第25話 夢の桜

 これは夢だ。

 そう気づきながらも、衣乃理の長い夢は続いていた。

 衣乃理が見ているのは、囲炉裏を囲んで食事を取る和服姿の家族。三十歳くらいに見える男と、同年代くらいの女。そして、傍らで寝かされている赤ん坊。0

 食事の内容は決して贅沢なものではないが、きっと美味しいのだろうとということは、男の箸の進みからも感じられる。

(あの二人は……小さい頃から、想い合っていたから。御役目を終えて、ようやく結ばれたんだね)

 当然の記憶のように、衣乃理はそんなことを考えた。御役目というのはなんだっただろう? 自分で思ったことなのに、そんな疑問を浮かべてしまう。

 女の横で、寝ていた赤ん坊がぐずり始める。それすらも嬉しいといった風に、夫婦は赤ん坊をあやし始めた。

 ざぁっ。

 衣乃理の眼前を、桜の花びらがかすめていく。それに目を奪われている間に、また衣乃理の立っている場所が変わった。

 今度は、桜が舞い散る広場。そこに、先ほどとは違う女が立っていた。今度の女性は巫女姿だ。

 女は、いとおしそうに桜に何かを話しかける。女がそっと手を伸ばすと、まるで桜が応えたかのように、その手のひらに花びらが落ちた。

(あの人は……毎年、桜を楽しみにしてた)

 また、そんなことを思う。見たこともない人なのに、昔から知っているかのように。

(毎年、のんびりと桜が楽しめる。そんな生活を守るために……)

 せっかくだから、あの人に話しかけてみようか。衣乃理がそう思ったとき。

 カッ!

 鋭い音とともに、空が割れた。

 ガラガガガゴゴゴ……!

 地鳴りにも、何かの破壊音にも似た響きとともに桜吹雪は消え、空が青黒く変わった。

 あぁぁぁぁ……!

 ひいぃぃぃぃ……!

 遠く聞こえるのは、誰かの悲鳴だろうか。

(何が起こっているの……?)

 何もわからない。でも、胸が苦しい。何かが衣乃理の胸を締め付けている。

 知らぬうちに、衣乃理は歯を食いしばっていた。

(許せない……!)

 そう思ってから気がついだ。衣乃理は今、怒っている。胸が苦しいのは、抑えきれないほどの怒りに震えているからだ。

 衣乃理の眼前に、 黒い影のようなものが現れた。衣乃理より遥かに大きく、得体の知れない影。その向こうに、衣乃理が先ほどまで見ていた幸せそうな女たちの幻影が見える。

(こいつが、あの人たちの幸せを邪魔しようとしている)

怒りのままに拳を握る。すると、衣乃理の拳の中から電光が走った。その瞬間、当たり前のように衣乃理は掌を前に突き出す。

 ガカカッ!

 衣乃理が突き出した手から、まばゆい稲妻が走る。目の前の黒い影が容易く消える。しかし、新たな黒い影がいくつも現れ、衣乃理の視界を埋める。その黒い影は、無性に衣乃理の神経を逆撫でした。

(……消えろ!)

 手を振って黒い影のひとつを倒す。すると、遠くから聞こえていた悲鳴が小さくなる。代わりに、喝采のような声が聞こえてくる。

(そうか……こいつらが悪いんだね)

 小さな喝采に応えるように衣乃理は手を振るう。衣乃理の前では黒い影は無力だった。

 一振りごとに電光が舞い、稲妻が轟く。黒い影は無数に現れたが、衣乃理には敵わない。

 ……なのに、不思議だった。

 衣乃理が黒い影を倒しているのに、少しずつ、消えたはずの人々の悲鳴がふたたび聞こえ始めた。喝采の声は、いつしか消えていた。

(どうして?)

 衣乃理が拳で影を叩く。黒い影は消えたが、人々の悲鳴が強くなる。

(お前か!?)

 残っている中で最も大きい影を倒す。それでも人々の悲鳴は消えない。

(わたしは、誰よりも強いのに)

(そのわたしが、守ってあげているのに)

 そう呼びかけても、人々の声は、衣乃理に怯えるかのように遠巻きになっていく。

(どうすれば……)

 いつの間にか、先ほどの幸せな光景はどこにも見えなくなっていた。目の前に広がるのは、青黒い空と居並ぶ黒い影。

(くっ……どれを倒せばいいの?)

