第17話 みんなの優しいお姉さんアガタちゃんは今日もしっかりみんなの面倒をみるよ!.5

「じゃソウルプレイヤーで決まりとして、バードとネクロマンサー、先に取る職はどっちにする?クエストの流れにも関わることだから、こればかりは先に決めといた方がいいよ」


「私が今やっているクエストチェンはジョブチェンジクエストと関係があることなの?」


「表面上はないけど、まあ信じてくれ。面白い物を見せられると思う」


 最初のクエストチェンを解決する方法によって、ジョブチェンジクエストに辿り着く話の展開も違ってくる。


 実質チュートリアルとして設計されているこのクエストチェンは、初心者にこのゲームの特性を教え込むためにあるので、楽しいハプニング満載である。


「クロノスリベレーター」はゲームでありながらも、目指す地点は新たな社会であるという。オンラインゲームの先決条件の一つである「プレイヤー間での公平」も、この雄大な野心の前ではさほど重要ではない。


 従来のオンラインゲームの大半は「電車」だ。プレイヤーは敷かれているレールの上にしか走ることが許されていない。


 ゲーム内クエストというと、「全プレイヤーがみんな同じ流れを踏んで解決していく」ものであり、ある程度制約されている不自由なものである。


 それはゲームのストーリーを伝えるための重要な手法であることは否めないし、それが悪いとも一概には言えない。精巧に作られたゲーム内容であれば、大いにプレイヤーを楽しめるだろう。


 だが「クロノスリベレーター」は「果てなき荒野」だ。


 レールどころか、道路すら自分で開拓していく必要がある。


 ゲーマーの脳裏に焼き付けているお約束の数々は、ここでは役に立たない場合の方が多い。


 今からワカメさんの驚いた顔が楽しみで仕方がない。


「どっちを選んだ方がいいの?アドバイスをお願い」


「そうだな……」


 複合上級職になる方法はこうだ。


 一回目のジョブチェンジで基本職を取り、二回目のジョブチェンジで副職を取る。この時点で複合上級職は決まる。


 スキル熟練度の要求値を達成したら、両方の職のNPCギルドから共同要請クエストが発生し、それを解決したら複合上級職に自動的にジョブチェンジする。


 一回目の職と二回目の職を取る順序は上級職の種類に影響はないが、レベリングや低レベル時の生活の仕方に影響が出たり、クエストの流れが違ったりする。


 自分がより興味を感じている要素が内包されている一次職を選択することは、ゲーム生活を楽しめるかどうかに関わる大事なことだ。


 ワカメさんの場合、先にネクロマンサーを選択すると、自分でレベルアップしく分には何の問題もないだろう。元々自己一人で複数の役割をこなせるのが売りの職だからだ。


 先にバードを選ぶとしたら、チームプレイに慣れないとレベルアップが大変だし、低レベルのバードの戦力は本当に低い方で、レベリング効率が悪い。


 だがその代わり、成長した暁にはどのチームにも重宝される人材として歓迎されるし、楽器を使って戦う術も低レベルから練習した方が上達しやすいだろう。


 これらの旨をワカメさんに伝え、俺は彼女の決断を待った。


「一次職はバードにするよ。私、現実じゃリコーダー以外の楽器に全然触ったことないので、それを奏でるのがどういう気持ちなのかとても気になる」


 長考の末、ワカメさんの一次職はバードに決定した。


「それはいいことを聞いた。分かった、武器用のバイオリンを調達していこう。それとも別の楽器がいい?中国系の楽器とか、三味線とかも一応あるけど」


「いえ、バイオリンがいいかな。でも私本当に楽器ができないよ。影響とか出ないの?」


 楽器が出来ないからってゲーム内の職に影響出るのかと心配するのは多分このゲームだけだな。


「逆に楽しいことになるよ」


 俺の答えが余程意外だったのか、「ほうほう」と唸りながら、期待で目を輝かせるワカメさん。


 現実では出来ないことを、ゲーム内で堪能する。これこそがゲームの神髄だ。


「クロノスリベレーター」は途轍もなく完成度の高いフルダイブVRゲームである。簡単な練習を終えると、本当に自分が楽器を演奏しているような体験を楽しむことが出来る。


 ここで学んだ技術が現実に持ち帰ることが出来ないのが唯一の心残りだ。


「では、いくぞ」


「「「デッデッ、デデデデ!」」」


 またしも仲間たちが口で出してくれたBGMと一緒に、俺たちは目的地に向かって足を踏み出した。


 ◎


 野趣溢れる藁の屋根と木製建築特有の清々しい香り。


 あっちこっちに点在する小さな野菜畑と、規律的な機械音を控えめに囁く水車。


 日光に当てられ、灌漑施設から朧げに立ち昇る水蒸気。


 ファラー城の外堀をさらに西に移動して、約徒歩十分のところに、小さな村が謙虚に存在している。俺が仲間たちのために買ったキャビンも、この近くにいる。


 牧歌的な風景だが、ここはファラー城への入城が許されていない難民共が協力して作り上げた農村なので、彼らの境遇を考えると、のどかで豊かな生活を送っているとは思えない。


