第24話 ミカヅチ奪還作戦

「ミカヅチを取り戻したい、ということかい?」

「いや、そこまでは考えてないです。運ぶ方法もないし。でも、もしミカヅチが生きてる……っていうのかな。自分の意思があるなら、文句のひとつも言いたいんです。それと、もう暴れるんじゃねえぞって釘も刺したいし」

「ミカヅチに言葉が通じると?」

「通じるらしいです」

 健児は、海岸で会った少女を思い出す。

「しかし、ミカヅチの周囲は立ち入り禁止だよ」

「……だから、稽古をつけてほしいんですよ。とりあえず、ミカヅチと対面するとこまでは突っ込みたい」

「自衛官の人たちと、戦う気かい?」

「戦うってほどじゃないす。ミカヅチのとこまで行きたい。その後は捕まってもいいんです」

「それは、犯罪……というか、テロに近いね」

「後でいくらでも謝りますよ。未成年の特権です」

 健児は歯を見せて笑った。

「なるほど。君の覚悟はわかった」

「じゃ、稽古に付き合ってくれます?」

「いいとも。ただし、二つ、条件がある」

「ひとつ条件を満たしたのに、なんで増えるんすか?」

「まあ、聞いてくれたまえ。ひとつは、僕に剣術を教えてほしい。君が普段やっている、その、型稽古というのかな? その基本を僕に教えてほしい。その代わり、後で竹刀を用いた剣道の稽古も行う。技術の交換というやつだね。どうかな?」

 今度は大和が歯を見せて笑う。健児は一瞬だけ躊躇したが、悪い条件ではないと判断した。

「いいですよ。昔は型を他の人に教えちゃダメだったらしいすけど、今は普通に公開してますし。ほんとは、うちの爺さんから習った方がいいんですけど」

「でも、この特訓というか、たくらみは、お爺さんには秘密なんだろう?」

「そういうことです。で、もうひとつの条件は?」

 健児が聞くと、大和は先ほどよりも大きな笑みを見せた。

「僕も、そのたくらみに付き合わせること。いいね?」



 健児と大和は、木刀を持って向かい合った。

「木刀を持った人の前に立つのは、緊張感があるね」

「まあ、お互い本気ではやりませんから。かといって、あんまりスローでも稽古にならないんで、それなりで」

 健児たちが持つ木刀には、本物の日本刀のような鍔が付けられている。これにより、鍔元で相手の刀を受けるなどの稽古も可能だ。

「じゃ、さっき確認した流れで。俺がこう打ったら……」

「こうだね」

 健児が教えた通り、大和が足を斜めに踏み出して避ける。

「そう。そこで先輩が俺に反撃」

「それをさらに君がかわして……」

「そう。いきなりたくさんの技をやってもしかたないから、これを繰り返し、できるだけ速くしていきましょう」

「うん」

 カン!

 大和の打ち込みを、健児が型通りに受け流す。

「さすがだね。これは実戦でも使えそうだ」

「剣道に使えるとは限らないっすよ。剣道だと『浅い』って言われそうな技もあるし」

「だけど、試合ではなく実戦なら、相手に手傷は負わせられる」

 健児の木刀をかわしながら大和が応じる。

「そういうことです」

「実戦剣術か。勉強になる」

「それを言うなら、型稽古ばっかじゃ強くなれない。理屈を生かすには、実践が必要だ。だから、俺は先輩に稽古つけてもらいたかったんです」

「ミカヅチの件、自衛隊にお願いして中に入れてもらうのはどうだい?」

 カンッ!