 人々の悲鳴がさらに大きくなる。

(どうして? 叫んでばかりじゃなく、何か答えてよ!)

 悲鳴をあげるばかりの声も衣乃理を苛つかせる。みんなが喜ぶと思って戦ってあげているのに。

(……っ!)

 背後に、またひとつ大きな影が現れた。今度こそ。こいつを倒せば。衣乃理はそう考えた。

(今までで一番強い攻撃を……!)

 本能的に五指を揃えて伸ばす。すると、衣乃理の手に電光で形成された剣が現れた。

(これで……!)

 振り返りざまに剣を中断に構える。これを突き刺せば、倒れない者はいない。その自信がある一撃だった。

(……喰らえ!)

 衣乃理が心の中でそう叫んだ時。

「……駄目!」

 カッ!

 青黒い空が裂け、そこから、稲妻の代わりに少女の声が響いた。そして、その声の主は……。

(……わたし?)

 そう気づいた瞬間、意図せずに衣乃理の手が、剣が止まった。その剣の先にいる黒い影は……もはや、黒い影ではなかった。

(……桜の、木?)

 衣乃理の手は、あとほんの少し、まさに寸止めで桜の木を貫くところで止まっていた。その桜の木は、すぐに像を変えて希の顔になる。額から血を垂らした、ミカヅチがあと少しでとどめを刺しそうだった希とミナカタの姿。

(あ……ご、ごめん!) 

 謝りながら手を引っ込める。もはや、衣乃理の手から電光は出ていない。

(わたし、なんてことを)

 自分の右手を左手で押さえ込む。

(どうして?)

 どこかで聞いたことがあるような女性の声が、衣乃理に問う。

(何を怯えているの?)

(……怯える?)

 なぜだろう。その言葉に、衣乃理は僅かな苛立ちを感じた。衣乃理の中で、感じたことのない、持ってはいないはずの矜持が揺らめく。

(怯えてなんて、ない)

(なら、どうして無為な蛮勇を振るうの? それこそが、恐れの証でしょう)

(……恐れている……?)

(あなたに、恐れる者はないはず。少なくとも、外敵は。なぜなら)

 女の言葉に、衣乃理は鹿平の言っていたことを思い出す。建御雷神は最強の戦神なのだと。

(最強の、戦の神……でも、この力は、怖い)

(怖いのに、あなたはその力を振るったの?)

(それは……悪い奴をやっつけようとして)

(悪い? どうして、悪いの?)

(それは……大切な人たちを、傷つけるから)

(なら、なぜ手を止めたの? やってしまえばいいのに。あなたには、それができる)

(だって……この力は……壊しちゃう)

(なにを?)

(この手は……この力は、わたしの大切なものまで壊してしまうから)

(大切? どうして?)

(!? ……どうして?)

 どうして、というシンプルな問いに、衣乃理は戸惑った。大切なものが、大切な理由……? そのようなこと、突き詰めて考えたことなどなかった。

(それは、『わたし』が、最強の戦神だから。だから、守る)

(……どうして、あなたは最強なの?)

(!?)

 ふたたび戸惑う衣乃理。または、衣乃理の中の何か。

 己が最強であることに、理由などあるだろうか?

(どうやって、あなたは最強の戦神となったの?)

(……)

 衣乃理も、心の中のもう一人も、答えられない。

 強くなるための修業を語ればいいのだろうか? 生まれ持って最強だったと誇ってやればいいのだろうか?

いや、女の問いかけは、そのような表層の問いを求めているわけではないように思える。

(……ごめん、答えられない。でも、みんなを守りたいの。守れる力があるなら)

(……どうして?)

