第18話 暴走の結果
「あれは、私の作った重機だろう? まだ、中に杏奈くんは、私の助手はいるのか?」
ミカヅチと向かい合う紫色の化け物。変わり果てた姿ではあるが、ところどころに見える装甲は見間違えるはずがない。黄印の作った重機、ギルガメシュだ。
「あ、あぁ……ってか、あんた、生きてたのか! よかった!」
中学生くらいに見える生意気そうな少年が、笑顔で近づいてくる。名前は知らないが、よくミカヅチの周りをウロチョロしていた顔だ。
「私のことはいい! それより、あれはどういうことだ?」
少年に尋ねると、今度は隣の老人が食ってかかってきた。ミカヅチの搭乗者の祖父だ。
「それを聞きてえのはこっちの方だ! てめえ、どこの誰の手のモンだ!?」
そう言って、年寄りとは思えない力で襟首を引っ張ってくる老人。
「ちょ、ちょっと、相手は怪我人ですよ!?」
救急隊員が割って入っても、老人は襟首を持つ手を離さない。
「さあ、言え! どうやってあんなモンをこさえやがった!」
「あ、あんなモンとは、我が重機のことか?」
「当たり前だろうが! とっとと吐け!」
「……し、知らん! 我が重機ギルガメシュは高性能かつ多機能だが、あんな……あんなわけのわからない機能はついてはいない! 私が乗る一号機も、杏奈くんの乗る二号機も、基本スペックは同じ。あのような形状に変わるはずはないのだ!」
事実だった。二号機があのようになった理由を探しても、何も思い浮かばない。
「私はてっきり、貴様らの胡散臭いロボットが何かしたのかと……」
「そんなはずねえだろ! 誰が好んであんなもんを……」
ガギン!
さらに強い力で老人に引き寄せられる。が、そんな怒鳴り声は、大きく、不快な金属音によってかき消された。
「ゴロァ……!」
ミカヅチが、揃えた両手をじりじりと押し込む。紫色の怪物、その胸部に向かって。
「イイイギィィィィィ……」
紫色の怪物が、意味をなさない叫び声とともに、その両手首を握り締め、押し返そうとしている。
ミシ、ミシシシ……。
だが、力比べは僅かにミカヅチの方が上で、その指先は少しずつ怪物に接近していく。もし、その鋭い指先が突き刺されば、怪物はともかく搭乗者はただでは済むまい。紫色の重機がなぜ生まれ、何を力の根源としているのかはわからないが、搭乗者が倒れれば動けなくなる可能性はある。
ゴロロロロ……!
ギィ!
ひときわ高く響くミカヅチと怪物の唸り声。じりっと押し込まれたミカヅチの指先が、ついに怪物の胸部装甲に届いた、その時。
「やめなさい!」
投げ飛ばされた衝撃から復帰した希が、ミナカタの右肩からぶつかるようにしてミカヅチをよろけさせた。
ゴロァ!
ギッ……!
二体の重機……または、二体の暴走している怪物が、揃って戸惑ったような声を出す。
「何を考えているの! まだ、中には人が乗っているのに!」
そんなミカヅチを、ミナカタ、希が怒りを込めて一喝する。
「……」
だが、ミカヅチは、衣乃理は何も答えず、静かにミナカタへと向き直った。そして、両手の五指を鋭く揃えてミナカタへと向き直る。
「……! あなた……なにを?」
希が、半ば茫然としたようにつぶやく。ミカヅチはその声にかまわず、右の手刀をまっすぐに突き出した。
ビュオ!
普段のミカヅチ、衣乃理とは思えない、風を切るような勢いで突き出された手刀。ミナカタは両手を上げてガードする。しかし防ぎきれず、ミナカタの肘辺りからパラパラと木片が飛び散る。
「くっ……!」
先ほど怪物と戦っている際、ミナカタの両腕はダメージを受けている。しかも、今のミカヅチのパワーは怪物以上だ。このままでは、いずれ両腕が動かなくなる。
「ギッ……!」
ミナカタを救おうというわけではないだろうが、そんなミカヅチの背後から、怪物が長い腕を振り上げる。
「ギガァァァ!」
ミカヅチの頭部に振り下ろされる長い右腕。ミカヅチは頭部を傾けて肩で受けると、上半身を回転させながら肘を叩き込む。
「ギァガァ……?」
下腹あたりに肘を受けた怪物は、一瞬、宙に浮いてから、波打ち際に仰向けに倒れた。が、本来の敵であるはずのその姿を、ミカヅチは振り返らない。その視線は、じっとミナカタに向けられている。
ゴロァァッ!
