第23話 剣型の髪飾り

「爆発物の処理、終了しました。交通規制の解除へと移ります」

 佐竹准陸尉は、視察に来ていた遠藤議員にそう報告した。本来なら遠藤議員にも退避を願っていたのだが、彼女はわざわざヘルメットを被ってまで、爆発物処理を見学していたのだ。もちろん、たとえ何かが起こっても安全な距離からではあるが。そんな遠藤の姿を、お付きの者たちがわざわざ一眼レフだかミラーレスだかわからないが、とにかくデカいカメラで撮影している。「勇気ある議員」の姿を、何かの広報にでも載せたいのだろう。

「そうですか、お疲れ様」

 自衛隊嫌いで知られる遠藤も、さすがに労いの言葉を口にする。

「まさか、爆弾を仕掛けてあったなんてね。テロリストというのは恐ろしいわ」

 渋面を作って黒い重機を見る遠藤。

「はい」

 下手なことを口にして揚げ足を取られたくない佐竹は、短くうなずく。

「ところで、危険物ということなら、あっちの木造のロボットもどうにかしたら?」

 遠藤が指す先では、自衛官がクレーンを用いて大型トレーラーにミカヅチを積み込んでいた。

「……念のため調べましたが、あちらに爆発物はありませんでした。ひとまず、ここから運び出します」

「運び出すだけ? 危険物がないなら、解体するとか燃やすとかできるでしょう」

「……上が判断することですので」

 佐竹の言葉は嘘ではなかった。あのミカヅチという機体については、上も判断しかねているようだった。それは単に検討中なのか、別の力が働いているのか、現場の佐竹にはわからない。

(……それよりも)

 佐竹が気になるのは、黒い重機の損壊状態だった。並の重機ではこんな真似はできない。自分たち自衛隊の扱う特車でも、火器を用いない限りこんな力任せの破壊は不可能だろう。

(もし、あいつが戻ってきたら……)

 紫色の重機が変容した化け物。あれが再び現れた時、自分たちは民間人を守れるのだろうか。

 何か粗を探そうとでもするように現場を見回す遠藤議員を横目に見ながら、佐竹は唇を噛んだ。



土曜日、夕方

 健児は、明石海岸に来ていた。

 目の前は、自衛隊によって立ち入り禁止にされた一角がある。

 黄印という男の黒い重機から爆破物が見つかったということで昼間は騒ぎになっていたが、すでにそれも処理されたそうだ。

 そして、その黒い重機から二十メートルほど離れたところに、ミカヅチもいた。

「ミカヅチは、勝手に動くことがある」

 衣乃理はそう言っていた。健児は心のどこかでそれを期待しているのだが、いっこうに動く気配はない。

「あんにゃろう……」

 健児は毒づいた。

 勝手に衣乃理を巫女だか搭乗者だかに選んで、無理矢理巻き込んでおいて、いざ衣乃理が落ち込んでいる時には何もしない。衣乃理の様子がおかしいのも、そもそもはミカヅチが暴れたせいだというのに。

「結局は、ただの木偶の坊か」

「ふふっ。神様の依代に、そんなこと言っていいのかな?」

 落ち着いた、大人びた女性の声が、健児をたしなめてきた。

「えっ?」

 声の方を向くと、いつのまにか一人の女性が健児の横に立っていた。シンプルなワンピースと春物のカーディガンを着た女性……いや、少女だろうか? 健児よりは年上に見えるが、二十歳には至っていないだろう。長髪を腰近くまで伸ばした少女は、飾りのない服に身を包んでいても隠せない美しさと華がある。

