第9話 新たな神の化身

「ふははははは、達者だったかね、ミカヅチ!?」

 鹿島神宮へと続くアスファルトの道を踏みしめながら、二足歩行重機がカン高い声で吠えた。

 衣乃理が参道前で操縦訓練をしている最中に、突然、黄印と重機を乗せたトレーラーが現れたのである。

「ちょ、ちょっと、あんたたち……何の用よ!?」

「何の用って、この間の続きに決まっているだろうが!」

「そうよそうよ! 見たわよ、この間のニュース!」

 黒い重機に乗る黄印博士の言葉に賛同しながら、紫色の重機も巨大なトレーラーの荷台から降りてくる。

「この神社って、国から見捨てられたんでしょ? 私たちが攻撃しても警察も自衛隊もやって来ないのよね?」

「馬鹿野郎! 見捨てられたんじゃねえ! ミカヅチが自由におめえらと戦っていいって認められたんだ! 追い詰められたのはてめえらの方だぜ!」

「フン……気の強い老人だ。だが、自由に動けるのはこちらも同じ! 警察だの自衛隊だのに囲まれるとちょっと怖いが、お前たちだけならどうにでもなる!」

 強気なんだか弱気なんだかわからないことを言いながら、再び巨大な金属バットを抜き放つ。前回、布都御魂剣に斬り落とされた武器だが、しっかり作り直してきたらしい。

「食らえ! ミカヅチぃ!」

 そう叫ぶと、今回は長い前置きも会話もなく突進してくる黒い重機。しかもその背後では、紫色の重機も同様のバットを構えて迫ってきている。

「きゃ、きゃあああっ!?」

 衣乃理は咄嗟にミカヅチの腕を動かす……が、この間のように素早くは反応してくれない。結果、黒い重機の振るう金属バットは容易にミカヅチの肩口に叩きつけられた。

「きゃ……あぁっ!」

 舌を噛まないように注意しながら、押し殺すような悲鳴をあげる衣乃理。

 黒い金属バットは容赦なくもう一度振り上げられ、今度は反対側の肩に食い込んできた。

「ぐ……うぅっ!」

 ミカヅチは、搭乗者である巫女を最大限まで守るように設計されている。ちょっとやそっとでは搭乗席に攻撃は届かない……と、祖父の鹿平が自慢げに言っていたことを思い出す。

 だが、いくら鹿平ご自慢の技術で作られたミカヅチとはいえ、搭乗者に響く衝撃までは消せてはいなかった。

「何をやってる、衣乃理! ぶっ壊される前に反撃しろ!」

「そ、そんなこと言ったって……」

 鹿平に怒鳴られるまでもなく、反撃の必要性は衣乃理にだってわかっていた。だが、今日のミカヅチは、先日のようには動いてくれないのだ。

 両手に握った操縦桿は鉄のように冷たく、足元のペダルは石のように重い。まるで、この間とは別の機体に乗っているかのようだ。

 そんなことを考えている間も、ミカヅチの肩口に何度もバットが叩きつけられていく。前回の敗北でプライドを傷つけられたせいか、今日の黄印は別人のように攻撃的である。

「どうした、ミカヅチ!? 少しは反撃してくれんと、まるで我々が悪者のようではないか!」

 悪者ではないかのようなことを言いながら、二発、三発とバットで殴ってくる黄印。

 舌を噛まないようにと歯を食いしばっている衣乃理は、もはや悲鳴をあげることすらできない。

 がごぉん! ぎしぃおん! みしぃ……!

 木と金属が激しく衝突音を響かせ、その中に、木材がきしむ音が混じる。

 衣乃理の胸の奥に、ずんと鉛のように重い感覚が生じる。同時に、喉を焼くようなチリチリとした痛み。

(やだ……怖い、怖いよ……どうしてこんなことに……!)

