第29話 「人間の傲慢、美しく見せようぞ」.5
「すまん。つい高ぶってしまった」
「分かって貰えれば良いのじゃが……」
どこか俺を信じ切れない表情をする菫。心外だ。
「長老、この現象の原因に心当たりの程は?何時から始まったのじゃ?」
「おお、巫女さま……救っていただけるのじゃな!」
「お主の話によって妾の行動は違うぞ」
鋭い目で長老を威圧する菫。
当然だ。あの仔猫の状態を鑑みるに、人間側が何かをやらかしたと見た方が自然。長老の一方的な証言をそのまま受け入れるのは得策ではないだろう。
「あれは三日前のことじゃ」
仰々しく口を開く長老。狸親父の姿形しているからどこか信憑性がないように思えてくるのだが、その口振りはとても慎重かつ真剣であった。
「里全体に聞こえる程の咆哮が、聖山の方から聞こえたのじゃ。怒りや憎しみというより、悲鳴のように儂は捉えたのじゃ。時刻は丁度丑三つ時」
「咆哮ねえ……」
「巫女さまもよく御存知の筈。『碧水の調停者』さまのお声じゃった」
俺たちと視線を交換した菫。
記憶が正しければ、碧水の調停者とは二体のマップボスの内の一体。当然のようにレベルは100越え。
山の奥にいる聖なる泉に鎮座し、流麗な体躯を見せびらかすように空中で闊歩する。
輝かしい黒銀の鱗と二本の角を特徴とした超然たる獣、麒麟である。
菫のジョブチェンジクエストの時、里の守護神の一角として登場し、魔族に落ちた獣霊たちに聖水を浴びせ浄化した。
喋りがとても穏やかな感じで、声は女性的な印象を与えてくれた。悪堕ちした獣霊たちを消滅させるのではなく、浄化したところから見ても、神話通りの殺生を嫌う優しいキャラだった。
ちなみに、タマっちも浄化された獣霊の中の一匹で、そのクエストで菫の奮闘によって救われ、後に彼女と契約を交わした。
元々白○の者のようなゲスの極み顔だったのに、キュウ○ンのような可愛らしい感じになったのも碧水の調停者のお陰である。
その碧水の調停者が悲鳴を上げたのと、仔猫の霊。どこか関係があるのだろうか。
「強大な魔族、それとも魔神に遭遇した可能性が大きい。頼む、巫女さまと、そのお仲間の冒険者さま。聖山へ行き、状況を確かめてはくれぬか」
深々と頭を下げる狸。
「悲鳴以外の異常はあるの?戦闘音とか、スキルや魔法が放つ光とか」
「『碧水の調停者』さまの声以外は何も異常はなかったのじゃ」
アガタのもっともな質問に直ぐに返答をくれた長老。
「どう思う?」
菫は俺たちの意見を求めた。
このクエストに置ける村民たちは、黒か白かという単純な質問だ。
「そうだな……」
クサモチも状況を理解できるよう、俺は知っている情報を口に出して整理した。
まず、聖山の頂上には、碧水の調停者と対を為す聖獣が住まっているはず。
確か、碧水の調停者の強さすらも凌駕しているという、彼女の兄である「赤陽の担い手」。名前だけ出てきて、詳細は謎の中だが、俺の推測によると多分鳳凰だろう。
その「赤陽の担い手」がみすみす妹が魔族に倒されるのを、指……はあるかどうか分からないので、爪?を咥えて見ていたというのは考え辛い。
だが悲鳴が上がっただけで、戦闘音の類や閃光などはなかった。せめて長老はそう証言している。
その件に関する真実はおいおい調べるとして。
「信じがたい話だが、『碧水の調停者』は多分、もうこの世にはいないかもしれない」
俺の推測に、皆は深刻な顔をした。
里の人が崇める二柱の聖獣はお互いの存在に寄り添う一心同体の守護者。陰と陽、どちらを失くしても、バランスは崩壊する。
設定上、獣霊憑依の力も聖獣たちの恩寵なので、今、里で起こってる現象は憑依の術が不安定になった結果だろう。
この平衡を欠いた姿は、片方亡き聖獣たちの力が暴走していると解釈したら、辻褄は合う。
碧水の調停者が死んでいなくでも、深刻なダメージを負って、力を失っている状態にいるのはほぼ確実。
赤陽の担い手について、その状態と立場を確認する必要がある。最悪敵なのであれば、その時はまた対策を立てる。
100レベル越えで、ストーリー上神のような存在。六人で対処できるのかどうかは大きな疑問だ。
そして赤陽の担い手すらも倒されているのであれば、魔族はそれこそ、リベリウスレベルの大物がその裏にあると考えた方がいい。
「情報収集にあたって、チームを三つに別れよう。俺は仮説を三つ立てた」
俺の提案に、皆頷いてくれた。
「まずは人間が悪者説。菫は人間が悪者って考えているだろ?」
「ああ。あの仔猫の霊は人間を恐れていた節がおったからのう」
「じゃ菫はその線で考えて行動しよう。要は、『碧水の調停者』を殺せる程の力を村人たちがあるかどうか、それとそれをやる理由があるかどうかを調査してくれ」
「普通なら考えにくいのじゃがのう」
人間が悪者であると考える菫だが、即座否定的な答えを出した。
「力の源となる聖獣。自分たちを魔族から庇護し、この文明レベルが低いが平和で安寧な桃源郷を維持する偉大なる存在。それを自分たちの手に掛けることは、例え出来るとしても何一つ利益にはなり得ないはずじゃ」
「村人の中に……魔族や魔族の側に寝返った奴……ないとは限りませんよ」
菫の考えに一石を投じるセツカ。
「じゃセツカと菫はチーム一でいいか?」
「妾はいいぞ」
「異存……ありません」
「次は深読みをしない、
「はいはいー、私とフィーナちゃんそれやるー」
「一番楽とか考えないようにな。村人に情報収集に当たる時、怪しい人物がいるかに留意するだけでなく、会話で引き出せる限界量の情報を想像しながらやろう。何せ隠しクエストだ、ここから絶対一筋縄ではいかないと思う」
「「了解―」」
「最後のチームは、野郎二人だな」
「よろしくね、師匠」
「……もう突っ込まないぞ」
「で、ロザリアンさん。第三の仮説は?」
皆一同に俺を見て、好奇心を露にしている。
「そりゃ、もちろん」
俺は聖山の方へ視線をやって、その頂上を見た。
高いので霧と雲に覆われていて、その全貌を確認することはできない。
そこには今まで戦ったことのなかった、神に近しい生き物が俺たちを待ち構えている。そう考えると、血が騒ぐ。
無慈悲さに定評のあるこのゲームだ。どんだけ強いのか逆に興味が沸く。
「兄妹喧嘩説だ」
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