第35話 昭和のセンス

「あちゃー。間に合ったと思ったら、もう負けちゃってるよ」

 下津海岸の駐車場。

 衣乃理の母に話を聞いてやってきた小川珠子だったが、現場に着いた時には、ミカヅチはフツヌシに剣を突きつけられていた。

「あ、あれが、もう一体のご神体……すごいですね。ほんとに動いてます」

 転校生の天橋美景は、興奮気味に顔を上気させている。

「も、もう、これでおしまいなのでしょうか?」

 不安そうに聞いてくる美景に、珠子は願望込みで答える。

「いや、まだ続けるんじゃないかなぁ。ミカヅチの力は、あんなもんじゃないよ」

 先日の五月蠅なすものとの戦いを思い出す珠子。あの時のミカヅチは、もっと強くて、かっこよかった。こんな試合では、まだミカヅチの実力は発揮できないのだ。

「……あの神様は、ミカヅチは、小川さんたちに頼りにされているんですね」

「ん~……ていうか、身内びいき? せっかくなら、衣乃理の乗ってる方に頑張ってほしいでしょ? 地元の神様だし」

 苦笑しながら美景に答える珠子。だが、その言葉の後半は、大きなトレーラーの走行音に半ば打ち消された。

 珠子が振り返ると、海岸へと続くアスファルトの道を、大きなトレーラーが走ってくる。フツヌシを載せてきたらしいトレーラーは、空の状態で駐車場に停まっている。別のもう一台がやってきたのだ。

「あれって、もしかして……」

 珠子は、そのトレーラーのナンバーに心当りがあった。



「このままブスリといってもいいけれど、まだ終わりじゃないでしょう?」

 ミカヅチの顎に剣先を押し付けながら聞いてくる切音。

「うぅ」

 衣乃理としては、もう、参ったしたいところだ。正直、今の自分では切音に及ばないのは明らかだ。でも、当の切音がここで終わるのを許してくれそうにない。ならば、やるしかないではないか。

(どうしよう)

 衣乃理は、今の態勢について再確認する。

 ミカヅチはいま、剣を振り下ろした状態。

 フツヌシは、そのミカヅチに剣先を押し当てている。

 すでに負けた状態ではあるが、ここから続けろというなら、振り下ろした剣を斬り上げるしかない。それでフツヌシの剣を叩き上げられれば上等だ。あとは、タイミング。切音に察せられることなく動かねばならない。また逆に、切音が先に動くようなら、それを察して剣先をかわさなければならない。

(フゥ……)

 小さく呼吸しながら、操縦桿を持つ手に力を込める。

 ミカヅチとフツヌシの間に緊張が走り、その緊張が高まってゆく……その時。

「そこまでよ」

 拡声器を通した第三者の声が、海岸に響いた。

「あら」

「わっ!?」

 その声に、フツヌシは間合いを外してミカヅチから距離を取った。

 いつ剣先を切り上げようかと緊張していた衣乃理も、のけぞるようにして半歩、後ろに下がる。

「あっ……」

「あなたは……」

 互いに距離を空けた衣乃理と切音は、声をかけてきた人物……ロボットを見て、双方とも嬉しそうな声をあげた。

「希ちゃん!」

「諏訪さん……それに、ミナカタね。いらっしゃい」



「先日は、お世話になったわね。今度は、ミナカタと一緒にお手合わせ願うわ」

 ミナカタから、希の冷静な声が響く。共に過ごした時間は短いはずなのに、衣乃理はその声に妙な安心感を覚えた。

「希ちゃんっ! 来てくれたの?」

「武見さんも、久しぶりね……あなたのために来たわけじゃないから、喜ばれても困るけど」

 希の反応はつれないものだったが、それでも衣乃理は嬉しかった。

「ふふ、素直じゃないこと。あなたが声をかけなければ、衣乃理ちゃんから二本目を取っていたところだったのに」

 そんな再会のムードを、切音が嘲笑交じりにからかってくる。

「それに、先日の借りを返したいなら、すぐに斬りかかってくればよかったのに」

「……馬鹿にしないで」

 切音の言葉に、希の声がやや熱を帯びる。

「香取切音。それに、フツヌシ。あなたの実力は認めるけど……不意打ちで勝っても、ミナカタの誇りは守れない」

「あら。私、自己紹介したかしら?」

「あ、わたしがメッセージで伝えました……すみません」

 緊張を高める二人に、衣乃理が小声で伝える。

「いいのよ、衣乃理ちゃん。手間が省けたわ。それじゃ、自己紹介も不要ということで……」

 フツヌシが二、三歩下がり、ミカヅチとミナカタの間に立つ。ちょうど、フツヌシを頂点として二等辺三角形を作る形だ。

「じゃ、続きをやりましょうか」

 ずらり。

 フツヌシが左手で短い方の刀を抜く。右手の長刀と比べると、いわゆる脇差と言われる長さだろうか?

