すげえ……」


「へっ……まさか、俺の孫がミカヅチに乗ることになるたぁな……」


 健児と鹿平が感嘆の声を漏らす中、ミカヅチはゆっくりではあるが、危なげのない姿勢でミカヅチは階段を上っていく。


 武見衣乃理、中学二年生。ごく普通の少女だったはずの彼女は、この日、木造ロボの搭乗者として選ばれたのであった。


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