第16話 みんなの優しいお姉さんアガタちゃんは今日もしっかりみんなの面倒をみるよ!.4
「そう言えば、ギルフィーナさんがいるから、オークたちが恐れをなして出てこないってことはあり得るのかな」
ワカメさんと城門へと歩く途中で、彼女は突如変なことを言い出した。
「どういうことだ、それは?」
「ああ……そうだね。ただエルフとオークの力関係はそういう印象だから言っただけで、ゲーム内でその設定は必ずしも反応されている訳でもないか」
さらに俺を混乱させるようなことをとても自然に話すワカメさんに、チームメンバー一同が奇異な眼光を向けた。
「その……普通……オークはエルフの天敵って言うのは……その」
言い淀むセツカ。
無理もない、相手が出した話題とはいえ、いきなり知り合ったばかりの女子に下ネタをかませる程俺たちの心は強くないのだよ。
「うん?オークがエルフの天敵?」
逆に私たちが変な事を言ったかのように首を傾げるワカメさん。
「普通は逆じゃないのかな?」
「……それ、誰から教わったことって聞いてもいい?」
「えっとね。今の時代では、オークはエルフに迫害される側ってチーフ……その、仕事の上司が教えてくれたよ」
「えっ……っていうかオークとエルフの関係云々のネタってちゃんと中身を理解しているのか?」
「いえ、上司は分からなかったらネットで調べろって言ってね」
「調べんでいい」
完全にセクハラだ。ろくでなしな上司だなおい。
しっかしオーク先輩は迫害される側か。なるほどわかりみが深いですねぇ。
「何のはなしー?」
無邪気に顔を見上げるアガタに、俺は返答に窮した。今日はそのキャラをとことんやるんだな、分かったよ。
「お姉ちゃんにはまた早い話だよ」
何だか慌ただしく割り込んでくるギルフィーナはアガタの頭を乱暴にわしゃわしゃした。
「あもう何するのー!あとお姉さんを子供扱いするのは許さないんだからねー!」
暴れるアガタの姿は微笑ましかったのか、ワカメさんは柔和な微笑みを見せた。
「お二人は現実の姉妹なのかな?アガタさんの方がお姉さんなの?」
「えっと。現実ってどういうこと?フィーナちゃんは私の妹だよ」
しまったといった顔を見せるワカメさん。
一瞬俺は彼女のその自分が失言をしたような表情を理解できなかったが、すぐに分かった。
「異世界ロールプレイ」への配慮を自分が欠いたと思ったのだろう。
このゲームの売りはリアルさにある。
NPCはもちろんのこと、極稀に出現して発言するGMたちもメタ発言をすることなく、例えゲームのバージョンアップやストーリー更新を宣言する時も、「神界に新たな動きによって物理の規則に変化が」、「かの国から変異したモンスターが出現した」とか、あくまでもゲーム内の世界観に合わせて情報を伝える。
それ故に誕生した「異世界ロールプレイ」という遊び方は、あくまでも我々はこの世界の住民であるという姿勢を取り、ゲームの雰囲気に乗っかって第二の人生を送るものである。
もちろんやる、やらないのは個人の自由だが、これを楽しんでいるプレイヤーの割合も多く、やっている人にメタ発言するのはマナー違反ってのはしっかりと「クロノスリベレーター」プレイヤーたちの心に染み込んだ常識だ。
例え現実では知り合いでも何でもないとしても、このゲーム内では血が繋がっている姉妹と言い張ればそうなのだ。
「ごめんなさい、私」
「全然いいって。気にしないでくれ」
俺は食い気味に即答した。
「でも……」
「もう少し、肩の力を抜いてもいいのじゃ。ワカメ殿は律儀じゃのう」
「そんなにびくびくする必要はないよー。ワカメちゃんは心配性だねー」
俺たちが一斉に善意をアピールする中、小さく跳ねながらワカメさんの頭を撫でようとして届かない幼女になりきっているアガタの名演は光るものがあった。
どことなく、ワカメさんからコミュ障仲間の匂いがする。
こういう場面こそ、大袈裟にキャラを演じて、自分たちはこういう身勝手な人間だから、あなたもただ本当の自分を出せばいいと、相手をリードするのが優しさだろう。
「リベンジの仕方について考えよう。ワカメさんが選びたい職に合わせてやり方を変えていくのがベストだろう」
