第19話 暴走の爪痕
第四章
「……いつも、息子がお世話になっております」
武見家の居間に座した警察署長がはじめに口にしたのは、父親としての挨拶であった。
その隣には、衣乃理の用心棒を買って出ている大和が、父親と同じく背筋を伸ばして正座している。髪に白いものが混じりながらも逞しい肩幅を維持しているこの父親こそ、鹿島警察署の署長なのである。
相対する武見家は、中心に鹿平、その左隣に父の睦夫、右隣には衣乃理という三人が並んでいる。
「いやいや、こちらこそ、孫のために警備に立ってくれて恐縮しとります」
相手が署長とあって、さすがの鹿平も丁寧に応対している。神妙な顔をしているのは、警察署長が訪ねてきたからという理由だけではないが。
「ま、茶でもどうぞ」
「いただきます」
湯呑みを取り、黙って一口すする署長。
「…………」
「…………」
肌がちくちくと痛むような沈黙が続く。
いつも快活、悪く言えば空気を読まない大和先輩も、さすがに押し黙っている。
「……あのロボットは、ミカヅチといいましたね」
沈黙を破った署長は、ずばりと本題に入った。衣乃理は思わず肩を震わせる。
「正確には神の化身ですがね。ま、ロボットですわな」
さすがというか、鹿平は表情も崩さずに答える。
「いや、うちの娘が、大変なご迷惑を……」
隣の睦夫は、いささか顔を青くして頭を下げている。そんな父の姿に、衣乃理の胸がずきりと痛む。
「いえいえ、とんでもありません。これは、お嬢さんのせいでは……というより、お嬢さんのお力だけでどうこうできる問題でもなかったのでしょう」
「……少しは、ミカヅチについて知ってるようですな」
「ええ。私も、この鹿島において剣を学ぶ者。先達より、鹿島を守護する神の化身についてはうかがったことがあります」
「そうですか。なら、ミカヅチがただのロボットではない、というのもわかってもらえますな」
「はい。ミカヅチ……建御雷神の化身は、自らの意思のようなものを持っている。搭乗者の思い通りに動くとは限らないのですよね」
「よくわかってらっしゃる。だが、それでお咎めなしというわけにはいかんわけだ」
「……私の一存で決められることではありませんでしたからね。すでに、代議士先生も動いています」
「……外を見ればわかります」
鹿平が顎で縁側の方を指す。武見家の垣根に遮られて見えないが、敷地の外には多数の自衛官が行き来しているはずだ。
「で、今後、ミカヅチはどうなるんですかな」
鹿平の言葉に、衣乃理はそっと視線を伏せる。今、ミカヅチは、自衛隊が持ってきた巨大な運搬車の上にいるはずだ。遠目にしか見ていないが、太いワイヤーでがんじがらめに縛られたその姿は、まるで罪人のようだった……いや、まさに罪人扱いなのだ。
(わたしとミカヅチは……)
あの時、衣乃理とミカヅチは、我を忘れて力を振るった。それは、衣乃理にはどうしようもない、神の化身の暴走だった。
幸い、鹿平や希による説明は警察や町の人々にも受け入れられ、衣乃理に厳しい処置は下されなかった。だが……。
(ミカヅチ……)
ミカヅチは、いつ暴走するかわからない危険なロボットということで、自衛隊が預かることになっていた。
(しかたない、よね)
暴走に巻き込まれた衣乃理は、ミカヅチをあえて擁護しようとは思えなかった。そして何より、町の人々の怯えた表情が忘れられない。
「とりあえず、決して暴れないように保管されることとなるでしょう。解体までされるかどうかはわかりませんが……遠藤議員などは、強硬にミカヅチの廃棄を求めているようです」
「へっ、あの女議員さんかい」
鹿平の吐き捨てるような口調で、政治家には詳しくない衣乃理もテレビで見た国会中継の様子を思い出す。たしか、ミカヅチの件で総理大臣を厳しく責め立てていた美人だ。
「ミカヅチは、誰のもんでもねえ。神様の化身だぜ。議員だかなんだか知らんが、人間の都合でブッ壊されてたまるかってんだ」