どこか弾むような、怪物と戦っていた先ほどまでとは違う、愉悦を隠し切れない唸り声。
「……こっちの方が、面白そうな相手だと……?」
ミカヅチの真意を量る希。同時に、ミカヅチに対して抱いていた危惧が確信に変わる。
(ミカヅチは、今、暴走してしまっている……)
短い付き合いだが、あの武見衣乃理という少女は、戦いを楽しむタイプではないのは確かだ。一連のミカヅチの動きは、衣乃理の意思ではないだろう。
(ろくに修行も積んでいない子をミカヅチなんかに乗せるから……!)
衣乃理を選んだのはミカヅチ自身ではあるが、それでも怒りを覚えずにはいられない。
希たち、戦神の「巫女」は、ただ機体を操るだけのパイロットではない。むしろ、その真の役割は、強すぎる神の力を抑え、暴走を防ぐことにあると言ってもいい。神は、その力と同じく、愛も怒りも悲しみも、その感情のすべてが人よりも深く、強い。だから、その感情を野放しにすれば、人々にとって脅威ともなりうるのだ。
「ゴロロロロロァァァ!」
笑うように叫びながらミカヅチが突進してくる。遥か古代の宿敵との再戦を喜ぶように。
「……まさか、こんな形でね」
ミカヅチを倒し、ミナカタの力を証明する。それは希の悲願であるはずだった。だが、こんな形での戦いは望んでいない。今はミカヅチを倒すのではなく、怒りを鎮めるのが優先だ、
(それに、さっきから武見さんの声が聞こえない)
神の化身たるミカヅチやミナカタは、神の力だけではなく、搭乗者の持つ生命力をも動力にしている。暴走しているミカヅチは、衣乃理の負担を無視して力を吸い上げている危険性もあった。一刻も早く、衣乃理を神座から引きずり出さなければならない。
「ゴオゥァ!」
ミナカタも吠えながらミカヅチを迎え撃つ。ミナカタがミカヅチの腕を上から掴む、一方のミカヅチも、下からミナカタの両腕を握るような形になった。
(ここで、押し切る……!)
ペダルを強く踏み、ミナカタの下半身に力を込めて上から押し込む。打撃戦になれば、先ほどの手刀に襲われる。衣乃理を傷つけずにミカヅチを止めるには、組み合っての力比べしかない。ミナカタは、建御名方神は腕力に優れた神だ。
「ゴフュウァッ!」
排気音交じりの、突風のようなミナカタの叫び声。ぐんと強く上から押すと、ミカヅチの片膝が曲がり始める。
「よし……!」
暴走しているミカヅチにも、ミナカタの力は通じるようだ。希は操縦桿に力を込める。
「ゴロァッ!」
ビキ……ベキベキッ!
だが、優勢に立ったと思った希の耳に、不快な破壊音が響いた。いや、響いてきたのは耳にだけではない。体に、操縦桿にまで響く振動だ。
「……しまった!」
気づいた時には、ミナカタの両腕はミカヅチから引きはがされていた。ミカヅチが、下から握っていたミナカタの両腕を強引に持ち上げたのだ。
ミシ、メキ……。
まるで、相撲のカンヌキのように極められるミナカタの両肘。神の依代である神機の多くは、人体に似た構造を持つ。関節技も通じるのだ。
「グヒュウウウゥァ!」
その腕を振りほどこうとしても、ミナカタの両腕はがっちりと握り締められていて動かない。
「はじめから、それが狙いで……!」
ミカヅチは、はじめから押し合いをする気などなかった。その恐るべき握力と腕力で、ミナカタの腕を破壊することが目的だったのだ。希がそう気づいた時には、ミカヅチの指はミナカタの肘に食い込んでいた。同じ木でできているはずなのに、異常な硬度だ。それだけ、神の化身を動かす力「神気」が強く練り上げられているのだろう。
(でも、その強さは……)
衣乃理の生命力をも糧としての強さだ。
「ミカヅチ……武見さん! 目を覚ましなさい!」
両肘を握り締められ、拘束されながら叫ぶ希。だが。
ミシ……バキィッ!
