第12話 戦神の因縁

「へぇ~……これがミナカタっていうんだあ」

 翌日の放課後。衣乃理は親友の珠子とともに、神宮前に駐機されたミナカタとミカヅチを眺めていた。

 右に立つミカヅチはややクリーム色がかった木で作られたボディ。対して、左に立つミナカタはより白に近いボディを持っている。角の形や肩の飾りなどといった細部は異なるのだが、全体を見れば二体は実によく似ていた。

「ねえ、なんでミカヅチと似てるの? 兄弟?」

「ええと、そのあたりはよくわからないんだ。帰ったら、お爺ちゃんに聞いてみようと思ってるんだけど」

「ほんと? じゃ、あたしも言っていい?」

「うん。わたしも、珠ちゃんに一緒に来てもらいたかったんだ。……ひとりじゃ、ちょっと不安だから」

「ああ、例の諏訪さんとかいう人のこと?」

「う、うん。わたし、もっと諏訪さんと仲良くなりたいんだけど……なんだか、まだ打ち解けられなくて……」

「オッケー、任せなさい。うまいこと仲を取り持ってあげるから」



「おう、お帰り」

 衣乃理たちが帰ると、鹿平はいつものようにちゃぶ台の前でテレビを見ていた。

「ったく、昨日、連中が置いてった重機についてのニュースがほとんどねえな。あんだけデカい証拠が残ったってえのによ」

「昨日のことだもん。まだいろいろ調べてる最中なんじゃないの?」

 と、ボヤく祖父をなだめる衣乃理。

「だといいがなあ」

「それよりさ、鹿平お爺ちゃん。衣乃理から聞いたんだけど、あたしたちと同い年の子が助けてくれたんだって?」

「おう、まあな。珠子ちゃんはもうミナカタを見たかい?」

「うん、見た見た。ミカヅチと似てるね~。あれ、兄弟?」

「神様の化身に対して『あれ』呼ばわりはちょっとよくねえが……それはいいとして、別に兄弟ってわけじゃねえよ」

「ふ~ん……じゃ、ミカヅチとミナカタって、仲悪いの?」

「え? どういうこった?」

「衣乃理から聞いたの。そのミナカタに乗ってる子が、衣乃理にケンカを売ってきてるって」

「ちょ、ちょっと、珠ちゃん!」

 衣乃理は外堀から遠回しに鹿平に質問しようと考えていたのだが、珠子はずばっと本題に斬り込んでしまった。しかも、衣乃理が珠子に伝えた表現よりもだいぶ直接的だ。

「わ、わたし、別に、そんな悪い言い方は……」

「でも、そんな感じなんでしょ? ずばり聞いちゃった方がいいってば」

「ふ~ん……なるほどな」

 腕組みして衣乃理をじろりと見る鹿平。

「あ、あのね、お爺ちゃん。別に陰口とかじゃなくて……わたし、諏訪さんと仲良くなりたいなって……」

 鹿平に叱られるかと思い、手を振りながら弁解する衣乃理。

「ん? ああ、いやいや、気にすんな。夕べのお前たちの様子を見りゃ、ぎくしゃくしてるのはわかってたし……希ちゃんがお前に挑戦的になる理由もわからんでもない」

「え……本当?」

「おうよ。ちょうどいい。そのうち教えてやろうと思っていたことだ。今から話してやるよ」

「……うん」

「はい、鹿平お爺ちゃん、お茶」

 いつの間にか急須を手にしていた珠子が、鹿平の湯呑みに茶を注ぐ。鹿平から機嫌よく話を聞こうという配慮だろう。こういう時、珠子は手慣れた主婦のごとく気が回る。

「うむ、ありがとうよ……で、だ。衣乃理。お前は地元の建御雷神についてもよく知らねえくらいだから、建御名方神のお名前なんぞは聞いたこともねえだろう?」

「う、うん。その通りです」

「んじゃ、そこから説明だ。ちと長い話だから、ちゃちゃっとまとめて話すぞ」

 ずずっ、と一口だけ茶をすする鹿平。

「建御名方神ってのは、長野県にある諏訪大社のご祭神よ。怪力を持つことで知られる戦神、軍神だ」

「戦の神様? じゃ、ミカヅチと一緒だね」