興奮しているのか、署長に対する丁寧な口調をかなぐりすててつぶやく鹿平。
「はい……私も剣道の師から、ミカヅチの存在と重要性を聞き及んでおります。ですから、できるだけお力にはなりたいのですが、事が事ですから……」
「……娘とミカヅチのせいで、怪我人を出してしまったことは申し訳なく思っております」
睦夫が頭を下げる。
「あ、いえいえ。すでに直接お話をされた通り、怪我をされた方も許してくださったようですし。何より、彼らは衣乃理さんのことは責めていません」
衣乃理さんのことは、という部分を少しだけ強調する署長。
「ただ、ミカヅチに対して厳しい意見をおっしゃる方も、若干おられるようで。普通の重機と違い、いつ暴走するかわからない、と」
「……武見くん、君は、このままでいいのかい?」
父の横で、ずっと黙っていた大和が口を開く。
「わ、わたしですか?」
「ああ。君は、このままでいいのかい? ミカヅチが危険なロボットだと誤解されたままで」
「……」
場の全員が、衣乃理の返答を待って押し黙る。
「わ、わたしは……」
「なんだい?」
「わたしは、もう……ミカヅチに乗りたくありません」
「!」
大和が、鹿平が息を飲む音が聞こえる。一方、父の睦夫は、ほぅ、と小さく吐息を漏らす。
「それは……本気かい?」
「ほ、本気です。だって、もともとわたしはミカヅチに乗りたいなんて思ったことはありませんから。これでミカヅチとお別れできるなら、ちょうどいいですよ」
一度、口に出してしまうと、自分の意思が固まっていくのを感じる。
「か、解体……とかは、、ちょっと可哀想かもしれませんけど……ミカヅチを動かすなら、もっと上手な人が乗れば、今日みたいな事故は……」
「お前を選んだのは、他ならぬミカヅチだ。衣乃理、お前が辞退すれば、下手すれば何十年も次の乗り手は現れねえかもしれねえ」
「で、でも……」
咄嗟に言い返そうとする衣乃理だったが、それより早く、鹿平が次の言葉を続けた。
「だが、お前がそうしたいなら、それでもいい。何十年でも何百年でも、ミカヅチを眠らしときゃいいだけだ」
「お爺ちゃん……」
「いいのかい、父さん?」
「いいも何も、これ以上、孫娘に無理はさせられねえよ。しかも、あんな事が起きちゃあな」
意外にもあっさり引き下がった鹿平の横顔を盗み見る衣乃理。
「へっ、それはそれで、せいせいすらぁ」
だが、鹿平の顔は怒りにも落胆にも染められておらず、その言葉通り、さっぱりした表情へと変わっていた。
「ま、さすがに、丹精込めて作った機体が壊されたらたまらねえからな。その辺りは偉いさんに陳情したいところだな」
「ええ。その点は私もできる限りのことはいたします」
「助かります。では、まず市長への手回しですが……」
署長に対して膝を詰めながら、鹿平は視線で「もう行っていいぞ」と合図を送ってくる。衣乃理も、そこから先の大人の話にはついて行けそうにないので、署長にぺこりを頭を下げて退室した。
(わたし、もう、ミカヅチに乗らなくてもいいんだ……)
あまりにもあっさりと訪れた、乗り手からの卒業。
(もう、あんな危険な目には遭わなくていいんだ……よね)
犯罪者の乗るロボットとの戦い、思うようにいかない操縦訓練、そして暴走。それらからの解放は喜ぶべきことのはずなのに、どうしてだろう。衣乃理の心の中には、重い罪悪感のようなものがずっしりと沈殿していた。
「……」
鹿平たちが話している和室の隣。襖一枚へだてた暗い部屋の中で、希は静かに正座していた。もちろん、衣乃理や署長たちの会話はすべて耳に入っている。
「……おしまい、か」
衣乃理はミカヅチの乗り手、巫女としての地位を放棄した。それだけならいつものことだ。鹿平と一緒に衣乃理を焚き付け、尻を叩いてやってもいい。しかし今回は事情が違う。ミカヅチの暴走により、機体が押さえられてしまったのだ。そして何より、衣乃理は暴走によってミカヅチに恐怖を抱いている。希たちが説得すれば乗り手に復帰できるというものではない。