ミカヅチからの返答は、さらなる握力だった。
「あぁっ……!」
ミナカタと通じ合った希の両肘に、本来存在しないはずの痛み、幻痛が走る。
「くそっ……」
痛みと屈辱で、感情的なつぶやきが漏れる。モニター代わりの鏡を見るまでもなく、ミナカタの両腕が引き千切られたのは明らかだった。
「ゴヒュ……」
ミカヅチの拘束から放たれたミナカタが、大きく後ろによろける。
ミカヅチは、興味をなくした玩具のようにミナカタの両腕をその場に落とす。
「ま、待て……!」
希が引き留めても、ミカヅチの視線はすでに紫色の重機、化け物に向けられている。戦神であるミカヅチの本能が、今のミナカタよりも化け物の方が「面白い」と判断したのだ。屈辱に希の頭がかっと熱くなるが、両腕をなくした今は反撃の力もない。
「おい、杏奈くん! 目を覚ませ!」
黄印の声が聞こえる。いつの間にか彼も、健児に肩を貸されて戦場の近くまで戻ってきていた。
「杏奈くん! 私の声が聞こえないのか?」
「衣乃理も何やってんだ! とっととミカヅチから降りろ!」
健児も叫ぶが、その声も向かい合う二体、二人の女性搭乗者の動きを止められない。
「ゴロロァ!」
「イイギギギギギギィ!」
奇声をあげながら組み合うミカヅチと重機。もはや、二体の化け物の対決にしか見えない。
「杏奈くん!」
「衣乃理!」
「衣乃理ぃ!」
鹿平もミナカタの近くに駆け寄り、懸命に衣乃理に声をかける。だが、男たちの声は届かない。
「ゴロロァ!」
ミカヅチの手刀が紫色の化け物に突き刺さる。化け物の左胸、あと少し下だったら搭乗者をも巻き込んでいたかもしれない場所だ。
「ギィヤァォォォ!」
痛みを感じているのか、高い声で叫ぶ化け物。戦いは暴走したミカヅチが優勢に進めているようだ。
(だけど、楽観はしていられない)
今、ミカヅチは相手の搭乗者すら気遣わずに戦っている危険な状態だ。もし化け物を倒したとしても、その闘志は町や人々に向けられてしまうかもしれない。
「それなら、やはり……」
たとえ両腕を失っていても、今、この戦いに介入できるのは、ミナカタだけだ。そう心を決めて、希はふたたび足のペダルを踏む。
「腕はなくとも……!」
横合いから体当たりを入れれば、ミカヅチをよろめかせることくらいはできるだろう。あわよくば、海に叩き込んで浸水させてやる。海水を浴びれば、衣乃理も目を覚ますかもしれない。希望的観測と言うほかないが、今の希にはそこに賭けるしか手はなかった。
(ミナカタ……お願いね)
まさに神に祈りながら、希はミカヅチに向かって突進を開始した。
曖昧な意識の中、衣乃理は、ぼんやりと自分が生まれた町のことを考えていた。衣乃理が生まれ育った町、鹿島。正式には鹿嶋市。歴史ある鹿島神宮を擁する町……だが、衣乃理にはピンとこない。この町しか知らない衣乃理にとっては、ごく普通の、良くも悪くも変わったところのない町だと思っている。
かといって、鹿島神宮や町が嫌いなわけではない。夏の暑い日に、ひんやりとした鹿島神宮の参道を歩くのは好きだったし、
(そうだ。あいつは若い頃から人がよかった)
誰かが衣乃理の思考に返事をしてきた。
あいつ? あいつって誰だっけ。ああ、玉ちゃんのお婆ちゃんか。
衣乃理は、誰かに確認するように心の中でうなずいた。
(そうだ、昔は可愛い子だったな。今だって可愛いお婆ちゃんだけど)
(あの頃は鹿島神宮駅もなくて、お出かけはバスですることも多かったね。懐かしいよ)
あの頃って……いつだっけ? ……わたし、その時、何歳だったっけ? ……あれ? まあいいや。
(それから駅ができて……地震があって……鹿島神宮に昔からあった鳥居は倒れちゃったけど……新しい鳥居も悪くない。誰も巻き込まれなかったのがせめてもの幸い、かな)
(そうだ。物は壊れても直せばいいんだもの)
(だが)
(わたし……いや)
(俺の)
(鹿島の民を害する者は)
(何者でも)
(誰であろうと)
(許しはしない)
(止められはしない)
衣乃理は一瞬、ふうっと眩暈を覚えた。
その直後、衣乃理の中に湧き上がってきたのは、強烈な怒り、苛立ちだった。
からかかかか。
ミカヅチと同じような駆動音を立てながら、前に立つ者があった。
……なんだ、お前は。邪魔するのか?
