第16話 ミナカタ、奮戦

「グゥ……!」

 ビクンと体を痙攣させる紫色の重機。それはまるで、痛みを感じたかのような反応。生き物なら自然で、機械なら不自然な反応だった。

「……中の操縦者。あなたの目的は?」

 まだ肩を掴んでいる重機の手を引きはがし、投げ捨てながら問う。が、相手は返事をしない。

「の、希ちゃん。あれって……?」

「説明している時間はない。あなたは下がって」

 素っ気なく返しながら、ミカヅチを後ろに追いやる。いかに建御雷神の化身といえど、衣乃理に操縦される今では、ここから先の戦力にならない。

「ガァ……」

 紫色の重機が、意味をなさないうめき声をあげる。すると。

 ズルズルズルッ!

 ミナカタの右肩から引きはがされた重機の左手が、切断面から伸びた黒いモノを蛇のように動かし、本体へと近づいていく。

「ゲッ……」

 そして、紫色の重機は右手でそれを拾うと……当たり前のように半ばで切れていた左腕に取り付ける。

 ギュン……ガギュン。

 取り付けられた左手の五指が開閉する。出鱈目なことに、その機能は完全に回復しているようだ。

(……ミナカタも常識から外れた力で動いているけれど……)

 だからといって、ミナカタやミカヅチに、あのような再生力はない。相手はすでに、ロボットや機械という域を逸脱している。

「博士……ハカセぇぇぇぇぇ!?」

 紫色の重機は、天に向かってほとんど意味をなさない絶叫を響かせる。

 搭乗者自身の狂気か、それとも、禍々しい重機によって精神を侵されているのか。その機体を包む黒い靄は、はかない蒸気のようでありながら、陽光や潮風にかき消されることもない。濃く、どろりとした液体が空中に流れ出しているかのようだ。

(こうして前にしているだけで、強い圧力を感じる……だけど、動きは洗練されていない)

 紫色の重機が放つ圧力を感じながらも、希は強く一歩を踏み出す。相手の持つパワーは脅威だが、希とミナカタには、それを捌き切る自信があった。

「アァァァァァ!」

 ミナカタの一歩に反応し、今度は右腕を伸ばしてくる紫色の重機。すでにその攻撃を知っている希は、今度は冷静に刀で受ける。

 ギャリッという音とともに火花が散り、重機の手の平に刀が食い込む。

「ギイッ……!」

 重機の搭乗者が、痛みでも感じているのかのような呻き声を漏らす。

 希はその隙を見逃さず、刀を滑らせながら間合いを詰める。

「今度は、こちらが見せてあげる」

 そう言いながら、刀を持たない左手を腰に構える。まるで空手の正拳突きのような構えだが、その左手は大きく開かれている。

 ゴゥ……。

 辺りに吹く潮風が、少しだけ強さを増す。足元の砂が舞い上がり、ミナカタの左手に吸い寄せられていく。



「え、なに、これ……?」

 後ろに控えるミカヅチから、衣乃理の戸惑ったような声が発せられる。

「ギュウッ!?」

 ミナカタが何かをしようとしている。それを紫色の重機も察したか、左腕で追撃を加えようとする……が。

 豪!

 それよりも早く、ミナカタの左手が何もない空間に突き出される。

「グウッ!?」

 すると、まるでミナカタの手に押されたかのように、紫色の重機の頭部がのけぞった。ミカヅチと同じくずんぐりとした体型の重機だけに、頭部だけではなく体全体が後ろに傾いていく。

「今のは……!?」

 まるで魔法、いや、魔法そのもののミナカタの攻撃に、衣乃理は目を丸くする。そんな中、当のミナカタはするすると紫色の重機へと接近していた。



(ダメージは与えていない……溜めが短かったから当然か)

 紫色の重機へと肉薄する希には、相手の状態を確認するだけの余裕があった。

 今、使ったのは、空気を……風を圧縮して敵にぶつける技。風の神でもある建御名方神、その化身であるミナカタだから使える技だ。もちろん、ミナカタだけではなく、希自身も幼い頃から修練を積んできた。短い溜めで放ったため相手に傷はないが、一瞬の隙を作れれば十分だ。

「はっ!」

 そのまま得意の袈裟斬りで紫色の重機を斬ろうとした希だが、途中で軌道を変えて足を狙う。

(そうだ……『あの』化け物とはいえ、中に人がいるんだ)

「うあぁ!」

 紫色の重機の搭乗者が獣のような声をあげる。強引に軌道を変えて斬ったせいか、その傷は浅い。むしろ、敵を怒らせただけかもしれない。

「がぁ!」

 反撃の左拳がミナカタの肩を打つ。異様に長い拳を振り回しているため、ほとんど後方からの攻撃に近い拳だ。

「うっ……!」

 その衝撃で、ミナカタと重機との距離がさらに詰まる。

「まずい……!」

 あまり詰められれば、逆に刀が使いづらくなる。そう判断して後退する希だが、今度はその右肩を重機の左手が掴む。

「逃ぃがさないぃっ!」

「く……離せ!」

 咄嗟に右手を上げ、重機の肘を外側から叩くミナカタ。人間であれば、逆関節を決められているところだ。

 しかし、重機の左腕はぐにゃりと抵抗なく逆方向に曲がり、ミナカタの力を逃がす。それでいながら、ミナカタの肩を掴む力はギリギリと増していく。

「ちっ……!」

 自分の迂闊さに舌打ちをする希。下手に武術の心得があることが仇となった。人体ならぬロボットの戦闘では、関節技などの常識が通じるとは限らない。しかも重機の左腕は、先ほど切り落とした部分だ。中身は、あの気味の悪い筋肉だけで接合しているのかもしれない。

