第14話 黄印との再戦
……そして、二日後。授業を終えた衣乃理が帰宅すると、家の前に、見たくないモノが二機、どんと居座っていた。
黒と紫の、やたらと鋭角の多い凶悪な機体……黄印博士の重機である。
「おう、帰ったか、衣乃理」
そんな黒い重機の向こうから、のんきに顔を覗かせるのは祖父の鹿平だ。
「お爺ちゃん!? これ、どういうこと!? あのおかしい博士が来てるの!?」
「
「そうよ! だいたい、博士が本気でジョークを言われたら、あなたのお腹なんて捻じ切れちゃうわよ!? あなたとは頭のデキが違うんですからね!」
衣乃理の質問に答えたのは、鹿平ではなく二体の重機であった。
「うわっ、中に乗ってるの?」
黄印たちが搭乗していると知り、思わず後ずさる衣乃理。ミカヅチとミナカタは現在、鹿島神宮前に駐機してある。今、この重機に暴れられたら何もできない。
「安心しろ、衣乃理。こいつらの目的はお前との決闘だとさ。だからこうしておとなしく待ってるわけだ……ほれ、こんなものも貰ったぞ」
そう言って、黄金色の乾燥芋、いわゆる干し芋の袋を見せる鹿平。
「お土産……この博士が?」
「先日は、この地域の連中にもいらぬ被害を加えそうになってしまったからな。その例だ。
ご近所の分も渡してある。あとで配るがいい」
「は、はぁ……」
悪党なのか義理堅いのかよくわからない黄印の対応に、呆けた返事を返す衣乃理。
「こんなことするなら、被害を出す前に帰ってほしいんですけど」
「何を言うか! 我が力を貴様らに見せつけることこそ我が本懐。被害を出すことは避けられん。だからこそ、その詫びに干し芋を持ってきてやったのではないか」
「んぁ? 干し芋じゃねえよ。
「……なんだと? このケースにも、干し芋と書いてあるではないか! 貴様こそ正しい表記を覚えろ、ジジイ! それとも文字も読めんのか!?」
「馬鹿野郎! それを言うなら、ここに茨城産って書いてあるだろうが! 地元茨城の人間は、こいつを乾燥芋って呼ぶんだよ!」
鹿平が噛みついたことをきっかけに、どうでもいいことで口論を始める二人。
「……それはどっちでもいいけど、要するに、黄印さんはわたし……ていうか、ミカヅチと戦いに来たんですよね?」
「おお、そうであった。今日はミカヅチと堂々と決闘をしにまいったのだ! だからこそ、こうしておとなしく待っていてやったのだよ」
「博士が紳士で助かったわね」
隣にいる紫色の重機からも声が響く。
「以前は、なんの抵抗もしてない神社とかを襲ってたくせに……」
「それはそれだ。あの時は、神社荒らし自体が狙いだったからな。だが、今日の目的はミカヅチとの戦いだ! 卑怯な手は使わず、真正面から貴様らを倒し、我が愛機の実力を世に知らしめてくれる!」
「そうですか……それは、まあ、ありがとうございました」
軽く頭を下げる衣乃理。黄印が妙に執着しているのは迷惑だが、周りの人たちに被害を及ぼさなかったことだけは感謝せねばなるまい。
「うむ。では、さっそく始めるとしようか!」
「え、始めるって……」
「私と貴様との戦いに決まっているだろう。対決の前に準備があるなら待ってやるぞ? トイレにも行っておけ!」
「は、始めると言っても、こんなところで始めたら、ご近所さんに被害が……」
「安心なさい。博士は紳士だから、無関係な住民には手出ししないわ」
紫色の重機が黄印への信頼感に満ちた合いの手を入れてくる。
「そうは言うけど、どんな事故が起こるか……」
「そこは、お前の仕事だろう。私も気をつけるから、不意の事故が起きぬよう努力しようではないか」
妙に真面目な声で協力を求めてくる黄印。
「そんなことなら、はじめから戦わなければいいのに……」
「そこは譲るわけにはいかん。私と貴様は
「衣乃理、もう諦めろ。お前が相手してやらにゃ、こいつは帰らんぞ」
「うぅ~……わかったよ」
肩を落としながら玄関に入り、カバンを置く衣乃理。こうなれば、黄印にはさっさと帰ってもらう他あるまい。
「いよいよ決戦ね」
と、そこに顔を出したのは、現在、武見家に
「あ、希ちゃん……」
「私とミナカタも出るわ」
簡潔にそう言いながら靴を履く希。
「出るって……手伝ってくれるの?」
「ええ、以前にも言った通り、住民に被害が出ないように見届けさせてもらうわ」
「……だよね」
やはり希は加勢をしてくれるつもりはないらしい。
「相手の重機は二体いるみたいだし、一騎打ちの邪魔をしないように監視しないとね」
「は、はぁ。ありがとう、希ちゃん」