「え……あ、その、すいません」

 思春期の少年である健児は、美人の登場に当然、狼狽した。そして、とりあえず素直に謝った。

「ふふ、私に謝らなくても」

「あ、そうすよね……」

 少女の笑顔をまともに見ていられなくて、うつむきながら再度謝ってしまう。

「でも、あいつ……神様なんて偉そうなもんじゃないんですよ。あいつが暴れたから……」

「……誰か、お知り合いが怪我でも?」

「怪我はしてないです。でも……元気がないんです」

「そう……それは大変ね」

 少女が笑顔を曇らせながら、潮風に乱された髪をかきあげる。その髪に、剣のような形をした髪飾りが見えた。穏やかな少女の雰囲気らしからぬ、勇ましいデザインだ。

「それで、あなたはあのロボットを嫌いになったの?」

「……わからないです。俺、あいつをカッコイイって思ったこともあった。でも、ずっと嫌いだったような気もする」

 健児は、名前も知らない少女の質問に素直に答えていた。なぜか、この少女の言葉には逆らえないものがある。

「どこが嫌いなの?」

「どこって……あいつは、暴れてみんなを怖がらせた。てっきり、正義の味方かと思ってたのに」

「じゃあ、今は? 悪い怪物?」

「わからない。あいつ、なんであんなことしたのか……」

「だったら、それを聞いてみたら?」

 少女が、さも当たり前のように言った。

「聞く? 衣乃理……ミカヅチに乗ってた奴に?」

 衣乃理に聞いたとしても、きっと答えは得られないだろう。ミカヅチは暴走した。衣乃理も鹿平も、そう言っていた。

「違うわ。本人によ」

 少女がすっと右手を上げる。その指が示すのは、海岸に放置されたミカヅチだった。

「神の依代は、あなたの言う木偶の坊なんかじゃない。直に会って話しかければ、きっと聞いてくれるわ……もちろん、反応があるとは限らないけど」

「そういう、もんなんですか?」

 海岸にうずくまったままのミカヅチを見ながら、健児は答えた。ミカヅチには、人の言葉を解するだけの意思や知性があるのだろうか?

「ええ。彼に文句があるなら、言ってあげればいいわ。今、少し落ち込んでるみたいだから」

「落ち込んでる……衣乃理だけじゃなくて、あいつも?」

 健児の独り言のような問いかけ。だが、今度はそれに返答はなかった。

 健児が気づいた時には少女は町へと続く坂道を目指して歩き始めており、すぐに木々の陰に姿を消した。

(ミカヅチに……あいつに文句、か……)