 先ほどより強く木刀が打ち合わされる。

「それは、もう試しました」

「駄目だったんだね」

 大和が飛び退く。

「ま、無理だと思ってましたけど。呑気なもんですよ。いつ、化け物が戻ってくるかわからないのに」

「それこそ、自衛隊が退治してくれるんじゃ?」

「戦えればね。でも、あの変なおばさん議員が邪魔しそうだ」

「おばさんとは可哀想だな。美人議員として有名なんだよ」

 健児と大和が攻守を入れ替える。

「父によると、次にあの化け物が現れたら、近隣の市民を非難させるそうだ」

「でも、逃げてるだけじゃ倒せない」

「自衛隊は戦えない、諏訪さんの乗っていたミナカタも壊れている。だね?」

「ミカヅチは壊れてない。ただ、調子が悪いのは……」

 ビッ。互いの剣速が鋭くなる。

「武見くんは、元気になるだろうか?」

「なりますよ。あいつも、ほんとはミカヅチは嫌いじゃない」

「そうなのかい?」

「なんとなく、わかるんです。あいつがほんとにミカヅチを嫌いなら、俺だってあいつをミカヅチに乗せてない」

「はは、まるで保護者だね」

「保護者です」

「ふふ。なら、彼女を助けないとね」

 ガキッ!

 互いの鍔元を合わせ、強く押し合う。

「僕らの手で、ミカヅチを取り戻そう」

「町の平和のためにも、武見くんのためにも、ね」




 久しぶりの地下室。ミカヅチの収容されていないそこは、妙に広く見えた。

 材木と鉄の匂いが漂うそこは、なんとなく人を落ち着かせる雰囲気がある。

「掃除って言ったって、どこからやればいいのか」

 辺りには多少、木片などが散らばっているものの、意外なほどホコリや汚れは少ない。鹿平が日々、清掃を欠かさないためだろう。これもまた、神の化身であるミカヅチへの敬意だろうか。

「とりあえず、っと」

 周囲にある木片を拾ってまとめるだけで、すぐに片付けは終わってしまう。

「あとは、箒掛けかな」

 汚れているようには見えなかったが、とりあえず床一面の箒掛け。それも三十分も経たずに終わり、衣乃理は壁面にあるソファーに腰掛けた。ソファーには、鹿平が仮眠に使っていたであろう枕もある。衣乃理が長年、遊びまわってばかりいるものと思っていた鹿平は、ここでミカヅチを作り続けていたのだろう。

 そんなミカヅチを乗りこなすことができず、今は自衛隊により没収されてしまっている。衣乃理の胸に、ちりちりとした痛みが蘇る。

 ぼすん。

 枕に横顔を押し付けるように倒れる。

「お爺ちゃん、今ごろ、ミナカタを直してるのかな」

 鹿平は「ミナカタとミカヅチは似て非なるもの。いじらせてもらえば勉強になる」と笑っていた。だが。

「本当は……ミカヅチも整備したいんだよね」

 祖父と孫だ。鹿平の本音は聞かずともわかる。

「それに……あの変な博士」

 黄印。悪党のくせに、妙なこだわりのある男だった。そして、彼は今、助手をあの化け物から助けようとしている。警察から逃げている彼に、そんな力があるかどうかわかないが。

「ちゃんとご飯、食べてるのかな」

 くすっ。

 そんな場合ではないのに、なんとなく笑ってしまう。あんな男でも、最初は本当に怖かったのだが。

「そういえば……ミカヅチに最初に乗ったのは、あの人が……」

 ソファーに横になったまま、近くの棚を見る。

「あの棚が倒れて、それで……」

 横になっているうちに、少しずつ眠くなってきた。当時の様子が、半覚醒状態の衣乃理の脳裏に映し出される。

 あの時、倒れた棚が鹿平にのしかかり、大怪我をしたと思わされたのだ。

(まったく、お爺ちゃんったら)

 結局、それは鹿平の演技だったのだが、その時、怒りに燃えた衣乃理は、これ以上の被害を出させまいとミカヅチを起動したのだ。

(あの時のミカヅチは、素直だったな)

 その後の訓練ではあまり言うことを聞かないミカヅチだったが、初めての時は上手くいった。

(でも、今は……怖くて、乗れないよ……)



(……ん?)

 衣乃理は、鹿島神宮の前に立っていた。いつの間にここまで歩いてきたのだろうか。

 衣乃理にとっては見慣れた風景。だが、どこか違和感がある。

(……あ)

 ようやく、衣乃理はひとつだけ違和感に気づく。鹿島神宮に、見慣れた大鳥居がない。

(……?)