 また、女は問う。守りたいと言う、その理由を。

(だって……)

 子供たちの師として幸福な一生を終えた女がいた。

(あの人に子供はいなかった。でも……)

(その教え子たちの血が、今でも鹿島に流れている)

 衣乃理の言葉に、声が応える。衣乃理はさらに続ける。

 普通の女として、母として一生を終えた女がいた。

(あの人の子孫は、今でもここに残っている)

 桜を見るのを心より楽しみにしていた女がいた。

(あいつはもういない……が、あいつの好きだった桜は、今でも残っている)

 思い返すごとに、衣乃理の、心の中の口調が変化してゆく。

 思い返しているのは、その三人だけではない。他の大勢の女、男。そして、現代のご近所の人たち。

 あの教え子たちを。

 あの女の子孫を。

 あの桜の木を。

 闇の中に、ふたたび桜の花びらが舞う。その中の一枚が、衣乃理の手の平の上に降りる。

「『俺』が、守らなければいけない」

 無意識に、衣乃理は、そう口にしていた。

 その言葉に同時に闇は裂け、無数の桜の花びらに視界が奪われた。



「……えっ?」

 衣乃理は、地下工房のソファーで目覚めた。

 明り取りの天井から漏れる光がやや柔らかく傾いている。スマホを取り出して時計を見ると、十五時を過ぎていた。

(なんだか、変な感じ)

 目覚めたばかりだというのに、意識にも体にもけだるさはない。むしろ、全身の感覚が研ぎ澄まされているような気さえする。

「……さて」

 その研ぎ澄まされた感覚が命じるままに、衣乃理はソファーから跳び起きた。




「悪いなぁ、僕ちゃんたち。おじさんら、君たちを守るために鍛えてるんだわ」

「ち、ちくしょう!」

「く、無手の相手に武器を用いてまで……!」

 自衛隊により立ち入り禁止とされた海岸の一角。

 ミカヅチに声を届けよう、あわよくば取り戻そうとしていた健児と大和は、二人の自衛隊員によって軽々と組み伏せられていた。

 木刀と剣道を用いれば、二、三人くらいは追い払ってミカヅチに接近できると思っていた。だが、結果はご覧の通りというやつだ。

「は、離せっ!」

「ほらほら、暴れたら駄目だって」

 健児たちの後ろ手を握って組み伏せる自衛官。なるべく痛くないよに、緩く関節を極められているのがますます屈辱である。

「まさか、これほど力の差があるとはね。もう笑うしかないか。ははは」

 もはや開き直ったのか、大和が力なく笑う。

「いやいや。君ら、中学生だろ? がんばった、がんばった」

「くぅっ……」

 健児は自分の顔がかぁっと熱くなるのを感じた。同時に、涙が滲みそうになるのを必死にこらえる。今の自分たちでは、相手を怒らせることすらできなかった。

「なあ、君たち。手を放してやるから、抵抗はやめてくれないか?」

「そうそう。こんなとこ、あの議員さんなんかに見られたら、おじさんたち困っちゃうよ」

 自衛官たちは、優しく健児たちを説得してくる。たしかに、自衛官が中学生を組み伏せている光景など、事情を知らない者に見られたら面倒だろう。

「だったら、放してやればいいじゃないか」

 その横合いから、女性の声が飛んで来た。組み伏せられたまま健児が顔を向けると、一人の女性自衛官が腕組みをして立っていた。

「そんなガキ、ほっといても何もされないだろ?」

「ガキとか言うな、槍崎。民間人だ」

 大和を押さえ込んでいる自衛官が反論する。

「それにな、変なイタズラでもされたら大事だろう。せめて、手くらいは縛っておかないとな」

「中学生を縄で縛り上げたりしたら、それこそあの議員が黙ってないよ」

 そう言いながら、槍崎と呼ばれた女性自衛官が健児たちの前にしゃがんで視線を近づける。

「で、あんたら、何をしに来たんだい? あのミカヅチってやつに乗って、ヒーローにでもなりたかったか? それとも、馬鹿なペイントでも書きに来たか?」

「そんなんじゃねえっ!」

 健児は噛みつくように言い返す。

「どうせあれは、俺たちに乗れるもんじゃねえ。あれに乗れるのは、衣乃理一人だけなんだ!」

「いのり? あれのパイロットかい」

「そうだ! だから、ミカヅチを返せ!」

「返せって言われてもね……こっちも仕事だからね」

 槍崎が頭を掻く。

「ま、とりあえず、あっちのテントに行こうか。親か学校が迎えに来るまで、ジュースでも飲んでなよ。こってり絞られるのは、その後でいいだろ」

「子供扱いすんなっ!」

 健児が、そう叫ぼうとした時。その声は、辺りに響くサイレンで遮られた。

『哨戒艇より報告! 敵重機、海上を接近中!』

「……ちっ、来たか! ……あんたら、坊やたちを頼む!」

 槍崎は跳ねるように立ち上がり、テントのひとつへと駆けていく。

「おっと、まずい時に!」

「君たち、こっちだ!」

 自衛官は軽々と健児たちを立たせると、半ば抱えるようにして海岸線から遠いトラックへと連れてきた。

「この荷台に乗って」

「いざとなったらこれで遠くへ走るから、怖くないよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 子供扱いすんなよ!」