「そういうこった。そして、どちらの神様も『古事記』に登場した……というか、戦った」

「え? 戦ったって……建御雷神と建御名方神が?」

「で、なに、どっちが勝ったの?」

「落ち着け。順を追って話す。で、いま言った『古事記』の中に“国譲くにゆずり”って話があってな。ざっくり言うと、神様同士が領土をかけて戦ったんだ」

「なんだか、戦国武将みたいだね」

「うむ。……で、かつて、建御雷神は建御名方神やその一族から領土を勝ち取ったのよ」

「え!? つまり、ミナカタの土地を取っちゃったの!?」

「まあ、ひらたく言うとそうだ。しかし言っておくが、別に建御雷神ひとりの我儘わがままで土地を取ったわけじゃねえぞ? 神々の話し合いによって決定されたことだ」

「……でも、建御名方神だって素直に土地を渡したわけじゃなかったんでしょ?」

「おう、なにせ、建御名方神は千人力とも言われた戦の神だからな。腕っぷしには自信がある。力ずくで自らの領土を守ろうとした」

「そういえば、ミナカタもすごい力だったもんね……」

 昨日の戦いにおいて、片手で黄印の重機を圧倒していたミナカタを思い出す衣乃理。

「だがな、相手が悪かった。建御名方神の前に立っていたのは、最強の武神、建御雷神だったんだぜ?」

「……と、いうことは……」

「おう。決着はわりと早かった。まず建御名方神が組みつくと、建御雷神は腕を氷や剣に変化させて振り払う」

「腕を氷や剣に変える? どういうこと?」

「神様だからな。そういう不思議な術も使えるんだろ……ま、黙って聞け」

「うん。それで?」

「で、今度は逆に建御雷神が組みついて、建御名方神を遠く長野県――昔で言う諏訪国すわのくにまで放り投げちまったのよ」

「なるほど~」

「いや、まだ終わってねえ。戦いが大好きな建御雷神は、戦闘を続行しようと諏訪国まで追いかけていった」

「だったら、遠くまで投げることないのに。追いかけるのが大変でしょ」

「黙ってろって。……だが、諏訪国まで追いすがると、建御名方神はすでに戦意を失っていた。そして、『今まで持っていた土地は明け渡す。俺は今後はこの諏訪国に住むことにする。だから戦いはやめよう』と申し出た……と、まあ、こんなとこだな」

「へえ~、建御雷神って強いんだね、衣乃理!」

「う、うん。少しやりすぎって気もするけど……」

 自分とミカヅチの不甲斐なさを思い出すと違和感があるが、とりあえず、神話に登場する建御雷神は強かったらしい。

(そっか……だから夕べ、諏訪さんは『ミカヅチを倒す』だなんて……)

「……でも、お爺ちゃん。ミカヅチもミナカタも同じ神様でしょ? それに、今はお互い平和に暮らしてるんだし……別に敵とかじゃない……よね?」

「もちろん、今はどの神社の神様も味方どうしよ。だが、神様にも男としてのプライドってもんはあるだろう。敵とか味方とかじゃなく、また戦いたい、次こそは勝ちたいってえ競争心を抱いてても不思議はねえぜ」

「競争心って、それは……諏訪さんが? それとも神様が?」

「どうだかな。だが、本当に優秀な“巫女”は、神の意思を感じ取り、それを実現するって話だ。あの嬢ちゃんなら、ミナカタの意思くらいは読み取れるんじゃねえかな?」

「――その通りです」

「ひゃっ」

 鹿平の背後のふすまが開き、諏訪希が現れた。いきなりの登場に、衣乃理の喉から小さな悲鳴が漏れる。

希は昨日の巫女姿とは違い、シンプルなブラウスにジーンズというノーマルな服装である。

「おう、希ちゃん。勉強は終わりかい」

「はい。今日の課題は終わりました」

 衣乃理の助っ人として来訪した希は、学校を休んでいる分、昼間は武見家にて一人で勉強していた。市内のビジネスホテルに宿泊する予定だった希と宮阪を、鹿平がせめてもの礼にと引き止めて武見家に滞在させたのである。

「話を聞いてたんなら、入ってくりゃいいのによ」

「いえ、いま来たばかりです。……それに、お話の内容はだいたいわかります」

 感情をうかがわせない瞳で、ちらりと衣乃理を見る希。

「あ、こ、こんにちは……勉強、お疲れさま」

 別に希に対する陰口は言っていないが、なんとなく気まずい。いま鹿平から聞いた神話の内容は、希にとっては愉快なものではなかったはずだ。

「……武見さん」

「は、はい! なんでしょう!?」

「巫女であるあなたが“国譲り”を知らないとは意外だったけど……これで理解してもらえたでしょう?」

「え? ええと……ごめんなさい、あんまりわかってないかも……理解って、なにを?」

「……つまり。ミナカタは、ミカヅチと戦いたがっている。そして、私も」

「え……」

「ただし、失礼だけど、いまのあなたではだめ。もっと強くなってちょうだい」

 びっ、と衣乃理を指差す希。

「私は、あなたを厳しく鍛えます。一人でも鹿島神宮を守れるように――そして何より、私とミナカタが全力を持って戦えるようになるまで」

「うほっ」

「へえ……!」

「え、えぇ~っ!?」

「さあ、それでは、稽古を始めましょう」

 鹿平と珠子がなぜか嬉しそうに歓声をあげる中、衣乃理は希にがっしりと手首をつかまれる。

 ――こんな時、手を剣か氷に変えられたらいいのに。

 女の子にしては握力の強い希にしっかりと手首を握られながら、衣乃理は頭の片隅でそんなことを考えていた。



「――もっと気持ちを込めて。ご神体の操縦は、ただ操縦桿を動かせばいいというものではないのよ」

「そ、そう言われても……」

 衣乃理は希のコーチのもとでミカヅチの操縦訓練をしていた。だが、希が教えてくれるのは具体的な操縦法ではなく、精神論ばかりであった。

「ご神体は、巫女と心をひとつにすることで動くの。真に神体と巫女がひとつになれば、操縦桿などなくても動いてくれると言われるほどよ」

 先ほどから希が言っている『ご神体』というのは、ミカヅチやミナカタなど神の化身たるロボットを指すらしい。

「心をひとつに、って言っても……一応、がんばってるつもりなんだけど……」

「漠然とした気持ちでは駄目。建御名方神や建御雷神が何の神様なのかは聞いたでしょう?」

「えーと、戦いの神様?」

「そう。ならば、神体を動かすために必要なのは戦う意志、闘志よ」

「闘志? そんなこと言われても……」

 腹を立てているわけでもないのに、闘志なんて燃えはしない。

「あなたが、初めての搭乗でミカヅチをうまく動かしたというのは聞いているわ。その時の状況を思い出してみなさい」

「あの時? あの時は、確か……」

 黄印たちが初めて現れて。

 地下室に避難して。

 そこでミカヅチを見て、工具を置いた棚が倒れて……。

(……そうだった。わたし……お爺ちゃんが大ケガをさせられたと思って、それで怒っちゃったんだっけ……結局、あれはお爺ちゃんの嘘だったけど)

 自分が情けなくなって、はぁ、とため息をつく衣乃理。

「何か思い出した?」

「あ、うん。確かにあの時、わたし、怒ってたと思う……」

「……なら、その時の感情を思い出してみなさい。今、敵が目の前にいると思って神体を動かすの」

「う、うん。ええと……」

(――あの時、お爺ちゃんに騙されて……お爺ちゃんが怪我をしたのは、あの黄印って人のせいだって思って……)

(でも、その後、お爺ちゃんはすぐに起き上がって、わたしたちの戦いを応援してたんだよね)

(まったく、お爺ちゃんときたら、人に心配かけて……!)

(……ていうか、携帯を買ってもらったのと引き換えにしては、任された役割が重すぎるような……)

 いろいろ考えているうちに、気付かない方が幸せだった結論に行きあたってしまう衣乃理。

「……どう? ミカヅチは動きそう?」

「え? ええと……」

 希に促されて操縦桿を動かしてみる……が、ミカヅチはやはり緩慢かんまんな反応しか見せない。

「ちゃんと戦闘中の感情を思い出している?」

「……う~ん……ちょっとダメみたい……」

 当然である。衣乃理があの時感じた怒りは、鹿平にすっかり騙されていたからこその感情だ。鹿平に怪我がなかったと知っている今、同じ感情を呼び起こすことなどできない。

(そもそもわたし、喧嘩なんてあんまりしたこともないし……あんなに怒ったことってあんまりないかも)

 ミカヅチに初めて乗ったあの時は、頭の中が「敵を倒すこと」だけでいっぱいになっていた。

 敵である黒い重機を引き裂き、破壊する様子までもが心の中に映し出されていた。

(……あの時のわたし、ずいぶん怖いことを考えてたかも……)

(わたしは、お爺ちゃんやみんなを守るために戦ったつもりだったけど……本当は……)

(ただ腹を立てて……怒った勢いで相手をやっつけようとしてたのかな?)

 そんな思考が脳裏をよぎり、ぶるっ、と震える衣乃理……すると。

 がらかかっ……がしゅう……。

 前触れもなくミカヅチが小刻みに震えたかと思うと、がくっ、と前のめりの姿勢になって急停止した。

「わっ……!」

 ごつん。

 衣乃理は操縦桿から手を滑らせて、眼前の壁に額をぶつけてしまう。

「あ、あいたぁ~……ど、どうして?」

 慌てて操縦桿を握り直したが、ミカヅチはぴくりとも動かない。

「え? ちょっと、ミカヅチ、立ちなさいってば…こら!」

 がしがしと操縦桿を動かしても、まったく反応しないミカヅチ。

「……今日はここまでにしましょう。ミカヅチは私が運んでおくから、あなたは降りなさい」

 希の言葉で、その日の訓練はお開きとなった。



「あれ? せっかく見に来たのに、もう練習終わっちゃったの?」

 鹿島神宮からの帰り、衣乃理は私服姿の珠子と出会った。

 珠子は一度帰宅していたようで、飼い犬のコロを伴っていた。コロは珠子が小学生の頃に拾ってきた、黒と茶色が入り混じった毛皮を持つ雑種である。

「コロの散歩のついでに、衣乃理の練習を見学しようと思ったのに~」

「うん、ごめんね。今日はちょっと調子が悪くてさ」

「……え? 衣乃理、体調でも悪いの?」

「ううん。体は平気なんだけど、ミカヅチが、あんまりわたしの言うことを聞いてくれなくて……」

「なんで? ミカヅチと喧嘩でもした?」

「喧嘩も何も、ミカヅチは何も話せないんだよ?」

 むしろ、喧嘩だったら楽だった。ミカヅチが具体的に不満でも述べてくれれば、解決法も見つかるだろうに。

「言葉は話せなくても、仕草とか表情とかでミカヅチの気持ちはわからないの? コロみたいにさ」

「コロみたいに?」

「そうよ。私たちくらい長い付き合いになると、種族の壁を越えて感情が読み取れるんだから。例えば今は……」

 と、済ました表情でリードの先端を見下ろす珠子。その先にいる愛犬のコロは……。

「はっ、へっ、はっ、へっ」

「……衣乃理に夢中みたいね」

 コロは、衣乃理の太ももにかじりつき、真剣な様子でカクカクと腰を振っていた。

「いやぁ~! もう、コロ! 何を考えてるのよ!」

「いいじゃないか、衣乃理ちゃん。なんだったら、これから俺の小屋に来るかい?」

「変な吹き替えしないでよ、珠ちゃん」

「あはは、ごめんごめん。ほら、コロ。離れなさい!」

 リードを引っ張ってコロを引き寄せ、その額をつん、とつつく珠子。

「ほわぁん」

 コロは切なそうな声をあげて、愛しの衣乃理との別れを惜しんでいる。

「ちょ、ちょっと、珠ちゃん。助けてくれたのはいいけど、叩いたら可哀想だよ」

「ん? だいじょーぶだよ。ちょっと押しただけ。それに、この子のためにもしつけは必要なんだから」

「そうなの? だったらいいけど……って、何の話をしてたんだっけ?」

「ミカヅチの気持ちを知る方法ないの、って話」

「あ、そうだった。でも、ミカヅチに表情なんてないし……だいたい、感情を持ってるのかどうかもわからないよ。わたし、ミカヅチについて何も知らないんだもん」

(……そうなんだよね。わたし、何にも知らずにミカヅチに乗ってる……)

 その場の勢いに流されたり、祖父に頼まれたり、誰だか知らない偉い人たちに持ち上げられたり。

 最初はそれでいいと思っていた……というより、何も考えていなかった。だが今は、希という比較対象――しかも、自分より遥かに優秀な――が登場したせいか、自分とミカヅチの立場について、嫌でも考えさせられる。

(ミカヅチやミナカタって、いったいなんなんだろう。ちゃんと感情を持ってるのかな? もし感情を持っているんだとしたら、わたし、嫌われてるのかな……?)

 衣乃理としては、希ともミナカタとも仲良くやっていきたい。というか、先輩として、優しくご指導願いたい。だが、神話における建御雷神と建御名方神の戦いを知った今では、それは少し難しいような気もしてきた。

「『私は、あなたを厳しく鍛えます』って、ハッキリ言われちゃったもんね……」

 いつも冷静な……というか、厳しい表情ばかり見せている希の顔を思い浮かべる衣乃理。だが、その厳しい表情を作らせているのは、他ならぬミカヅチなのかもしれない。

「でもさあ、ミカヅチにも心があるのは間違いないんじゃない?」

「え? ……あぁ、そうかな?」

 ミナカタとミカヅチとの関係について思考を脱線させていた衣乃理だったが、珠子の言葉で会話に復帰する。

「ミカヅチに心が……って、なんでそう断言できるの?」

「あんたが言ってたんでしょ。自分が操縦しなくても、まるで勝手に動いたみたいだって。そんなの、普通の重機じゃありえないわよ。それに、操縦する人の『資格』ってやつもね」

「資格……か」

 珠子が言っているのは、「搭乗者になれるのは処女のみ」という珍妙な条件のことであろう。

「でも、心があるんだったら、わたしが乗る必要はないんじゃない? ミカヅチが勝手に動けばいいんだもん」

「どうかしら? 別に、心があるからって協力者がいらないってわけじゃないでしょ。あたしだって、お父さんやお母さんがいなくちゃ暮らしていけないわよ。それに、コロもね」

「ほわん!」

 珠子が自分の名を口にしたのを聞き、嬉しそうに尻尾を振るコロ。

「う~ん……でも、自分が乗ってる重機……ご神体? が勝手に動くのって、結構怖いよ。逆に、ちゃんと操縦してもウンともスンとも言わないこともあるし」

「それは困ったもんだけど……ま、そういうもんだと思って付き合うしかないんじゃない? このコロだって、あたしがいくら引っ張っても歩いてくれないこともあるし」

「あはは……」

 さっきから妙にコロを引き合いに出す珠子の言葉を苦笑とともに受け流す衣乃理。仮にも建御雷神の化身であるご神体と犬とを同列に語るのはどうなのだろうか。

「ま、なんにせよ、慌てることはないんじゃない? あの希って人、しばらくは泊まってくれるんでしょ? もし悪い奴らが現れても、あの人がなんとかしてくれるわよ」

「う、うん。そうだね」

 先日の希の実力は圧倒的だった。衣乃理が初めてミカヅチに乗った時のように興奮するでもなく、当たり前のようにミナカタを御し、軽々と黄印博士の重機を倒してのけた。希がいてくれる限り、黄印が何度挑戦してきても安心だろう。

 ――この時の衣乃理は、本気でそう考えていた。だが、その期待は遠くないうちに裏切られることになるのであった。

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