(それに……神の化身は、人々の祈りを受けて世の平穏を守る存在……それが、あんなに恐れられていては)
ミカヅチの暴走が止んだ後、怪我人たちを前にして、人々の多くは怯えた表情を見せた。その表情は、ミカヅチと似た形状をしたミナカタにも向けられていた。
当然だろう。ミカヅチもミナカタも、「得体の知れない、超常的な力で動くロボット」という点ではまったく同じだ。
(ミカヅチと戦うという目的は、果たせそうにないわね……)
心の中でミナカタに謝る希。建御雷神を相手に雪辱を晴らす機会は、下手をすれば希の代では果たせないかもしれない。
(それなら、鹿島神宮に残る理由もない……だけど)
希は、両腕を破壊されたままのミナカタの姿を思い浮かべる。
「たとえ両腕がなくても……次に敵が現れた時には……」
そう。ミカヅチとの決着は、あくまで希とミナカタの個人的な感情。だが、あの化け物との戦いは、神の化身として、国を守る者として避けられない戦い……俗な言い方をすれば、戦神の本業だ。
「……
翌日、衣乃理は通常通り登校した。父は休んでもいいと言ってくれたが、何もしないで家にいる方が余計なことを考えてしまいそうだったからだ。
「君たち! 今、武見くんはとても疲れている。例の件については、あまり口にしないでくれたまえ!」
衣乃理のボディガードを自称する大和も、相変わらず二年生の教室にまで出張ってくれている……その気遣いは、あまりデリケートなものとは言えなかったが。
「先輩! もうすぐ授業が始まりますよ! ほら、帰った帰った!」
そんな大和を、健児が苛立ったように廊下へと押し出していく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕は、武見くんの気持ちを
「そういうことをいちいち口に出すな! 塩撒くぞ!」
「……ふう」
大和と健児のやり取りを見ながら、小さなため息を漏らす衣乃理。大和たちの態度は繊細なものとは言えなかったが、実際のところ、衣乃理は二人に感謝していた。
大和がはっきりと衣乃理に対する気遣いを口にしたことで、周りの生徒たちも衣乃理を質問責めにはしてこなかったのである。
もちろん、あまり気を遣われすぎるのも辛いものがあるが、少なくとも今日は、あまりミカヅチの件を語りたくはなかった。
「……お疲れ、衣乃理」
大和が立ち去ったところで、珠子が衣乃理の前の座席に座った。クラスメートの耳目がざっと集まるが、珠子は気にした様子を見せない。
「見たところ、あんまり怪我はないみたいだね」
衣乃理の全身をざっと見回し、安心したように笑う珠子。
「う、うん。肘と膝をちょっと擦りむいたくらいかな」
「そっか。お婆ちゃんに伝えとくよ」
「? たまちゃんのお婆ちゃん? なんで?」
「や、お婆ちゃんも心配してたからさ。衣乃理と……ミカヅチのこともね」
「……そう」
ミカヅチのことも心配してくれたと聞き、衣乃理の中に複雑な思いがよぎる。少なくとも、珠子の祖母はミカヅチを恐れたり嫌ったりはしていないようだ……当の衣乃理とは違って。
「そうだ、衣乃理。今日、帰りにうち寄ってかない?」
「たまちゃんち?」
「うん。お婆ちゃんが、お菓子用意しておくって。たまにはうちでのんびりしてかない?」
「……そうだね。じゃ、寄らせてもらおうかな」
今はあまり人と話したくない気分だったが、他でもない珠子、そして珠子の祖母は別だ。
「よし、決まりね!」
放課後。
下校する衣乃理の周囲には、校内とはまた違った気配が漂っていた。まだ中学生である衣乃理に対しては過剰な報道は控えるよう学校や地域の有力者もメディアに要請してくれているらしいが、そんなことで完全に報道をシャットアウトできるものではない。現に今も、大きなカメラを手にした大人が三、四人ほど遠巻きに衣乃理を見ている。
