第8話 実況プレイという拷問の新ジャンル.1

「……ロザ君」


「はい」


「どうして……こうなってるの」


「そうだな……どうしてかな」


 セツカの質問を聞きながら、俺も訳が分からなくなってきた。


 耳元で聞こえてくる、ハーレムもののテンプレシチュにおける恥ずかしすぎる会話の数々。


 ギルフィーナとアガタが菫をイジる楽しそうな笑い声。


 あいつらがどういう心情でこんなラブコメ演出をしていたのかは分からないが、聞いているこっちは拷問以外の何物でもない。


「……ロザ君」


「はいロザ君です」


「……何で実況出演なんて……オッケーしっちゃったの……?」


 セツカの小さなタメ息が、胸に突き刺さる。


「バカ……なの?」


「はいバカです」


 俺は遠い目をしながら、「よし、死のう」と真剣に考えた。


 ◎


 事の発端は、昏睡状態のライネを彼女の実家らしいところの大貴族の屋敷に連れてやった後、メインストーリークエストの次の展開を求め、ファラー城を回ってる時だった。


 国立教会でようやく会話イベントが発生し、大主教のおっさんから「かの禁忌の名、『リベリウス』に関する情報が欲しいなら、地下闘技場の最深層にゆけ」との情報を受け取った。


 地下闘技場は百層ある。時間がかかるので、また別の時でやろうと決めて、今日は日課のPVP練習が終わったら、レベリングでもしようかって話題になってた時、となりの噴泉広場から大好きな曲が耳に入ってきた。


 振り返って見れば、そこには通称「BGM君」の、NPCの吟遊詩人がいた。第一章のストーリークエストにおける、ラスボス戦のBGMを演奏している。


 このゲームのBGMは実に巧妙な手段で流している。


 普通、ゲームに慣れているゲーマーのみんなは、ゲーム内音楽もまたゲームの重要な一部として考えているはず。音楽こそが主役のゲームのジャンルも多数いるし、ゲームからそれを取り除くと大損失だ。


 だが、異世界に来ているような没入感が最大の売りの一つである「クロノスリベレーター」は、どこからともなく音楽を流させたら、さすがに不自然だ。


 当然、ゲーム内音楽という要素を手放すのは惜しい。なら、どうしたらいいのかっていうと、ストーリーに合理性を埋め込んできた。


 まず、「クロノスリベレーター」の世界は天界と人界に分かれ、俺たちプレイヤーが生活しているこっちは当然人界だ。


 天界に住まう神々は直接人界へ干渉するのは、創界神ウラカという神々の親玉によって禁止されているが、信者を介して影響を与え、あるいは神使を使って観察することは許されている。


 そこで、我らの主神、凱旋の歌の神ウズメの登場である。


 ファラー公国の国民のみならず、このゲームの住民がボス戦などの重要場面において、ウズメの神使である発光する小さなフェアリーみたいな生き物を目撃する。


「ウズメがみんなを応援している」、「ウズメは野次馬根性で観戦している」、「ウズメは信者を守っている」、「ウズメの中の人はGMで退屈している」など諸説あるが、まあとりあえず、その神使からウズメの祝福が流れ出す。


 凱旋の歌の神の祝福と言ったら、もちろん歌である。


「クロノスリベレーター」はそうやってBGMを流しているのだ。


 そしてウズメの神使は参戦こそしないものの、バフとかくれるので、ちゃんとBGMを流す以外の意味がある。ストーリー設定と合わせて、不自然度は大分カットされたように思われる。


 そして町、城、原野など様々な場所には、NPCの吟遊詩人が配置されていて、ミュージックボックスよろしくゲーム貨幣で曲をリクエストできて、リクエスト者がいないと勝手にデフォルトのBGMを演奏してくれる。


 俺はこのBGMを流す発想が大好きで、長くこのゲームをやってきたつもりだが、毎回吟遊詩人を見るとすこしテンションが上がる。


「ロザ君。聞いとこ!」


「もちろん」


 俺はアガタの申し出を即答で受けた。他のみんなも乗り気で、俺たちは付近にある露店で座り、適当に軽食を買い食いしながら、吟遊詩人の方を眺めた。


 すると、突然となりから男の歌声が聞こえた。


 俺たちがびっくりしながら目をやると、そこにはレベル99の「クサモチ」というプレイヤーがBGMに合わせて歌っていた。


 第一章ラスボス戦BGMは二つのバージョンがあって、前哨戦でボーカルなし、ボスが第三形態に入ると、ボーカルありのバージョンに変化し、更なる盛り上がりを見せる。


 今吟遊詩人が演奏しているのはボーカルなしバージョンだが、それをカラオケの伴奏のように使って、その「クサモチ」って人が熱唱し出した。


 ってか歌ウマ!プロレベルなんだけど。


 急に歌うんだから最初は面食らったけど、正直俺はこういうノリがいい奴は嫌いじゃないし、この人は上手いので全然不快にはならなかった。


 むしろちょっと楽しくなってて、思わず俺は合わせて手拍子を打ち始め、チームのみんなも若干驚きつつも、すぐに合わせてくれて、数秒経たない内に露店内外の人はクサモチさんの歌声に合わせて手拍子を打っていた。


 キッチリ四分ぐらいある曲を歌い終え、クサモチさんみんなの熱烈な拍手を受け、満面の笑みを浮かべていた。


「上手かったなこの人」


「大した奴じゃ」


「陽キャオブ陽キャでしたね。ロザ君とは大違い」


「うるせえやい」


 俺たちが笑いながらいつもの言い合いをしていると、陽キャオブ陽キャのクサモチさんが何故か俺に手を振りながら小走りでこっちに来た。


「やー、さっきはありがとうございます」


 最初に手拍子を始めたのが俺だと分かったのか、律儀に礼を言ってきた。


「あ、いえ。歌、上手ですね」


 俺はというと、さっそくコミュ障が発動し、内心あたふたし始めた。

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