「ならば……!」

 左手に握った刀に力を込める。腕一本を落としても再生するなら、頭部ならどうか。そう考え、肩にかつぐように刀を構える。

「ふぅ……」

 ミナカタといえど、片手で相手の頭部を両断するのは容易なことでない。軽く息を吐き、気合を込める。

 が、その集中を粉々に砕く一言が、重機の搭乗者によって発せられた。

「こぉのぉ……ひとごろしぃっ!」

「……!?」

 ひとごろし……人殺し。その言葉が、希が目を背けていた事態を思い出させる。

 希は、幼い頃から巫女として鍛えられてきた……言い換えれば、ミナカタに搭乗するための戦士として。だから、黄印の生死確認は後回しにして、目の前の化け物に意識を集中してきた。だが、それでもやはり、彼女とてまだ中学生の少女。「人殺し」となじられる現実は、張り詰めていた集中を断ち切るには十分だった。

「っ……私は、そんな……」

 黒い重機から流れ出た赤い液体が、希の脳にまで流れ込んでくるような錯覚に陥る。その赤い液体は耳からも流れ込み、周囲の音すらも遠いものになっていく。

「の、希ちゃん! 逃げてぇっ!」

 だから、衣乃理の悲鳴に対する反応も遅れた。

「!? ……しまった!」

 見れば、紫色の重機は両手でミナカタの両肘あたりを掴んでいる。さらには、黒い靄の部分を筋肉のようにパンプアップさせ、ミナカタの両腕を左右に引っ張る。

「くっ……!」

 抵抗しようと試みるが、反応が遅すぎた。今やミナカタの両手は大きく開かれていた。まるで、全身で「大」の字を作るように。

 脱力していた両腕をビンと遠慮なく引かれ、ミナカタの関節がミシミシと悲鳴をあげる。同時に、左手に握られていた刀がこぼれ落ちる。

「くっ……ミナカタ、力を込めて!」

 ガリガリガリ。

 強引な攻撃に、肩や肘の歯車が不快な音を立てる。

腕を引き抜かれることはなかったものの、操縦桿に戻ってくる感覚がいつもより鈍い。腕の機能に障害が出ているようだ。

「そこに……いるんでしょう?」

 そう言いながら、ミナカタの右手を放す重機。突然、手を解放され、ミナカタのバランスが崩れる。そこへ、重機の左拳が襲ってきた。狙いは、希の乗っているミナカタの腹部だ。

「あぁっ!?」

 さすがに一発で装甲を破られることはないものの、激しい衝撃が希を襲う。

「ここ! ここ! ここぉっ!」

 二度、三度、四度と腹部を殴ってくる紫色の重機。希の一瞬の油断によって、戦いの流れは完全に敵のものとなっていた。



(……? 私は、いったい……?)

 男は、鉄臭く、狭苦しい座席で目を覚ました。唯一の救いは、頭上からわずかに漂ってくる風……少し生臭いが、懐かしい臭い。

(そうだ、これは潮風だな。そして、私は……)

 男……黄印は、自分が愛機のコクピットにいることを、ようやく思い出した。

「そうだ! ミカヅチ! ……ぬ?」

見上げると、本来なら低い天井のあるはずのコクピットは、大きな青空とつながっていた。それはつまり、愛機の上半身、肩から上が消失していることを意味する。そして、傷口から流れる赤い液体。

(そうだ。これは、私の死を偽装するための血糊……)

 赤い液体は、黄印が愛機に必ず仕込むギミックだった。さすがに本物の血ではないので科学捜査は誤魔化せないが、短時間でも逃亡の時間を稼げればと考えてのものだ。ちなみにもう一つ、黄印が必ず仕込むのは自爆装置である。

(くそ……あのミナカタとかいう奴が邪魔に入らなければ……)

 と、そこまで考えた時。

「ああああァァァァァ!」

 ゴォ……ドガン!

 なにか、獣のような絶叫が聞こえたと思った次の瞬間には、ふたたび激しい衝撃が黄印を襲った。

「な、なんだっ!?」

 舌を噛みそうになりながら振り返ると、そこにあったのは木製ロボットの後頭部。ミカヅチよりも少しだけ薄い色の木材。ミナカタというロボットがぶつかってきたのである。

「な、なんだ、貴様!? まだ邪魔をする気か!?」

 大声を張り上げるが、ミナカタやミカヅチには聞こえていないようだ。

「くっ、外部スピーカーもイカれているか! なら、非常用無線で……」

 今日のところは負けを認めて撤退せねばなるまい。そう考えて、助手である杏奈に連絡を取ろうとする。

「……はぁかぁせぇぇぇぇぇぇぁ!!」

 その時。聞き慣れた助手の声、だが、彼女の口からは聞いたことのない異様な絶叫が、黄印の耳を打った。

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