第21話 みんなの優しいお姉さんアガタちゃんは今日もしっかりみんなの面倒をみるよ!.9
スキルやらなんやらについての説明をクドクドと垂らす俺の話を、ワカメさんは嫌な顔一つせず、むしろ興味津々に聞いてくれた。
気が付くと、ワカメさんの目尻がやや下に向いているため眠そうに見える瞳に、初心者特有なヤル気に満ちている光が宿していた。
今回のチュウトリアルクエストの隠し要素ガイダンスは、ひとまず成功したと見ていいだろう。
自分が何かちょっと特別な扱いを受けている。
自分がしたことは、ちゃんとこの世界に影響を与えているし、誰かの役に立っている。
ゲーマーなら、これに喜ばない人はまずいない。
そんな小さな楽しさと達成感で出来ているのが、『クロノスリベレーター』。
「ありがとう。これで、私の冒険のお話は何かに怯えることなく、次章が書けるようになったよ」
「役に立てたなら何よりだ。でも実際、肝心な部分は全部ワカメさんご自分の力だ。連続パーフェクト演奏のファインプレーは流石としか言いようがないよ」
「正直二人目を倒したときは『フルコンボだドン!』と叫びたかったな」
思い出し笑いするワカメさんに、俺も自然な笑みを浮かべた。
そして少し経つと、ワカメさんが遠ざかる青年の後ろ姿を眺め、ちょっとだけアンニュイな雰囲気を醸し出していた。
「オーク」
「うん?」
「最後のあのオークさ……いや。それこそ全員だけど」
「オークがどうした?」
「オークも生きるために私たちを襲ったのかなって。もしかしたらオークも戦うのはそんなに好きじゃないかなって、死に際に潔くなってる最後の一人を見るとさ、何か思うのよね」
「一人」と、ワカメさんはオークたちをそんな量詞で語る。
ずっと何匹何匹と言う俺と違って。
「ごめんね!突然変な事を言って。魔物……しかもゲーム内の命のないコードのことについてそんな甘っちょろいことを言ってもね」
「変じゃないよ」
俺の返答が予想外だったのか、少し拍子抜けした顔を見せるワカメさん。
「この世界に生きているものはただのコードではない。断じて」
「ロザリアンさん……」
「せめて俺はそう思う。だから全然変じゃないよ」
「……そっか。そうよね」
「あと、人魔戦争には裏があり、それに関して神々が関与しているってのは、メインストーリーのところどころに伏線が張られていることなんだ」
ワカメさんのように真剣にゲームと向き合える方なら、クエストを進めるに連れ、遅かれ早かれ、魔族のあり様とこの終わりなき闘争に疑問を生じる筈と語る。
気が付けば、俺はコミュ障を発動していた。
多分ワカメさんもそれ程自分の発言を気にしていなかったのだろう。
俺がこうして、勝手に彼女の発言を弁解するために饒舌にウダウダと誰も興味がない話をしても、誰の得にもならないし、うんざりされるだけだ。
押し付けがましい善意は悪意となんら変わらない。それがどれ程人を不快にするものなのか、俺が一番知っているというのに。
「……すまん。つい語り出して。俺、こいつら以外の人と会話すんの、苦手で……」
急激に冷めてきた場の空気。
ワカメさんもどう会話を続けていいのか分からず、不意に二人の間に沈黙が訪れた。
この流れはまずい。
高校の時のトラウマが瞼の裏で見え隠れする。
せっかくアガタが頑張ってくれたのに。
俺はこれだからヒキニートだ……
「ちょっと馴れ馴れしいけど」
ふと、ワカメさんの声が聞こえた。
それはとても自然な口調で、憐憫、悪意、責任感、倦怠……俺が恐れている全ての情念とは無関係な。
まるで教室に入る前に、友たちと朝の挨拶を交わすかのように。
「私もロザ君って呼んでいいかな?」
彼女は、そう聞いてきた。
「えっ?あ、えっと、はい、それはもう、ご随意に」
「ぷっふ、ゴッホ、ご随意にって……」
何故かツボったワカメさんはとても清楚とは言えない野太い濁った音を出した。それが吹き出した笑いであると認識するのは一秒ぐらい掛かった。
