第30話 「人間の傲慢、美しく見せようぞ」.6
「お前も大概素直」
「男は素直なのが一番だと思いますので」
「さっきまで業が深いとか言ってなかったっけ?」
「男はそもそも業が深い生き物だと思いますので」
「それは……否定できねえな」
皆一時解散し、各々考え付いた切り口に向かって出発した。
俺がどこから着手しようかと思慮していたところ、クサモチは勢いよく歩き出した。
その迷いなき歩みに感心し、お、こいつもう何か思いついているなと、その後ろに付いて行ったら。
こいつはただ、さっき気になった巨乳のケンタウロス娘に一直線に前進しているだけだと気付いた。
「だってかわいいですもん」
「大の男がもんとか言うな」
「ロザリアンさんはハーレムの主ですから余裕があるでしょうけど、こちとらNPCだろうと癒しを求めたいのですよ」
「だからハーレムの主云々は誤解だ」
「またまたー」
ハーレムの主っていうのは嘘だが、まあ、その気持ちは分かるよ……
このゲームのモデリングってどうしてこれ程までに素晴らしいのだろうね。
「しかもNPCだと普段できない口説き方もできるじゃないですか」
「というと?」
「会話の途中でいきなり片膝をついて歌い出すとか」
「そんなことしてたのかよ?!」
フリーダム過ぎる男だ。ディ○ニーの世界の住人かよ。
「いや、しないしない。流石にそこまで恥ずかしい人間じゃないんですから」
「じゃ何で言い出した」
「その、笑わないてくださいね」
「しねえよ」
「……だから、NPC相手なら、そういった芝居掛かったことをしても、頭がおかしい奴って目で見られないし、ロールプレイと言いますか、憧れるシチュエーションを体験できるじゃないですか」
……はい、思い切り分かる。何も言えなくなった。
お前の目の前にいるこの師匠と呼ばれている男はまさに日常的に類似した思考で生きている。口が裂けても言えないけど。
「……まあ頑張れ。そういう遊び方も断然ありなのが、クロノスリベレーターだから」
「そう言ってくれると信じていましたよ」
屈託のない好青年の笑みを返すクサモチ。これから巨乳ケンタウロス娘をナンパしにいく野郎には見えない爽やかさだ。
しかし、そうか。
NPCに向かってなら、普段しない筈のことをしても咎められない。
そういった認識は多分、多くのプレイヤーの中にはあるのだろう。
クサモチのような「大袈裟な感じで女の子を口説きたい」ってのは、間違いなく、その中では一番かわいいレベルの奴だ。
だが、そういう認識を持っているプレイヤーの中、クサモチのような善人ばかりではないのは確実だ。
実際、このゲームは盗賊団プレイもやりたいのであればできる。
そしてその盗賊団プレイは、運営から見れば適切なゲームプレイ。アカバンの対象には当然ならない。NPCの衛兵に追われたりするが、それだけだ。
世界ランキング一位のイギリス人プレイヤーが率いるギルドの討伐作戦が為されなかったのであれば、ファラー公国にはついこの間にまで結構巨大なPVP専門の盗賊団があった。リアルマネーありのゲームだ、ない方がおかしい。
俺はどちらかと言えば、盗賊団プレイには好意的に見ている。プレイヤーもリスク承知でやっているのだ。それのどこがいけない。
まあ俺のところに来たら全力を持って撃退するが、あえて悪人を演じる彼らもこの自由の世界では良きスパイス。時に俺だって負けて金品を巻き上げられることがあったし、あの時は悔しかったが、「そういうもの」だと認識している。
だが、その「現実には誰も傷ついていないならいい」という俺の大前提は、仲間四人を作ったことによりガラリと変わった。
盗賊団プレイっていうのは思い切りアウトローに見えるが、実は限界がある。
セクハラや法に抵触する不適切な言動はアカバン対象だから、プレイヤーの盗賊団はそれこそアニメの悪者のようなノリでやっていた人が多く、かませ犬としてのお約束を楽しんでいる人すらある。
だがそのちょっと悪いことがしたいという衝動を、NPCに向けていたら、どうなるのか。
法の守りなく、際限のない人の「業」に晒されるNPCたち。
「NPCに何をしてもいい」。
噂だが、リョナラーにとってこのゲームは最高らしい。ネットの闇が怖くてその話は深く追求しなかったが、間近なことになりつつある。
今でこそ、NPCと性的接触が出来ないが、何時それが出来るようになるのかも分からない。
菫、セツカ、アガタ、ギルフィーナ。俺の大切な仲間たち。
見方を変えれば、彼女たちは……NPCだろうか。
俺がそう思わなくとも、他人の思想を変えることなどできはしない。
彼女たちの素性がバレれば、その深すぎる業の捌け口として狙われても何ら不思議じゃない。
まるで、「物」のように見られる。それが耐えられない。
彼女たちは……彼女たちは……
「……人間なのに」
そう、俺は小さく呟いた。
そうか……
俺にとって、彼女たちは既に、何の疑いようもなく人間なんだ。
「何か言いました?」
「いや、何でもない」
クサモチは、真実を知ったらどう行動するのだろうか。
今からNPCのナンパに向かうことを心底楽しみにしている、この良くも悪くも子供のような男は、どんな顔をして、どんな言葉を彼女たちに掛けるのだろう。
「例えばの話だけど」
「はい?」
「NPCたちに、本当に高度なアルゴリズムを追加され、学習するだけでなく、人間のように感情や痛みを手に入れたとして」
俺は歩みを止め、クサモチはそれに連れて止まった。
「お前はNPCたちとどう接する?」
「どうって……それは、このゲームのNPCたちがより高度なAIを得て、人間と区別が付かないようになった時って話?」
「そうだ」
「まあ……アブローズ社だから、無理と断言できないところが怖いですね」
「まさにそれだ」
「でも悩む必要ってあります?そりゃ人間のように接すればいいでしょう?」
本当に、一秒も悩む素振りを見せずに、クサモチは答える。
「僕は相手が人間かどうかを定義できる頭脳はないけど、相手が人間かどうかは、僕が相手に礼儀を尽くし、僕自身が『人間らしく』行動することに影響を及ぼす要素じゃないでしょう?」
「人間らしく」行動する。
まるで、例え相手は人間じゃないだろうが、礼を失する行動を取る奴は人間失格みたいな言い方をするクサモチに、俺は失笑するしかなかった。
いい意味で、だが。
「お前は、さっきまでNPCには人間にしないことを試してもいいって言ったぞ」
「それとこれは別でしょ。高度な知能を持ったNPCに、感情が芽生えた。なら例えNPCは人間じゃなくとも、僕は人間のように接しますね。相手の在り方は自分の在り方に影響したりしないと思いますけど、ロザリアンさんは違うんですか?」
「……いや、全くもって同意だよ。お前はブレないな」
「それは褒めてますか?」
「もちろんだ」
俺は、クサモチに向かって、精一杯の笑顔を見せる。
コミュ障の俺の笑顔はさぞ不細工だろうけど、善意だけは、こいつには伝わると信じて。
「最高級の賛辞だよ」
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