「僕たちは大丈夫です。それより、あなたたちは? 戦うのですか?」

 大和の質問に、自衛官は困ったような笑みを浮かべた。

「どうだかね」

「戦えなんて指示が下りるかどうか」

「だったら……」

「とりあえず、君らの盾になるしかないな」

「君ら二人だけじゃなく、この町のな」

 それだけ言うと、自衛官たちも足早に走っていった。

「お、おい!」



「佐竹さん、特車出撃の許可は!?」

「聞くな、槍崎。そう簡単に許可が出るはずなかろう。まだ接敵もしていない」

「接敵してからじゃ遅いんだっての!」

 駐機状態の特車、二足歩行重機を前に、槍崎は上官が相手だというのに食ってかかっていた。

「交戦よりも民間人の避難だ」

 佐竹がぴしゃりと断言し、槍崎から目を逸らす。

「ちっ」

 佐竹の言葉は正論だ。それは槍崎にもわかっている。だが、特車を出せば、あの化け物も倒せるかもしれない。その方が被害を最小に抑えられる。それもまた、槍崎の中の正論だった。

(…………!)

 そんな中、槍崎の視界にきらりと光る物が入った。敏感にそちらに目を向けると、そこには、双眼鏡を手に、海岸を観察する遠藤議員の姿があった。

(早くも、あたしらを監視に来たってか?)

 自分たちの邪魔をするばかりで、何ら前向きな言葉を口にしない、気の強い女性議員。そんな遠藤を、槍崎は苦々しい思いで睨む。

(政治家センセイの視察ってやつ、か? だが……)

「おい、槍崎! こっちに来い! 特車に乗るだけが仕事じゃないぞ!」

「……っと。了解!」

 佐竹に呼ばれ、槍崎も慌てて持ち場に走る。

(だけど、あいつの顔……)

遠藤議員の整った顔立ちは、その手に持つ双眼鏡によって半分ほどが覆われている。だが、緊張状態にある現場を視察しているはずの遠藤議員。その口元がわずかに緩んでいるように見えたのは、自分の見間違いだっただろうか。

(……そんなはずないよな)

 自らの中に芽生えた小さな疑念を振り払い、槍崎は目の前の仕事に気持ちを切り替えた。




「自衛隊のおっさんら、忙しそうにしてるな」

「町内のスピーカーも警告を鳴らしてる。海岸近くに住んでる人たちを非難さsるんだろうね」

「自衛隊は、重機……二足歩行戦車? を使わないんすかね?」

「許可が下りない、と言っていたね」

「となると、やっぱり……」

 トラックの荷台から顔を出し、ミカヅチを見る。幸い、自衛官は自分たちを警戒していない。今は忙しいし、何より、健児たちを警戒していないのだろう。

「結果的に、本来の目的は果たせそうだね」 

 大和が笑う。その時には、健児はもう荷台から飛び降りていた。

(文句のひとつも言ってあげるといいわ。落ち込んでるみたいだから)