 鳥居の改修でもあるのだろうか。そんなことを考えていると、鳥居があるべき位置に、一人の女性が立っているのが見えた。

 白い上着に、赤い袴。いわゆる巫女装束に身を包んだ女性が、微笑んで立っている。普段、衣乃理の見慣れない女性だ。

 やがて、女性の周りには子供たちが集まり始める。女性は子供たちの手を取ったり、頭を撫でたりして優しく話を聞いている。

(あの人は……生涯、結婚はしなかったけど、子供たちの先生として、幸せだったんだよね)

 無意識のうちに、衣乃理はそんなことを考えていた。そこで気づく。

(あ、これ、夢かぁ)

 夢の中で夢だと気が付くと、なぜかすぐに目が覚める。今日もそうだろうと思いながら、衣乃理は眼前の微笑ましい風景を見続けていた。




「こんなところかな」

 大和が竹刀を下ろす。

「もっといけますよ」

 健児は肩で息をしながらも言い返す。

「これ以上やると、疲れが残ってしまう。休憩後に決行だろう?」

 剣術の型稽古の後、剣道の稽古を終えた二人。あとは、決行に向けて疲れを取るだけだ。力ずくでも、ミカヅチを取り戻すための。

「でも、具体的にどうやって取り戻すか考えたのかい?」

「……ミカヅチは生きてる、って鹿平爺ちゃんが言ってました。だから、黙って寝てるんじゃねえ、衣乃理のところに帰ってこい、って言ってやろうかと思ってんですけど」

「……なんだか無計画だね」

「いいんですよ。俺は腹が立ってるんです、あのミカヅチにね。勝手に衣乃理をパイロットだか巫女高に選んでおいて、勝手に寝てやがって」

 ぷいとそっぽを向く健児だが、横目でじろりと大和を睨みつける。

「先輩には計画があるっていうんですか?」

「僕は、ミカヅチを占拠して、武見くんへの返還を主張するつもりだよ。そのためなら何日か立て籠もってもいい。弁当も用意するつもりだ」

「立て籠もってもどうしようもないじゃないですか」

「あんな大きなミカヅチを持ち去る手立てがない以上、こちらの真剣さを伝えるしかないじゃないか。七日間戦争だよ」

 爽やかに汗を拭きながら大和が笑う。

「……ま、いいや。どっちにしろ、黙っていられねえし」

「何より、君の行動によって、武見くんが元気になってくれれば……だろ?」

「……むしろ、衣乃理は怒るかもしれませんけどね。勝手なことすんな、って」

「それもいい。これは僕らのワガママだ。僕らを動かしている大人がいるわけでもないし、誰かの評価を期待しているわけでもない。責任は僕たちだけにある」

「……ま、ガキらしく、好きにさせてもらいましょう」

 昨日よりも遥かに手に馴染んだような気がする木刀を見つめながら、健児が不敵に笑った。




「……さあて」

 三時間ほど後、十五時。

 健児と大和は、木刀と竹刀をそれぞれ携えてミカヅチの置かれた海岸に来ていた。

「ミカヅチ、あの日のまま置かれてるな」

「ミナカタはないようだね」

「鹿平爺ちゃんたちが直すって言ってましたからね。礼のトラックで運んだのかな」

「ミカヅチは危険物扱いだね」

 視線でミカヅチを指す大和。立ち入り禁止を示すロープで囲まれた海岸のさらに一角には、四人ほどの自衛官に囲まれたミカヅチがうずくまっている。しかも、昨日とは違い、太いワイヤーで上半身を縛られている。