「やっほ、衣乃理。遊びに来たよ」

 日曜日の午前中。朝食も終わり、やることもなくぼんやりしていた衣乃理を、珠子が尋ねてきた。手には愛犬のコロを繋いだリールを持っている。

「あ、珠ちゃん。コロの散歩?」

「そ、ついでに衣乃理は何してるかと思ってね。相変わらず、門の前には警察の人が立ってるんだね」

「うん。でも、近いうちに警察の人もいなくなるって。別に、この家で何が起きるわけでもないし」

「そっか。鹿平お爺ちゃんたちはどうしてるの?」

「希ちゃんと、ミナカタの修理に行ってる。早く修理しないと町を守れないからって」

「ミカヅチは壊れてないんでしょ? そっちに希さんが乗るわけにいかないの?」

「……ミナカタには希ちゃんだけ、ミカヅチにはわたしだけ。そういうものみたい」

「ふうん。じゃ、いま、あの化け物みたいなのが来たら大変だ」

「……だね」

 珠子も縁側に腰掛け、衣乃理と肩を並べてしばらく黙り込む。

「……あのね、珠ちゃん」

「ん?」

「ほんとは、わたし、わかってるの。きっとわたし、ミカヅチに乗って戦うべきなんだよね」「

「…………」

「それはわかってる。だけど、やっぱり怖い」

「衣乃理……:」

「怖いのは、戦うこともだけど……ミカヅチも。ミカヅチってなんなの? ただのロボットじゃなくて、まるで生きてるみたいに勝手に動くこともあって……」

「ミカヅチが怖いの?」

「……うん」

「そうかぁ。うちのお婆ちゃんなんかは、久しぶりにミカヅチが動いたって喜んでたけど。なんか、お年寄りには好かれてるみたいだよ」

「……その時にミカヅチに乗っていた人は、あんな風に暴れるミカヅチをどうやって止めたんだろう?」

「そういえば、その人って、今、どこにいるんだろうね?」

「……わたし、お爺ちゃんに聞いてみる」

 そう思い立ち、立ち上がる衣乃理。このままうじうじしているよりも、何か行動してみた方が気が楽だ。

「たしか、お爺ちゃんたちはミナカタの修理を……」

 と、そこまで言いかけた時。

「待って」

 衣乃理の背後、武見家の居間から声がかけられた。

「あ、諏訪さん。こんにちは」

 珠子が振り返り、手を挙げて挨拶をする。

「希ちゃん?」

 珠子に遅れて衣乃理が振り返ると、そこにはいつの間にか希が正座をしていた。



「話がある」

 希にそう言われて、衣乃理たちは散歩がてら鹿島神宮の森の中を歩いていた。珠子もついて来ているが、神宮内は犬の散歩は禁止なのでコロは武見家に繋いである。

「あ、あの、希ちゃん。お話しって?」

「……さっき、あなたたちが話していたこと。私の知っている範囲なら答えられると思って」

「っていうと、昔、ミカヅチに乗っていた人?」

 珠子が尋ねる。

「ええ。少なくとも、先代の巫女については聞いていたわ」

「ど、どんな人だったの?」

 乃理が先を促す。

「詳しい人となりは知らない。でも、とても良い乗り手だったと」

「それって……わたしみたいに、ミカヅチを暴れさせることはなかったってこと?」

「でしょうね。それに……」

 衣乃理の前を歩く希が、突然、バレリーナのように爪先を立てて地面を蹴った。弾むようなそのステップは、いつも物静かな希とものとは思えない。

「わっ」

 しかし、衣乃理と珠子を本当に驚かせたのは、その後だった。

 ふわり。

 衣乃理の頬を、突然の微風が撫でる。

 希は爪先にいくらも力を加えたようには見えなかったのに、その体は、ゆるい放物線を描いてゆっくりと飛んだのだ。飛んだ距離は十歩分ほど、高さは膝ほどもあっただろうか。

「え? 今の……」

 珠子があんぐりと口を開けている。まるで重力の軽い星に立っているかのような、不自然な希の跳躍だった。

「巫女に与えられる神通力……ミカヅチの先代の乗り手は、この程度ではないと教えられてきたわ」

「じ、神通力? い、今のは、希ちゃんの力なの?」

「あくまで神から借りている力だけどね。ミナカタは風の神でもある。未熟な私でも、このくらいはできるわ」

「す、すごいね3.超能力者みたい」

 珠子がため息をつく。

「そういえば……」

 たしかに以前、希はミナカタに乗って、魔法のように風を起こしていた。その力は、機体から降りていても使えるらしい。

「かつての乗り手は、私とは比較にならなかったそうよ。ミカヅチの巫女も、ミナカタの巫女も」

 やや寂しげに希が語る。

「だから、私はここで立ち止まらない。もっと自分を鍛えなければ……いずれ来る敵に備えて」

「敵……」

 以前「五月蠅なす悪しき者」とか言っていた者たちのことだろう。だが、衣乃理の心にあるのは、その敵に対する恐怖ではない。それ以上に、自分の言うことを聞かずに動くミカヅチが怖かった。

