第33話 香取の巫女
「いや~、切音さん、凄かったぜ。なんつうか、達人? みたいな。まだ高校生だってのにさ」
武見家の居間では、健児が切音の戦いぶりを鹿平に聞かせていた。
長方形の座卓に並んでいるのは、祖父の鹿平、衣乃理、健児、そして切音の四人だ。家長である鹿平が六人用の座卓の正面に座り、相対する席に切音がいる。衣乃理と健児は鹿平の右に並ぶような位置だ。衣乃理の母は台所でお茶などを用意しているようだ。
武見家に着くと、切音はまず、仏壇に線香をあげさせて欲しいと言った。そんな行動ひとつを取っても、衣乃理や年齢の近い友達とは違う雰囲気を感じさせるところがあった。
「衣乃理が踏み込んだ時、枝の先でちょいっと足の甲を突いたんだよ。衣乃理、それだけでバランスを崩して、木にぶつかりそうになっちゃってさ」
「ほう。大したもんだ」
鹿平は、片眉を上げながら切音を見ている。当の切音は、大したことはありません、と謙遜している。
「それよりも、あなた、私の初手が見えたの? すごいわね」
頬に手を当てながら、見物していた健児を賞賛している。
「あ、いや、なぁに、それほどでも。俺も、五歳の頃からうちの爺ちゃんに剣術習ってるから」
健児は、切音の一言に気を良くして、顔を真っ赤にしながら饒舌に自己紹介を始めた。
「そんなこと言ったって、切音さんや大和先輩には敵わないでしょ」
自分の敗戦をネタにはしゃいでいる健児が面白くなくて、衣乃理は嫌味をぶつけた。
「ぐっ……いいだろ、俺のことは」
「お前らの話はいい。今はお客さんがいるんだぞ……すみませんな、騒がしくって」
鹿平は腕を組みながら切音に頭を下げる。
「ここまでの話はうかがいましたが……それで、ご用件は? 切音さん、だったかな」
「ふふ、申し訳ございません。下の名前しかお教えしてなくて」
口元を隠しながら、控え目に笑う切音。
「武見さん……お爺様は、私が何者か、見当がついていらっしゃいますものね」
「まあな」
肩をすくめる鹿平。鹿平の返事を聞いた鹿平は、衣乃理と健児に視線を向けてきた。
「衣乃理ちゃん、鹿森くん。あなたたち、『鹿島大明神』って書かれた掛け軸、知っているでしょう? 剣道場などでよく見るはずだから」
「あぁ、言われてみれば……」
「もちろん。俺が稽古する道場にもあるよ」
衣乃理たちの返事に、切音は満足そうにうなずく。
「それじゃ、もう
「ああ。『香取大明神』でしょう? 知ってますよ」
衣乃理より先に、健児がやや自慢げに答えた。
「ご名答」
切音が小さく拍手をした。
「それじゃ、私の本題はここから」
切音が笑顔のまま、少しだけ背筋を伸ばす。
「ねえ。あなたたちは、知っているかしら」
「?」
切音が、何か重大なことを打ち明けるかのようにタメを作った。そして一瞬だけ、ちらりと横目で鹿平を見る。
「鹿島大明神……つまり、建御雷神が最強だという声もあるみたいだけど……」
「え」
切音の言葉に、衣乃理はびくりと背筋を震わせた。今、切音は、とんでもないことを言おうとしているのではないか?
「……本当の最強の神は、香取大明神……
「……」
「……」
部屋の空気が止まる。開け放たれた縁側の引き戸から、遠く自動車の走る音だけが響いた。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇーっ!?」
鹿島の地での大胆な発言に、衣乃理の大声が響き渡った。
「えっ……ま、ちょ、切音、さん……!?」
「あ、あんた、何言ってんだよ、てか、まずいって!」
衣乃理と健児は、切音に質問したり抗議したりと慌ただしく声をかける。だが、二人に共通しているのは、ちらちらと鹿平を見ていることだ。
鹿平は普段、「建御雷神は最強の戦神」と断言してはばからない。その鹿平の前でそんなことを言ったら、とんでもなく激昂するのではと心配しているのだ。
現に今も、鹿平はすぐに返事をせず、ぐっと腕組みしている。切音を怒鳴るための怒りを溜めているのだ。衣乃理はそう確信した。
「経津主神……香取大明神、か。ま、そうかもしれねえな」
だが。意外なことに、鹿平は溜め息とともにそう漏らしたのだ。
「え!?」
「うぇっ!?」
ありえない返事に、衣乃理たちの方が変な声をあげてしまう
「お、お爺ちゃん、何言ってるの? ミカヅチは……」
「そ、そうだぜ。鹿平爺ちゃん、いつも……」
「まあ、二人とも聞け」
衣乃理たちを手の平で制しながら、切音の方を向く鹿平。
「すまんな。こいつら、神様の伝承やらなんやら知らんもんでな。少し、説明する時間をくれるか」
「もちろんです」
切音が応じる。そうこうしている間に、衣乃理の母の明美がお茶とお菓子を持ってきた。
切音が明美と世間話をしているうちに、鹿平の話が始まった。
「お前らには、建御雷神と建御名方神の話は聞かせたよな?」
「う、うん。建御雷神が建御名方神に勝ったって話だよね? あんなに強いミナカタ……建御名方神に勝ったなんて、信じられない気分だけど」
「ま、その話はいい。今回は、その戦いの前の話だ。お前らにわかりやすく、簡単に話すぞ」
鹿平は、茶をひとすすりしてから続きを話す。
「実はな。その建御名方神を倒す前に、神様の会議があったわけだ。衣乃理も言った通り、建御名方神は強い。だから、代表を慎重に選ぶ必要があった」
「なるほど。その会議で建御雷神、ミカヅチが選ばれたと」
先読みした健児が口を挟む。
「残念ながら、そうじゃねえ」
鹿平は、湯呑を置きながら首を振った。
「実はな、建御名方神と戦う役目は、建御雷神が横取りしたんだ。『神様の一番強い奴を派遣するんなら、俺に決まっているだろう。それとも、俺より強い奴がいるとでもいうのか』……とな」
「なんか、ミカヅチらしい話だね……」
遥か古代の神様の話なのに、衣乃理はなんだか身内の恥のように頬が赤くなるのを感じた。
「で、そんな風に猛る建御雷神を止められるわけもない。神様たちは『わかった。では、あなたが建御名方神を倒してください』と認めた」
「なるほど。そこからは私たちの知っている話だね」
「おう。だが、ひとつ、付け加えることがある。実は、建御名方神との戦いには、同行者がいた。神様たちは『私たちが選んでいた代表と一緒に行ってください』と条件をつけたわけだ」
「その代表に選ばれた神様って……?」
結論を半ば察した衣乃理が、先を促す。
「経津主神……本来なら、建御名方神と戦っていたはずの戦神だ」
「そういうことです」
明美との世間話を終えていた切音が、鹿平の言葉を受け継ぐようにうなずいた。場の全員の注目が切音に集まる。
「失礼な物言いになりますが……本来、神々に選ばれていた方と、選ばれなかった方。どちらが最強と呼ばれるべきでしょうか?」
切音の言葉に、鹿平がフンと鼻を鳴らしたが、反論はしなかった。
「あらためて、名乗らせていただきます」
切音が、背筋をピンと張る。
「私の名前は、
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