「……二刀流が、あなたの流儀?」

 油断なく構えながら、ミナカタ……希が問う。

「いいえ? 一刀も二刀も、どちらも得意よ? だって、フツヌシは剣の神でもあるから。剣を扱うことならお手の物」

「そう……」

 答えながら、ミナカタも背中に手を回し、背負った長い杖を両手に持つ。

「今度は、私がやらせてもらう。いい?」

 希が衣乃理に聞いてくる。もちろん、衣乃理に異論はない。

「う、うん。がんばって、希ちゃ……」

 と、言いかけたところで、切音が口を挟んだ。

「あら、困るわ、それじゃ」

「……どういうこと?」

 希が、不審げに切音の言葉を促す。

「まだ、ミカヅチと戦いたいと?」

「ふふ~ん。半分、正解」

 切音が、ちっちっちっ、とでも言いたげに脇差を揺らす。

「……結論から言って」

「あらら。希ちゃんって、お喋りを楽しまないタイプ? 女の子なのに」

「女だからお喋りが好き、というのは古臭いわ」

「ふふ、意外と言うじゃない。私は希ちゃんとのお喋り、好きになりそう」

「……話が逸れたわ。さっきの続きを」

「そうね。これ以上ふざけてると、希ちゃん、ほんとに怒りそうだし」

 フツヌシが、肩をすくめるかのように両手の刀をひょいと持ち上げた。

「あのね。私が二刀を構えた理由。それは、あなたたち二人をまとめて相手にするためよ」

「えっ」

「……?」

自分の出番は終わった、と安心仕掛けていた衣乃理が、思わず声を漏らす。

 一方、希は、切音の言葉の意味がわからないといったように黙っている。

「……まとめて……同時に、ということ?」

「そう。その方が、いい勝負ができそうでしょ?」

「え。い、いいんですか?」

 切音の実力は底知れないが、希と一緒なら少しは戦えるかもしれない。衣乃理は声を弾ませた。だが。

「……ふざけないで」

 希が、絞り出すような声を発した。

「ミナカタとミカヅチを同時に相手なんて……あなた、何様のつもり?」

「何様ってことはないけれど。別に、一対一でないといけないなんて理由はないでしょう?」

「冗談じゃない。そんな方法で勝ってもなんにもならない! それなら、正々堂々と負けた方がましよ」

「あなたの主義はわかったわ。でも、私が従う理由もない」

 切音の声にからかいの色が増す。

「の、希ちゃん。香取さん……」

 二人の言い争いに、 衣乃理がおろおろと双方を見る。

「話は終わり」

 フツヌシが両刀を構える。左の脇差をやや下段に、右の長刀をやや上段に。

「自分の意見を通したいなら、戦神らしいやり方で……わかるでしょ?」

 力ずくで来い。そういうことだろう。それきり、切音は何も話さなかった。希もまた、しばらく黙ったまま何も言い返さなかった。しかし。

「……上等!」

 やがて、ミナカタは身長ほどもある杖を構え、猛然とフツヌシに向けて突進を開始した。

「やっ!」

 間合いに入ったミナカタは、右から横殴りに杖を振るう。狙うはフツヌシが剣を持つ手首だった。

「あら」

 だが、フツヌシは動かない。ただ、上げていた両腕をだらりと下げるだけだ。それだけで、ミナカタの杖は空を切った。

「チッ」

 希はその動きを予想していたかのように杖を百八十度回し、今度は反対側の先端で左から殴った。今度の打撃の方が杖を長く持っており、フツヌシにも届く。一撃目ははじめからフェイントだったのだろう。