「希ちゃん、教えて」

「なに?」

「なんで、ミカヅチは暴れたの? それに、ミナカタはああはならないの? もし止める方法があるなら、わたしにも教えて」

「落ち着いて」

 気が逸って立て続けに質問してしまった衣乃理を希が手で制する。

「あ、ごめん」

「二つ目の質問から答えるわ」

 なぜか希は、順番を変えて返答してきた。

「ミナカタも暴れる危険はあるわ……荒ぶる戦神だもの。でも、それを抑えるのも巫女の役目」

 希の言葉に、衣乃理が肩をすくめる。つまりミカヅチが暴れるのは、やはり衣乃理が力不足だからなのだ。

「三つ目の質問。止める方法は……精神力と対話、としか言えない。暴れそうになる神機の心を抑えつけるの……ただし」

「ただし?」

「私も、あそこまで暴れる神機を見たことがない。ああなったものを止める術はわからないわ。そうなる前に抑えないと」

「……!」

 希の回答は絶望的だった。希でも無理なら、衣乃理にはミカヅチを抑えることはできないということだ。

 衣乃理が黙っていると、しばらく待ってから希が言葉を続けた。

「一つ目の質問だけど……それは、あなたしかわからないんじゃない?」

「えっ?」

 呆然としていた衣乃理は、自分のした一つ目の質問を思い返す。

「ミカヅチが暴れた理由?」

「ええ。それは、あなたが考えること」

「でも、わたし、あの時、ミカヅチのせいでおかしくなっちゃって。何をしたのか……」

「勘違いしないで。神機はただのロボットじゃない・暴れてしまうトリガーや操作があるわけじゃない」

「どういうこと?」

 衣乃理が首を捻っていると、黙っていた珠子が口を開いた。

「じゃ、衣乃理の操縦が悪かったわけじゃないんだね?」

「まあ、そうね。答えはきっと簡単よ。ただ、あなたが答えから逃げているだけ」

 希らしい厳しい言葉に、衣乃理のみならず珠子も首をすくめる。

「それに……あなた、どうしてそんなことを聞くの?」

「えっ」

「あなたは、ミカヅチと決別した。今さら、こんなこと聞いてもしかたないでしょう」

「……!」

 希の言う通りだった。今さらこんなことを聞いて、自分はどうしようと言うのだろうか。

 ……でも、でも。

 衣乃理の中に、捨てきれない引っ掛かりがある。なんの自信もやる気もないけれど、諦めきれないものがある。

「そういえば」

 希が思い出したように口を開く。

「あなたのお爺様から、伝言をことづかっているわ。地価の倉庫を清掃して欲しいそうよ」

「地下? ミカヅチの?」

 かつてミカヅチを収容していた地下倉庫は、この鹿島神宮の地下にある。

「ええ。私は用事があるから帰るけど」

「あちゃ~。私ももう少ししたら帰らなきゃ。別の日なら手伝うよ」

 希はすでに衣乃理に背中を見せており、珠子も申し訳なさそうに頭を掻く。

「いいよ。わたし一人で行ってみる」

 ミカヅチについて考えるなら、これ以上適した場所もあるまい。そう考えて、衣乃理は一人、空っぽになっている地下倉庫に向かった。




 日曜の午前中。

 健児は一人、自宅の庭で木刀を振っていた。

 いつもなら、祖父との朝練から解放されて遊ぶ時間である。だが、今日は自分の意思で稽古を続けている。

(こう来たら……こう)

 いつもとは違う、具体的な相手を想定しての稽古。祖父からは常に実戦だと思って稽古に臨めと言われてきたが、健児はその意味を初めて知ったような気がしていた。

「……ずいぶん熱心だね」

 そんな健児に声をかけてきたのは、伸び上がって塀の外からこちらを見ている大和だった。

「先輩、お疲れです。すみませんね、呼び出しちゃって

 大和を自宅まで呼んだのは健児だった。武見家宅前で見張りをしているであろう大和に、衣乃理の母から伝言を伝えてもらったのだ。

「今、衣乃理はどうしてます?」

「武見くんは、あの諏訪さんという子と一緒に出掛けてしまったよ。本当はついて行きたかったんだけど、諏訪さんに睨まれてね。まあ、彼女が一緒なら武見くんも安心だろう」

 その言葉の意味は健児にもわかる。実際に戦うところを見たことはないが、希の腕前は、健児たちとは格が違う。それを肌で感じさせるものがある。

「ところで、中に入らせてもらってもいいかな? いつまでも背伸びをしているのは疲れるからね」

「いいっすよ。門は開いてます」

「では」

 健児は、妙に馴れ馴れしい大和という先輩があまり得意ではない。だが、今は大和に頼みたいことがある。

「武見くんの家もそうだけど、君の家も懐かしい雰囲気だね」

「ただ古いだけですよ

「ところで、僕に用というのは何かな?」

「ええ……用というか、お願いです。先輩に、少し、稽古に付き合ってもらいたくて」

「え?」

「駄目っすか?」

「いや……それは構わないけど、いきなりだね。どうしたんだい? 他に稽古の相手はいないのかな」

「ちょっと、その、うちの爺さんとかには秘密で上達したくてね。それには……自分より、腕の立つ人がいいでしょう?」

 少し躊躇いながら打ち明ける健児。悔しいが、現状では大和の方が剣道の腕は上だ。

「はは、単に僕の方が年長なだけさ。僕の方こそ、君がお爺さんから習っているという剣術に興味があるよ」

「剣術? でも、剣道の役に立つもんばかりじゃないですよ」

「ああ、いいんだ。それもまた勉強になる」

「じゃ、稽古をつけてもらえますか」

「僕なんかでよければ……と言いたいところだけど、ひとつ条件がある」

「なんでしょう」

「君が秘密で稽古をしたいという理由はなんだい? たとえば、喧嘩のためなんかだったら協力できないからね」

「……そいつはまいったな」

「え? まさか」

 いつも朗らかな大和の顔が少しだけ険しくなる

「いや……喧嘩っていうかなんていうか……俺としては、正しいことだと思ってるんですけど」

「……話してみてくれないか」

 大和が真剣な表情で腕組みをする。稽古に付き合ってもらう以上、ここで隠し事はできないだろう。

「実は……」

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