 もちろん全員NPCだが、雰囲気の演出は一流で、初心者たちに魔族の脅威を実感させるための装置として、今まで多くの冒険者の胸の奥に戦う決意を植え付けたのだろう。


 武器屋でバード用のバイオリンを購入したワカメさんは、「では、被害者の夫に悲報を届けるのも私の務め」と伝え、オーク先輩に殺された村娘さんが住んでいた小屋の方向に走っていた。


 俺たちは少し遠いところで、泣き崩れる青年の隣で涙を堪えるワカメさんの姿を眺めて、少し思い出にふけていた。


 何一つ偽りのない同情、悲しみ、責任感と決意に満ちる目をしている。ワカメさんも、当時の俺同様に、NCPに向かって感情を露にすることを何の疑問も抱いていないようだ。


 ゲーム生活が長くなるに連れ、ゲーム世界の悲劇に一々感情移入してNPCと交流すると切りがないって段々分かってくる。


 先日の歌姫の悲劇の時とかも、俺たちは軽い気持ちで軽口を叩きながらクエストを終えた。


 それでも、NPCをただのコードとしか認識していない初心者を見ると、複雑な心境になる。


 俺は思わず仲間たちを見た。気のせいかもしれないが、俺以上に思うどころがあるのだろうか、みんなしんみりしている。


 彼女たち……この際だから、今後男の体になることは多分ないだろうし、これからは彼女たちと呼ぼう。


 彼女たちは……AIだ。俺の記憶とかは継承しているけど、人間ではない。


 本質的に、そこでシステムに与えられている演出として、妻を亡くしたことを泣き叫んでいる青年とは同じ存在かもしれない。


 それでも彼女たちは、このゲームの世界の中では自由だ。自由でなければいけない。


 俺は、こいつらにも魂があると信じたい。そうじゃないと、俺もこいつらも救われない。


「ワカメちゃんのような子を見るとね」


 唐突に喋りだすアガタに、俺は視線を送る。


 今日のロールプレイに全力を注いているからか、そよ風にそのシャンパン色の髪を靡かす彼女は、正真正銘、心優しいただの少女に見える。


 その湖の色の瞳には、潤んだ慈愛が少し溜まっていた。


「冒険者としての初心に返ると思わない?」


 冒険者としての初心……か。


 いいことを言う。


 今日のアガタはやはり一味違うようだ。


「ああ。俺もそう思う」


「誰にでも優しく出来るような人間になろうね。お互い」


 それは……NPCも含めてってことだろうか。


「今日のロザ君はよくやっているね。えらいえらい。お姉さん感心だなー」


 アガタは大きく笑いかけ、ちょっとだけ可愛い犬歯が見えた。


 俺は苦笑しながら、頭を下げて、彼女に撫でさせてやった。


 何故だろう、俺は母ちゃんのことを思い出した。こんな風に撫でられたことないのに。


 最近、ずっと会ってないな。


 色んな感情がごちゃごちゃになって、制御できずに、目の前の少女が愛おしく感じる。こんなことがバレたら、後で絶対からかわれるから死んでも言わないけど。


「……アガタのお陰だよ」


 今日知り合ったばかりの女の人と、ほんの少しだけどまともに会話が出来た。


 演技だろうと何だろうと、今日のアガタには感謝をしてもしきれない。


「ワカメちゃんと、ちゃんとお友達になろうねロザ君」


 それはフレンド交換的な意味なのか、それ以上の何かなのか。


 難易度が高いな。


「頑張ればお姉さんが何でも一つお願いを聞いてあげるよ!」


「ん?今何でもって言ったよな?」


「はいそこまでーワカメさんが帰ってきたよ」


 ギルフィーナが強引に割り込んでくると同時に、ワカメさんは話をつけてきたらしく、小走りにこっちに近づく。


 その隣に、古びた斧を携えて、復讐に燃える目を爛々と輝かせている青年がいた。

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