「あぶない」

 予想していたかのように、のんびりした口調で言いながらフツヌシが下がる。

「えい」

 またものんびりした気合で、フツヌシが脇差の先端を向ける。が、それが突きつけられる前に、ミナカタが杖の先端を上にはねあげる。

「おっと」

 一瞬、杖と脇差が接触するが、フツヌシも腕を上げて避けたために大きな激突にはならなかった。

「ふう……」

 それらを見ていた衣乃理は、思わず溜め息をついた。

(さすが、希ちゃん)

 自分はあっという間に寸止めて動きを止めさせられたが、希は切音と攻防を続けている。とはいえ、やはり切音の方が余裕を持っていそうだ。

「の、希ちゃん! わたしも手伝って、いい?」

 フツヌシと睨み合うミナカタに声をかける。

「……そうね。今は、それしかない」

 希も、やや不承不承といった形で受け入れる。

「うん!」

 我ながらずるい気もするが、希と一緒なら勇気も湧いてくる。衣乃理はミカヅチを歩ませ、ミナカタと並んだ。

「やっと揃ったわね」

 ふふ、と笑いながら、フツヌシがふたたび構える。

「さて。戦神が二柱も揃ったのだから、小細工はよしなさい」

 今までよりも真剣さを帯びた口調で、切音が 言った。

「あなたたちの自信の一撃、最強の神に、フツヌシに見せてみなさい」

「……あなたが最強だと、私が困るのよ」

 言いながら、希が杖を垂直に構える。上段から力いっぱい打つ構えだ。

「武見さん、同時に」

「う、うん!」

 希の気迫に押されながら、衣乃理もまた上段に構える。

「さあ、いつでも」

 対するフツヌシは、頭上で十字を作るように両刀を重ねた。

「希ちゃん。いつ、行くの?」

 同時に行く、と言われても、衣乃理にはその呼吸はわからない。

「……小細工は抜き。私が声をかけるから、一、二、三で」

「わ、わかった!」

 声をかければ切音にもタイミングを読まれるが、それは希も覚悟の上だろう。

「一」

 希のカウントと共に、三体の木造ロボットが腰を落とす。

「二」

 衣乃理も操縦桿を握る手に力を込める。

「……三!」

「やぁーっ!」

 希の合図とともに、衣乃理は半ばヤケのように踏み込み、上段を振り下ろす。

「はっ!」

 ミナカタもまた、ミカヅチに合わせるように杖を振った。

 これは、避けられない。

衣乃理は確信した。正面からの一撃だけに、フツヌシの刀には受け止められてしまうだろう。だが、ミナカタと一緒なら、受ける刀を折ることもできるかもしれない。

「はっ!」

 衣乃理が攻撃の命中を確信した時。フツヌシもまた、ただ攻撃を待ってはいなかった。

 フィン!

 風を切るような声がフツヌシから漏れ、十字に組んでいた刀が左右に広がるのが見えた。

 ぐん!