「武見くん、気にすることはないよ」
「そうだ。もしあいつらが話しかけてきたら、俺たちが追っ払ってやる」
衣乃理を両側から挟むようにしながら、大和と健児が報道関係者らしき連中を睨みつける。
「こらこら。先輩も鹿森くんも、怖い顔しないの。そんなことしたら『凶悪ロボットに乗る中学生の実態!』なんて記事にされちゃうよ?」
「凶悪ロボットって、お前な……」
「あたしがそう思ってるんじゃなくて、あの人たちの狙いってこと」
「……彼女の言う通りだね。揚げ足をとられるような行動は控えよう、健児くん」
「わかりましたよ……って、あんたから名前で呼ばれる覚えはないんですが」
「なにをいうんだ。名前とは、互いに呼び合うためにあるものじゃないか。君も、僕のことを一郎と呼んでくれてもかまわないよ?」
「へいへい、ありがとうございます、ヤマトセンパイ」
「ほーら、余計な口喧嘩してないで行きましょ。今日、衣乃理はうちに寄っていきますからね。ね、衣乃理?」
「うん」
「なんだって? じゃ、僕も家の前で護衛を……」
「ノーサンキューです。先輩がうちの前に張り付いてたら、衣乃理がいるって知らせてるみたいなものじゃないですか」
「だが、それでは武見くんの身が……」
「うちにいる限り、衣乃理を危険な目に遭わせたりしません。それより、先輩と鹿森くんには別のお願いがあるんですよ」
「……お願い?」
「ここを通るのも久しぶりだね、衣乃理」
「うん、ここは変わらないね」
「小学校の頃は、学校帰りにここ通ってたよな」
「なんだって? ここは小学校指定の下校路ではないだろう?」
「へいへい、大和先輩は真面目ですよっと」
「ちょっと、鹿森くん、あんまり大きな声出さないで」
現在、衣乃理たちは、雑居ビルと閉店したショッピングセンターの隙間を通っていた。地元の子供たちなら誰もが知っている近道だ。
「あたしたちは途中で別れるから、あとはよろしく」
「おう。報道のおっさんたちは、俺たちが引きつける」
衣乃理たちは途中のブロック塀に開いた穴を抜け、健児と大和はそのまま裏道を抜けて報道陣を引きつける。もしも出口に報道陣が先回りしていたらしめたもので「見つかった!」「武見くん、逃げろ!」などと白々しいことを言って反転する予定だ。
「ごめんなさい、大和先輩、健ちゃん。面倒なことに巻き込んで……」
「気にしないでくれ。これも護衛の務めだ」
「どうせ、衣乃理の家の前にも張り込んでるだろうしな。今日くらい、小川んちでのんびりさせてもらえよ」
現在、武見家には警察、自衛隊、メディア関係者など、数多くの者たちが監視、あるいは出入りしている。珠子の家もいずれは嗅ぎつけられるだろうが、今日くらいは静かな時間を過ごせるだろう。
「うん……それじゃ、お願いね。ほんとにありがとう」
衣乃理は最後にそう言い残して、小学生時代に使い慣れた穴を潜り抜けた。
「おやおや、衣乃理ちゃん、来てくれたんだねえ。たいへんだったねえ」
小川家に着くと、珠子の祖母がいそいそと出迎えてくれた。衣乃理も幼い頃から「たまばあちゃん」と呼んでいるお婆ちゃんだ。父方の祖母を亡くしている衣乃理にとっては、お婆ちゃん代わりとも言える人だ。
「珠子が衣乃理ちゃん連れてくるって言ってたから、おはぎ作っておいたよ」
「わぁ……わたし、たまちゃんちのおはぎ大好き!」
「ふふ、当然だよ」「
たま婆ちゃんは、いたずらっぽい笑顔を見せた。
「婆ちゃんにおはぎ作りのコツを教えてくれたのは、衣乃理ちゃんのお婆ちゃんだからねえ」
「え、そうなの? 知らなかった」
衣乃理の祖母は、衣乃理が物心つくかつかないかといった頃に亡くなっている。そのため、衣乃理は祖母についての思い出がほとんど残っていない。