湿っぽい空気を換えるべく、俺が話題を変えた。
「あ、はい。最終的に『ソウルプレイヤー』という職がいいなって」
「「「「「おお!」」」」」
かの高名なソウルプレイヤーをご所望とは、野心がある人だ。
俺たちが声に出して感嘆すると、ワカメさんは目を丸くして、無言の疑問を表した。
「一位さんじゃな。いい選択じゃ」
「一位さんってどういうこと?」
「最強……一位。PVPの」
「えっ?!」
この反応からすると、どうやらワカメさんは事前調査をした訳ではなく、別の何らかの理由でソウルプレイヤーを選択したいようだ。
「正確に言うと『アリーナで見たくない職ランキング』の一位だよね」
「き、嫌われているのか?!」
ギルフィーナの補足に恐れをなしたワカメさん。
「うーん、どうだろう。俺は逆に当たったらテンション上がるな。ヘイトが集まっているのはむしろ二位なので、ソウルプレイヤーは嫌われているというより、三位である俺のブラッドフィストと同じ『恐れられている』の方が正確かな」
「どうして恐れられているの?」
「「「「強者臭がするから」」」」
アガタ以外の全員がハモっていた。
「えっと、じゃ俺が簡易的な紹介をしようか。ソウルプレイヤーとは、バードとネクロマンサーの複合上級職。吟遊詩人プラス死霊術師な」
ワカメさんは俺の説明に耳を傾けながら、ノートを取り出して何やら記録したいようだ。マメな人だな。そういうご職業なのだろうか。
平たく言えば、ソウルプレイヤーはアンデッドを使役し、音楽で召喚したアンデッド含むチーム全員のサポートを行い、操作に余裕が出来たら敵にデバフすらかけられるという、チーム戦においてその右に出る人はいないと言われるほどの有能オブ有能な職だ。
従僕のアンデッドがタゲを取り、自分は対象にダメージを与えながらタゲを取っている従僕を回復する。これがネクロマンサーの基本的な立ち回りであり、上級になったソウルプレイヤーもそれをしっかりと受け継いでいる。
ネクロマンサーの直接攻撃魔法である「
極論、タンク、アタッカー、ヒーラー、サポーターという基本的な四種構成を自分一人で完結させるポテンシャルを持っているのが、ソウルプレイヤーという上級職なのだ。
しかし、ソウルプレイヤーも弱点がない訳ではない。
「……難しいんだよ、操作が」
ソウルプレイヤーの最大の敵は誰かと聞くと、それはもう自分であると答えるしかない。
そう。四種構成を自分一人で完結するということは、そのまま一人で四人分の仕事をしなければいけないということ。
ソウルプレイヤーの強さはその如何なる状況においても、何らかの対処ができる全能さにあり、逆に言うと、そこまで出来ないのであればただの器用貧乏な半端者でしかない。
「本職の人と比べて耐久、火力、治癒力などが劣るのは当たり前なので、効率よくスキルを組み合わせて、状況に応じて攻めの姿勢、守りの姿勢、サポートの姿勢に切り替えなきゃ、ソウルプレイヤーの真価を発揮することはできない。PVPで最強の名をほしいままにするこの職はえげつない程にプレイスキルを要求するものであり、リアル頭脳も先決条件の数少ない職なんだよ」
「とても大変な職なんだね」
俺の解説を聞いても、一向に尻込みすることなく、それところか目を輝かせているワカメさんは、もしかしなくともゲーマーの素質は十分あると見た。
「ワカメさんはどうしてソウルプレイヤー希望なんだ?」
「綺麗だから。メインビジュアルを見た瞬間ビビっと来た」
「「ワカル」」
俺とギルフィーナは深々と頷いた。
公式ウェブサイトで飾られているソウルプレイヤーのイメージ画像は、喪服らしきドレスを着ている少女で、その手にはモンスターの骨によって作られたバイオリンが握られていた。
憂い気に伏せられている目には死した僕たちの姿が映されており、その僕たちも沈黙の騎士のごとく彼女の前に立ちふさがる。
リッチが「ノーライフキング」というのであれば、このイメージ画像のソウルプレイヤーはまさに「ノーライフプリンセス」だ。
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