第2話 とんだクソハーレム野郎だ.2

 審判のその一声に、


「憑依。『妖狐』」


「『シャドーワイヤー』」


 前衛の位置の二人は同時にスキルを唱えた。


 ギルフィーナと呼ばれたダークエルフの少女の影がおもむろに揺らいた。スっと指先の影が伸び、鋼糸のような漆黒な武器となって地面から浮かび上がった。


 一方、サムライ娘の髪色は頭上から白く染め、やがて全体的に透明感のある白髪となり、ぴょこんと狐耳と柔らかそうな尻尾が三本生えてきて、ピクピクと跳ねた。


 額に飾っている無表情仮面も、それに呼応するように狐の仮面に変化し、そして指先から鋭い爪が伸びてくる。


 観客の中から歓声が聞こえてきた。


 か、かわいい……!上級職ずるい!これって憑依に準じていっぱい変身できるやつじゃないか!


 そんな能天気な感想を抱く初心者の女の子が思う中、


「『シャドーメルト』」


 ダークエルフの少女がそう呟く。瞬く間に彼女の姿は陽炎のように影の中に消滅し消え去った。


 だがサムライ娘はそんな状況に目もくれず、ダっと下駄を地面に深々と踏み込み、迅雷のごとく魔女っ娘の方に襲い掛かった。


「『我が飲みせし、』」


 踏み込んだサムライ娘は相手の反応を先読みするように詠唱すると、


「『パラライズシュート』」


 魔女っ娘は反射的に左手のリボルバーをサムライ娘の眉間に照準を合わせ放った。一瞬で正確無比なエームができたにもかかわらず、魔女っ娘は「しまった!」と言っているように顔をしかめた。


 同時に、


「『赤き灯と正義を!』『天狐の鎧スキンオブテンコ』!」


 サムライ娘はとびっきりのドヤ顔で、詠唱を完成した。赤いオーラが彼女の全身を覆い、ポンっと尻尾は七本に増えた。


『パラライズシュート』は名の通り相手の麻痺させる効果があるはずと初心者の女の子の思考とは裏腹に、黄色い稲妻と閃光エフェクトを放ちながらサムライ娘の眉間に着弾した弾丸は、熱したフライパンに接触した一滴の露のように蒸発した。


「菫のやつ、『絶技アーク』ぶっぱとは思い切った作戦だな」


「ああ。スーパーアーマーが付いている七秒間はコントロール技を受け付けないからな。搦め手が最大の武器の相手二人にとっては厄介だろう」


 そんな熱の籠った討論を聞き流し、初心者の女の子は手に汗を握りながら、サムライ娘渾身の逆袈裟居合斬りが魔女っ娘に炸裂するのを見た。


 苦悶な表情を浮かべながら、


「『テレポートシュート』!」


 魔女っ娘は咄嗟に右手のリボルバーを陰陽師少女の前の地面に打ち込んだ。すると甲高いスイッという音と青い稲妻エフェクトとともに、魔女っ娘の姿は元々いたところから消え、陰陽師少女の眼前に転送した。


「逃がさん!『縮地シュクチ』!」


 だが、サムライ娘がそう高らかに吠えると、さっき魔女っ娘に接近した時の二倍や三倍はある猛スピードで逃走した魔女っ娘に追いかけた。


「あわわ!『前鬼召喚』!『後鬼召喚』!」


 突然目の前およそ数メートルに敵が現れた陰陽師少女は大慌てで式神を呼び出す。ドロンっと、黒髪でガタイのいいイケメンな鎧武者みたいな一本角の鬼と、空中に浮いていて、花魁装束の黒髪美少女二本角な鬼が出現した。花魁鬼はたちまち何かを詠唱し始め、鎧武者鬼の方は挟み撃ちするように魔女っ娘を迎撃しに走り出す。


 ず、ずるい!そんなかっこいいのも召喚獣扱いなの?!私も欲しい!と初心者女の子が思うと、陰陽師少女の背後の影からダークエルフ少女の姿が現れた。


「ごめんねお姉ちゃん!『影嵐斬舞シャドーワイヤーストーム』!」


 えっ?!幼女の方がお姉ちゃんなの?!とそんな戦いとなんら関係のないことに驚いている初心者女の子を尻目に、


「……なんて、ね!『スイッチ』!」


 陰陽師少女が悪戯っぽくそう唱えると、忽然と彼女は鎧武者鬼と位置を入れ替えた。


 その直後、男鬼の姿は荒れ狂う漆黒なワイヤーの斬撃の雨に打たれ、一秒も経たずに消滅した。この凶悪な攻撃力は間違いなく『絶技アーク』だろうと初心者女の子が予想していると同時に、花魁鬼の詠唱も完成され、彼女が和傘でダークエルフ少女を指すと、白蛇が傘の先端から射出され、ダークエルフ少女は一瞬で白蛇に絡まれ、身動きが取れなくなった。