希とミナカタなら、黄印たちが二人がかりで襲ってきても勝てるはずだ。だが、たとえ衣乃理がお願いしても希は首を縦に振ることはないだろう。
「とにかく、がんばるしかないな」
希が近隣住民を守ってくれることだけが唯一の救いである。彼女がいれば、ご近所さんたちの安全は守られるだろう。
「では、行きましょう」
ミカヅチとミナカタは、昨日放課後の操縦訓練の後のまま神宮前に駐機してある。衣乃理と希は、それぞれの機体へと向かって足を急がせた。
「準備はできたか、ミカヅチ!」
衣乃理たちがそれぞれの機体に搭乗すると、黄印の重機も神宮前にやってきた。
「あの日の失態以来、
「う、テンション高いなあ」
妙に自信に溢れた黄印の声を聞いていると、ただでさえ低い衣乃理のテンションがさらに下降していく。もしかすると、今日の黄印の重機はさらなるパワーアップを果たしているのだろうか。
「……ところで、念のため聞いておくが、隣にいるその機体は手出ししないのであろうな?」
「え、希ちゃん……ミナカタのこと?」
「うむ、そうだ。今日はあくまで私と貴様との一騎打ち……それで相違ないな?」
「ええ。私はあくまで見届け人。あなたたちが卑怯な手でも使わない限り、手出しはしないわ」
黄印の問いかけに対して、衣乃理の代わりに希が答えた。
「おお、そうか! それはよかった、うむ!」
実力者の希が参戦しないとあってか、えらく安心したようにうなずく黄印の機体。もしかすると、さほどのパワーアップは果たしていないのかもしれない。
「もちろん、そちらの機体が邪魔をしたら、二対二の戦いになるけど」
ミナカタの顎でしゃくるように紫色の重機を示す希。
「安心なさい! 私は博士の勝利を信じているもの! 余計な手出しはしないわ!」
「そ、そんなぁ……」
今度は衣乃理が情けない声を出してしまう。
(あの紫色の重機が手出ししてくれれば、希ちゃんに手助けしてもらえるのになあ)
などと考えてしまう自分が情けないが、それが衣乃理の正直な気持ちであった。
「さて、おしゃべりはここまでだ。ゆくぞ、ミカヅチ!」
そう言うと、しゃきん、と背負ったバットを抜く黄印の機体。
「見よ! さらに強く、凶悪にパワーアップした神殺しの武器、ミストルティン・モールを!」
自慢げに宣言した黒い重機の右手には、先日と似た形状のバット。だが。
「なんだありゃ、ヤンキースタイル?」
「ははっ、さすがに最近はあんなの見ねえなあ」
そのバットを見た鹿平やご近所の皆さんが、力の抜けたような声を漏らす。
「ふふふ……この鈍器で、貴様の機体をズタズタにしてやるわ!」
そう言いながらミカヅチに突き付けられたバット……そこには、何十本もの釘を打ち付けたかのような鋭い突起が生えていた。
「く、釘バット……」
「釘バットだな」
「ロボットが釘バット持ってる」
衣乃理たちがそう口走った通り、パワーアップしたという黄印の武器は、どう見てもヤンキー御用達のアイテム、釘バットであった。もちろん、御用達とは言っても、本当に使われているところは見たことがないが。
「ふふふ……感謝しろ、ミカヅチ。これこそは、貴様の木造ボディをズタズタにするためのカスタマイズ。貴様への最大限の賛辞だ」
びしっ、と釘バットの先端をこちらに向ける黒い重機。黄印の言葉通り、細い棘が飛び出した釘バットは、金属製の重機よりも木造のミカヅチにこそ高い効果を発揮しそうだ。
「……構えろ!」
「わ、わかったよ」
黄印に促され、布都御魂剣を両手で構えるミカヅチ。
「では、ゆくぞぉっ!」
ずん! と参道を揺らしながら駆け出す黒い重機。そのままミカヅチに肉薄すると、なんのフェイントもなく釘バットを叩きつけてくる。
がきん!
「うわわっ……!?」
剣を垂直に構え、なんとかバットを受け止めるミカヅチ。剣とバットとが激突し、一瞬、二機の間に赤い火花が散る。
「ぬうっ!? 相変わらず、見た目より頑丈な剣だ! 面妖な奴め!」
「ううっ……!」
ジリジリとバットを押し込んでくる黒い重機に押され、一歩、後退するミカヅチ。
「……後退しては駄目! 一歩、後ろに下がれば、ますます反撃は難しくなる!」
ミナカタを通して希の声が響く。
「そ、そんなこと言っても……!」
いちおう希の声に応えようとはしてみるものの、黒い重機の攻撃を押し返せない。当然だ。木造と金属製では機体の重量が違う。先日、まともに戦えたことの方が奇跡なのだ。
「ふははは、今日は受けが弱いな、ミカヅチよ!」
反撃はないと判断した黄印は、
ガン、ガツン、ガキン!