 この海岸で出会った見知らぬ少女。彼女の言葉は、まるで神託ででもあるかのように健児に確信をもたらした。その言葉に従い、健児はサイレンや警報が鳴る海岸を走った。




「……警報?」

 地下の格納庫から出た衣乃理を迎えたのは、町に鳴り響くサイレンと警告だった。

『先日の暴走重機が迫っております。下津地区の方は、すみやかに近隣の避難所へお集まりください。他の地区の方も、続報にご注意を……』

「あらわれたんだ、あいつが……」

 それは、町の人にとっても、衣乃理にとっても敵。そして同時に、黄印が救おうとしている助手を乗せた重機。

「……助けなくちゃ」

 自分に、その力があるかわからない。その資格があるかも。

 だが、先ほどの夢の中で、衣乃理の……または、何者かは言ったのだ。「守る」と。なら、そのために、それができるかもしれない「者」のいる場所に走るしかない。

 衣乃理一人だけでは、あまりにも無力だ。だが、さっき見た夢の通りなら、衣乃理たちなら、きっと、必ず。



「身動きの取れない自衛隊にしては、早い発見だったわね。あれは、あなたが?」

 片耳型のヘッドセットを通し、遠藤議員は男と通話していた。発信の前に、あらかじめ秘書たちからは距離を置いている。

「ああ。杏奈くんの機体の位置は掴めるからな……とはいえ、機材もないし、信号も微弱になっていて苦労した」

 電話の相手は黄印博士だった。まだ警察に捕まっていないとは、インドアな男のわりに、逃げるのはなかなかに上手い。まあ、もし捕まっていたら、何らかの口封じが必要だったが。

「それで、なんの御用? 減刑でもお願いしようというのかしら」

「違う。杏奈くんの機体についてだ」

 ずばりと本題に入る黄印。相変わらず、駆け引きも飾りもできない男だ。

「機体?」

「面倒だ、とぼけるな。杏奈くんの機体の変貌、あれはなんだ? 改造や科学の域を超えているぞ」

「私はただの政治家よ。あんな難しい機械のことは、天才さんに任せるわ」

「とぼけるなと言っている! ……認めたくはないが、あのような所業、私では……いや、人間の技術では無理だ。いったい何をした?

「……あなたなら、思い当たることもあるでしょう?」

「……ああ。全てのパーツを私が手掛けている中、ただひとつ、お前に渡されたパーツを使った。スポンサーのお前に配慮して、な」

「嫌がるあなたの代わりに、あの助手さんがあなた使ってくれたのね

「……それは、私のミスだった」

「意外に素直ね。で? 恨み言を言うためにかけてきたの?」

「それも違う……ただ、恥を忍んで聞きたい。あれを止めるには、どうすればいい?」

「止める?」

 元より揶揄するような口調だった遠藤が、はっきりと鼻を鳴らして笑った。

「どうして止めるの? あれを開放するのが私の目的だったのに」

「……!」

「あれはね、ほんの始まり。この地にいる『神』への小手調べ」

「貴様……! どういうことだ。なんの信条で動いている?」

「信条? くだらないことを言わないで。あなたのお遊びとは違うのよ」

「ぐっ……ならば、それはどうでもいい! 今まで通り、私が貴様に協力する! だから、あの妙な化け物は止めろ! このままでは人死にが出るぞ!」

「あなた、そんなこと心配してるの? 悪党としても小物ねぇ」

「き、貴様……! 仮にも、国政を担う者が……」

「都合のいい時だけまともな政治家扱いしないでちょうだい。そんな女が、あなたたちのスポンサーなんてするはずないでしょう」

「……きょ、狂人め……!」

「あなたに言われなくないわ。ま、せいぜい逃げ回ることね、天才さん」

 ピッ。

 遠藤は、黄印の返事を待つことなく通話を切った。

「さて。カミサマとやら。あとはこっちの好きにさせてもらうわよ」




「くそっ!」

 通話を切られた黄印は、舌打ちとともにイヤホンを耳から引っぺがす。鹿島神宮の森の一角に隠れていたが、警報のおかげか、今は大声を出しても誰にも見つからない。

「奴め……ただの政治屋ではないな」

 遠藤の目的がなんなのか、黄印は知らない。そもそも、金さえ出してくれるのなら、興味もなかった。たぶん、与党か何かを揺るがすために世間を騒がせたいのだろうと思っていた。だが、今の遠藤からはそんな目的すらも感じられなかった。まるで、化け物を暴れされること自体が目的のような……・。

「……だがな」

 黄印は、わずかに口角をあげて笑みを作る。

「口下手な私だが、ひとつだけ、情報を得た」

 それは、遠藤の言葉。

「神への小手調べ」と、遠藤は言った。

 この地で「神」と言えば、最初に思いつくのは一柱。

 なら、あれはまだ動くのだ。遠藤は、化け物と「あれ」を戦わせるつもりだ。

 敵である遠藤がそれを確信しているなら……黄印も、あの少女をふたたび信じようと思った。

「忌々しい少女だ……私の頼みを一度は断ったくせにな」

 悪態をつきながら立ち上がる。もはや、警察に見つかっても構わない。あの衣乃理という少女に会わなければ。

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