 瞬間、衣乃理は自分の斬撃が、意図しない速さで加速したのを感じた。そして。

「わっ、わわっ!?」

 予想外のその勢いで、ミカヅチは大きく斜め前に態勢を崩した。

 どざざざざーっ。

「……あれ?」

 気が付いた時には、ミカヅチは前方に倒れ、肘や膝を砂浜に着いていた。

「……くっ!」

 横を見ると、ミナカタもまた、振り下ろしたじょうを、まさにつえ代わりのようにして前方によろけていた。そして、

「あなたたちの力、見せてもらったわ」

 衣乃理たちの背後から、切音の声がした。慌ててミカヅチを振り向かせると、そこには背中を見せる形でフツヌシが立っていた。

「がんばったけど……まだまだ、機体の力を引き出してないわね」

「えっ……いま、どうしたの? どうなったの?」

 足元の砂を見たところ、フツヌシはあの 場から動いていない。むしろ、ミカヅチとミナカタが、左右の斜め前に踏み出すようにフツヌシを避けてしまったのだ。

「……私たちの攻撃の力が乗り切る前に、両手の刀で左右に弾かれたのよ」

 ミナカタの態勢を戻しながら、希が悔しそうにつぶやいた。

「私たちの攻撃を横に弾き、そのまま武器の背を押して加速させた……それだけで、態勢を崩されたの」

「そ、そんな、わたしたち二人を一緒に? す、すごい力……」

「力だけじゃない。攻撃の見切り、速さ、タイミング……乗り手の技量よ」

 ミナカタは杖を構え直す。

「ミカヅチを差し置いて最強とか名乗ったらしいけれど……少なくとも、私には、異論を唱える権利がない。悔しいけれど」

 ミナカタをフツヌシに向き直らせる希。その声は本当に悔しそうではあったが、どこか、切音を賞賛する響きも衣乃理には感じられた。

「そ、そうだね……ミカヅチは、建御雷神は怒るかもしれないけど、わたしが乗ってるうちは、最強なんて似合わないかも……」

 ミカヅチには本当に申し訳ないが、衣乃理も肩を落としながら勝負の結果を認める。

「ふふ、素直になったわね」

 フツヌシもまた振り返り、二柱の神機と対峙する。

「だけど、まだ勝負は終わらないわよ」

 フツヌシが、まるでクワガタムシの顎のように両刀を振り上げる。

「経津主神の誇りにかけて、誰の目にも明らかな勝敗を見せつけないとね」

「……!」

「ま、まだ、やるの?」

 ミナカタはスッと腰を落とし、一方のミカヅチ……衣乃理は棒立ちになっている。

「ふふ。当然よ。これは、最強を決めるための戦いなんだから。腕の一本くらいは貰わなないと」

「そ、そんな。もう、一番強いのは切音さんで……」

 衣乃理が言いかけた時。

「ゴロァ」

 ミカヅチから、聞き覚えのある鳴き声が響いた。雷鳴のような、地鳴りのような音。ミカヅチが、なにかを伝えようとしている。いや。なにか、ではない。

「ミカヅチ、あなた……」

「ゴロ」

 ミカヅチは、まだ捨てていないのだ。最強への矜持きょうじも、自分と衣乃理の勝利も。

「……どうするの? ミカヅチは、なんて言ってる?」

 両刀を構えたまま、切音が問う。

「うぅ……もう! わかった! わかりましたよ!」

 衣乃理は操縦桿を動かし、布都御魂剣を振り上げる。

「どうせ、こうしないと納得しないんでしょ、ミカヅチ!」

「ゴロ!」

 心なしか、今度のミカヅチの声は嬉しそうな響きがあった。

「私も、やる」

「希ちゃん!」

 ミナカタが、杖の先端をフツヌシに向けながら前に出る。

「地力であなたに勝てないのはわかった。でも、勝負は、強い者が常に勝つとは限らない」

 ミナカタは、フツヌシを幻惑しようとでもいうように杖の先を揺らしてタイミングを計り始めた。

「引き下がってくれれば、あなたは許してあげようと思ったんだけど」

「許してもらう義理はない」

 さらに半歩、フツヌシに近づくミナカタ。

「武美さん。まずは私が行く。あなたは見てて。そして、斬りこめる隙があったらいつでも」

「う、うん!」

「覚悟も作戦も決まった?」

「ええ」

 切音の問いに、希が応じる。

「そう……」

 反対に、フツヌシは半歩、ミカヅチたちから離れた。

「それじゃ……覚悟も決まったところで、私からも、二人に大切なお話しがあるの」

 揶揄するような口調だった切音の口調が真剣なものになる。

「……?」

 衣乃理も希も何も答えず、切音の言葉を待つ。その口調からして、ここからが切音の本気なのだろうか?

「……ああ、でも、このお話は、顔も見ずにするのは失礼ね。ちょっと待って」

 がこん。

 フツヌシの胸の辺りから音が響く。切音が搭乗席のハッチを開けているのだ。

 からからから、がしゃん。

 ゆっくりと搭乗席のハッチが開く。このあたりの機構はミカヅチやミナカタとほぼ同じだ。

「二人とも、よく聞いて」

 上に開いていくハッチとともに、切音の姿が下から太陽の下に晒される。

 足首、膝、腰のシートベルト……そして、全身が露わになった時。

「ねえ、二人とも?」

「……何?」

「な、なんでしょう」

 衣乃理たちが返事をする間に、フツヌシのハッチは完全に開き切り、切音の全身が露わになった……そして。

「ごっめ~ん! いろいろ、失礼なこと言っちゃって!」

 そこには、なんのつもりなのか赤いヘルメットを被った切音が「ごめんちゃい」と書かれた立札を手に、ぺろりと舌を出していた。

「…………」

「…………」

 沈黙。

 切音は、可愛く舌を出しながら、自分の赤いヘルメットをこつんと叩くジェスチャーをしている。

「……あぁ?」

衣乃理と希の口から、険悪な声が飛び出した。

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木造ロボ ミカヅチ @kasama

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