 この間は、ミカヅチが自然に動いて戦ってくれたのに。この間は、相手にもなんだか愛嬌があって、冗談みたいに事が進んだのに。

 木製にしてはかなりの強度を持っていると思われるミカヅチも、このままではさすがに持ちそうもない。

「ええい、なかなかしぶといな。こいつでどうだ!」

 と、黒い重機がとどめとばかりにバットを大上段に振り上げた時。

 ――ぷぁ、ぷぁぁあん。

その背後から、大きなクラクションが響いた。

「何だっ!?」

 黒い重機と紫色の重機が振り向くと、そこには、猛然と突進してくる、新たなトレーラーの姿。

「わ、わぁっ! 馬鹿っ! 危ないっ!」

 黒と紫、ふたつの重機は慌てた様子で横に身をかわす。

トレーラーはそれでも減速することなく、うずくまっていたミカヅチに向かってくる。

「きゃ、きゃあああぁっ!?」

 うまく動かない操縦桿をめちゃくちゃに振り回し、なんとかミカヅチ腕を前に突き出させる衣乃理。

 ――ききぃっ。

 だが、トレーラーはミカヅチの腕の1メートルほど前で停車した。

 そして、運転席の窓から顔を出した老人がにこやかに手を振る。

「やあ、武見さん。鹿島には十年以上も来てなかったので、道に迷ってしまいました」

 はっはっは、と暴走トレーラーの運転手とは思えない朗らかさを見せる老人。

「おう、宮阪みやさかさん! よく来てくれた!」

 歯噛みしてミカヅチの戦いを見守っていた鹿平が歓声をあげる。

「あんたが来たってこたぁ、その荷台は……!?」

「ええ、すぐに出られますよ!」

 宮阪なる老人がそう言うが早いか、助手席から人影が飛び出した。白い上着に赤いはかま……巫女姿に身を包んだ少女である。

 少女は袴履きとは思えないような軽やかな身ごなしでトレーラーの荷台に乗り込むと、白い幌の中に潜り込んでいく。

「お、おい。貴様ら。何を勝手に話を進めている?」

 トレーラーの突進に驚いて道の脇へと退いていた二台の重機が、おずおずといった感じで戻ってくる。

「というか、冷静に考えたら、トレーラーの突進ごとき、我が愛機ならどうということはなかったのだ! 貴様がクラクションなど鳴らすものだから、思わず避けてしまったではないか!」

「はっはっは、避けてくれてよかったよ。万が一にも向かって来られたら、こっちもタダでは済まなかったからね」

 黒い重機から響く怒鳴り声を、右から左といった様子で受け流す宮阪老人……だが。

「でもまあ……今日のところはお帰り願おうかな」


 から、かかかかかかか、かん。


 一瞬、不遜ふそんとも言える眼光を覗かせる宮阪老人。それと同時に、聞き覚えのある、木材どうしが打ち合わされる音が辺りに響いた。

「これは……ミカヅチの音!?」

 思わず衣乃理はミカヅチの動作を確認するが、残念ながら、自らが乗る機体は両腕で体をかばったまま、ぴくりとも動かずに片膝を着いていた。

 そして何より、その場にいる一同の視線が音の発生源を示していた。

 鹿平、宮阪老人、黒と紫の重機、そして、息を荒くして現場に駆けつけたらしい健児と大和――全員の視線が、トレーラーの荷台に立つ機体に注がれていた。

 からかかかか……がしゃん。

 白い幌を振り払いながらゆっくりと路上へと降り立ったのは、白木で全身を装った二足歩行型のロボットであった。

 鎧武者のように張った肩、鋭く突き出た兜飾り、肩に記された神紋……新たに現れた機体は、その場にいる一同に、同じ印象を抱かせた。

「え……ミカヅチに、似てる……?」

 思わずつぶやく衣乃理。

 そして、衣乃理と同じ感想を抱いたらしい黄印も、黒い重機でびしっとその重機を指差す。

「なんだ貴様は!? ミカヅチの同型機か? だが残念だったな。すでにミカヅチは戦意喪失だ! すぐに貴様も同じ運命をたどることになるぞ!」

「うぅ……」

 勝手に戦意を喪失したことにされて、不満げにうめく衣乃理。だが、先ほどまでの一方的な状況を考えれば、確かにそう言われても仕方がない。

「……同型機……!?」

 と、新たに現れた木造のロボットが、初めて言葉を漏らした。その声は細く、平坦な声は冷徹な印象を抱かせる――だが、紛れもなく少女の声であった。

 衣乃理の脳裏に、先ほどの巫女姿の少女の姿が浮かぶ。

 そういえば、鹿平はミカヅチの搭乗者を“巫女”と呼んでいた。目の前に立つロボットがミカヅチの同型機なのだとすれば、搭乗者が巫女服を着ているのはむしろ自然と言えた。

 が、白木のロボットに乗った少女は、衣乃理のそんな推測を否定するような言葉をぽつりぽつりと紡ぎ出す。

「同型機などではないわ……これは、私たちの大社に伝わる、たった一機だけの神の化身……」

「ふん……オリジナルの機体だと言いたいわけか。ならば名くらいは聞いてやろう。なんという機体だ? ミカヅチモドキとでもいうのか?」

「……ミナカタ。諏訪大社の祭神、建御名方神たけみなかたのかみの化身」

 それだけを名乗ると、ミナカタは流れるような足取りで黒い重機の方へと踏み出した。自重によってがしん、がしんという足音は立てているが、ミカヅチや黄印の機体とは違い、まるで生きているかのような自然な足取りであった。

 ミナカタは腰に刀を差しており、背中には棒状の武器を背負っていたが、そのどちらも構えることなく、素手のままするすると歩んでいく。

「ぬ……き、貴様、やる気か!?」

「何を今更……」

 あまりに自然に歩み寄ってくるミナカタに気圧され、黒い重機が金切り声をあげる。だが、ミナカタに乗る少女はまったくたじろがない。

「は、博士! 挟み撃ちにしましょう!」

 振り上げられた二本の金属バットが目に入っていないかのように歩を進めるミナカタ。二人がかりで迎え撃つ黒と紫の重機。

 ――そして、一方的な戦いが始まった。

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