どこかで見たような顔だな。
ああ、そうだ。昔、誰かの両腕を引き千切ってやったな。よく覚えているはずなのだが、今は、考えるのも
面倒だ、同じ目にあわせてやる。
誰の前に立っているのか、誰を怒らせたのか。もう一度、身をもって教えてやろう。
激しい怒りの中で、衣乃理の思考も、泡のようにぽつぽつと浮かんでは消える。
あれ? まだ向かってくるの? あなたってば……あなたって誰?
ああ、希ちゃんだ、ばかだなあ。今の『俺』に勝てるはずがないのに。
知ってるよ、あなたは、ミナカタの力を抑えて戦ってる。わたしは抑えてない。かわいそうなミナカタ、本気も出せずに負けちゃうんだね。
でも、大丈夫。俺が、お前の巫女を引きずり出してやる。そうすれば、お前も怒るだろう。
あなたも本気を出して、存分に楽しもうよ。
案ずるな。できるだけ優しく引きずり出してやる。うまくいけば、巫女に危害は……危害? 誰に? 誰が? わたし? 希ちゃん?
……ああ、近くをうろついてる奴らも危ないな。あそこで叫んでるのは……この体を修復した大工か。よくやったな、お爺ちゃん。おかげで、わたしはまた動けるよ。こんな風に……。
待って。こんなことがしたくて蘇ったの?
ああ、それより、誰かが危ないんだ。町の連中? 希ちゃん……希ちゃんなら、すぐ会えるよ。こうして、鋭い指先をミナカタに向けて……ああ、わたしはどうして、こんなことを……俺は、鹿島が好きなんだ。こいつらは、俺が守る、
そのために、希ちゃんを傷つけるの? そうだ……いや、そうだったかな?
まあいい、ミナカタ。今日のところは俺の勝ちだ。その巫女、引きずり出すよ。怪我しても恨まないでね。
こら、暴れるな。危ないぞ。
ほら、こうして腹の装甲が開いた。巫女の顔が見えるぞ。
希ちゃんたら、怖い目で睨んでる。もう勝負はついたのに。
少し思い知らせてあげようかな。ちょっとだけ、強く握って……。
「……駄目!」
「……駄目!」
ミカヅチの拡声器を通して、衣乃理の大声が響く。
「……武見、さん?」
衣乃理の前にある鏡には、ミカヅチの目を通して希の顔が大きく映っている。その額からは一筋の血が流れていた。
「希ちゃん……! その傷!」
衣乃理の言葉に、希は自らの額に手を当てて傷を確かめた。
「かすり傷よ……それより、あなたこそ」
傷の痛みに顔をしかめながら、希はまっすぐにミカヅチの目を、そのこちら側にいる衣乃理の目を見つめてきた。
「ミカヅチは、あなたは正気に?」
「え……わたし?」
正気? その言葉の意味が理解できず、周囲を見回す衣乃理。
「そうだ……あの化け物!」
敵に背後を許していたことに気付き、慌てて背後を確認する。が、すでに紫色の重機はそこにはなかった。
ザザバババ……。
見れば、遥か遠く、沖へ向けて泳ぐように海上を進んでいた。普通の地上用重機ならあり得ない行動だ。
「あいつ……逃げちゃう!」
その姿に、ふたたび怒りが燃え上がるのを感じた。足元のペダルに力を入れ、追おうとする衣乃理。だが、その動きを、男性の震える声が制止した。
「ま、待ちなさぁいっ!」
生身の人間としては、限界まで張り上げたであろう大声。その声のした方向に目を向けると、一人の警察官が、震えながらミカヅチを見上げていた。衣乃理も何度か顔を見たことがある、地元のおまわりさんだ。
しかも、その手には、両手でしっかりと拳銃が構えられていた。
「す、すぐにそこから降りなさい! ……頼むから、抵抗しないで!」
その声からは衣乃理に対する警戒心、そして、それを遥かに上回る恐怖心がにじみ出ていた。何より、警察官が銃を構えているところなど、衣乃理は初めて見た。
「え、おまわりさん……わたし、に?」
なぜ警察官が自分を?
衣乃理は助けを求めるように辺りを見る。鹿平か健児なら、警察官に事情を説明してくれるはず、と信じて。
「あ……」
しかし、その衣乃理の目に映ったものは。
半壊したミナカタと黒い重機。たった今、駆け付けたらしいパトカーの群れ。
そして、遠巻きにミカヅチを見つめる、町の人々の怯えた表情であった……。
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