「ぐッ……!『黄金の雷鳴に血を捧げよ!』『追尾ガエ……』」


 魔女っ娘は銃口をサムライ娘の方に向くと、二本拳銃は空中で分解し、巨大なスナイパーライフルのような形に変形し合体した。だがそんな彼女の詠唱の完成を待たずに、


「『夢幻ムゲン』!」


 サムライ娘の居合の構えから半月形の斬撃エフェクトは三撃も中距離から放たれ、


「『炎蝶符えんちょうふ』!」


 陰陽師少女の札から放出された轟々と燃え盛る蝶の群れと一緒に彼女に命中した。苦笑交じりに、魔女っ娘の膝は地に付き、スナイパーライフルも再度分解し、二丁拳銃の姿に戻った。


 キル(KILL)である。


 和風チームの二人がすかさずダークエルフ少女の方に向くと、悔しそうに顔を歪ませながら、いまだ白蛇の拘束を受けているダークエルフ少女は、


「もう!降参降参!」


 と、あっさり負けを認めた。


「勝負あり!今日は菫とアガタの勝ち!」


 審判風の男がそう叫ぶと、観客から一際大きい歓声と万雷の拍手が鳴り響いていた。


「三日ぶりにようやく妾の番が回ってきたのじゃ。勝ててよかったのうアガタ殿」


 和風チームがハイタッチを交わすと、


「あ、菫ちゃんの尻尾二本しか残ってないや。五秒で速攻勝ててよかったー」


 陰陽師少女アガタはジロジロと菫と呼んだサムライ娘のお尻あたりを観察した。


「うむ。長引くと妾はきっとセツカ殿の『追尾超電磁砲ガエ・アッサル・イヴァル』に仕留められるのでのう。速攻で勝負に出るのが吉じゃろう」


 当の菫は嬉しそうに尻尾を左右に揺らし続けた。


「今日は二人とも見事に先読みが当たったね、菫、アガタ。おめでとう」


 みんなが見ている中、審判の男が和風チームの二人に歩みよりながらそんな賛辞を送ると、菫とアガタは左右に分かれて、嬉しそうに男の両腕を組みにいった。


「ロザリアン殿。今日は和食にいたしましょうぞ」


「ロザ君私あれ!豚の冷しゃぶ食べたい!」


「いいよーあれ手間かからないし、みんなもいい?」


「妾はそれ以外にも焼き魚と味噌汁を所望する」


 えっ。なになにどゆこと。初心者の女の子は混乱した。


「きぃぃぃぃ!悔しい!じゃせめてデザートは杏仁豆腐以外で!本っ当もうあれ飽きたから!」


「……仕方……ありません。今日の……晩御飯……ロザ君の隣の席は……諦めます」


 ダークエルフの女の子と魔女っ娘がそれぞれ遺憾の意を示している中、初心者の女の子はポカーンと立ち尽くした。


 なに?今の死闘って晩御飯で男の隣の席を取り合うための戦いだったの?!


 とんだ……


 とんだ……!


 とんだクソハーレム野郎だ!


 ◎


 ふうっ、と俺はクロノスリベレーターの接続デバイスであるゴーグルと脊髄ケーブルを外しながら、もぞもぞと体を起こす。


 四人の美少女達とのコミュニケーションを思い返しながら、自然と笑みが零れてきて……なんて恵まれてる男なんだろう、俺って。


 そう。


 ロザリアンこと、峰下信也みねしたしんや、つまり俺があのみんなが羨むクソハーレム野郎である。


「ハア……」


 そして、三秒も経たずに、喜びは巨大な空虚さへと変わり、ため息となり俺の口から漏れた。


「ハア……今日も、自演、乙。俺って本当にしょうもな……」


 ……観客のみんなも、よもやあの恥ずかしすぎるハーレムラブコメ空間が俺の自演であると考える訳があるまい。


 起き上がり、本当は寂しい一人の晩御飯の支度をしながら、俺は自分に嘲笑を送る。


 そう。


 エロかわダークエルフのギルフィーナ。


 ケモ耳サムライガールの春陽堂菫。


 大和撫子魔法少女のセツカ。


 金髪ツインテ合法ロリのアガタ。


 この四人、すべてが……


 俺の記憶と人格を元に、俺が書き上げた……


 AI人工知能である。


 俺は……


 世界最大のVRMMORPGでハーレム野郎を自演する、ぼっちをこじらせた、童貞である。

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