第15話 紫色の狂気
「あと少し……あと少しですわ、博士」
紫色の重機のコクピット。様々な計器のパネルに顔を照らされながら、屋久杏奈は微笑を漏らす。
黄印お手製の、警察無線傍受用の無線機は静かなものだ。ミカヅチに対し、一定の「治外法権」を認めるという総理の話は本当だったようだ。
(そうよ……対等な条件なら、博士が負けるもんですか)
博士が……
人は、そんな自分たちを笑うだろう。いい年をして、非合法な方法で自らの発明を誇示するなどと。だが、それも仕方がないことと思っている。正直言って、黄印も杏奈も、世渡りが上手い方ではない。このくらい過激な方法を取らなければ、誰も自分たちを見てはくれない。
黒い重機はとうとうミカヅチのクラッチを外し、両手を自由にした。ミカヅチはふたたび組み付いてくるが、黄印は左手を突き出して距離を保つ。反撃の好機だ。
「博士、今ですわ!」
「おおおっ! ミカヅチ! その頭を叩き割って、どんな旧式のCPUが詰まっているのか確かめてやるわ! ……おおっ!?」
勇ましくバットを振り上げた黒い重機だったが、次の瞬間、そのボディがガクリと前傾する。
「わわっ!?」
黒い重機にタックルを止められたミカヅチが、砂に足を取られて後ろに滑った。それにつられて、黒い重機も前に投げ出されたのだ。
「あっ……」
杏奈は見た。スローモーションのように映る景色の中、もう一台の木造ロボ……ミナカタだけが倍速のようにスルスルと動くのを。ミナカタは、左手でミカヅチの背を支えると、右手一本で腰の刀を抜き……。
ぎゃりぃん!
不快な金属音とともに、黒い重機を袈裟斬りに両断した。
「わひゃぁっ……!?」
衣乃理の眼前で激しい火花が散る。少し遅れて、黒い重機が右首筋から左肩にかけて切り裂かれ、上半分が重力に負けてズルリとずれ落ちる。
同時に、切り口から赤い液体がどろりと流れ落ちる。
「ひっ……!」
「……まさか」
ひきつけを起こしたような悲鳴を漏らす衣乃理。ミナカタからも、希の戸惑ったようなつぶやきが聞こえてきた。
「……」
先ほどまでギャアギャアと騒いでいた黒い重機は、糸が切れた人形のように動かない。
「そ、そんな……」
切り裂かれた重機、切り口から溢れる赤い液体。ぴたりと止んだ黄印の声。
「ひ……」
それらの事実が結び付き、ひとつの答えを衣乃理の脳が導き出した、その時。
「は……博士ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
ビリビリと、本当にミカヅチの身を震わせるほどの大声が、後ろに控えていた紫色の重機から発せられた。
嘘。
嘘よ、嘘。
切り裂かれた黄印の重機、そして、背中越しにも見える赤い液体を視認しながら、杏奈は心の中で「嘘」とだけ繰り返す。
そんな、だって。博士は宿敵のミカヅチと戦っていたけど、別に、私たちは無関係の住民に手をかける気なんてなくて。
あのミカヅチってやつだって、こちらに殺意なんて向けてなくて。
なんていうか、これは、そう……お互い口にはしなくても、ルールのある試合みたいなもので。
いや、でも、博士は今……今? ううん、それは考えるのはやめよう。考えたくない。
でも、その「考えたくない」ことをしでかしたのは……あいつらか。目の前の、木でできているというふざけたロボット二体。
あいつらが、博士を……博士の機体から、赤い液体……。
(そうだ。あいつらが、博士を……)
(博士は、もう…?)
杏奈がそこまで考えた時。杏奈の乗る機体から、敬愛する黄印が作った愛機から、聞いたことのない異音が響き……杏奈の意識は、
「アアアアアアアアァァァァァ!!」
紫色の重機が、鳥類が威嚇するかのような奇声を放つ。両腕を大きく広げ、自身の身をスピーカーにして少しでも音量を上げようとするかのように。
「え、あ、その、希、ちゃん? 黄印って人は……」
「いいえ。私は、搭乗席は避けて……」
そう言いつつも、さすがの希の声にも動揺の色が隠せない。
「と、とにかく、救急車……!」
ようやく黄印の救助に思い至る衣乃理。だが。
黄印の味方であるはずの黒い重機が、その先の会話を許さなかった。
ガギゴキッ!
「えっ……!?」
一瞬、衣乃理の目には、紫色の重機の肩が爆発したように見えた。突然の不調で壊れたのかと。
しかし、違った。紫色の重機の左腕は、破壊音を響かせながらも千切れることなくミナカタに迫っていた。
「おぉまぁえぇがぁぁぁっ!」
「む……!」
紫色の重機が見せた予想外の動きに、さすがの衣乃理も回避できずに右肩を掴まれる。
「こいつ、腕が伸び……?」
そこまで言いかけてから、希が息を飲む。おそらく、衣乃理自身も。
二人が息を飲んだのは、長く伸びた重機の左腕。その連結部分。そこには、金属装甲やケーブルではなく、得体の知れない黒いヘドロのようなものが蠢いていたからである。
「やべえ……!」
黒い重機が切り裂かれた後、衣乃理の指示を待つまでもなく救急車を呼ぼうとしていた鹿平だったが、携帯を持ったその手が止まる。
「あいつら、ただの馬鹿どもかと思ったら、まさか……!?」
「鹿平爺ちゃん、なんだよ、あれ?」
「あれは、機械……では、ないのですか?」
健児と大和が不安そうに聞いてくるが、今の鹿平に答える余裕はない。
紫色の重機の左腕。いや、今となっては体の各所から溢れ出る、質量を持った黒い霧のような物体。それが放つ雰囲気に、鹿平は覚えがあった。あったからこそ、鹿平はミカヅチを復活させたのだ。しかし、それはあくまで最悪の事態を想定しての備え。できれば、衣乃理の代では見たくないと思っていた存在だ。
(それに、今の衣乃理じゃ……)
ミカヅチを動かすので精一杯の衣乃理では、「あれ」には勝てない。
「……希ちゃん! やっちまえ! 手加減なしだ!」
この場にミナカタがいてくれたことを神……建御雷神と建御名方神に感謝しながら、鹿平はミナカタに向け大声を発した。
「こいつが……!?」
鹿平の怒鳴り声を耳にしながら、希は紫色の重機をあらためて見る。
紫色の重機が見せた変化は、もとより備わった機能によるものとは思えない。言うなれば、超常的な力……ミナカタやミカヅチを動かすものと、似ていながら最も遠い存在によるものだ。幼い頃より、ミナカタに搭乗すべき巫女として教育されてきた希には、それがわかる。
「だが、まさか、こんなところで……」
紫色の重機の伸びた左腕は、ミシミシと握力でミナカタの右肩を締め付けてくる。さきほどの黒い重機とはパワーが桁違いだ。
「くっ……!」
考えるのは後だ。そう判断し、ミナカタの左手に刀を持ち替えさせる。そして、刀を下から上に一閃。
ゾブン!
刀は関節の隙間、黒い部分を正確に切り上げ、重機の左腕を切断した。
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