「なんであんなことまで」

「暴れ出さないか警戒しているんだろう」

「おおかた、あのおばさん議員がやれって言ったんじゃないすか」

「ふふっ。君はよっぽど遠藤議員が嫌いなんだね。ところで、どうだい。いけそうかい?」

「見張りは四人か。ま、なんとか」

 竹刀袋に入れた木刀を確かめ、ぶるっと震える健児。健児自身、木刀で人を殴りたくはない。誰とも戦わずにミカヅチに接近できればそれに越したことはない。

「むしろ、あの黄印って奴の黒い重機の方が厳重に取り囲まれてますね。あんな風に守られてたら無理でした」

 黒い重機の近くにはバリケード代わりのように自衛隊のトラックが置かれ、心なしか、周囲を囲む自衛官の目も鋭いように思える。

「あちらは、あの博士が取り戻しに来るのを警戒しているのかな。それとも、中に何が仕掛けられているかわからないからかも」

「ま、あっちに気が行ってるのなら助かるか。ところで、先輩は木刀じゃなくてよかったんですか?」

「僕は、使い慣れている物にしておくよ。できれば、誰にも怪我は負わせたくない」

 大和も健児と同じ気持ちのようだった。健児たちは、あくまでミカヅチを取り戻したいだけ。その主張をしたいだけ。罪もない自衛官を傷つけたくはない。

 健児と大和の計画は、計画とも言えないほどのものだった。現在、海岸は一応立ち入り禁止となっているが、その警備は厳重なものではない。立ち入り禁止の理由が住民を取り締まるためではなく、あの紫色の重機の再来を警戒してのものだからだ。

「……んじゃ、行きますか」

「うん。ミカヅチまでの距離は、五十メートルといったところかな。はじめはゆっくり歩いて行こう」

「はい」

 木刀と竹刀をそれぞれ袋に入れたまま、何気ない風を装って歩き出す。想定は、剣道部帰りの二人。立ち入り禁止なのを知らない中学生が、いつもの海岸にやってきたというものだ。

「いやー、疲れたわー」

 わざとらしく健児が言う。

「僕はお腹が空いたよ。コンビニに寄っていこうか」

 普段なら買い食いなどしなさそうな大和が応じる。

 その様子を見ていた自衛官の一人が、距離を半分ほど詰めたところで声をかけてきた。

「おい、君たち」

「ん?」

「なんでしょう?」

 返事しながらも、健児たちはさらに歩を進める。

「ここは立ち入り禁止だよ。すぐに出て行きなさい」

 相手が子供と見てか、自衛官の声は優しい。健児たちを警戒していないのだろう。

「えっ? でも、俺たち、いつもここに遊びに来てるんですけど」

「近くの中学の剣道部です。ほら」

 大和が証明書代わりとでもいった風に竹刀を取り出す。明らかに不自然な行動だが、どうせとりだすことになるのだ。健児もそれに応じた。

「俺も。ほら」

 健児も木刀を取り出す。そこで、自衛官の表情が少し硬くなる。自衛官までの距離は十メートル。

「わかった。とにかく、ここから出て行きなさい! ここは危ないよ!」

「危ない、ですか」

 大和が、緊張を解くように深呼吸する。

「悪いね、おじさん。俺たちも危ない奴なんだ」

 言ってしまった。健児が最後の覚悟を決める。そして、用意しておいたセリフを口にする。半分は自衛官たちに、そして、もう半分は、聞いているのかどうかわからない木偶の坊に。

「おう、ミカヅチ! 取り戻しに来たぜ! とっとと戻れ! お前がいねえと、なんか衣乃理が元気ねえんだよ!」

「すみません、自衛官さん! 僕たちをミカヅチのところに通してください! 僕は、防具をつけていない人を打ちたくはない!」

「な、なにぃっ!?」

 自衛官が高い声をあげる。互いの距離は五歩ほど。そして、近くにいるもう一人の自衛官も駆け寄ってきている。

「今なら二対二だ!」

「数が増えるまでにミカヅチへ! 搭乗席に逃げ込めば立て籠もれる!」

「よっしゅあ! 行くぜっ!」

 幸い、二人の自衛官は何も得物を持っていない。逃げてくれれば御の字だが、そうでなくても負けることはない。

「うおぉぉぉぉっ! どけどけっ!」

 健児は上段に、大和は正眼に。それぞれ木刀と竹刀を構えながら二人は砂浜を蹴った。

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