でも。
そんなともすれば汚い音に、俺は救われた。
何も着飾っていない、そんな自然体な笑い声は、彼女の本心を教えてくれた。
「一つ秘密を教えてあげる」
そう言った彼女は、許可を求めている訳でもなく、命令している訳でもない。
言わば、友たち感覚。当たり前のような会話。
「私さ、高校の時がり勉で、無意識に同級生たちのことを下に見ていたんだよね。『遊んでばかりで、未来のことを一ミリも考えてない羊たちが』ってね」
突然始まったワカメさんの自分語り。
「それでぼっちになってさー。人と会話を交わさない内に、人と会話するのってどうやるの?ってなった。『そんなん忘れたわ!』的な。悪循環だよね」
俺は静かに、それを聞いていた。
「そしてそのまま何にも解決することなく卒業。それでいいと思ったし、別に盲従する羊と群れなくともいいし、私はそもそも狼ですぅーってね。それで、大学で情報工学を取った後もコツコツと自分一人で勉強して、インターンシップで思い切り大手の会社に申し込んで、それが運よく受かって、今のチーフの元で勉強させてもらうことになった」
思い切り恥ずかしい単語を使って自分の過去を暴露していくワカメさんは、照れそうに頬を少し赤らめた。
「で、滅茶苦茶な人なんだよ、チーフ。男性中心の業界で、女一人で媚びず驕らず自分を通し、誰の指図も受けないが仕事はちゃんとこなす。無茶振りが日常茶飯事、趣味の話になると人格が変わる、セクハラも息をするようにやらかす。私たち凡人が出来ないことを心の底で『は?何でそんなんできない訳?』って顔をして……それで、私たち研究アシスタントが万策尽きたと思ったりする大問題を、片手間で解決してくれる。天才肌で、姉御肌で……私の憧れ」
遠い目をして、上司のことを語るワカメさんは楽しそうにはにかむ。
「チーフはそれこそ上から目線の権化だった。でもそれが逆に心地よかったのだよ。あれ程に有能な人が腰を下げて、私たちと目線を合わせて会話をしていたら、自分の無能さに耐えられなかったと思う。そして気付いたんだ。自覚していた私の最大の短所は、この人程の人間になればそれは長所ですらある」
「不思議だよね。でもそんなもんだと思う。言いたいことはね、いずれ君も現実と理想の間の折り合いを見つける。自分の特徴を正しい穴に嵌め込めば、立派なパズルの一部になる」
「君は、自分は他人と会話するのが苦手だと思い込んでいる。興味の話を延々と喋るウザイ奴だと。でもね、どこかの右も左も分からない初心者の目には、ただの熱心で一途な先輩プレイヤーとして映るかもしれないじゃない」
「せめて私は今日、ロザ君の話は全部面白かったよ。嘘だと思う?」
俺はすかさず頭を横に振った。
「じゃ、さっきから上から目線で君に教訓を垂らしている私はウザイ?」
再び頭を横に振るうと、ワカメさんは握手を求めるように、右手を差し出した。
「じゃ、相性が良かったって、お互い単純に幸運を祝いましょ」
「……今朝オーク先輩に泣かされた人とは思えない頼もしさがあるな」
「それはもう蒸し返さないでよ!勝ったんだから結果オーライでしょ!」
大袈裟に怒るワカメさんに、お互い破顔し、握手を交わした。
ツンツン、と脇腹を突かれた。
振り向くと、これでもかという程に得意げな表情をしているアガタは、手を合わせてほくそ笑んでいた。
慈愛さが迸っている眼光は彼女が言いたいことを代弁し、俺は唾を呑み、腹をくくった。
「ワカメさん」
「なに?」
「フレンド交換しないか?これからも、ちょくちょく一緒に冒険でもしましょう」
「もちろん。願ってもないよ」
ワカメさんの真摯な口調は、とても心地よかった。
こうして、俺は初めて女の人とフレンド交換する偉業を成し遂げた。
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