「ふふふ。だから、ほんとのお婆ちゃんが作ったおはぎだと思って、たくさん食べなさい」
そう言うと珠子の祖母は、ふたたび早足に台所へと引っ込んでいく。
「珠子、お茶の用意したげなさい」
「はーい、お婆ちゃん」
「あ、たまちゃん、わたしも手伝うよ」
余計なことを詮索せずに、ごく普通に衣乃理を歓迎してくれる珠子と祖母。今の衣乃理には、二人の気遣いが何よりもありがたかった。
「……それにしても。衣乃理ちゃんも鹿ちゃんも、大変だったねえ」
衣乃理がお茶とおはぎを存分に味わい、一休みした頃。珠子の祖母はミカヅチの話題を切り出してきた。
「怖かっただろうね、衣乃理ちゃん」
「……」
「もう、ミカヅチに乗るのは嫌になっちゃったかい?」
「……うん。嫌っていうか、怖い……気持ち悪いよ」
手にした湯呑みをぐるぐると回しながら、衣乃理は自分の気持ちを確認するように言葉を探す。
「気持ち悪い?」
「だって、そうでしょう? ミカヅチって、ロボットなのに、ときどき勝手に動くんだよ? じゃあ、わたしはなんのために乗ってるの? ミカヅチって、いったいなんなの?」
「……そうだねえ……ばあちゃん、頭よくないから、なんて言っていいか」
珠子の祖母はしばらく小首をかしげる。
「……たとえば、衣乃理ちゃん。衣乃理ちゃん、ばあちゃんとか、珠子とか、コロの考えてること、わかる?」
「? どういうこと?」
「たとえば、うちの今夜の献立の予定とか」
「そ、そんなのわからないよ~。超能力者じゃあるまいし」
「だよねえ……」
衣乃理の返答に、たま婆ちゃんはくすりと笑う。
「でも、衣乃理ちゃん、ばあちゃんたちと仲良くしてくれてるでしょ?」
「? 仲良くって……そんなの当たり前でしょ?」
「だよねえ」
たま婆ちゃんは、嬉しそうに顔に皺を刻む。
「……きっと、そういうことだよ」
「え」
そういうことだよ、と言われても、衣乃理は、どういうこと? としか思えない。
「衣乃理ちゃんは、ミカヅチと仲良くなれるってこと」
「え~? 意味がわかんないよ!」
「う~ん、ごめんね。ばあちゃんもうまく言えないよ……でも、衣乃理ちゃん。あんんまりミカヅチを嫌いにならないであげてね。あれは、昔からみんなが大切にしてきたものだから……神様の化身を、もの、なんて言ったら失礼かもしれないけどね」
(ミカヅチを嫌いにならないで……か)
小川家からの帰り道。衣乃理は、たま婆ちゃんの言葉を繰り返し頭の中でつぶやいていた。
「嫌いになるなって言われても……」
考えてみれば、ミカヅチに出会ってから、衣乃理も周囲の人間も、ロクな目に遭っていない。
どこか抜けたところがある相手とはいえ、黄印との戦いも危険なものだった。
それに、海岸での戦いで現れた化け物は、黄印とは違う、本当に危険な……殺意を感じる敵だった。一歩間違えば、衣乃理も命を落としていたかもしれない。
(ううん、わたしたちだけじゃない。町の人たちだって…)
事実、住人たちからは怪我人も出ている。その光景を思い出し、衣乃理はぶるりと身を震わせた。
(……ミカヅチと出会ってから……ろくなことがない)
ポケットの上から携帯を探る衣乃理。ミカヅチのおかげで衣乃理が得たものといえば、鹿平が買ってくれたこの携帯くらいのものだ。だが、ここ数日の苦労とくらべれば、あまりに安い代償と言わざるを得ない。たった携帯一台で、あんな化け物と戦うなど割に合わない。それに、幸いにして、はじめはあんなにミカヅチに乗ることを勧めてきた鹿平も、最近は何も言ってこない。
あんな化け物と戦うのは、自衛隊か警察か、または希のような特別な子のやることだ。
(これで、いいんだよね)
そんな風に自分を納得させながらも、衣乃理の胸の中には、小さなトゲの塊のような物がちくちくと転がり続けていた。
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