バットが振り下ろされるたび、ミカヅチの腕が、膝が曲がり、姿勢が低くなっていく。
「……何をしているの? そんな大振り、反撃の機会はいくらでもある」
背後から、苛ついたような希の声が響く。
「そ、そんなこと言ったって……!」
希にしてみれば黄印の攻撃は隙だらけなのかもしれないが、衣乃理にしてみれば、反撃など考えられない猛攻である。
「相手がバットを振り上げた隙に体をぶつけなさい!」
「ちょっと! アドバイスするのも反則じゃないの!?」
希の助言に対し、黄印の助手が乗る紫色の重機から抗議の声が飛ぶ。
「心配は無用だ! 杏奈くん! じきに決着はつく! ……私の勝利でな!」
勝ち誇った声で助手に答える黄印。屈辱的なセリフではあるが、実際、黄印の言う通りだった。
「その剣、見た目よりは頑丈そうだが……ならば、剣ごと打ち倒してやるのみだ!」
ぐわきぃん!
釘バットが布都御魂剣を打つ。バットから生えた釘が、ミカヅチの、衣乃理の眼前まで迫る。
「ひええぇ……」
ミカヅチ本体に命中していない今のところ、バットに釘がついていることによる優位性はない。だが、搭乗者である衣乃理に対する精神的なプレッシャーは大きかった。
「あ、あんなのがここに、コクピットに入ってきたら、わたしどうなっちゃうの……? いや、釘がなくても危ないんだけど」
冷静に考えれば、たとえ釘がついていない鈍器でも、コクピットにまで叩き込まれればタダでは済まない。が、やはりビジュアル的な恐怖では、釘つきバットの方が遥かに上だった。
「ミカヅチ~、がんばれ~」
「衣乃理! 守ってばかりじゃダメだ! ガンガンいこうぜ!」
ご近所さんや健児が声援を送ってくるが、衣乃理にはそう簡単に反撃の機会は見出せない。
「足を使うんだ! こっち、こっち! こっちに回り込んで! シッ! シッ!」
ご近所さんの1人、ラーメン屋のおじさんが、ボクサーのようにシュッシュと呼気を漏らしながらミカヅチの右に回る。
「こっち、こっち! ここから坂に落としちゃいな!」
別のおばさんも、オーライオーライといったようにミカヅチを導こうとする。
「わぁ、危ないってば!」
せっかくのご厚意だが、足元をウロチョロされると踏んでしまいそうで気が気ではない。衣乃理は黄印の重機から視線を切り、足元を動くご近所さんに意識を逸らす。
「ちょっと、みなさん。あまり近づいては……」
ご近所さんがこんなに大胆に介入するとは思っていなかったのか、さすがの希も慌てている。
「……バカめ! 隙ありぃーっ!」
黄印の高い声が響く。衣乃理も希も戦いへの集中を乱した中、黄印だけは目の前の敵、ミカヅチに集中していた。もしくは単に、頭に血が上ってご近所さんの介入に気が付いていないのかもしれない。どちらにせよ、黄印は決定的な好機を手にしていた。
「ここで終わりだ、ミカヅチ!」
「……っ!」
黒い重機がバットを振り上げる。衣乃理︙…ミカヅチは、咄嗟に体の前に剣を構えて身を守る。
がぎん!
黒い重機のバットが布都御魂剣を打つ。
「あぁっ!?」
ミカヅチの手を通して操縦桿が震える。思わず悲鳴をあげた衣乃理に一瞬遅れて、ミカヅチの斜め後ろからも悲鳴が聞こえてきた。
「うひゃぁっ!?」
「あ……ご、ごめんなさい!」
見れば、近くで声援を送っていたご近所さんのすぐ近くの地面に、布都御魂剣がぶっすりと刺さっている。あと少し位置がズレたら大変なことになっていただろう。
「ぬうっ! やはり折れんか! 見た目より頑丈な剣だ!」
黄印はそんなご近所さんには目もくれずにバットを振り続ける。
「くっ……!」
ごいん!
衣乃理はミカヅチをその場に踏みとどまらせ、両手を十字に組んでバットを受け止めさせた。今、引き下がれば、ご近所さんを蹴り飛ばしてしまうかもしれない。
「ちょ、ちょっとタンマ! 危ないから!」
「なにを今更! 我々は戦っているのだぞ!?」
「……もう! 冷静になってよ!」
先日、戦った時の経験から言って、黄印は関係ない人々を無闇に傷つけるような男ではないはずだ。だが、今の彼は普段の状態ではなさそうだ。
「み、みんな、早く離れてっ!」
黄印の重機にしがみつきながら怒鳴る衣乃理。とにかく、ご近所さんの安全を確保しなければ戦いにならない。
「むうっ! クリンチとは弱気な! ブレイクだ! 正々堂々打ち合うがいい!」
両腕に力を込める黒い重機。ウイイン、というモーター音が関節から響き、静かに、だが確実にミカヅチのクラッチを押し広げてくる。
「うぅ……まだ! まだ離すもんか!」
這う這うの体でミカヅチから離れていくご近所さんを横目にしながら、衣乃理は操縦桿を握る手に力を込めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます