第33話 「人間の傲慢、美しく見せようぞ」.9

「これで、人間が悪者説の線って結構消えたじゃないですか?アーニャさん、聖獣たちのこと結構敬っているらしいし、ここまで苦労する人すら聖獣に敵意を持ち合わせていないのであれば……」


「いや、結論付けるのはまた早い。自分の苦境を誰かの責任にしたがるのが人間だ。アーニャ母娘は聖獣を悪く思っていないってことは信じられるが、他の村人もそう思っているかどうかはまた別の話になる。そして、村人全員が白だとしても、『人間側は悪くない』って言い切れない」


「と言いますと?」


「最近村に何か変化はあるのか?俺たち以外のよそ者が来たりするとか」


 返答代わりに、俺はアーニャに更なる質問を出した。クサモチも「なるほど」と言った顔で手を打った。


 そう、村の人は悪くなくとも、村の者以外の人間が悪役って可能性はあるのだ。


「そう言えば、最近、長老様は道路を作ると言っていました」


「道路?」


「ええ、大都市に繋がる道路を作りたいとおっしゃっていました。これで里が抱えている問題が全て解決とは行かなくとも、大分軽減されると」


「大道路らしきものは見当たらないな。工事はもう始まったのか?」


「いえ、これからかと思います。代金の方も、どうやって支払うかは私たちには知らされておりませんし……」


 なるほど。これは黒だ。悪徳の匂いがする。


「アーニャさん。道路を作るために、里に滞在するよそ者はいますか?」


「ええ、あります。私は日々の労働で手一杯なので、詳しくは知りませんが、首都から工匠が来ているそうです」


 アーニャの答えに目をキラキラさせるクサモチに、俺は思わず苦笑する。余程アーニャを含む里の者たちを仮想敵にしたくはないだろう。そこはまあ、理解できる。


 道路工程などという、いかにも裏で利益が行き来しているような要素が出てきたことで、悪役探しの重要な方向性が一つ浮上した。


 だが得難い隠しクエストだ。最良の報酬を手にするためにも、全ての可能性を考慮して行動すべきだろう。


 隣のクサモチに目をやると、うっとりとした感じでアーニャを見ている。その母性溢れるおっぱいではなく顔を見ている点だけ評価してあげよう。


 出来るのであれば、アーニャたちの味方の立場を維持しよう。ゲーム内報酬も大事だが、クサモチの心情も尊重しよう。貴重な優しいくも気さくな友人だ。これからも良好な関係を保っていきたい。


 ……クエストの流れはさておき、それよりも気になることがある。


 アーニャのAIはどうなっているのだ。明らかに普通のNPCじゃない。細かい所作があまりにも人間的すぎた。


 俺と会話しながらもクサモチの顔色を窺ったり、クサモチの遠慮のない視線を浴びて羞恥で上気した顔を見せたり。


 高度なAIではなく、プレイヤーの言動に一々反応を設定している従来なパターンのNPCでは、そんなディテールなところまで設定されているとは思えない。


 アブローズ社がAIの画期的な改良に成功し、このあまり人が来ない場所に位置するNPCたちは実験的にそのAIが投入されたのか。


 いや、この線は細い。


 第一、アブローズ社が完全でないものを正式起用する可能性は極めて低い。今までの原則から見たら、ゲームの完成度を下げる要素はことごとく排除されてきた。


 新技術をここで試運用しているという可能性も低いだろう。何故かというと、リアリティーを売りにするゲーム内で、運営側は現実のアップデート作業を想起させる要素を出来るだけ減らしたいはずだ。


 そしてそんな大前提を無視して、試運用の線で考えれば、運営側から何かしらの告知があってしかるべきだし、テストやデバッグの人員の募集も行われるはずだ。さもなければわざわざ正式サーバーに投入する意味がないし、そんな高度な物を完成したらアブローズ社だってユーザーと株主たちにアピールしたくない理由がない。


 なら逆に考えて、最初に切った可能性を考えよう:つまり、隠しクエストのNPCだから、細かくプログラミングされているという線。


 途方もない作業量になるが、AI技術が大幅に進歩した可能性と比べたら、こちらの方が割かし現実的ではある。


 しかし、遊び心満載で、ゲーマーたちと同じ目線でこのゲームを育ててきたアブローズ社だろうと、営利企業であることに変わりはない。利益のために動いている以上、目にすることができるプレイヤーが全体的にごく少数しか占めない隠しクエストNPCに、大量な資源を注ぐとは考え難い。そんなことをしても、ゲームの売り上げと評判には繋がらない。


 ならば残されたのは、一つ、考えたくない可能性。


 菫たちのアルゴリズムが何らかの理由で流失し、今、俺たちの目の前にいるアーニャたちには、その技術の全てが惜しみなく使用されている。


 この仮説なら、目に見えている現象の説明が付く。


 仲間たちを作り上げて、早半年。ここまで来て、色んなものを犠牲にして(主に羞恥心と人としての尊厳)、あまたのプレイヤーたちの目を掻い潜り、我々はまたアカバンを喰らっていない。


 だがここ、クロノスリベレーターの世界はそもそも世界最高峰の技術の結晶。誰にも通報されていなくとも、運営側に菫たちの正体がバレでいないとは言い切れない。


 バレでいると仮定し、なぜ俺たちは泳がされているのか。


 母ちゃんは俺の知る限り、アブローズ社で相当な地位を有している。母ちゃんが庇ってくれているのか?それだったら、何かしらの連絡をして来ないのは流石におかしい。


 俺の技術を使いたいが、金は払わない。代わりにお前らの子供の遊びは見逃してやるから黙っていろ。


 これの可能性が、一番高いのではないだろうか。


 俺が言うのもなんだが、菫たちのAIはブラックテクノロジーだ。どうして機能しているのか、俺自身半分も理解していない。奇跡としか言い表せない性能に、当初一番驚いたのは誰でもなく俺自身だ。


 こんな大それた物と引き換えに、ただの一プレイヤーのアホな条約違反を見逃すぐらい、企業としては正しい。俺がこんな数百億単位の利益が動いているゲームを運営していたら、同じ決断を下している。


 俺自身が口を閉ざしておけば、この件が世に知られることはない。


 この突然降って来た隠しクエストそのものが、運営からのメッセージじゃないだろうか?


 見逃してやるし、こうした小さなおまけもくれてやろう。だからお前の技術を使用することも口外するな。


 本当にそういった意味合いなら、俺も首を横に振ることなどできない。菫たちは俺にとってはもう生きている人間で、家族だ。


 そもそも、俺はこのAI技術から金を生みたしたいから研究したのではなく、ただ友達が欲しかったから。


 だがこの条件を飲むのは、仲間たちの命が常に誰かの指先一つで消え去ると同じ意味だ。俺個人が、世界的大企業と戦える訳がないし、母ちゃんの立場だってある。


 気が付けば、俺は苦々しく唇を噛み締めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る